第2話
僕やお父さんと、大抵の人。何が違うかって中心が姉さんじゃなくて、カイ殿下――というより王太子さまってことなんだよね。
人は自分にない発想には気付けないっていうけど、本当、そのとおりだと思ったよ……。
案の定、僕は皆がそんな風に考えてるってまったく思わなくてさ、そのせいで、姉さん曰くの『古狸ども』に、今思うといいように使われていたんだと思う。
うん、実は僕ね、姉さんには言ってないけど、ホートラッドのシャイライン王女にさ、何回もお会いしてるんだよね。
なんで言わないのって? 姉さんに後ろ暗いことがあるからとかじゃもちろんないよ。ただ言っちゃったらさ…………姉さん、絶対怒るもん。
あ、僕に対してじゃないよ? 姉さん僕に甘いし。逆にそのせいで、「新旧狸対決が見られるんじゃね?」ってアゾットさんが言ってるようなことが起こりそうなんだもん。
僕、事なかれ主義って言われてもいい。平和に生きてたいんだよ。何も考えずに、牛の乳しぼりとか、キャベツ畑の草むしりに没頭していたいんだ。
ええと、話を戻すと、事の起こりはセイルトンのおじいさん、じゃない、昔の癖でつい……セイルトン国王補佐官に宮殿で声をかけられたことだった。「最近、スタフォード王太子補佐官、アンリエッタの元気がないようだが、理由を知らないだろうか?」って。
廊下の物陰で彼が心配そうに白い眉を寄せて、人目をはばかるように『アンリエッタ』って姉さんを呼ぶから、僕、ほろりときたんだ。心配してくれてるんだって思って。
姉さんはセイルトン補佐官のことを『煮ても焼いても食えない腹黒狸』とか言うけどさ、そんなの姉さんだって同じじゃない?
そんな風でも一生懸命陛下や殿下のため、皆のために働いてるのだって、知ってるもん。姉さんと一緒でセイルトン補佐官も根はいい人だって思うんだ……多分。ここだけの話、時々自信がなくなることもあるけど。
だから、「ごめんなさい、僕、今初めて知りました。教えてくださってありがとうございます。ちょっと姉さんの顔見てきます」って言ったら、彼は笑みを深めて「よろしく頼む」って頷いたんだ。
その顔に何かが引っかかった気がしたけど、姉さんの一大事だって、スルーしちゃったんだよ。あの姉さんが元気ないって異常以外のなんだって言うのさ?
それで僕は早足でカイ殿下の宮殿にある姉さんの部屋に向かった。
すれ違う貴族のおじさま方に捕まってあれこれ訊かれるたびに、「僕、難しいことわかりません……」って泣きそうな顔してみせて、貴族のお姉さんやおばさまに助けてもらって、そのお礼におしゃべりに付き合って、あとで遊びにいらっしゃいと言われる度に、照れたように笑って煙に巻いて、殿下の宮殿の入り口にある護衛さんたちの詰め所に顔を出して、顔見知りの近衛騎士のお兄さんたちとそつなく笑顔でお話しして通してもらって、廊下で顔を合わせた侍女さんたちと、やっぱりにこにこお話しして……とにかくいっぱいの障害を乗り越えて、やっと姉さんの部屋にたどり着いたのに、肝心の姉さんがいない。
「お? ルーディじゃねえか」
「アゾットさん、姉さん、知りませんか?」
「あー、そういやさっきどっか行くって言ってたな。すぐ帰ってくるって言ってたし、それなら俺の部屋……いや、殿下の部屋で待ってたら、どうだ?」
姉さんの部屋の扉の前で困っていた僕に、隣の殿下の部屋から出てきたアゾットさんが、そう言ってにこりと笑った。
……今思うと、僕、姉さん直伝の『笑顔の見分け方』、その時忘れてたんだと思う。「姉さん、大丈夫なのかな」って不安になってたせいで。ああ、僕の馬鹿……
「殿下、お客さまです」
「……通せ」
アゾットさんの案内を受けて通された殿下のお部屋にはお客さまがいらして、その方の向かいのソファに座っていらした殿下は、僕を見た瞬間、微妙なお顔をなさった。
「……シャイライン殿下、こちらは私の友人のルーディ……スタフォード、スタフォード伯爵家の嫡男だ。ルーディ、こちらはホートラッドの第2王女、シャイライン殿下だ」
「スタフォード? では、スタフォード嬢の弟君かしら?」
それからそのお客さまにご紹介くださったのだけれど……すぐにさっき表情の意味を悟った。
「初めまして、という必要があるとはまったく思えないのだけれど?」
顔をこちらに向け、微笑んでいらした王女の可愛らしい唇の間から出てきた、挨拶じゃ絶対ないっていう言葉に唖然とする。隣国の王女さまだって恐縮する暇もなかった。
「あなた、可愛らしいけれど、お姉さまに似て随分と図々しいのね。殿下や私に目どおり叶う身の上だと本気で信じているの?」
すっごく可愛らしい人なんだ。窓越しに差し込んでくる日差しにきらめく金色の巻き毛は、豪華で眩しいくらい。瞳だって真っ青で透き通ってて、口調だっておっとり。絹織物の有名なホートラッドの王家だけあって、すごく高そうな絹で出来た淡いピンク色のドレスと、一体いくらだろうってつい思っちゃうような、凝ったデザインの首飾りと耳飾りを身につけていらして、膝の上にきっちりそろえた手は透き通るみたいに白くて細い。さすが一国のお姫さまって感じ。
「それとも、身の程を弁えないあの者に、あなたもそそのかされているのかしら? 悪いことは言わないから、もう少し身を謹んで、殿下にお仕えなさい。ねえ、カイエンフォール殿下」
子リスのように小さく首を傾げながら僕を見る視線に、「ああ、この人、姉さんが嫌いなんだな」と悟って、次に彼女が殿下を見た視線に、「あー、原因は殿下か……」と気付いた。
「何とか仰いな。あなた、どこかお悪いの? ならば、なおのこと、ここから出てお行きなさい。殿下のお相手はわたくしがいれば十分です」
しゃべり方、すっごくゆっくりなんだよ、丁寧だし。空気も仕草も優雅そのもの。でも、出てくる言葉が全部そんな感じ。
これ、驚く以外にどうしろっていうんだろう。
あ、中身と外見のギャップに驚いたわけじゃないよ? そんなの姉さん見てればなんてことはないし。
ただ、単純に……、
「好きな人の目の前でそんな台詞を口にしちゃうって……頭、大丈夫なのかな?」
って思ったんだ。
うん、それでさ、僕、つい……、
「げ」
本当に、つい、声に出しちゃってたんだよね、それ……。
何か仰りかけてた殿下はばっと音を立てて顔を伏せられたし、ドアのところに控えてたアゾットさんはおなか抱えてうずくまってたけど、シャイライン殿下は……。
「っ、本当にそっくりだこと!!」
そう仰りながら、お顔を真っ赤になさって出て行っちゃった。
結果、ドアのところで僕を振り返った王女さまの視線は、思いっきり『敵』を見る目――姉さん、僕、まだまだ修行が足りないみたいだよ……。




