第3話
そんなことがあったからさ、僕、姉さんのこと、気にはなってたんだけど、しばらく宮殿には行かない方がいいかなって思ったんだ。
だって、ホートラッドの根性激悪……どうしよう、僕、ほんとに毒されてきてる。
しかも何が問題かって、「でも、ほんとのことだしなあ」って一瞬思っちゃったこと……もう取り返しのつかないとこまで来てるのかもしれない。
って、ああ、そうじゃない、そうじゃないんだ。
あの王女さまはしばらくミドガルドに滞在なさるという話だったから、僕のせいで外交のお話とか損ねたら嫌だなあと思って、城にお邪魔しないようにしようと思ったんだ。
でもなんでだか、そういう時に限って色んな方からお呼び出しやら、お使いやらを受けるわけ。
……途中で、おかしいと気づけって話だよ、僕の馬鹿。
殿下のお部屋でシャイライン王女に会った2、3日後だったかな、今度はマロール公爵にお会いした。いつものことながら「なんでお偉い公爵様がそんなとこ?」って場所――馬小屋の裏で。
? 僕が『そんなとこ』にいたのにはちゃんと理由があるよ? 以前庭師のトンプソン爺さんが草引きが大変だって言ってたから、ヤギを飼ってみるのはどうかなって話しに来たんだ。なんでも食べるって言うし、使えそうなら僕も飼ってみたいし。
マロール公爵は、そんな僕を見つけるなりちょいちょいと手招きした。
「チビ2号」
「ルーディ!……です、マロール公爵」
むっとして訂正したのに、公爵は「そっくりなのは見た目だけじゃねえんだな」って大笑いした。……この人がやり手この上ない公爵様って本当なんだろうか、ものすごく謎だ。
それから、公爵は「1号が元気ねえって話でな、殿下がこれを渡しておいてくれって」と言って、両手で抱えるほどの大きさの奇麗な箱を渡してきた。
さすがっていうべきなのかな、僕が『殿下が直接お渡しになればいいのに、僕よりずっと長く姉さんと一緒にいるのに』って思ったのを公爵は察したらしい。いつもの顔が嘘のような、切なそうな顔で、「そういうわけにもいかねえんだろうなあ。今の状況は分かるだろ……?」と仰った。
「……」
僕、胸が苦しくなったんだ。その時になってようやく、『ああ、姉さんが元気ないのはあの王女、ううん、もしかしなくても殿下のご結婚に絡んだことなんだ……』って分かったから。
いつもおちゃらけまくりの公爵まで姉さんを心配してくださっている事実に、泣きそうになるのを必死で堪えて、ただこくこくと頷いた。
――殿下の馬を見たがったシャイライン王女その人がすぐ近くにいたことにも、マロール公爵が全部分かった上で、にやっと笑っていたのにも気付かずに。
姉さんは外務大臣のおじいさんの部屋にいるって話だったからさ、僕、預かり物の箱を抱えてそこに向かってたんだ。一国の外交政策を話し合う場所だもん、そこなら、王女さまに会うこともないだろうと思って。
「おや、スタフォード殿」
途中でやっぱり外務大臣のところに行くっていうムルド伯爵と出会って、一緒に歩いてたら……甘かった。
「ちょっと、あなた、お待ちなさいな」
って現れたんだよ、姉さんとは別の意味でめげないあの王女さまが。後ろにいっぱい人を引き連れて。
ひぃって叫ばなかった僕って本当にえらいと思う。
その後、王女さまを中心に柔らかくあれこれ言ってきたけど、要するに僕がマロール公爵経由で、殿下から託った箱の中身を見せろということらしい。
「あの、でも、これは殿下からの大事なお預かりものですし」
「まあ、やはりまだ物の道理が分かっていないのね、子供なのねえ。困ったことにならないうちに、わたくしのお願いをきいてちょうだいな」
小首を傾げてる様子は相変わらず可愛いし、話し方ものんびりなんだけど、それ、脅しだよね……? しかもなんか目も怖い。汗がだらだらと流れ出てくる。
「シャイライン殿下、わたくしは彼らのやり取りを直接耳にしたわけではありませんし、事情もよくは存じませんが、こういった行為はあまり……」
「ムルド伯爵、わたくし、あなたはご自分の立場がお分かりになると思ってますわ」
そ、それも、脅しじゃない?と顔を引きつらせた僕とは対照的に、ムルド伯爵は一瞬目を見張ると、王女から僕を庇うようにして立っていた場所から一歩退き、にこりと笑った。
(う、裏切られたー!)
と思った僕は必死になった。
殿下から姉さんへの預かりものを死守せねばという理由以外に……僕、その中身、なんとなくだけど分かってたんだよね。だから、必死も必死だった。
「いえ、こ、これは本当におやめになった方が、いえ、本当に! 何より殿下の御為に!!」
「あなたごときが私の為を言うなんて」
だから決死の覚悟でそう言ったのに、王女はころころと笑うだけ。結局お付きの人にさっと箱を取り上げられてしまった。
似た者主従って言っていいのかな、その男性は僕をバカにするように見下した後跪き、得意げに蓋を開けて恭しく王女に中身をお見せして……。
うん、僕、咄嗟に耳塞いだ。ムルド伯爵も横でおんなじことしてた。
「あーあ……」
数十秒後、来た時と同じように、慌てて帰っていたホートラッドご一行さまの中心には、倒れて担がれたシャイライン王女。
僕の足元に転がっている奇麗な箱から零れているのは土と……ミミズの大群。元気に動いてる。
「何てことするんだろう、土、良くしてくれるのに、罰当たりな……」
って1匹1匹拾いながら思ったよ。
あと、姉さんの部屋の裏の宮廷菜園の土が悪くなってきてるって姉さんが嘆いてたの、やっぱり殿下はご存知だったんだなあとも思った。
「姉さん、愛されてるなあ」
(……って言っていいのかな? ミミズがラブレターってのもどうかと思うんだけど、そう思う僕っておかしい?)
ともここだけの話、結構真剣に悩んだけど。
「さて、私はこれにて失礼」
それでさ、さっきまで外務大臣のとこに一緒に行くと言っていたムルド伯爵がそう言って消えていったの、ミミズ拾いに一生懸命だった僕はおかしいと思わなかったんだよねえ。
姉さんに言ったら、「そんなにぼうっとしてると、いつかマルチに引っかかるわよ!」って言われそうだけど、最近ほんとにそうかもしれないって思うよ……。




