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恋の見出し方  作者: ユキノト
第8章【獅子の射止め方】
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第3話

 人影に不釣り合いに静まった空間に、叫び声は鮮明に響いた。


「……あ」

 直後、キーンがカイの頭上へと振り下ろそうとしていた剣を宙でぴたりと止めた。カイは防御のために振り上げていた剣を、その勢いのままキーンの喉元に突きつける。


「……なんで……」

 額を汗で光らせ、息を弾ませながら、カイは鋭さと困惑の混じった視線で剣尖の先、キーンの顔を凝視している。

「権利は選ばれた者にあると先に申し上げました」

 剣を引きながら、そう応じたキーンの声には、奇妙なほどに抑揚がない。カイは紫の目をみはると、剣を脇へと降ろして立ち上がった。

「キーン、おまえ……」

 キーンの横顔が困ったような笑いの形を作る。彼は剣を鞘へと納め、カイへと肩をすくめた。

「誤解のないように申し上げておきますが、本気は本気でしたよ」

 それから、彼はすべての表情を削ぎ落としてアンリエッタを見……1歩、脇へ退いた。


 アンリエッタとカイを遮っていたものが一切失われる。

 背後から射す夕日に、カイの銀髪のふちが赤く燃え上がるように染まっている。影になった、こちらに向けられた顔の表情はひどく見難くて、でも手に取るように分かる気もした。

 彼が剣を鞘にしまい、ゆっくりとこちらへと歩いてくるにつれて、日が宮殿の屋根に沈む。幼い頃からずっと見てきた奇麗な紫が、自分を真剣に、物言いたげに見ているのをはっきりと認めてしまった瞬間、胸が震えた。

「カ、イ……」

 そのせいだろう、何とか発した声は無様なほど揺れている。

「アンリエッタ」

 応じる目の前の瞳が歪み、唇が戦慄いた。それにも促されて、アンリエッタはさらに口を開く。


「……こんっの、馬鹿! 最っ低っ!」

 ――ちゃんと怒鳴れたわ、幸いなことに。


「なっ」

「何勝手に人を物みたいに扱ってるのよっ? ふざけんじゃないわよっ」

「っ、第1声がよりによってそれか!?」

「選りに選ってそれなのよっ。横暴にもほどがあるわ、この性悪!」

「っ」

「馬鹿っ、ほんっとうにどこまでも馬鹿だわっ」

 目の前で言葉を詰まらせたカイにさらに言い募る。


 ちなみに、「……アンリエッタ、そこは感動して抱きつく場面だと思うんだけど」と、カイの背後のキーンが耐えかねたように漏らしたのは、睨み付けて黙らせた。

「そんな展開はちょっと……」

「そうですよ、そこはやっぱりぐぐっと」

「キスとまでは言うてないんじゃがのー」

などと、野次馬どもからも小さく非難の声が上がったけど、それも目線で『黙れ、でないと後でひどい目に遭わせるわよ?』と脅す。


 それから、彼の色のように染まり始めた黄昏の中に立つカイに、アンリエッタは真正面から向き合った。

「だって……」

 不機嫌を露に思いっきり眉を寄せたままの彼の顔を、アンリエッタも負けじと睨みつつ口を開く。

「キーンが剣を止めなかったら、どうする気だったのかって話じゃない」

「……」

 目の前の紫を湛えた瞳が、みひらかれた。

「キーンのものになるってことだったのよ、それ……」

 涙が湧いてきそうになるのを必死で抑えながら、その目をじっと見つめ返す。


 目の前の形のいい唇が2回、音にならない音を紡いだ。幼い頃からずっと続いている、落ち着かない時の癖だ。

「……負ける気はなかった。――誰にも、どこにもやらない」

 けれど、しばしの間の後にそこから出てきた言葉も、向けられたままの目も、全然知らないものだった。これまで見てきたどれよりずっと強くて、どこか苦しげで、アンリエッタは呼吸を止める。


 カイは小さく下唇を噛み締めた後、もう一度その場所を開いた。

「アンリエッタ……」

 これまで1番多く耳にした声に名を呼ばれ、全身が震え始める。

「抱きしめていいか……?」

「……っ」

(怒ってるんだから、そんな顔で訊かないでよ……)

 自分の不安や困難を押し隠しながら、アンリエッタを気遣う、昔は毎日のように見ていた顔だ。怒りが消え、全部忘れて頷きそうになってしまう。


「……っ」

 感情に理性が揺すられて、唇がわなないた。

(しっかりしなさい、アンリエッタ。頷けないでしょう? 私はキーンを選ばなかっただけ。カイを選んだわけじゃない――)

 ぎゅっと唇を噛み締めて、視線を足元に落とした。視界に入るのは、旅装に身を包んだままの自らの身体と、土塗れのカイのブーツ、それから2人が今いる場所を覆う青い芝。

「っ」

 そのブーツが1歩自分へと動いた。アンリエッタは目を見開くと、拳をぐっと握る。

(答えを、ちゃんとカイに、ううん、“王子”に返そう……)

 そう決意して、カイの体温が自分へと届く前に空気を吸い込み、顔を上げる。


「!?」

 影から飛び出してきた華奢な腕に、すさまじい力で突き飛ばされたのは、その直後だった。


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