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恋の見出し方  作者: ユキノト
閑話休題【好きの見分け方】
57/85

第6話

「おはよう、アンリエッタ!」

「で、殿下っ」

 キーンの慌てた声にもかまわずに、ノックと同時にアンリエッタの部屋に駆け込む。

「……」

 頭に寝癖をつけたままソファに寝転がっていたアンリエッタは、そのカイへとむっとした顔を返してきた。

(げ、なんか怒ってる。って、そういや喧嘩したんだった)

「ええと、昨日ごめん。植物館は僕も一緒に行きたいから、王女が帰ってからにして。それより、」

「一緒に……ってそれならそう言えばいいのに」

 色んな衝撃のせいで、喧嘩のことなんて思いっきり忘れていた。焦りながら謝罪を口にすれば、むくれていたアンリエッタは目を瞬かせた後、呆れたように息を吐き出す。

 それになんだかほっとしてカイが笑うと、アンリエッタもつられて笑ってくれて仲直り。


 ――はいいんだけど。


「……好き」

 アンリエッタの白い顔と、そこに浮かんでいる今は緑に見える瞳を見ていたら、昨日の発見が口をついて出ていた。

 自分の中での確認のようなものだったから、すごく小さな声だったはずなのに、やはりアンリエッタは聞き逃さない。

 目を丸くして嬉しそうに笑い、「私もカイのこと、大好きよ」と抱きついてくる。

「……っ」

 その瞬間、不思議な感覚が体に走った。しびれるような、ふわふわした感覚が触れ合う場所から広がっていく。

「……」

 思わず抱きしめ返して……でも、その感触も今までと全然違っていた。何だろう、離したくないという強い思いが体の奥底から湧き上がってくる。

「アンリエッタ……」

 鼻腔に銀の髪から甘い匂いが届いて、それに意識の全部が吸い寄せられていく。


「――何をしていらっしゃるの?」

「「げ」」

 抱き合ったまま、カイとアンリエッタは息ぴったりにうめき声をあげ、同じタイミングで恐る恐る声の方を向く。

(ああ、そうだった……、僕はこれをアンリエッタに話に来たんだった、なんかまずいかもって……)

「お止めしたんですけどね……」

 また泣きそうになりながらこっちを睨んでいるシャイライン王女の向こう、溜息をついているキーンを思わず恨めしげに見てしまうと、そんな声が返ってきた。



* * *



「あの王女、かなり性悪だったのね。可愛い顔してるくせに……私としたことが危うく騙されかかったわ」

 それからシャイライン王女が帰るまでの間、アンリエッタは陰に陽に彼女からかなりの嫌がらせを受けたようだった。

 原因は自分だと知っていたから、カイに負い目がないわけはなかったのだが……。

「……顔と中のギャップを指摘する資格は、アンリエッタにはないと思う……」

 そこはアンリエッタだ。彼女が泣き寝入りする訳はもちろんなくて、カイはその罪悪感を処す暇すらもらえなかった。


 キーンの証言によれば、手始めに王女の取り巻きによって、アンリエッタの部屋の前にカエルが仕込まれていたそうだ。

 もちろんアンリエッタは平気だ。それどころか苦笑しながら“嫌がらせ”を教えてくれたキーンの目の前でそのカエルを素手で捕まえ、顔の前に持ってくると、いつものように「ごめんね」と謝罪した。

「悪いけれど、たくさんの命がかかっているの、犠牲になって」

 「奇麗事だけで命が救えるかっての」と言い切るのもアンリエッタのいつものことだけど、その時はこんな1文も加わったそうだ。

「ついでに今回ちょーっと私へのプラスアルファがあるのは、たまたまということで見逃して」


「シャイライン殿下、カイエンフォール殿下が大事なものを是非お見せしたいと」

「まあ、本当ですか、カイエンフォールさま、嬉し、い…………こ、これ……ですか……?」

 そのカエルは王女の目の前で、僕らが薬を研究するために飼っている毒蛇の餌になる。もちろんというべきか――その光景を見た彼女は真っ青になっていた。

「あら、大丈夫ですか、シャイライン殿下? もしかして、“殿下”の“大事な”蛇、苦手でいらっしゃいますか?」

 この場合の餌は僕だな、とカイは思わず遠く、空を見上げる。

「い、いいいいいえ」

「ありがとうございます、ホートラッドの王女殿下には、ご理解いただけると確信しておりました――世のため人のための“殿下”の“崇高な”研究ですもの」

 王女はガタガタ震えながらもなんとか首を縦に振ったけれど、アンリエッタが“ミドガルド国第1王子が国民のために飼育している、大事な毒蛇”をガラスの水槽から取り出そうと道具を手にしたところで、真っ青になった。

 結局彼女は気分が悪くなったと言って部屋に戻ってしまい、その日、カイは早々に彼女から解放された。


 『王たる者は、事の軽重を量り、時に犠牲を恐れず決断する覚悟を持たねばなりません。同時に、犠牲となるものから目を逸らすこともしてはなりません』が老師の教えだから、それを守れない王女は、きっとダメなんだろう。

「……これで懲りてくれればいいけど」

 けど、少し気の毒に思えないこともない気がした。


 翌日、王女はカイのみならず、珍しくアンリエッタもお茶に誘った。

 自国から連れてきた自分の取り巻きと、ホートラッドと縁深い者だけで固めたその席で、王女は自慢の自作の詩を朗読した後、アンリエッタにも詩を詠むよう勧めてきた。おそらくアンリエッタが文学に興味がないというのを誰かから聞いていたのだろう。

「私ごとき者の作では、お耳汚しになるかと……」

 アンリエッタは困惑を露わに断わる。

「まあ、なぜそのように仰るの……? 悲しくなってしまいます」

 目をうるうるさせて言っているのが本音かどうか、僕には分からないけど、身分の違いや外交のことを考えれば、これは「詠め」という命令に他ならない。そこまで王女が意識しているかどうかも知らないけど。


(……そうだね、命令になってしまうんだけど)

「やっぱり」

 一瞬、アンリエッタがにやっと笑ったのを見て、カイは天を仰ぐ。


 そうしてアンリエッタがしぶしぶというように詠んでみせたのは、有名な異国の古代詩をもじった、見事な出来栄えの詩だった。現代西大陸共通語に直しつつ、ちゃんと韻を踏み、響きも語感もひどく美しい。

 贔屓目を差し引いても、王女のじゃ敵わないのは明らかだった。周囲にいた他の貴族たちも敵味方なく、単純に感動していたし。

「……」

(興味がないだけで、出来ないわけじゃないんだよね。あんな風だけどアンリエッタ、頭だけはいいし)

 怒りか恥か、それを聞いていた王女の顔が赤くなっていたのは、ちょっといい気味だったけれど、「だからこそ僕も苦労するのか……」と気付いたカイは対照的に顔を青くした。


 いつも側役の制服の、男物の騎馬服を着ているアンリエッタ。

「そういえば女性でいらっしゃいましたね。そのようなご衣装だからつい忘れてしまうの。まあ、そうでしたの、ご実家が……。お可哀想に。私の持っているものでよければ、数着、さし上げましょう。あなたであっても女性らしく見えるはずです」

(これって同情していると見せかけて、暗に馬鹿にしてるんだよね……?)

 さすがに心配になってアンリエッタを見れば、にこにこ笑っている。

「……」

 けれどカイには分かった。あれは気づいていない訳でも、傷ついているのに無理に笑っている顔でもない。出費の算段だ……。


「こんばんは、シャイライン殿下、明日でお別れかと思うと本当に寂しいです」

 カイの推量は、ホートラッド国王一家の送別の夜会できっちり証明された。

 本当に残念そうにシャイライン王女に挨拶するアンリエッタは、ふわふわの水色のドレスに身を包み、青銀の髪に色とりどりの生花を挿して着飾っている。いつものことながら、妖精だと言われてもまったく不思議じゃないくらいに愛らしい。

 生地も型も普通の「既製品よ。当たり前でしょ、オーダーなんて時間もお金もかかるじゃない!」とアンリエッタが評しているドレスだけれど、あの“可憐さ”の前には、誰も気にしないはずだ。詐欺以外の何物でもない。

 実際、宮殿で一番広い迎賓宮で、招待客も何百人といるというのに、アンリエッタは会場中の注目の的になっている。


「……」

(ああ、王女がまたすごい顔してる……生まれつきの顔つき以前に、そんな表情はよくないと思う)

「ほんと、いい性格……」

 同じ顔を前にしているアンリエッタが、カイを横目で見た。その目の端が笑っていることに気付いて、カイは思わず呟く。

 さしずめ、貯金を減らしてドレスを新調したかいがあったとでも思っているのだろう。


 すぐ側で警戒しているカイすら、出る幕を一切もらえない。王女には微妙に気の毒だけど、相手が悪すぎる。

(いじめられているところや窮地を助けられて、それで相手にときめくとか、どっかの話で聞いた気がするけど、アンリエッタに限ってはありえない手だよなあ……)

 全部自分で返り討ち、しかも即応、とカイは深々と息を吐き出した。



本章全6話予定→7話に変更

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