閑話休題【好きの見分け方】第1話
アンリエッタが来てしばらくした経った頃、お母さんやお父さんに滅多に会えないアンリエッタを、侍女の1人が「可哀想」と言っているのを聞いた。
「寂しいけど平気。だって大好きなカイが一緒だもの」
なんだか心配になって、寂しくないのかと訊ねた僕に、満面の笑みでアンリエッタはそう言った。
「僕も……アンリエッタのこと、好きだよ」
それがちょっと嬉しくて、少し照れたけどそう返してみた。アンリエッタだってそう言うんだし、と。その僕にアンリエッタはますます嬉そうに笑って、それが正しかったと知った。
8歳。
喧嘩していたメルッセン子爵家のアダムスが、アンリエッタをいじめようと、「アンリエッタなんて殿下にべったりじゃないか」と意地悪な顔で言った時。
「当たり前じゃない、私、カイ、好きだもの」
不思議そうな顔で、何でもないことのようにアンリエッタはそう口にした。それになぜか得意になって、それからとても幸せな気分になった。
だからやっぱりちょっと照れたけど、僕も一緒にいられて嬉しいとアンリエッタに後でちゃんと伝えた。喜んでくれて、ますます幸せになった。
9歳。
アンリエッタの誕生日に、彼女が欲しがっていた高原性の原種のトマトの苗をプレゼントした時。
「カイっ、ありがとーっ、ほんっとに大好きっ!」
そう言って僕に抱きつきながら、アンリエッタは大喜びした。嬉しかったけど、少し戸惑った。それを不思議に思った。
そして、先月――
「カイ、ほら急ごう。トンプソンが新しいバラ見せてくれるって」
アンリエッタは昔から変わらない笑顔で、僕に手を差し出してくる。その手を握ることに一瞬の躊躇を覚えるようになった僕と、そんな僕の内心なんてお構いなしに、結局勝手に手を取って走り出すアンリエッタ。
「奇麗な色、それに匂いも。私、すごく好きだわ、これ。カイは好き?」
「え、ああ、……うん」
好きなものを相変わらずあっさり好きというアンリエッタと、ためらってしまうようになった僕。
「あ、トレバー」
メルッセン子爵家の双子の片割れ、トレバーは気が良くて、僕とアンリエッタのお気に入り。
その彼を見つけて笑いながら駆け寄って行くアンリエッタと、その姿を昔ほど嬉しいとか楽しいとか思えなくなった僕。
何かが確実に変わっていると思うんだけど、それが何なのかよくわからない。
何かが僕とアンリエッタの中で違うと思うんだけど、それが何なのかもよくわからない。
――セミの鳴き声がうるさい、いつものようで少し違う、そんな10歳の目前の夏。