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恋の見出し方  作者: ユキノト
閑話休題【付加価値の見つけ方】
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第5話

 その後、1週間。カイはアンリエッタと会わなかった。

 3日間は整理出来ない気持ちで溢れていたから会いたくなくて、その次の1日は、アンリエッタはまだあの日の事情を聞かれているから無理だと聞いて、その後の3日間はキンシンというのを受けていると聞いた。


 8日目。

「大丈夫ですよ、すぐにもっと素敵な者がお側にまいりますから」

 その日、アンリエッタのことを訊ねたカイに侍女頭はそう言った。あのような子に殿下は任せられません、だから私は元々反対だったのに、と憎々し気に。

「アンリエッタが僕の側からいなくなるの」

 呼吸が止まるかと思った。考えるのを、アンリエッタと会うのを避けている間に、勝手にそう決まってしまったことに青ざめた。


 慌ててクラーク先生の元へと行った。アンリエッタを側役に推したのは先生だ、今回も庇ってくださるはずと思ったから。

「ご機嫌はいかがですかな、殿下」

 ここのところ授業もなく、ずっとお会いしていなかったのに、先生は普段と変わりのない顔で僕を迎えてくださった。いつもの部屋には古い本の紙とインクの匂いが漂っていた。だからこそアンリエッタが一緒にいないことを強く実感させられてしまう。

「別の側役が来ると侍女頭が言っていました」

 それから訊ねた。アンリエッタはなぜ僕の側からいなくなるのか、僕は何も言っていないのに、と。

 けれど、クラーク先生は僕が期待していたような答えを返してはくださらず、代わりに少し難しい顔をなさり、真剣に僕に問い返された。

「カイエンフォール殿下、殿下は本当は既にご存知なのでは」

 その瞬間、カイの喉はひゅっと音を立てた。

「人は往々にして真実を求めます。けれど、それは時にとても残酷で厳しい。それをも受け止める覚悟がおありでないのなら、真実は無価値も同然なのです」

「……」

 クラーク先生の静かな、厳しい言葉に、カイは唇をぎゅっと噛みしめた。

 先生はすべて見透かしている――僕は僕のせいじゃないと、だからアンリエッタは僕の側にいていいと、アンリエッタだって本当はそれを望んでいると、誰かに言って欲しかったんだ。


 アンリエッタはただの友達じゃない。必要であれば、僕のためにその命を差し出す。だから僕と容姿の似たアンリエッタは、僕の側役にちょうどいい。

 死なずにすんだ暁には、僕のために人生を捧げる。だから僕と一緒に教育を受けている。

 生き続けて僕の役に立つ限り、アンリエッタはその見返りにお金を得る。だからアンリエッタには子供には不釣合いなお金が毎月払われている。

 僕に何かあれば、アンリエッタは罪に問われる。だからアンリエッタには失敗が許されない。

 アンリエッタはその全てを承知の上、なんだ。だから、あの日もためらったりしなかった――。


 ぼそぼそと話す僕に、肯定の相槌を打ちつつ、クラーク先生は今回の事情を含めて色々な補足をしてくださった。

 自分を攫おうとしていたのが第一夫人だということ、その目的は権力争いではなく、リョウキ的なものであるということ、今回の実行犯である商店主のように暗い噂のある人間が彼女の周囲に数多く集まっており、そんな彼女に付け込んだ不正が確認されているということ、彼女はおそらく“病気の療養”を名目に、離宮に幽閉されるだろうということ……。

 どれもショックだったが、カイが最も衝撃を受けたのは、アンリエッタがそれを察して、大人がするように行動したということだった。

「今回の無断外出に関するアンリエッタの罪は、」

「待って。僕が行きたいと言ったのに、アンリエッタの罪になるの?」

「ええ、殿下はそういうお立場です。ご自覚ください。続けます――今回のアンリエッタの罪は、それでも殿下の御身がご無事であったことと、彼女が首謀者たちの情報を持ち帰ってきたことで相殺され得ます」

 真っ青になりつつもなんとか取り乱さず聞き終えたカイに、最後クラーク先生はそう仰った。

「よって、アンリエッタが今後もお側に居られるかどうかは、殿下の御心次第です」

 先生のその言葉がどこか遠く響いた。



 12日目。やっとアンリエッタに会えることになった。

「カイっ」

 小規模の謁見などで使われる広間に連れてこられたアンリエッタは、首をひねっていたが、カイを見るなり顔を輝かせた。相変わらずむかつくぐらいの満面の笑顔だ。

「怪我はない? 怖かった? キーンにはすぐに会えたのよね? 泣いたりしなかった?」

 そう言いながら、アンリエッタが駆け寄って来る。

「……っ」

 それに応じようと勝手に体が前に動きそうになったが、押しとどめる。

「寄るな」

 ――だめなんだ。

「カイ?」

 アンリエッタは目を見張って立ち止まり、眉をひそめた。

 短く、男の子みたいになった髪。黄色くなった痣の跡が頬と左目の周りにまだ残っている――全部、全部僕のせい。

「お前みたいに役に立たないの、もういらない」

「ちょっと、カイ」

「もう会わない」

「…………カイ?」

 ぷいっと顔を背けた。もう顔も見たくないんだって思ってくれたらいい。


「だけど、この間の褒美はやる」

 侍従長に合図して、アンリエッタに金貨の入った袋を差し出させた。

 侍従長ですら重そうにしているあれには5万ソルド入っているはずだ。それだけあれば、しばらくアンリエッタもルーディも大丈夫だろうから……。


 目を丸くしてこっちを見続けているアンリエッタは、差し出されるままに呆然と金貨の袋を受け取った。同時に「きゃっ」と言って、それと共に前のめりに転んだ。

「だっ……」

 思わず「大丈夫!?」と言って駆け寄りそうになったのを我慢する。だってそんなことをしたら、アンリエッタのことだからすぐ気付いてしまう。


 アンリエッタがお金のために僕の命を助けてくれたんだとしたって、アンリエッタがあの時言ったように、本当は僕のせいでひどい目に遭うと思っていたとしたって、すっごく悔しいけれど、すっごく悲しいけれど、すっごく腹立たしいけれど……――僕はアンリエッタが好き、らしい。


 だから、だめなんだ。

 一緒に居て僕のせいでアンリエッタが傷つくのは嫌なんだ。

 色んなものを見ない振りして一緒に居続けようとするずるさは駄目だと、クラーク先生だけじゃなくて、僕もそう思うから……、


――もうアンリエッタとは一緒に居られない。




準備出来次第、今日もう1話更新予定

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