【セクション12】逡巡と錯綜
本庁へと赴き、待ち時間よりも短い報告を終える。
沢城は間戸場とともに公用車を走らせて、近場の中華定食屋へと向かった。
年季の入った暖簾が目に付くその中華定食屋は、片言の日本語を使う店主とその女将らしき女性、それから大学生くらいのアルバイトがひとりいる。日によってそのアルバイトだけが入れ替わり立ち替わりしていた。2人掛けのテーブル席が空いていたのでそこに座って思い思いの定食を、注文をとりに来たアルバイト大学生に伝える。
やっとコンビニのおにぎりや菓子パンなどではなく、五臓六腑胃が喜ぶような飯にありつけると唾液腺も歓喜していた。一〇分ほどで沢城の頼んだラーメン定食がやって来る。ラーメンとチャーハン、そして餃子といったあり合わせの料理は、シンプルがゆえに優先的に作られる。
一方、間戸場の注文した日替わり定食は、ゴテゴテとした品目に加えて定食としての調和を保つために手の込んだ料理を揃えなくてならない。加えて、日替わり定食という定番は一番目につく定食であるがゆえに他のお客も同じように頼みがちだ。つまり優先順位は後にされる傾向が強い。
気の置けない間柄というわけでもない。
沢城は割り箸を割ってラーメンに手をつけようとした。
「電話、鳴っていますよ」
抑揚のない声で間戸場が告げる。目ざとくバイブレーションの音を感知したようだ。
もちろん沢城自身は気づいてはいたが、食欲という誘惑がソレを無視させようとしていた。
「緊急の電話かもしれませんよ、取らないんですか?」
操作しているスマホから目を離さずに、再び間戸場はいう。
ため息まじりに箸を置いてから、電話をとった。
「‥‥‥そうか、わざわざすまないな。悪いが、引き続きそちらも調査を継続してくれ。あぁ、もちろん約束したとおり聴取した内容については共有する、それでは失礼するぞ」
メモ帳に、伝えられた飲食店と会社名、それから各種住所を書き記してから仕舞う。
間戸場はやってきた日替わり定食にすでに手をつけて半分程平らげていた。
「出雲亮平という男の勤め先ですか?」
「ああ、そうだ。早く済ませて向かうぞ」
ぬるくなったラーメンのスープを一気に口に含み、味わう暇もなく黙々とラーメンを啜った。
「ご馳走さま」
「ありがとうございました、お会計2660円になりまーす」
沢城は財布から千円札を3枚取り出してカルトンに置く。
ご馳走様でした、と店を出てから間戸場がいった。
公用車に乗り込んでから、まずは出雲亮平のアルバイト先の住所をカーナビに打ち込む。
「榊原次長、忙しそうでしたね」
「執務室に篭りっぱなしだとぼやいていたからな」
沢城は、執務室の机に置かれていた資料やら決裁書の山をぼんやりと思い出す。
「それに加えてここの所、外来からの応対も頻繁に相手にしないといけないらしいから、余計にだとさ」
「今回の自分たちが内偵している案件って、そんなに厄介なものですか?」
榊原次長と比較的間柄の近い、沢城は今回の連続不審死事件についてのあらましを耳に入れていた。
そのため間戸場とは多少の認識の違いがある。
「元警察官僚の息子が連続不審死事件の被害者の一人だからな。加えて他人宅で自殺していたなんて事が大々的に公表されてしまえば面倒以外も何物でもない」
「その元警察官僚って、今現在天下り先で大企業の役員ですよね?」
「そう、デリケートな問題だ。だから慎重に調査を進めたいという思惑があるのだろう、上層部にとっても」
「元警察官僚への非難、それと社会的地位の失墜ですか。警察へのバッシング対策を含めて、マスコミにも対応しておかないといけないと? まあ息子の方は不法侵入罪くらいで済めば安いものですしね」
冗談まじりにいって間戸場は続ける。
「自分としては、警察を引退した老害にそこまで振り回されるのも如何なものかとも思いますがね。尻拭いはこっちがやらないといけない羽目になるのを理解しているのか、お伺いしたいものですよ」
「上層部は自己の保身と今後の保険も兼ねて対処しているつもりなのだろう」
「というと?」
「現官僚たちは皆同じく恩を売っておきたいのさ。元警察官僚のOB会ってきいたことあるか?」
「元警察官僚のOB会? 初耳ですね」
「結成時は昭和の頃らしいが、引退した警察官僚たちが立ち上げた組織で、今現在も根強く警察内部に影響力を持っているって話だ」
「その元警察官僚のOB会のメンバーの一人が、今回の元警察官僚だと?」
「ああ、その通りだ。その元警察官僚のOB会っていうのは、推薦入会制で現メンバーからの推薦が一〇票必要となる。定員も決まっているようで、不定期だが空席が一つ空けばそのつど候補者を募っているみたいだぞ」
「なるほど。思惑が二重にも三重にも絡み合っているというわけですね。現役の時は第一線で活躍をして、退職後は甘い汁を吸えるってことですか」
間戸場は、憤りの様子もなくなんでもないように理解を示す
「それと間戸場警部、ついでに話しておくが。その亡くなった元警察官僚の息子っていうのは中々に腫れ物だったようで、叩けばいくらでも埃が出てくるようなヤツだ」
「いくつか不祥事を揉み消しているって話ですね。これまでの話を総合すれば意外でもなんでもないですが」
今度は妙に腑に落ちたように納得する間戸場。
「社会のクズでもその親者類類が有権者であれば、その後始末をしなければならないのは上下関係の強い自分たち公務員の宿命といってもいいわけですね」
「言い方は良くないが、まあ概ね間違いではないな」
苦笑しながら返答する。
『この先、七〇メートル、右折します。その先直進、目的地周辺です。運転お疲れ様でした』
カーナビの音声案内に導かれて右折した後、五〇メートルほど直進する。
対向車線右側に、ファミリー層向けの中型レストランがあった。駐車場はそんなに広くはないが交通量から考えるに休日やお昼時などは賑わっているのは見当がつく。
一番端の空いている駐車場へ車を停めてから入店する。
時間も時間のためやはり店内には疎らにしか他のお客の姿は見られない。
もしかして、出雲亮平はこの店に滞在しているのかもしれない、という淡い期待はすぐに立ち消える。
「えっ、出雲くんですか? さあ、しばらく家庭の事情で休むっていう連絡は受けていますがそれっきりで詳しいことについては‥‥‥。斑目くん、なにか出雲くんから話きいていないかい?」
「俺っすか? いいえ、特に何も聞いてはいないっすけど。店長こそ、出雲さんの連絡先知っているなら電話くらい掛けてあげればよかったんじゃないんすか?」
このファミレスの雇われ店長である鵜久森は、困ったように苦い顔になる。
「ちなみに出雲くん、何かしたんですか? 警察から事情聴取されるような何かを」
先ほど見せた警察手帳が印象に残っているのだろう。鵜久森は、沢城と間戸場の胸内ポッケっとあたりに視線を交互させる。
「いえ、ご安心ください。少しお尋ねしたいことがあるだけです」
毎度使うような定型文に対して、怪訝そうな反応を見せる鵜久森だったが、それ以上の追及はしない。必要以上に首を突っ込んでも、と自重する。
「それよりも鵜久森さんが出雲亮平さんから連絡をもらった日付と時間も教えてほしいのですが」
「あぁ、少しお待ちくださいね、携帯を持ってきますから」
バックヤードに入っていく鵜久森を見送りながら、視線を厨房へ向けると斑目と呼ばれていた中肉中背の男が顔を出す。
「出雲さん、警察に追われてるんすか?」
いかにも好奇心旺盛、興味津々といった様子で斑目が問いかける。
「いえ、現状あなたが考えているようなことは何ひとつありませんから、安心してください」
近年ではコンプライアンスが目立っている。つまり注目されている手前もあって対象者の取り調べや事情聴取の弊害を考慮して捜査を行わなければならない。加えて内々の案件ということもあって下手なことはまずいえない。かといってこのまま、この言葉遣いのなっていない社会を知らなさそうな大学生に話を合わせるのも危険だ。
勝手な空想物語でSNSに個人情報や概要をアップロードされるのも都合が悪い。
「斑目君といったかな? 大学生?」
主導権は握りつつ適当に話をして、尚且つできる限り情報を引き出すことに注力する。
「見たところまだ1回生か2回生ってところかな? この辺だと上知日大学?」
派手目の明るくはない髪色や雰囲気、そしてこの時間帯にアルバイトしている所から推察する。
「そうっす、2年っす」
「いつからこのファミレスでアルバイトしているのかな?」
斑目は、視線を一度斜め上方向に向けて記憶を遡るように答える。
「去年の1月ごろなんで、だいたい半年くらい前っすね、確か」
「けっこう長く勤めているね、出雲さんも同じようなもの?」
「聞いたことないっすけど、俺より前からいるのは間違いないっすね」
「斑目君から見て、出雲さんはどんな印象だった? 年は5つぐらい離れていると思うけど、そんなに接点はなかったかな?」
「はあ」
気のない返事をして首を捻る斑目。
「担当は同じ厨房だったんで、そりゃあシフトが被ればそれなりに話をしますよね‥‥‥。そういえば身の上話や過去の話については正直あまり覚えていないっすね、あまり印象に残らないような平凡なものだったのかなあ」
出雲亮平の素性については、今現在調査中だ。夢原一郎の自殺の処理をしている担当の一係にも調査を依頼したいところだが、名目上内々の捜査という関係で迂闊に情報を共有化させるのは、漏洩に繋がる恐れもあって得策ではない。
「それなら厨房で一緒に仕事をしている時の印象はどのような感じだった?」
「大人しい目の感じの人で、仕事に関してはそつなくこなすっていえば早いっすかね? それとどちらかといえば、バイト仲間や人間関係には一線引いているような印象もありましたけど」
社会人になったばかりの2、3年目の若者に関してはさして珍しくもない。
仕事とプライベートを完全に二分化させるような考え方は、現代社会に根付きつつある。
「それよりも出雲さん、やっぱり何かしたんすよね? 情報提供? したんですから少しぐらい教えてくださいよ」
当初の予想通り、やはり斑目は不躾に問いかける。
間戸場の眉がピクリと動くのを、沢城は見逃さなかった。あまりに執拗にするのであればこちらとしてもなんらかの行使をもって対処しなければならないが、それは杞憂に終わる。
「お待たせしました、刑事さん」
ちょうど良いタイミングでバックヤードから戻ってきた鵜久森。斑目は身を翻して厨房に引っ込んだ。
「‥‥‥? どうかしましたか?」
敏感に空気を察した鵜久森が疑問の声をあげる。
「いえ、なんでもありません。では伺いましょう」
促して、話を戻した。




