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86 生者の国へ

 こうして僕たちがヨミノクニですべきことは終わった。

 終わってみれば、すべてはヨリシロの手の上だったような気もするが、それで彼女の曇っていた心が晴れたのなら、それはそれでいいだろう。


 あとは、この地下遺跡へ降りてくる階段が、黒影との戦いで崩れ去り、どうやって帰ろうかということ。

 しかしそれは問題らしい問題ではなかった。

 暗黒物質を操る僕は、その応用で空を飛ぶこともできるため、カレンさん、ヨリシロ、そして新たに加わったドラハを抱えて入口まで戻ることぐらい容易いことだった。


 だから今は、ただ気楽にこの地下遺跡との別れを惜しんでいるところだ。

 改めて見ると、とても美しい場所だった

 闇の中にひっそりとたたずむ古代都市。音はなく静寂で、死んでいるのか眠っているのか。幻想的な風景と言っていいだろう。


「綺麗……」


 カレンさんも同じ感想だった。

 今僕とカレンさんは二人きりで、一層小高い場所からヨミノクニを見下ろしていた。

 ヨリシロは、ドラハを見るために残ったが、どうやらカレンさんのために気を利かせたようだった。

 今回の旅で、僕とカレンさんが二人きりになったことはまだ一度もなかったから。


「……でも、この都市を滅ぼしたのは、私たちの祖先なんですよね」

「ええ」


 ドラハが『影』に飲まれて記憶を失う前に残した石碑の内容は、カレンさんにも伝えてある。僕が独自に付け加えた解釈も合わせて。

 ヨミノクニを襲った外敵は、四元素の神々によって送り込まれたもの。ヨミノクニを滅ぼすために四元素から戦いの力を授けられた人間たちは、のちに自分たちもコミュニティを作り、各教団へと発展していった。


「じゃあ、私たち光の教団も……」


 この都市を滅ぼした加害者だったのだろうか、と言いかけていたのを、僕は遮る。


「違うと思いますよ」

「えっ?」


 そう思う最大の根拠は、ヨミノクニの女王イザナミこそ光の女神インフレーションの転生者だったからだ。

 自分が治める国を「滅ぼせ」なんて命じるほど、アイツは頓狂ではない。

 でもその根拠をそのままカレンさんに示せるわけもないので、何か別の根拠をこねくり出さなければ。


「……ええと、ですね。ドラハの残した石碑には、四種の災厄が書かれていました」


 イナゴ、疫病、硫黄の雨、砂漠化。


「それらはそれぞれ風、水、火、地に対応していて、光に対応する災いだけがない。それは恐らく、ヨミノクニの滅亡に光の教団は直接関係ない、ということじゃないでしょうか?」

「ちょっと苦しくないですか?」

「そしてもう一つ、僕は思うんです。ドラハが暴走し、あんな黒影になった時、ヨミノクニを攻めていた外敵たちも相当ビビったんじゃないでしょうか? 思わぬ抵抗に攻めあぐねる。そうして戦況が膠着している間に、相当数の住民がヨミノクニから脱出できたんじゃないでしょうか?」

「あ……」

「そうして落ち延びた人々が、新たに集まり直して興ったのが……」

「光の教団、ってことですか?」


 恐らくそうだろう。

 女王イザナミの肉体を脱いだ光の女神インフレーションは、今度は神として人々を守り導いた。

 地水火風の四教団とは違う、それが光の教団の成り立ち。


「……凄いですねハイネさんって」

「え? 何がです?」

「だって、そんな話、何の証拠もないのに。まるで本当に起きたことみたいに話すんですもの。思わず私も、それが事実なんだって信じちゃいそうになりました」

「いいじゃないですか、信じれば」

「そうですね。そう思えば、あの子――、ドラハさんが我が身を犠牲にして『影』と同化したことにも意味があったって、救われた気持ちになります。ドラハさんはたくさんの命を救ったんですね。勇者として」

「ええ、そういうことです」


 ドラハが『影』から解放された直後、自分でそう名乗ったとカレンさんには説明しておいた。

 実際はイザナミの前世をもつヨリシロが、ドラハの名前を覚えていたという話なのだが。


「ハイネさんもヨリシロ様も、見ていて時々不思議な感じがするんですよね」

「えっ!?」

「色んなことを知っていて。むしろ知りすぎていて。何だかお二人の中に、本人以外の誰かが入っているみたい……」

「イヤイヤ、まさかそんなことは……!」


 慌てて否定する僕だが、カレンさんの声は沈む。


「だからこそ二人は通じ合っているみたいで、嫉妬します」

「えっ?」


 その瞬間だった、カレンさんの顔が僕の顔にいきなり近づいて、そして止まることをしないで、そのまま接触した。

 唇と唇が。


「これは、今回のご褒美です」

「えっ?」

「私たちを助けてくれたご褒美。凄いのを上げようってヨリシロ様と約束しましたから」


 唇を離してから、カレンさんは言う。


「私、へこたれませんから。たとえハイネさんとヨリシロ様との間に特別な繋がりがあっても。私もそれに負けない絆をハイネさんと築き上げて見せます! ハイネさん、両方とも大事にしてくださいね?」

「は、はい……!」


 多分僕は今、頬が真っ赤になっていることだろう。

 カレンさんも自分のしでかしたことを思い返して反芻して、大それたことをしてしまったと自覚したのかいきなり真っ赤に茹で上がる。


「わ、私、ヨリシロ様とドラハさん見てきます!!」


 そして照れるままに走り去っていった。

 ……カレンさんの行動力が日を増すごとにぶっ飛んでいく


「これは、来月辺りには結婚かなあ……」


 冗談で言ったつもりだが現実味があって震えた。


 カレンさんは、今回の旅で得るものはあっただろうか?

 元々闇の神エントロピーの正体を探る手掛かりを求めてのヨミノクニ探索の旅。

 実際ヨミノクニはあり、エントロピーを崇拝していたことがわかったが、それ以上のことは、彼女にとってはやはりまだまだ謎のはずだ。


 僕にとっては、得るものは一応あった。

 それは、やはりこの世界に神は必要ないという確信だ。

 僕が眠っていた間の過去、四元素の神がしでかした暴虐を知るにつけ、ヤツらはこの世界、人間に対してひたすら無益で、しかも有害でしかないということが改めてわかった。


 復活したばかりの頃はそこまで逼迫して考えなかったが、やはり実行しなければならないかもしれない。

 この世界と神とを、完全に切り離す方策を。

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