87 伝説の続き
今回の僕たちの物語は、一応ここまでで終わりだ。
ここから先は、その次へ進むための情報整理のようなものだ。
「ヨミノクニは、あのままでよかったのか?」
とりあえず『無名の砂漠』を発って、光都アポロンシティへと戻ってから、改めて僕は教主ヨリシロの下を訪ねた。
いきなり身元不明の少女を連れ帰り、教主みずからが手元で育てるとのたまいだして教団上層部は混乱したようだが、それを捻じ伏せられないヨリシロではない。
「ええ、あの街は、もうしばらく静かに眠っていた方がいいと思いまして」
闇都ヨミノクニの実在が世間に明かされれば、歴史的大発見となって世界中が騒ぎ出すだろう。
各教団から調査団でも派遣され、あの静かだった地底都市は大賑わいになるかもしれない。
「あの都市は、調べれば調べるほど五大教団にとって都合の悪い事実が出てきます。それを許容しきれるほど、まだ彼らは成熟していません」
「ヘタをすれば都市ごと消されるかも、か」
既に一度、神々の都合で破壊されたあの都市が、今度は権力を握る人間の都合で再び破壊されるのは、たしかに忍びない。
カレンさんもその説明に納得し、秘密とすることを誓ったそうだ。
「そしてこれも、役目は終わりですね」
そう言ってヨリシロが取り出したのは、やたら豪華な装飾が施された方位磁針。
たしか『導きの針』とかいう光の教団の秘宝だったか。光の神気を流し込むことで、求めるもののある方角を自然と指し示すとのことだったが……。
「それ、本当はただのコンパスなんだろう?」
「ええ、枢機卿の一人が金に飽かせて作ったアンティークです。金銀螺鈿をあしらって豪奢な作りですが、用途そのものは普通のコンパスと変わりません。ある折、賄賂代わりにいただいたものですが……」
光と磁力は似通った性質がある。光の神気を利用してコンパスの針を意のままに動かす。光の教主にして光の女神の転生者でもあるヨリシロには造作もないことだろう。
そして、ヨミノクニの女王イザナミとしての前世も持った彼女は、ヨミノクニの位置を最初から知っていて何ら不思議はない。その方角へ向けて意図的にコンパスの針を向ければ……。
「そのコンパスは、僕やカレンさんをヨミノクニへ案内するための小道具と言うわけか」
「ええ、女王イザナミとしての過去を上手く誤魔化すための。念じるだけで求めるものがどこにあるかわかる、そんな便利なアイテムがあるわけないじゃないですか」
そういってヨリシロは、『導きの針』改めただ豪華なだけのコンパスを、部屋の隅にある引き出しに乱雑に放り込んだ。きっと二度と出さないもの置き場なのだろう。
「後々話題に上っても困りますので、ヨミノクニのゴタゴタでなくしてしまったことにしましょう。ハイネさんも、口裏合わせよろしくお願いいたします」
「まあ、わかったよ」
「それでハイネさん、今夜の訪問はどんな御用向きですか? わざわざドラハが寝静まる時間帯を選んで来られたのです。やはり要件は、あの困った方たちのことでしょう?」
やっと本題に入ることができるか。
ドラハを手元に置くようになってから、ヨリシロは最初の妖艶さが鳴りを潜め、代わりに母性が際立つようになってきた。
こんな夜中に訪ねても、夜這いですか? と、からかってこないのは助かるような寂しいような。
「……ヨミノクニが滅びてからのことを、詳しく聞きたい」
「いいでしょう。……わたくしが女王イザナミの体を脱いで、光の女神インフレーションへと戻った時、彼らは一様に驚き狼狽えました」
彼らとは、すなわちヨミノクニを滅ぼした四元素の神のこと。
ヤツらは、光の女神インフレーションの転生者が女王であることも知らず、ヨミノクニを滅ぼしたのか。
「真実を知った時のあの方たちの顔。まるで悪戯を母親に見つかった子供のようでした。地母神マントルなどは慌てて、わたくしのヨミノクニ封印を手伝ったりしてくださりましたし。……あの時わたくしは、怒りのままに彼らを罵倒し、新たなる神々の戦争を引き起こしてもよかった。しかしそれはしませんでした」
「それは何故?」
「一つは、理が彼らにあったからです」
「そんなバカな」
「そうでもありません。かつて、わたくしたち五大神は『人間は神よりも下である』という考えに団結して、アナタを封印しました。それなのに隠れて地上に降り、人間に文明を与え進歩させていたとなれば、誓いを破ったことになりますでしょう?」
そういうものか?
人間擁護派の僕としては何とも納得しがたい理屈だが……。
「わたくしは二極の一方ではありますが、闇の神たるアナタほど四元素の方々に対する優位性を持ちません。今言った理屈の下に彼らが団結して向かって来れば、わたくしの方が負ける恐れすらあった。わたくしとアナタ、二極が揃って封じられればどうしようもありません」
そこでわたくしは……、とヨリシロは――、女神インフレーションは言った
「一計を案じることにしたのです」
「一計……?」
「わたくしと再会した四元素の神々は、子供のように益体のない言い訳を並べました。やはり、最初の誓いを破って人間を賢くするのは不義理だとか何とか。そこでわたくしは、こんな方便を使ったのです」
『わたくしが人間を治め導いたのは、人間からあるものを採取するためだ』と、女神は、他の神々に言い繕ったのだという。
「一体何を採取すると言ったんだ?」
「祈りのエネルギーです」
祈り……?
そう言えばノヴァやコアセルベートのヤツらも、そんなことを言っていたような……?
「それはわたくしが女王イザナミとして、闇の神エントロピー信仰をヨミノクニに広める過程で、偶然発見しました。人の心は、一種のエネルギーです。その心が、神に向けて純粋な敬愛を発する時。その心は芳醇なエネルギーとなって神へと届くのです」
「それが祈り、か」
「そうです。神気とはまた違う人の心のエネルギー。その存在をわたくしは四元素たちに教え、味わうことを勧めました。そして彼らは、すぐさまその虜となりました」
人の祈りの力が。神々を酔わせ、虜にした。
そこまでの力が、人の心にはあるというのか?
「祈りのエネルギーを摂取した神々は、力を何倍にも高め、さらに味は格別。神々はすぐさま、より多くの祈りを集めようと、様々な試みを始めました。教団設立もその一つ、祈りを安定して得るために、自分たちを崇拝する者の集団を作り上げたのです」
「その元になったのが、ヨミノクニを襲った外敵というわけか?」
「お察しの通り。教団を作り上げた四元素の神は、さらなる祈りを得るために信者に命じて周囲の集落を襲わせ、住民を無理やり教団に組み入れ、勢力を拡大していきました。人はまさに、神に祈りを捧げるための家畜。そんな時代が千年ほど続きました。耐える時代でした。そして、変化が起こった」
「エーテリアルか」
エーテリアル発見による機械文明の到来。
それによって人の心は神から離れる。搾取する祈りのエネルギーも小さくなる。
「だからヤツらはモンスターなどを使って、茶番を演じている。そして、それすら上手く行かなくなると癇癪を起し、自分の信徒まで見境なく殺そうとする」
「そうです。ですが今の神々は、もう人間を滅ぼすことはできません。かつてヨミノクニを滅ぼしたように、今ある五大教団本部の街々を残らず皆殺しにすることはできないでしょう」
「それは何故?」
「彼らは千年近くもの間、人間の祈りのエネルギーを貪ってきました。それが彼らに思わぬ変化をもたらしたのです」




