253 闇の淵へ
地母神マントル。
ソイツは創世六神の一人にして、大地を司る女神。
僕にとっては共に協力して世界を作った仲間ではあるが、後に対立して争った。
千六百年を経て再会を果たしたものの、ヤツとはさらなる一悶着があって、結局僕はヤツを消滅させるしかなくなった。
僕の最大最強の抹消手段。
極限の闇ブラックホールによって。
そうして地水火風光闇を分担する中で地を司る神は、この世界から永久に消滅したのであった。
* * *
「ブラックホールは、闇の神たるこの僕の最終手段だ」
ここは、光都アポロンシティではない。そこから遠く離れた人なき異境。
誰もいない荒涼の地を進みながら、僕は言う。
「それによって僕はマントルを消し去った。神を消滅させられるとしたら、この手段以外にはないからな」
「神を殺せる唯一の力か。そんなものを持っているとは、さすが六神の頂点に立つ闇の神だな」
かつては僕の力に畏怖を抱き、越えようとしたシバが言う。
共に小型飛空機に乗って、誰もいない砂の上を並走している。
「マントルは、邪悪ではありませんがそれ以上に危険な子でした。明確に人への害意を持ったノヴァやコアセルベートよりも。マントルを消し去らねばならないと結論したハイネさんの気持ちはわかります」
僕の操る小型飛空機の後部席で、ヨリシロは僕の背にヒッシリとしがみ付いていた。
僕とヨリシロとシバ。
この面子で、誰も立ち入らない人跡未踏の地を進んでいる。
世界を指揮する五大教団それぞれの教主のうち二人までが政務から離れて問題と言えば問題だが、多少無理をしてでもこのミッションは達成しなければならない。
欠けてしまった創世六神の一人。
地母神マントルを、この世界に呼び戻すために。
僕らは、ここへとやってきていた。
光都アポロンシティから遥か遠く、風都ルドラステイツからも遥か遠い。
この『無名の砂漠』へ。
「ここへ来たのもいつぶりかな?」
見渡す限り砂だらけ。強烈な熱と乾燥によって、一度踏み込んだ者は生かして帰さぬ死の地平。
大陸の何割かを占める枯渇の砂漠地帯。それが『無名の砂漠』だった。
本来ならば誰も立ち入らない。命が惜しくて立ち入らない。そもそもこんな砂しかない場所に立ち入る用事なんかあるわけない。
そんなわけで誰も来ないことが普通の砂漠に、僕は用事があって何度か訪れたことがあった。
一度は闇都ヨミノクニ探索ツアーのために。
そして二度目は……。
「まったく、何故こんなところに来たんだ?」
シバが額の汗を拭いながら呟く。
暑さのせいかさすがに苛立たしげだ。
「地母神マントルを呼び戻すのはいい。アイツは場に流されやすい性格だから、復活できさえすれば協力させられる可能性は大いにある。しかし何故『無名の砂漠』に来たのだ? こことアイツに何か関係があったか?」
「この地域一帯を砂漠化させていたのは、マントルの神力によるものです」
ヨリシロからの発言に、シバは「えっ?」と目を丸くした。
「アナタも神として覚えているでしょう? 昔ここに何があったか」
「闇都ヨミノクニ……!!」
「そう。アナタたち四元素が、あの都市を滅ぼした折、一人の勇者が越えてはならない一線を踏み越えました。闇都に伝わる影の力を暴走させ、世界すべてを影の中に飲み込もうとしたのです」
それを阻止するためにヨリシロは、光の女神インフレーションとして闇都ヨミノクニもろとも影の怪物を地下深くに封じ込めた。
そう言えば、その手伝いをしていたのがマントルだったっけ?
「マントルには、ここら一帯を砂漠化させることで闇都ヨミノクニを地下に沈める手伝いをさせました。以後、彼女は千年以上に渡って神気を注ぎ、本来肥沃であるこの土地を砂漠として維持してきた」
そんなことをしていたのか……!
「じゃ、じゃあもしかして、マントルがゴーレムとか使って他の神より多く信仰を得ていたのに、衰亡してヒーヒー言ってたのは……!?」
「この『無名の砂漠』を維持するために、余分に神気を消費していたからです」
「「酷いッッ!?」」
それってキミが命じたからだよねヨリシロ!?
マントルは格上である光の女神の命令で、大量の神気消費を強いられていたわけか!?
「しかしそうしてまで闇都ヨミノクニを封じておく必要があったのだよなあ」
物理的にあの街を沈めておくだけでなく、砂漠化させることで人を寄りつかせなくするって意図もあったんだろうし。
「しかしマントルが消滅した今、この砂漠は少しずつ生命を取り戻しつつあるようですね」
ヨリシロが小型飛空機から降り、足元の砂に触れながらその生命感を感じていた。
「もう百年もすれば、『無名の砂漠』は完全なる生命を取り戻し、緑豊かな肥沃の地へと蘇生するでしょう。かつてヨミノクニが栄えていた時のように」
そうなるとちょっと厄介だな。
ここへたくさんの人が訪れて、『あれ』が目につきやすくなってしまう。
「それはわかったが、結局この場所がマントル復活と何の関係があるのだ? 今の説明では何もわからんぞ?」
ますます噴き出る汗を苛立たしく拭き取るシバ。
そうだな、いい加減そろそろ本題を切り出すとするか。
「わたくしたちが『無名の砂漠』にやって来たのは、これのためです」
ヨリシロが一見何もない虚空に向けて手を伸ばし、何事かを呟いた。
すると空間に亀裂が入り、そのまま砕け散った。
「なッ!?」
「驚くほどのことでもないでしょう。我が光の神力で、光の進む方向を捻じ曲げる結界を作ったのです。これのおかげで、人も動物もすぐ目の前にある『これ』を視認できなくなるのですよ」
その結界が取り去られたことで、僕たちの眼前には、そこにあるものがハッキリと見えるようになっていた。
荒涼たる砂漠に浮かぶ暗黒の球体。
「まさか……! これは……!」
「下手に近づくなよ? あれの重力圏内に捕まったら、お前も吸い込まれて神の魂すら戻ってこれなくなるぞ」
そう、この『無名の砂漠』にあったのはブラックホールだった。
僕が地都イシュタルブレルトで作り出したもの。地母神マントルと、その下僕グランマウッドを吸い込み消滅させたヤツとまったく同じものだ。
「イシュタルブレストでことを済ませたあと、僕の手でここまで移動させた」
一時的に、消えてしまったかと見えるほどに自己収縮させてから。
イシュタルブレストでみずから消え去ったかに見えたブラックホールは、実は消えていなかったのだ。
消えたように見せかけて、ここまで移動させた。
そこまでで精いっぱいだった。
「こんな砂漠なら誰かが好き好んで近づくこともないからな。念のためにヨリシロに頼んで光学迷彩までかけてもらって。まかり間違って人が吸い込まれないよう万全を期した」
人が寄りつかないことにかけて、この『無名の砂漠』ほど都合のいい場所はない。
「なな、何故そんなことを……!?」
シバが顔を青くしながら尋ねてくる。
その疑問ももっともだろう。僕は答えることにした。
「消せないからだよ」
一度作り出したブラックホールは。
「僕の意思では消すことができない。だから極力使いたくなかったんだ。一度作り出したらほぼ永遠に存在し続けるから」




