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251 魔への切り札

 こうして幾ばくかの時間を無為に食い潰してから、やっと本題が話し合われ始めた。

 ……と言うか僕たちはまず最初に無駄な話をしないと先に進めないのか?


「……神勇者か」


 既に風の教主として、そして風の神クェーサーとしての落ち着きを取り戻したシバが、真面目に考え込む。

 こういう姿勢を見て、常に僕は思うのだ。

 何で最初から真面目にできないのか? と!


「随分と思い切った手を思いついたものだなヨリシロ。……いや、ここは光の女神インフレーションと呼ぶべきか」


 神勇者とは……。

 ここにいる光の女神インフレーションの転生者――、光の教主ヨリシロが考案した、勇者パワーアップの手段である。


 これからの戦いで先陣を切ることになるカレンさんら勇者に、神の一部を分け与えることで人を超えた神力を発揮させる。

 その力は、あの魔王たちとすら互角に渡り合えるほど。

 まさに必勝の切り札。


「……先日、予期せぬことでしたがわたくしとカレンさんの交合によって初の神勇者形態を発動させました。光の神勇者。成果は上々というべきでしょう。あれほどの力なら、人間の手で魔王を倒すことも不可能ではありません」


 とヨリシロが自信満々なのを無視して、シバが指摘した。


「その相手は、先代光の勇者だったそうだな」


 指摘に、流暢だったヨリシロの言葉が止まる。


「お前たちは魔王でもない人間相手に切り札を使わされたというわけだ。そこまで追い詰められたとな。お前のところの前勇者は……、たしかアテスという名だったな? しかもそれだけの力を使ってなお、とどめを刺せずに取り逃がしたとか」

「アテスさんの行方については、光の教団の総力を挙げて捜索を続けています。どちらにしろ彼女も、魔王に匹敵する脅威と考えるべきでしょう。何をしてくるかわからないという点で、魔王より不気味です」


 ヨリシロは素直に、アテスが恐るべき存在であることを認めた。

 これから味方としてシバを頼りにしなければいけない以上、ヘタな強がりは信頼を失うだけということを彼女はわかっている。


「今日の議題は、神勇者だ」


 仕方なく僕が助け舟を出すことにした。


「アテスの存在はたしかに不気味だが、人類にとって直近の脅威は四魔王。そして魔王たちを倒すために不可欠になりそうな手段が神勇者だ」


 この間はヨリシロとカレンさんが心を一つに合わせることで光の神勇者が生まれたが……。

 ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエル。四人の魔王を倒すためには、光の神勇者となったカレンさん一人ではとても足りない。


「全員が必要だ。地水火風光。五人の神勇者が」


 火の勇者ミラク、水の勇者シルティス、地の勇者ササエちゃん、風の勇者ヒュエ。

 彼女たちもまた神勇者となって初めて、魔王たちとの全面対決の準備が整う。


「……なるほど、この俺を風の教主としてでなく、風の神クェーサーとして呼び寄せた理由は、それか」


 シバはさすがに理解が早かった。


「つまり俺がヒュエと心を通わせ、神としての我が一部をヒュエに分け与えれば、ヒュエは風の神勇者になれる。そうすればアイツはラファエルをも打ち砕くことが可能というわけだ」

「そういうことです」


 ただそれも、ここで風の神クェーサーであるところのシバが「応」と言わなければ構想瓦解してしまうのだが。


「いくつか質問させてもらおう」


 そして人間としては風の教団を一つにまとめる教主職に就く男だ。

 当然ながら、その首は簡単に縦にも横にも振られない。


「我々が勇者たちに与える一部だが……。祈りのエネルギーを力に変える機構だと言ったな? 本気で言っているのか? あるいは正気か?」


 そこまでシバが難色を示すのも仕方のないことだった。


 祈りの力こそ、ある意味でこの世界に長く続く混乱の元凶というべきもの。

 人が神に対して発する祈りは、高純度にして大出力の心のエネルギー。それを取り込んだ神々は、それ以前とは比べ物にならないほど強大化し、我が世の春を謳歌した。


 その頃闇の神エントロピーたる僕は封印されててまったく関係なかったけど。


 しかし、あまりにも長く祈りのエネルギーを浴び続けたことで神々は変質してしまい、逆に祈りのエネルギーなくば存在を保てないほどになってしまった。


 一方、人間は文明が進むことによって神を必要としなくなり、比例して祈りも少なくなっていく。

 祈りの減少によって、その影響をもっとも受けた四元素の神どもは、ピーク時から見る影もないほどに衰退してしまったのだ。


 今目の前にいるシバ――風の神クェーサーも、その四元素の一人だった。


「祈りの力は凄まじいものだ。たしかにその力を吸い上げれば、勇者たちは百倍単位でパワーアップできるだろう。神勇者が吸い上げるのは、神への祈りだけでなく勇者当人への祈りの力も対象になるそうだな?」

「人気や、信望と言い換えてもいいですがね。いずれも祈りの心に通じるものです。今代の勇者であるカレンさんたちは、人々の人気から言っても歴代最高です。だからこそ神勇者となることが有効になる」

「…………」


 シバは発言しなかった。

 祈りの力の恐ろしさを知っているのは、他でもないヤツだ。

 祈りは神にとって麻薬。まず天国を与え、次に地獄へ引きずり込む。

 かく言う僕は理屈でしかその恐ろしさを知らないが、シバはそれを体感しているのだ。


「祈りの力がもたらす侵食は、わたくしたち神が引き受けるシステムになっています。カレンさんやヒュエさんに、取り返しのつかない負担は与えません」


 それは裏を返せば、キツいことは全部神が丸被りするということで。生半可な覚悟で「そうですか」とは言えないだろう。

 繰り返し言うが、シバはそのキツさを、実際に身をもって味わっている。


「……もう一つ質問させてもらう。魔王たちを、我々神のみで解決することはしないのか?」

「それは……」

「僕から言わせてもらおう」


 たしかに闇の神たる僕一人でもいれば、魔王など簡単に駆逐できるだろう。

 仮にヤツらが四人全員で束になってかかってきても、十回戦って十回勝つ自信がある。


「しかしこの危機は、人間自体に降りかかった災厄だ。人間は、自分の問題を自分で解決しなければならないと思う」

「……」

「それをせずに神の助けで簡単に救われてしまったら、人間は自分で自分を助ける力を失ってしまう。それは、人間にとって最大の不幸じゃないのか?」


 人間は、自分で試練を乗り越えてきたからこそ、ここまで進歩できたのだ。

 人間はこれから、万物の霊長の座を賭けてモンスターと争う。

 そして霊長の座は、自分でそれを勝ち取った者だけが立つことを許される。

 誰かに助けてもらうことが当たり前になってしまった者は、みずからの足で立つこともできない。

 人間がそんなものになってしまうのは、僕は嫌だ。


「もちろん、今は僕もクロミヤ=ハイネという人間だ。いよいよとなれば僕も一人の人間として魔王と戦う。でも……!」

「皆まで言うな。人間全体の可能性に懸けてみたい、と言うのだろう」


 シバが手を挙げて僕を制した。

 そして僕の言いたかったことを先に行ってしまう。


「それに加えて、魔王たちは狡猾です。絶対負けるとわかっている以上、ハイネさん相手に束でかかってくるような愚策は講じぬでしょう。逆に逃げまくって、手薄となった都市や村落を潰すゲリラ戦に徹するはずです」


 ヨリシロの意見ももっともだ。

 そんなことになったら泥沼だ。その果てに魔王を倒せたとしても、人間は半分以上が消滅し、文明も停滞するか大きく後退する。


「やはり戦力の頭数は必要です。少なくとも魔王と同等の人数の、魔王に匹敵する戦力が」

「そのための……、神勇者か……」


 シバは心を決めたように言った。

 あるいは最初から決まっていたのかもしれないが。


「わかった、俺もヒュエと共に風の神勇者化を目指してみよう」


 快諾。


「既にこの体は一度崩壊寸前までになり、戦うことができなくなった。この上まだ人間のために役立てるとすれば、ヒュエと負担を分け合うことぐらいだろう」


 千六百年の時を超え、すっかり人間好きの派閥となった風の神の心強さ。


「闇の神を超える強さを得るために、俺と共に発展してきた風の民。今さらモンスターなどに潰されて堪るものか。俺たちはまだまだ一緒に先へ行くのだ」


 これでまた一人、神勇者が誕生する目途がついた。

 しかし問題はこれからだった。


 何故ならこれ以上、神勇者が生まれる可能性がないからだった。


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