212 魔王現る
私とアテス様の協力で完成した巨大光剣。
それが巨大スライムの上から下までを真っ二つに斬り裂くと同時に、その半液状の巨体は粉々に爆散した。
ただ斬っただけでは、そうはならなかっただろう。
切断という、ある意味もっとも綺麗な壊し方。断面から半液状の体を繋げ合って、すぐに再生したはずだ。
しかしそれがなく、粉々に砕け散った。
「ということは…………!」
「核を破壊できたのだ!」
地表に散らばる勇者たちから喝采の声が上がった。
もはや地水火風、先代現役の隔てなく、皆で抱き合い喜びを分かち合う。
「凄いぞミラク! あんなに巨大なモンスターが跡形もなく! こんなの初めてだ!」
「キョウカ姉者……! 嬉しいからと言って抱きしめるのは……! 胸で窒息する……!?」
「こんな達成感初めてです! 小型モンスター倒すのとは段違い!!」
「ま、アタシらはそれを毎回味わってるんですけどねー」
「よく頑張ったよぉササエちゃん。 現役さんは何度もこんな大変な目に合ってるんだねぇ」
「お褒めに与り恐悦至極だす!」
「一応褒めてあげる義妹……!」
「誰が義妹だ!? こんなヤツ、スライムの中に放り込んでやればよかった!」
キョウカさんとミラクちゃん、サラサさんとシルティスちゃん、ヨネコさんとササエちゃん、ジュオさんとヒュエちゃん。
皆さっきの試合でのいがみ合いなどウソのように打ち解け合っている。一部除く。
……でも、私たちは違った。
私――、コーリーン=カレンとその先代アテス様。
私たちの中には、勝利の達成感など微塵もわかなかった。何故なら……。
「な、何この手応え……!?」
「この手応えは何ですか……!?」
いまだに形成されたままの巨大光剣、その刀身を経由して伝わってくる異様な手応えに、神経が怖気立つ。
「……だす? カレン姉ちゃんたちなんでまだ光剣出しっ放しだす?」
「あんな燃費の悪いもの早く引っ込めたらいいだろうに」
「カレンッちー? どうしたのー?」
皆も少しずつ異変に気付き始める。
私は震える声で答えた。
「止められてる……!」
「「「「え?」」」だす?」
「私たちの『聖光両断』が、何かに受け止められてる!? 何なのこの手応え!? まるで鋼鉄に包丁入れてるみたいな……!?」
巨大光剣の刀身の先は、ミラクちゃんたちが作ったガラスの破片や、スライムの残骸で視界不明瞭だった。
「『フレイム・バースト』!!」
それをミラクちゃんが吹き飛ばす。
そして開けた視界の中に現れたのは、『聖光両断』を片手で受け止める、人間の姿……!?
「「「「ッッ!?」」」」
いや、違う。
アレは人間じゃない。樹?
シルエットは人に違いなかった。足が二本腕も二本、頭もある。どこからどう見ても人間。
でも表面が樹皮そのものだった。しかも何百年もの樹齢を経た樫の木みたいに色黒でデコボコ。
そんな表面をした人間は一見老人であるかのようだったが、そうとはまったく感じさせない、全身から発せられるオーラの激しさ。
その、一言で言うなら樹木人間が、片手で巨大光剣を止めている。
いや違う。片手ですらない。正確には手の先の小指だけで、光の勇者二人がかりの渾身の攻撃を止めている。
小指だけって……!?
「何だ……!? 何なんだヤツは……!?」
「この圧倒的な気迫……!? どこかで感じた覚えが。……まさか!?」
ヒュエちゃんが、思い当たる節に呻く。
実は私もそうだ。今いる新旧十人の勇者の中で、かつてアイツに遭遇した記憶があるのは私とヒュエちゃん二人だけ。
あの樹木人間の背中からは太い枝が左右に一本ずつ伸びて、広く枝分かれし、多くの葉を茂らせていた。
それは翼のようなシルエットを印象させた。
やはり似ている。気配、シルエット。
あの魔王ラファエルに。
「おめでとう。我がゲームをよくぞクリアした」
樹木人間は言った。
私たちの『聖光両断』をいまだ受け止めながら、声にも負担の色は少しもない。
「……ゲーム、だと?」
「ああ。遠くに、矮小だが様々な種類の神気がぶつかり合う気配を感じてね。愉快そうなので私も混ぜてもらいたくなったのさ。しかしただ訪問するのも芸がないので、一つ趣向を凝らしてみた」
それがあのスライムだっていうの!?
あんな巨大モンスターが、ヤツにとってはゲームの一種……!?
「いやぁ、まさか街に到達する前に外装を剥がされるなんて思わなかったよ。思ったよりできる子だねキミたちは。ラファエルの泣き言を聞いた時は半信半疑だったが、やはり遊び相手としては優良のようだ」
まさか……、巨大スライムの核はコイツ自身だった!?
スライムは、ヤツを中心にしてまとわれた、半液状の地の神気の塊……!?
「ラファエルだと……!? ではやはりお前は……!?」
ヒュエちゃんの戦慄に、ヤツは答えた。
「私はウリエル。地の魔王ウリエル」
やはりコイツは、かつてルドラステイツで出会った風の魔王ラファエルの同類。
マザーモンスターが、その命と引き換えに生み出したという究極モンスター!?
「これが魔王……!?」
「なんてプレッシャーなのよ……!? 動けない……!!」
「正直言って怖いだす……!」
初めて魔王と出会うミラクちゃん、シルティスちゃん、ササエちゃんも、魔王の既存能力というべき猛烈な気迫に膝の震えが止まらないでいる。
「くそッ……!?」
二度目の遭遇である私やヒュエちゃんもそうだけど。
「おっと、そんなに怯えないでくれ。私はもう帰るからさ」
「え?」
「言ったろう、今日は遊びに来ただけだって。スライムの外装を破壊された時点でゲームはキミたちの勝ちさ。遊びに負けて本気になったんじゃ、魔王の名に傷がつくだろ?」
そういってウリエルは、フワリと浮き上がった。
既に巨大光剣は、ヤツからのプレッシャーに掻き消されている。
「じゃあね脆弱な人間たち。今日はそこそこ有意義だったよ。いずれ私たちに滅ぼされるまで、残り少ない時間を楽しむといい」
そう言って、ウリエルは飛び立とうとする。
それを見送り、私たちは全員例外なく思ったことだろう。「助かった」と……。
同時にそれがこの上なく悔しかった。本来モンスターを倒す最高戦力の勇者が、モンスターから見逃されて安堵するなんて。
私たちじゃ魔王に勝てない。改めて思い知らされる。
じゃあ、ここまで苦労して団結した意味って何なの……!?
悔しくて涙が溢れ出そうな、その時だった。
「逃がすと思うか?」
その声の主は……。
「ダークマター・セット」




