210 援軍来たる
「何をしているミラク!」
「え?」
背後から轟き渡ってくる声に、ミラクちゃん悪寒。
「その程度の敵に怯むなど、火の勇者のすることか! 勇者は常に前進あるのみ!」
「キョウカ姉者!?」
先代火の勇者アビ=キョウカさんが戦場に現れた!?
いや待って……。他にも人影が。
「モンスターなんぞ前にしたら昔の血が騒ぐよぉ。ジッとしていられなくなっちまったよ」
「せめてモンスター退治に貢献することで、今回の汚名を……」
先代地の勇者ヨネコさんに、先代水の勇者サラサさん!?
「ヨネコ姉ちゃん何しに来ただす!? また赤ん坊さ祖母ちゃんに預けてきただすか!?」
「オラたちも元は勇者。今日は神具まで再下賜してもらったっていうのに、何もしないではメンツが立たねえよぉ」
「というわけでこの戦い、オレ様たちも参加させてもらう。行くぞ! 火の神ノヴァに勝利の供物を!」
「地母神マントル様、ご照覧あれだよぉ!」
スライムの巨体に向けて突貫しようとする。
それを見て後輩たち大いに慌てる。
「うわぁーーーッッ!? 姉者待って! ホントに待って!!」
「あのスライムは飲み込むものなんでも溶かしちまうんだすよ! 接近戦なんか挑んだら拾う骨も残らんだす!」
それぞれ特攻しようとする先輩たちに飛びついて止めるのだった。
「……何故先代たちは突撃することしかできんのだろうな?」
その様子を小型飛空機から乗って眺める私とヒュエちゃんだった。
「フフフ……、やっぱり他教団の勇者は単細胞ですなあ」
先代水の勇者サラサさん。
水扇をかまえて意気揚々と歩みだす。
「新しい骨に張り替えて水扇ダヒュ復活。近づけないなら遠距離攻撃。ウチの『水斬刃』が打ってつけです!」
扇の端から放たれる水圧カッター、それは巨大な的であるスライムに当然のように当たって、当然のように弾かれた。
「え?」
「言っとくけどあの水まんじゅう地属性。アタシとアンタは完全に役立たずよ」
「酷すぎますぅ!!」
シルティスちゃんの宣告に泣き崩れるサラサさん。
弾かれた『水斬刃』は無数の水滴となって砕け、溶岩の堀に落ちてバチバチッ、と激しい音をたてた。
溶岩の熱で一瞬にして水が気化した音。蒸発の勢いで溶岩も弾けてあちこちに飛ぶ。
「うわッ! あぶねえ! ホント何しに来たのよアンタら……! って……!?」
?
どうしたんだろう? シルティスちゃんが何かに気付いたみたい?
「……これ、行けるかも。『大水波』!!」
いきなりだった。
シルティスちゃんが溶岩の堀に向けてたくさんの水を放つ。さっきの『水斬刃』の時同様、耳をつんざくような音をたてて蒸気が迸る。
「うわッ!? どうしたシルティス!? 何のつもりだ!?」
「せっかくの溶岩が冷やされて岩に戻るだすよ! シルティス姉ちゃん、自分が役に立たないからって嫉妬だすか!?」
そんなわけがない。シルティスちゃんは賢い子だ。
きっとこれにも考えが……!
「違うわよ! 溶岩は冷えて岩には戻らない! ガラスになるの!」
「何!?」「んだす!?」
シルティスちゃんの発言に、ミラクちゃんササエちゃん面食らう。
「この辺の土壌には、ガラスの材料になる石英が多く含まれてるみたい。それをドロドロの溶岩にして、冷やせばガラスになる……!?」
まあ、天然ガラスだから正確には黒曜石だろうけど。
「さっきサラサのアホが溶岩に水掛けた時に気付いたの! ガラスは、酸に浸しても解けない。あのスライム相手でも、そうなるかも!」
「なるほど……!」「だす……!」
「二人とも! もっとたくさんの溶岩作って! それをアタシが冷やしてガラスを作る! それでドデカいガラスの壁を作ってアイツを通せんぼするの!」
シルティスちゃん頭いい!
でも、そんな上手くいくの?
「ササエッちは地の神気流してガラスができやすいように『錬金』して! アンタだけ負担が大きいけどやれるわよね!?」
「ハイだす!!」
「しかしシルティス! さすがにオレたち三人がどんなに頑張っても、あの水まんじゅうを阻めるだけの巨大なガラスを拵えるのは不可能じゃないか!? 時間ないんだぞ!」
「行けるんじゃないの!? だってここにはもう一揃え、火と水と地の勇者がいるんだから」
「「「え?」」」
キョウカさんとサラサさんとヨネコさんがポカンとした。
自分たちのことだと気づくのに間が空いたみたい。
「ふッ! ふざけるな! それはつまり、お前たちみたいな神気を合わせた技をオレ様たちにも使えと言うことか!?」
「嫌だよぉ、こんなヤツと手を繋ぐなんて!」
溶岩を作るためには火と地の神気が複合しなければいけない。
キョウカさんとヨネコさんの協力が必要不可欠なんだ。
「お願いします!」
私は、後ろにヒュエちゃんを乗せたまま小型飛空機で急行した。
「人々のピンチなんです! 教団とか、先代とか現役とかも関係ない、人々を守るためなんです! 皆さんの力を貸してください!!」
「…………ッ!」「…………!!」
キョウカさんとヨネコさん。
二人は嫌そうな目で互いを見詰めていたが。
「ええい! オレ様たちは今日負けた! だから今日だけは貴様らの流儀に従ってやる!」
「……オラも母親になって気が脆くなっちまったよぉ。ずっと後さあるあの街にも、母親や子供がたくさんいるんだよぉ!」
二人の手が繋がれる。
既に同じ体勢のミラクちゃん、ササエちゃんと同時に……。
「クッソ、あんまり引っ付くな手だけ繋げばいいんだろうが! 何故、体全体でくっ付く必要がある!?」
「アンタのおっぱいがデカいんだからだろうがよぉ! そんだけデカければ必ずどこかにくっつくよ!? こんだけ立派なモノお持ちなら、さっさと子供拵えて正しい用途に使いなよぉ!」
「デカいのはお互いさまだろうが! ……クソ、マジで地の神気が体内に流れ込んできやがる。何だこのヘンテコな感覚は!?」
「気だけじゃなく心まで流れ込んでくるよぉ……! アンタ憎まれ口ばっかり叩いてるくせに、後輩火の勇者のこと心配しまくってるじゃないかよ!」
「口に出してバラすな! 貴様こそ、あのチビ地の勇者のこと妹同然に思っているんじゃないか! 新しい服を縫ってやろうとか心の底で思ってるんじゃない!!」
うわあ……!
あの二人、ケンカしながら神気を混ぜ合わせ合ってる……!
「「『マグマ・オーシャン』!!」だよぉ!!」
二ヶ所から湧き出る溶岩の奔流。
巨大スライムを取り囲むように広がっていく。
「先輩! 次はアタシらの出番よ! 地の勇者ズがガラス化しやすいよう『錬金』をかけてるから、アタシらはガンガン冷やしていくだけでいいわ!」
「アンタさんが命令せんといて! 今度こそ汚名返上……! 全力『大水波』!」
シルティスちゃんとサラサさんの放つ大水が、溶岩を覆って冷やしていく。
濛々と上がる水蒸気。
その間も少しずつスライムは迫ってくる。
ヤツが通り過ぎてからじゃ遅い。お願い間に合って……!
「母ちゃん! 頼んだだす!!」
次の瞬間、ササエちゃんの足下から女神ゴーレムが現れる。
ヨネコさんとの試合で見せたのと同じもの。
女神ゴーレムさんはササエちゃんの意思を汲むように地面に両手を突き立て、冷えて固まった天然ガラスの大塊を起こし上げる。
何と言うか、冬の日の水たまりに張った氷みたいだった。
その巨大ガラスの壁を、そのままにスライムへ叩きつける。
「やった! 溶けない!」
シルティスちゃんの想像通り、スライムは巨大ガラス塊を飲み込み、溶かそうとするがまったく思うようにいかないらしい。
徒労によって進行が止まる。
ついにスライムの動きを止めることに成功した!
「チャンスだよヒュエちゃん! 行こう!」
「承知!」
今度は私たちが動く番だ。




