153 個と全
黒雲が、まるでみずから意志を持つように渦を巻く。
僕らの頭上で。
その渦の中心から、黒雲の一部が蜘蛛の糸のごとく細く伸び、そのまま下へと伸びていく。
そして、満身創痍のまま立ち上がったシバへと降りてくる。
「紹介しよう。コイツらが我がマザーモンスター、ベルゼ・ブルズだ」
「風のマザーモンスター!? その黒い、煙がか!?」
そうとしか言い表しようがない。
遠くから見れば黒雲。近くから見れば黒煙。
とてもではないが生物には見えない流動体。いかにモンスターでも、まがりなりにも生物ではないのか?
「コイツらには、風属性のモンスターを産みだすと同時に、我がルドラステイツを隠し守る役割も担わせてきた。即ちそれが『風の結界』。仮に偶然、風都に遭遇する旅人がいたとしても、コイツらが都市内まで立ち入らせん……!」
「何もかも混然一体に利用しやがって……! 人も都市もエーテリアルもモンスターも、お前が一番有効活用してるんじゃねえか!?」
「どうだかな。しかしそれも今日限りだ。すべてをコイツらが食い潰すのだからな!」
シバの号令と共に、黒い煙が怒涛に波打ち僕へと迫る。
アレを浴びたら絶対ヤバいと、僕の本能が告げる。
「くッ!?」
僕はそれを正面から迎え撃った。
暗黒物質を放出、こちらも怒涛のうねりとなって黒煙とぶつかり合い、押し潰す。
「その黒煙、どういうものかは知らないが、さすがに正面切って暗黒物質とやりあえる力はなさそうだな。触れた傍から神気を消し去る手ごたえを感じるぞ……!」
「たしかにそうかもな……! しかし、お前以外のヤツはどうだ?」
「ッ!?」
思い当たることがあって、横を向く。
そして目に映ったのは、僕自身と同じように黒い煙に襲われている勇者、教主の一団が……!
「くそッ!!」
すぐさま駆け出し、皆の下へ直行する。
シバからは離れてしまうが、こうなっては仕方がない。
「きゃああああッ!?」
「何だす!? 何だす!?」
「とにかく、触れたらヤバそうということだけはたしかだ! 『フレイム・バースト』!!」
ミラクが放つ大火に、黒い煙は触れた端から焼き尽くされ、侵攻を阻まれる。
おかげで教主も勇者も、依然無事だ。
「皆!!」
僕も一団の下へ駆けつけ、暗黒物質を周囲に解き放つ。
「ミラク! この黒い煙には僕とお前の力が有効みたいだ! 二人で片面ずつ受け持って、完全ブロックするぞ!!」
「心得た!! しかしこの煙……! 火の神気が有効ということはやはり風の何かなのか!?」
神気の相性において、風に強いのは火。
火は風を吸い込み火勢を増して、その熱によって空気の流れを掻き乱す。
ミラクとの初遭遇の時、風属性モンスター、ピュトンフライの群れを一撃にて焼き尽くしたことが思い出される。
そして同じことが今日も起きているということは、この黒煙が風のマザーモンスターであるというシバの言を、一面で証明しているということでもあるのかもしれない。
「この煙、得体が知れない! せめて、その正体が何なのか判明するまでは絶対に触れるなよ!!」
「正体といっても!! どうやって判明させればいいのだ!! 見た限りでは、自分の意志があるように動く以外は、本当にただの煙だぞ!?」
シバのヤツに直接聞きだすのが一番早いのだろうが、アイツは闘技場の中心に残ったままニヤニヤとこちらを眺めるばかりだ。
僕が暗黒物質を、ミラクが炎を絶えず放出し続けるが、煙は後から後から母体たる黒雲より伸び降りてくる。
それを絶えず焼いたり消滅させなければならない膠着状態に陥っていた。
「風の教主は……! 一体何を……!?」
誰の呟きか、それは当然の疑問だろう。
風の教主シバだけは、何もすることなく闘技場にたたずみながら、しかしまったく無事。黒い煙に何かされる様子もない。
しかしだからと言って「僕たちも無事で済むんじゃないかなー?」と楽観的にもなれない。
この異変と、風の教主に何らかの関連があるだろうというのは、相当鈍いヤツでなければ感じ取るだろう。
「ハイネさん! 風の教主様は、何をしようとしているんです!? この黒い煙は、一体……!?」
そしてその疑問は、ついさっきまで風の教主とやりあっていた僕に向けられるのも当然ですよね。
割とたくさん話もしていたし。
「いや……、あの……、その……!」
しかしさすがにありのままには言えない。風の教主の正体は風の神ご本人で、唐突に自暴自棄になり世界と心中するつもりだなんて。
僕が言いあぐねていると……。
「それよりもカレンさん」
ヨリシロがいいタイミングで発言する。
「光の神力は、ただ光閃で敵を滅するだけの力ではありません。それだけならば火の神力と変わりありません」
「ヨリシロ様? 何ですいきなり?」
「光の神力を、目蓋に集め、瞳を凝らして見なさい。眼とは、反射した光を取り込み、事象を捉える感覚器です。神力で反射光がもつ情報精度を高めることにより……」
「こっ、こうですか……? ッ!? きゃああああああッ!?」
ヨリシロに促されて、何かを見たのだろうか?
カレンさんが、年相応な悲鳴を上げた。
「なんだ!? カレンどうした!? ……クソッ、こんな時に限って手が離せないとは!!」
「アンタは邪念に惑わされず炎の壁張ってなさいレズ勇者!! で、カレンッち何があったの!?」
尋ねるシルティスに、カレンさんは震える声で答えた。
「この煙……! この煙……!!」
「え?」
「虫です」
え?
「ハエかアブのような羽虫ですわね。ただ、物凄く小さい。砂粒よりもさらに小さい、そんなハエが、何十、何百万匹と群れ成している。それがこの黒煙の正体です」
「ひぃッ!?」
ヨリシロの追記に、思わず声が漏れ出てしまった。
つまりこの黒い煙って、小さな小さな虫の集合体!?
「ぬおおおおおお~~~~~ッッ!!」
それを聞いてミラクも、炎の勢いをさらに増す。
「その通り」
いつの間にかシバが、すぐ近くまでやって来ていた。
「風のマザーモンスター、ベルゼ・ブルズ。その正体は超小型ハエ型モンスターの集合体だ。何百億という大群でありながら、それ自体で一個。一群にて一種のモンスターなのだ。それらが周囲に散り、何処そこへ卵を産み付けることで、風のモンスターは生まれる」
コイツ、そこまで核心的なことを皆の前で……。
「風に乗って現れ、腐肉にたかり贄として、卵を産み付け新たなる命へと変える。生命とはすなわち汚れから生まれる。それをもっとも体現する者こそ王群ベルゼ・ブルズ。その者たちの手によって、今日世界は終わるのだ!!」




