140 教主集結
「これは……ッ!?」
風の教主シバが、思わずたじろぐ。
彼を取り囲むのは、いずれも名だたる五大教団の教主たち。
地の教主、『根こそぎシャカルマ』
水の教主、ル=アジュール。
火の教主、猿王エンオウ。
そして光の教主ヨリシロ。
「やっほー、カレンッち」
「寂しくなかったかカレン!?」
水の勇者シルティスと火の勇者ミラクもやって来た。
「あっ、ミラクちゃんシルティスちゃん! 教主さんたちを連れてきてくれたんだね!!」
カレンさんも喜んで、友人たちと手を取り合う。
その様子を、目を細めながら眺めるヨリシロ。
「事前の根回しが効きましたね。勇者同盟は、こういう形でも効果抜群です」
そうか、日頃アポロンシティで集まり駄弁ってる勇者たちを使者として利用したのか。
「地水火の三教主様たちには、既に勇者を通してわたくしの主張を伝えてあります。賛同して下されるなら、この場に来てほしいというメッセージも沿えて。皆様に今日お会いできたということは、そういうことでよろしいのですね?」
教主の中で間違いなく最年少だろうヨリシロが、遥か年上の同格者たちを見回す。
「……まあ、ウチは前の件で大きな借りができちまったからね。それを返す意味でも、この話に乗らせてもらうさね」
「教主だろうと商人だろうと、未来の利に聡くなければいけません。ヨリシロ殿のご主張に、吾輩は商機を感じ取りました」
「漢たるもの熱血たれ」
地水火三教主の肯定的なお言葉。
それを受けて風の教主シバは、苦々しい顔つきになる。
「さあ、どうするね風の教主? 五人中四人が同意してるんだ、アンタさ一人が異を唱えても、ただのワガママちゃんに見えるだけだよ?」
「……ふん、よかろう」
シバは吐き捨てるように言った。
「光の教主の主張、興味が湧かぬわけでもない。それが上辺だけの世迷言でないかどうか、詳しく吟味しようではないか」
「ありがとうございます。それでは五教主会談は満場一致で開催決定ということで……、あの、会場は本当に、そちらの希望通りでよろしいのですか?」
希望? 会場?
キョトンとしている僕に、風の教主シバが大掛かりに宣言する。
「よかろう。今回の教主会談は、我が本拠ルドラステイツで行う。だからこそ我々は都市を伴いやって来たのだ」
え?
つまり僕たち、あの移動都市の中に入れるってこと?
僕の隣でカレンさんとヨリシロが小声でヒソヒソ話し合う。
「これは……、何だか凄いことになってきましたね? 謎に包まれた風都を拝見することができるなんて……!」
「ええ、長いこと余所者を拒み続けてきた風都にわたくしたちを招き入れるなんて。しかも頼んでもいないのに。それこそどういう風の吹き回しかわかりません……」
やっぱり何か物凄いことらしい。
僕がを途轍もない空気を察している間も、トップ同士で話はドンドン進んでいく。
「風の教主シバ様。ご厚意はありがたいのですが、アナタ方は長く秘密主義を掲げ、その本拠たる風都はそれこそ誰も踏み入れさせぬ聖域であったはず。そこにわたくしたちを迎え入れる真意をお聞かせ願いませんか?」
「風の神の思し召し、とだけ言っておこう」
クェーサーの思し召しか。
あの空気神、何を考えてやがる。
「ただし」
シバが決然と言った。
「当然ながら入場者には制限を掛けさせてもらう。まず大前提として、入っていいのは教主のみ。護衛は各教団一人まで許そう。異存ないな?」
護衛は一人まで。
ということは必然的に、その役目は勇者が担うことになる。
「おやおや渋いですね。せっかくなので互いの理解を深め合えるようたくさん供を連れてきましたのに」
「漢たるもの熱血たれ」
教主たちもご不満のようだ。
しかしそれでも教主の行幸。
どの教団も護衛として百人単位の集団できていて、その中から一人しか同行を許さないというのは、たしかにケチな話だ。
「残りの者には、移動都市周辺で野営してもらう。そのための設備や食料も提供する。それで文句はなかろう」
「もし万が一……」
と言ったのは、地の教主のお婆さんだ。
静かだが、喉元に突き付けた鎌のように鋭い声。
「都市内部で不測の事態が起きたらどうするね? 都市に入るのは教主と勇者。いずれも教団にとって掛け替えのない存在だ。何かあった時にお前さ、責任とれるんかいね?」
「その時は……」
風の教主シバが薄笑いを浮かべた。
「外に待機している兵士全員でルドラステイツを攻めるがいい。勇者には及ばずと言えど、神気を操る戦闘者数百人がかりなら、移動都市のタイヤぐらい簡単に潰せる。そうすれば我らは、ここで立ち往生だ」
この二人の会話には言外の危うさが見え隠れしている。
ルドラステイツの都市内で起こる万が一の事態なんて、そう色々あるわけではない。
あるとしたら一つ。
風の教団がこの機に乗じて、自分の懐に入った他の教主勇者を虜にしてしまうことだ。
思えば、かねてよりの秘密主義を曲げて、いきなり他教主を本拠に迎え入れようなんて言い出すことが怪しい話。
何か下心があると邪推されても仕方がない。
かつて現役の勇者だったお婆さんはその可能性をほのめかして「おかしなマネをするんじゃないよ」と釘を刺し、対して風の教主は「怪しいと思えばいつでも攻め込むがいい」と受けて立っているのだ。
火花が散り合うかのようだ。
「自分から言うのも何だが、我が風都ルドラステイツは五大都市の中でも最小規模。擁する人員ももっとも少ない。正面から戦い合えば、真っ先に負けるのは俺たちだろうよ」
「だからこそ秘密主義を徹底し、エーテリアル研究を何処より先に進めてるんだろう。真正面から戦えばアンタらさが最弱なのは間違いないだが、真正面から戦う気なんてサラサラないくせに。油断ならない相手さね」
火花が散ってその辺から発火しそうだ!
「ま、まあ、よいではないですか」
その雰囲気にたまりかねて、一番芯の弱そうな水の教主が口を挟む。
「何を話し合い、何を決めるにしても、必要なのは教団同士での信用でしょう。信用がなければ何を決めたところで意味はありません」
「漢たるもの熱血たれ」
そして火の教主が言い添える。
「ふっ、まあいいさね。水のお人の言う通りだ、ひとまず風の、アンタさを『信用』してやるとするよ。裏切られれば、ブチ殺していい大義名分にもなるしね」
「フン、よかろう」
どうやらひとまず話はまとまったようだ。
「ササエ。アンタさ一緒に来ない。余所さんの街ば見とくことも後々勉強になるからね」
「わかっただす祖母ちゃん!」
「吾輩はもちろん、シルティスに護衛をお願いするよ。キミがいれば吾輩大船に乗った気持ちになれるからね」
「オッケー! 任せてよパパ!」
「漢たるもの熱血たれ」
「承知」
他の教団の人たちは、ドンドン護衛役を決めていく。
やはりと言うべきか、護衛役に抜擢されるのは例外なく勇者たちだった。
そこで問題は我らが光の教団。
ヨリシロの護衛として赴く人選は、普通ならば光の勇者カレンさんが妥当だが、ヨリシロには専属ボディガードと言わんばかりのドラハもいる。
加えて僕もまあ、いるが。
ヨリシロはこの中から誰を護衛に選ぶのか?
 




