第十七話 夕陽の照らすもの
「今、広場で村長が村人へ説明をしてる。避難経路だが、トーネを大きく迂回して森を南回りで避難する。魔物の出る森の中を村人を避難させるのはかなり大変だが、こうするしかない」
キノさんは地図を依頼票掲示板に広げて説明していた。あの場所にはこれからもっともっとたくさんの依頼票が張られる筈だったのに……
ポルト所長と職員は避難準備に荷物をまとめ、冒険者達は難しい顔で聞いている。
犠牲者が出ているし村人全員を避難させることの困難さもあるが、先ほど報告されたカースドモンスターについての詳細が原因だ。
カースドモンスターは元々の魔物の習性を受継ぐが、他の生物に対して攻撃的になる。
確認されたハーベストアントは約三十匹。その内、五匹がカースドモンスター化した戦闘蟻だ。他は作物を刈ったり巣穴に運ぶ運搬蟻だが、戦闘蟻に率いられていて凶暴化していた。そして女王蟻がトーネ集落近くの地下巣にいると思われる。
普通の戦闘蟻なら勝てる。
遠距離から魔法や弓で攻撃して弱らせてから止めを刺す。
だが、その五匹は体長が二メトルを超えていた。農緑色の体色は暗く濁り、増大した顎の力で冒険者の体を噛み千切ったそうだ。
赤い目が強く瞬く時には呪いの死眼攻撃が来る。
これは死の光線と呼ばれるもので視線を合わせていなくても効果を及ぼす。心を強く持って抵抗しなければ体が麻痺してしまうのだ。これで五人の冒険者が犠牲になった。
魔法攻撃に強い耐性を持ち、通常武器の攻撃も効かない。
神聖魔法は効果があるが、対アンデッドほどのダメージは無い。完全なアンデッドではないからだ。カースドモンスターとは生から死への間にいる呪われた存在なのだ。
そして再生能力。
カースドハーベストアントは難敵過ぎる。
やつらは習性通り刈り取った未成熟のホルス麦を巣に溜め込んでいるようだが、巣穴から発する呪いで周囲の土地が腐り瘴気が漂っていて近づけない。神聖魔法で浄化しないとやがてそこから魔呪禍病が発生するのだろう。
繁殖して増えるのかは未確認だが、新しい収穫物か他の生物を襲うため、やがて巣穴から移動するのは間違いないらしい。
今日明日にすぐ襲ってくる動きが無いことと、移動速度は遅いままなので逃げる時間があるのが救いだけど、エリネルトの作物を刈られて巣が出来でもしたら、土地が腐ってこの村は終わりだ。呪われた廃村になってしまうだろう。
森に罠を作ったり堀を作って落そうとか幾つか撃退案は出たが、相手が悪すぎた。運搬蟻は倒せても戦闘蟻には呪いの視線がある。魔法で防御しても長く戦えない。しかも再生能力持ちとなると……
「逃げるしかない」
そういうことになった。
それでも冒険者達の中には逃げることに不満を現し、戦おうという人もいた。魔物と戦うのが日常の冒険者には、でかい魔物を倒して名を上げようって思ってる人もいる。だが、戦いようが見つからないのでキノさんの説明を聞いているという感じだ。
ハルデンさん一家や村長さん、ビント君と交流のある俺としては、なんとか退治したい思いもある。でも。
俺は隣のレイナを盗み見た。
紫の瞳でキノさんが説明する地図を見入っている。
真剣なその表情はとても綺麗だ。
そう、俺にとって一番大事なのはレイナだ。
俺は避難計画についての説明に聞き入った。
広場には村人達が家族単位で集まっていた。女性や子供もいる。滞在中の商人達も集まっていた。これでも村にいる人全員ではないだろうけれど、かなりの人数だ。不安そうにしている人が多い。
陽は西に傾き暮れようとしている。
これから西の空がゆっくりとオレンジ色に染まっていくだろう。
そこに冒険者達八十名ほどが合流した。
これから避難計画の説明や班分けについてなどを話すのだ。
「みんな聞いて! 自分の班を間違えないように。移動中は冒険者さんたちに護衛してもらうけれど、自分達の身は自分達で守る気持ちを持って!」
魔法で拡声されたエリー村長の声が響いた。避難を決めたことを憂う様子は全く無かった。
続いてキノさんがどのように移動するかを説明する。
あまり細かい指示をしても難しくなるだけなので簡単な約束事。例えば家族単位で纏まって移動するとか、冒険者の指示には従うなどだ。
持参できる物品の量や村から持ち出す食糧や水などについては村役場の男性が話した。
夜の移動は危険なので移動開始は明朝だ。
門前に集合してから避難を始める。
全ての説明が終わる頃には、あたりは茜色の夕暮れになっていた。
村長が解散を促した。
それぞれ準備もあるだろう。
そしてこの村で過ごす最後の夜になる。
避難の準備に各自が動き出そうとしている中、一人の村人の声が響いた。
「リョータさんっ。どうして魔物を退治してくれねえだっ!」
ハルデンさんだった。
「ハルデンさん……」
ものすごい力で俺の肩を、しがみつくように掴む。
「助けてくんろ! 冒険者だべ! 頼むだ! 何でもするだ! おねげえだ!」
ハルデンさんは泣きながら俺の体をゆすっていた。
「頼むだよ! おらたちの村がなくなっちまうだ!」
俺にすがりつき頭を下げて血を吐くような叫びだった。
きっとここにいる村の人達の誰もが思っていることだろう。
俺はハルデンさんから開拓の苦労話も聞いている。やっとこれからもっと大きくなっていこうという時だ。
「ハルデン。やめなさい」
エリー村長だった。
「村長っ、だどもっ」
「ハルデン。通常の魔物ではないのです。あの時と違うのです。戦っても倒せない」
ハルデンさんの体が震えていた。
俺だって何とかしたい。
レイナと目が合う。
彼女もつらそうな顔をしていた。
「ハルデンさん。ごめんなさい。俺には……」
俺はヒーローじゃない。
レイナの安全を優先させることしか出来ない。
「……無理言ってすまねえだ」
そしてハルデンさんは俯いて、声を殺して泣いた。
彼らの拓いた村の土に、ぽたぽたと涙の雫が落ちていく。
夕暮れの中で、同じように涙をみせている人もたくさんいた。
俺の視線の向こうには、橙色に染まる空の下に彼らの開拓してきた畑が美しく広がっていた。
「さあ、避難の準備をしましょう」
エリー村長が静かな声で村人達を促した。
「ぼくはいやだ! ここに残る!」
まだ幼さは残るその声は、はっきりと響いた。
夕日に照らされた影は小さい。
「ビントっ、やめなさい! 何を馬鹿なことを」
ビント君はエリー村長の制止も聞かない。
「ぼくは戦う。ここはみんなの村だもん!」
「ビントっ」
ばしっと音がした。
エリー村長がビント君の頬を叩いたんだ。
「逃げるの。わかったわね」
エリー村長は声を抑えて言った。
ビント君は泣きながら叫んだ。
「いやだよ、だって、だって、ここはお父さんの守った村だもん!」
小さな拳を握り締めた彼の頬には涙がつたっている。
エリー村長は立ち尽くしていた。
「こんどは僕がたたかうんだっ」
子供の甲高い声はよく心に響いた。
「……ビント」
村長としてエリーさんは堪えていたのだろう、けれど、その言葉に崩れるようにビント君を抱きしめた。
「僕はっ逃げないんだっ」
彼は振りほどこうとするがエリーさんは離さずに何かを言い聞かせている。
それでも彼は夕陽に負けないくらいの真っ赤な顔で声を張り上げた。
「お願いです。冒険者さんっ! 僕は村を守るために戦いたいです! 僕に、魔物を倒す知恵を、力を貸してください。戦ってくれませんか! お願いです、依頼料はいくらなら受けてくれますか、お願いしますっ!」
少年は夕陽の中で泣きながら声を上げた。




