第十六話 呪災害魔獣
昼を過ぎて冒険者ギルドエリネルト仮出張所には、大勢の冒険者達が集まっていた。
トーネ集落から逃げて来た人が保護されたのが今朝のこと。すぐに救助と偵察に自警団員と冒険者が向かった。また、偵察隊の一部はそのままジュラーハに報告に行く。
逃げて来た村人の話では、襲ってきたのはハーベストアントという緑色の大蟻の群れだそうだ。
トーネの状態は偵察に同行した魔法使いが、使い魔を利用してギルドに報告を送ってくる。時間的にはそろそろ連絡が来る頃で、冒険者達がギルドに集まっているのだ。
魔物の襲撃とあって俺はかなりびびっていた。
さっそくレイナと一緒に逃げようと思ったくらいだ。ところが魔物の襲撃などよくあることで、村人も冒険者も警戒はしているが焦っていなかった。対応が厳重な気がしたけどこういうものなんだろうか。
辺境の村を襲う魔物、どうする俺?!
みたいなシリアス展開を心配していたのはどうやら俺くらいのようだ。
そうだよな、普通に魔物が出る土地なんだもんな。アンファングだって周囲に魔物がいるし。
皆さん気を抜いているわけではないが、気負いもせずに準備して状況を知ってから動こうというわけだ。
ジュシュアが教えてくれた。
蟻の魔物は何種類も存在するが、ハーベストアントは体長1メトルくらいの濃緑色の収穫蟻の魔物だ。
女王蟻を頂点に戦闘蟻や運搬蟻が数十匹の群れを作る。
森の奥で野生植物の実を集めたりして暮すが、ポーションの原料の草花も採ったりするのでたまに討伐対象になる。
また、農地に降りてきて人を襲い農作物を刈り取ってしまうこともある。地下に巣を作り、増えると次の作物を求めて移動する。
農家にとっては厄介な魔物だ。
アンファングでの出現頻度は高くないが、レイナとジュシュアは騎士団で何度か討伐をしたことがあるという。
牙の生えた強力な顎による攻撃と蟻酸には注意が必要だが、運搬蟻は強い魔物ではない。女王蟻は巣穴から出て戦闘に出てくることは無く運搬蟻と同じだ。
大型の戦闘蟻には気をつけなければならないが移動速度は遅い。よほど大きな群れでなければ退治できるという。
トーネ集落から逃げて来た人によると、少なくとも三十匹のハーベストアントが出現したそうだ。
この地方でハーベストアントが出たことは珍しく、強くない魔物といっても小集落の戦力では対抗できないので逃げるしかなかった。
エリネルト村はトーネ集落の行方不明者を心配しつつも、自警団が警戒にあたっている。
で、ジョシュアもまだ村にいる。
門のところで待ち合わせていた冒険者達も、通り道のトーネに魔物が発生したとあっては情報を確認せずに出立することはできなかったからだ。
レイナが故郷への伝言を伝えて、さあジョシュアが旅立つ、という感動的なシーンを前にしての足止めだった。
「……団長殿。仕方ありません。出立は延期にします」
そう言ったジョシュアに対して。
「あ、ああ。そうだな」
とレイナ。
「あのさ、この際だから後日の定期便で一緒にジュラーハまで行く?」
と俺。
「……そ、そうだな」
そういうことになった。
とてつもなく残念な感じである。
この気恥ずかしさはあれだ。アンファングを去るオースティン君と、今生の別れかもしれないと杯を交わして送別の宴をした次の日に、忘れ物をとりに来た彼とギルド前で出くわした時にちょっと似ている。
仕方が無いので装備を整えたり、レイナもこの際だから伝言は止めて自分で書いていた。それでも親友から貰った手紙は開封はしないと言うので、ジュシュアがせめて受取るだけでもしてくれないかと要請した。
話が平行線のままなので結局俺が預かることになってしまった。
これでジョシュアは半分使命を果たせるし、レイナも意志を貫けるということだそうだ。騎士って面倒だなと思ったが、丸く収まるならと了承した。
それからせっかくなので三人で昼食を食べた。
俺がレイナの実家に挨拶に行ったらどうなるかという話が出てシュミレーションまでした。
うん、当分は行かないほうがいいということになった。落ち着いてから行こう。それから一々面倒なので俺とジョシュアは殿付けで呼ぶのをやめようということになった。思えば俺も少し変ったのかな。こうして誰かと名前で呼び合うことに少しづつ慣れてきてる。
そんなこんながありながら、そろそろおやつ時である。
ギルドに来てみたけど、報告はまだかなあ。
ちょっと抜け出して何か買ってこようかな。アドバイスした屋台のおじさんはどうしてるかな。お店出してるだろうか。
エリネルト村にいる全ての冒険者が集まっているわけではないけど、出張所は狭いのでみんな文句を言ってやがやと煩い。階段に座ってたりドアから外にはみ出している人も多い。一度出てしまうと中に入るのは苦労しそうだ。
「どれくらいの数かしら」
「顎に気をつけろって言ってたぞ」
「ジュラーハからよりこっちの方が近い。さっさと退治に行こうぜ」
そんな声も聞こえた。
余裕というか経験を積んだ冒険者は違うな。
「ハーベストアントだってな。楽勝だな」
「ああ、ただのでっけえ蟻だろ?」
「おまえそう言ってこないだロックアントにボロ負けしたじゃねえか」
「う、うるせえやい。おまえこそ、斧が欠けたって泣いてただろ」
「泣いてなんかねえっての!」
「もう、あなたたち! うるさいから外でやってよ」
そんな言い合いをしている冒険者もいる。
ハーベストアントか。
作物を奪うなんて蝗みたいだなと俺は思った。
そういえば蝗は稲を食べてるから美味しいと聞いたっけ。
俺は食べたことはないし絶対無理だけど「蝗の佃煮」もある。
収穫した作物を刈り取って貯蔵して食べるってことは、ハーベストアントを佃煮にしたら美味しいのだろうか……う、どう考えても無理だ。
俺が冒険料理人であってもぜったい食べられないぞ。
そんなことを考えていて俺は、あ、これはおかしいと思った。
正確には「何か変だ」と思っていたことが何か、はっきりとわかったんだ。
「レイナ。ジョシュア。聞きたいんだけど。ハーベストアントと戦ったこと、何度もあるって言ってたよね」
嫌な予感がする。
「ええ、そうよ。どうしたのリョータさん?」
俺のハーベストアントについての知識は全て二人からのものだ。
「……それって。収穫期じゃなくても?」
「え?」
レイナは質問の意味がわからなかったのか戸惑っている。
ジュシュアも何を言っているんだというような顔をしていた。
「ハーベストアントの襲来は作物の収穫期じゃなくてもあったの? 村の太陽麦の収穫期は秋だよね。まだ実りには遠いけど、ハーベストアントって実ってない植物も刈り取っちゃう魔物なの?」
今は夏で、まだホルス麦の穂は実っていない。
レイナははっとして言った。
「いいえ。作物は違っても必ず収穫期に襲ってきたわ」
「確かにおかしいですね、団長」
「……本当にハーベストアントなのかしら」
俺とレイナとジョシュアが話していると、ギルド職員の女性が知らせに来た。顔色が悪い。走ってきたのか息が乱れていた。
「い、今、偵察隊から連絡があったそうです。どうやらトーネは全滅で、この村も全員避難をするようですっ」
え、避難?
どういうことだ、と冒険者達から一斉に声が上がった。
何があったと騒ぐが職員もまだ知らないようで、所長とキノさんがすぐきますからとなだめるのに必死だ。
ジョシュアとレイナがハーベストアントについて何か話しているが、俺はそれどころではなかった。全員避難ってよほど強い魔物が現れたってことか、せっかくおかしいって気がついたのに、どどどどうしよう。
「リョータさん」
「え?」
俺の手をレイナが優しく握ってくれていた。
レイナは紫の瞳でまっすぐ俺の目を見ている。
そうだった、混乱なんてしている場合じゃない。
「リョータさん。私が――」
「俺がレイナを守るよ。うん、大丈夫さ!」
そうだ。震えている場合じゃない。
レイナを守るんだ。
その時、村の鐘が鳴り始めた。
間隔をあけて何度も打ち鳴らされている。
「すまない待たせたな、通してくれっ……この鐘は村人の集合を促している。まだ襲撃ではないから、みんな落ち着いてくれ。ギルドから依頼がある! エリネルトの全住民が避難する。その護衛依頼だ!」
キノさんが戸口に現れ大声で言った。
ポルト所長も一緒だが顔色が悪い。
冒険者達は再び一斉に騒ぎ立てる。
「おい、どういうことなんだ」
「ただのでけえ蟻じゃねえか!」
「なんで避難なのよ」
どれくらいの数だ、避難というのはなんだ。儲けさせてくれ、さっさと討伐しちまおうと騒ぎ立てる。
「ハーベストアントだが、ちがうんだ。斥候の結果、トーネは駄目だった。次はこの村の可能性が高い」
キノさんは冒険者達を掻き分けるようにして進む。
老神官のガデムさんが立ち上がった。
「どうしたのだ。聞かぬことだがハーベストアントがアンデッド化でもしておるのか。ならば拙僧の出番であるが……」
アンデッドは動作が愚鈍だけど外見が酷い。できたら戦いたくない。何よりゾンビは元は生物や人なわけで複雑な気分になってしまう。
けれど倒すことが供養だともゾラさんから教わっている。
苦手だけどアンデッドに臆する冒険者達ではない。僧侶の魔法があれば倒して供養が出来る。
「ガデム老。たしかにあなたたちの助力が必要だ……」
キノさんはそう言いながらやっとカウンター前にたどり着いた。
え、ほんとうにアンデッド化したモンスターなのか。恐らく他の皆もそう思ったんじゃないだろうか、問いかける冒険者をなだめるように手で制すると、キノさんは皆を見回してから言った。
「ハーベストアントだが、カースドモンスター化している」
ギルド内が水を打ったように静かになった。
カースドモンスター。
呪災害魔獣とも呼ばれる。
俺はサスレンダ魔呪禍病の一件の後、ギルドの図鑑を調べたことがある。
カースドモンスターとは何らかの原因で呪われた存在になった魔物のことで、どんな魔物でもなりうる。
共通しているのは元々の魔物の習性を持つが、人や他の生物に対してより攻撃的になること。大型化したり、特殊能力を得て高い攻撃力を持つ場合があることだが、どんな変化を遂げるか不明だ。
総じて防御力は高くなり普通の攻撃が効き難くなり、魔法に耐性ができて倒すのが難しくなったりする。神聖魔法は効くがそれでも通常のアンデッドに比べてれば効果が低い。
そして恐ろしい再生能力を持つ。
通常の治癒や再生と違い、この呪われた再生能力を持った彼らを倒すのは難しい。なぜなら、彼らは生死の間にある呪われた怪物で、死ぬまで死なないのだ。
アンデッドでは無いので一定期間が過ぎると死ぬが、それまで周囲へ呪いと死を撒き散らす。
その再生は恐ろしく強力なため、力づくで止めるために上位攻撃魔法が数十発必要だという説もある。
よって、出現すれば退治は困難だ。とにかく避難して活動を止めるのを待つしかない時もある。
カースドモンスターたちは古くには闇の魔王の眷属とも言われ、複数のカースドモンスターが現れ人々を苦しめたこともある。魔呪禍病の発生源の一つで、今でも二、三十年に一度現れる非常に倒すのが難しい魔物なのだ。
「カースドモンスターって……ほんとかよ」
随分長い沈黙の後、ようやく誰かがかすれた声で言った。
「間違いない。運搬蟻を率いる戦闘蟻が大型化し、赤く光る目から麻痺を引き起こす呪いの死眼攻撃をしてきた。そして再生能力を備えていた。収穫蟻の魔物がそのような特殊能力を得た事例は無い……先行した冒険者にも被害が出た。呪災害魔獣カースドハーベストアントの出現だ」
ざわつく冒険者達。
通常その種には有り得ない変化や特殊能力が備わった魔物。死眼の呪い。
呪災害魔獣で間違いない。
騒然となったギルド内。
外には鐘の音が響いている。
俺はこれで呪いの病と、今度は呪われた魔物に関わったことになる。
三度目は無いよな。
そう思って気がつく。
この二度目を乗り越えなければそれもない。
レイナを絶対にアンファングに帰すんだ。
俺は握っていた手に力を込めた。




