第十五話 ジョシュアと伝言
「レイナ殿、リョータ殿」
朝、宿屋を出るとジョシュアが待っていた。
あれ。リョータ殿って言ったぞ。
まったくせっかくのデートを邪魔しやがってと思ったけど、ついに俺にデレたのか! いやデレなくていいけども。
宿屋の前の通りには、村人や商人達が行き来をしている。
ジュシュアは旅袋を背負っていた。旅用のマントも丸めてくくりつけてある。まるで今から旅に出るかのように。
「あれから考えて決めました。私は帰国します。使命を果たせなかったのは残念ですがリリア様に報告せねばなりません。定期便を待たずに冒険者達数人と出立します」
リリアさんの名前が出るとレイナは一瞬苦しげな顔をしたが、言葉は発しなかった。
「リョータ殿。あなたの言ったことは正しい。王宮は事態の収拾を図ったのみで騎士団も結局なにも出来なかった……ですが一つだけ聞いて欲しい。これはリリア様からの手紙によって語られると思い話さなかったのですが、我が国の政もあれから変化がありました。現在では陰謀を廻らせた貴族達は一掃されています」
「えっ?!」
政変でも起こったのか。
あ……それってレイナが帰国しても問題ないってことじゃないのか。
レイナも驚いた顔をしていたが、それでも彼女ははっきりと言った。
「そうか。それは我が故郷に取ってよいことだ。だが、今の私には何も関係がない」
淀みなく言い切った彼女を俺は改めてすごいと思った。
「はい。今の団長、いえレイナ殿はそうおっしゃると思っていました」
ジョシュアの声は明るかった。
「だがジュシュア……ありがとう。拙い団長であった私のために」
レイナが礼を言う。
「いえ。我が国内の権力争いで領民が傷つき、我らの力及ばずに一人の騎士が国を去ったのです。それを今更とも言えましょう。リョータ殿。私はこの使命の旅で少し学びました。これから帰国の途にあって、王国とは何か、騎士として仕えることとはどういうことなのか、改めて考えるつもりです」
ジョシュアは真剣な顔で語った。そう言われちゃうと恐縮してしまうのが日本人かもしれない。
「その。こちらこそ。ご事情もあるでしょうに差し出がましい口をききました。
ですがそれは私にとってレイナがとても大事であるからだと思っていただけたらありがたく存じます」
「リョータ殿……我らが元団長のことをよろしく頼みます」
「はい!」
そしてジョシュアと俺は握手をした。
なんだいいヤツじゃないかと思ったら、すごい力で握りやがった。
「いててて!」
「レイナ殿を泣かせたら、我ら騎士団が遠征してきますよ」
「わかったわかった! 痛いから離せって!」
ジョシュアは笑いながら手を離した。
くそう、やはりイケメンは油断できぬ。
このままイケメンにしてやられたままでは気がすまないと思った俺は、あることを思いついた。
「俺の黄金の右手を握りつぶそうとしてくれたお返しだ。レイナからの伝言を持ち帰ってもらうってのはどうかな」
「伝言?」
「リョータさん?」
俺はレイナに説明した。
「レイナ。今からその手紙を読んだらいいとは言わない。でも、君が戻れるように尽力してくれた人達、友人、ご家族にレイナから何か伝えるのはいいんじゃないかな。ジョシュア殿を手ぶらで返すよりは、さ。君が何も言いたく無いなら薦めないけど……」俺は赤くなった手をぶらぶらさせながら続ける。「帰国しないと言ってくれたことや手紙は読まないと決めたレイナの選択に、俺はとても感謝してる。でも、君が故郷にいる人達に何かを伝えてもいいと思うんだ。元気ですってだけでもさ……ほら、たぶん俺の故郷にはどうやっても伝わりそうにもないから……まあ伝える相手も特にいないけどね」
「リョータさん……」
レイナは紫の瞳でじっと俺を見つめている。
「それにさ。もしかなうなら、いつかは君の生まれた国を見てみたいんだ。本当はご両親にも……うあああっ。そうだよ、ごめん。帰国できるなら、ほ、ほんとは、ご両親にご挨拶に行かないといけないじゃないか、いやでも、俺が行ってもまずいのか、うん絶対まずいよな。ど、どうしよう。ジョシュア殿、とにかく伝言でもうしわけないけどすいません大事にします、って伝えといてくれないですか! いや伝言なんて失礼かっ」
そうだ。この世界でもそういったしきたりはある。レイナの一家となると、まずいぞ、どこの馬の骨かもわからんしかも平民になんて娘はやらんっってなるのは必至じゃないのか?
ジュシュアはぽかんとした顔で俺を見ている。
レイナの家族は貴族なんだよな、挨拶に行ったら明らかにまずいぞ。どうしようこの世界では拳じゃなくて剣が振るわれることだってあるしな。しかしご挨拶はしたい。
「ジョシュア。いいだろうか。伝言を頼みたい」
俺が幾分混乱しているうちにレイナは決めたようだ。
「はい。承ります」
几帳面にジョシュアは筆記具を取り出す。冒険者も使う紙と、墨の様な黒い芯の鉛筆みたいな道具だ。
「貴殿を含む騎士団の仲間達に、家族に、私の感謝を伝えて欲しい。いたらなかった私のために、ありがとうと伝えて欲しい。そして私はアンファングで大切なパートナーと共に冒険者として充実した素晴らしい日々を送っていると。それからリリアには……わたしは……」
レイナはそこで感極まったように声を振るわせて言葉を留める。
しばらく涙を堪えていたが、意を決したのか口を開いた。
「私は元気で、これから幸せになると伝えてくれ。あなたの健康と幸福を祈る、と」
そしてレイナは俺の傍に寄り添った。
「はい。確かに承りました団長殿!」
また団長殿に戻ってる。彼にとってはレイナはいつまでも団長なのだろう。レイナも俺ももう訂正を求めたりはしなかった。
別れの挨拶を交わした後で、俺とレイナとジョシュアは村の門へ歩いた。
冒険者達と待ち合わせをしているというので見送ることにしたのだ。
晴れた空。
開け放たれた門の向こうには青々とした太陽麦の畑が見えた。
門前にはこれから依頼で出て行く冒険者達や畑に出るらしい村人達もいる。
だが、なんだろう。騒がしい。
変だな。門が開いているのになぜ出て行かないんだろう。
みんな集まってがやがやと話している。トーネがどうとか聞こえた。
トーネはジュラーハから来る途中に寄った集落だ。
こっちからだと一日ほどの距離、森を抜けた向こうになる。
三十人ほどが暮す小さな農地で、エリネルト村の一部とされている。定期便が始るのを心待ちにしていた。
「あの、すいません! 何かあったんですか」
集団からちょうどこっちへ歩いてくる人がいたので聞いてみた。
「トーネが魔物に襲われたそうだよ。詳しくは聞いてないけど蟻の魔物ハーベストアントが出たらしい……後で村長から告知があるだろうけど、あんたらも詳細がわかるまでは村から出ない方がいいよ」
おじさんはそう言って去って行った。




