第一〇話 酒場 オールドスタイル
「銀鋤」は平屋建ての酒場で、俺達以外の冒険者や商人や村人達も居ていっぱいだった。椅子を使ったら場所が足りないので、テーブルに料理とジョッキを置いて、立食パーティ風に俺達は打ち上げをしている。
カルドンさんは相変わらず依頼に関することでぶつぶつ言ってるし、商人と仲良くなって飲んでいるホー君がいたり、村人と話し込んでいる僧侶もいる。
俺は壁に留められた大小様々な紙片を見ていた。
「えーと。ニルバ草を一〇束、報酬五〇〇〇エルド。マミの薬屋……。求む、堤防積み手伝い。一日三〇〇〇エルド、朝昼食と昼寝付き。土系魔法修得者優遇。村役場ターソックまで。夕食は出ないんだな……。リドルです。ストポロロンとパムパミンが喧嘩をしました。どっちが勝ったでしょう。まずストポロロンとパムパミンがわからんっ……。西の森に生えてる赤と緑の茸は毒キノコなので食べちゃだめです……なるほど。子守を探しています。給料は相談で、カーク……村長よりゴブリンとアグリュムに注意しましょう。見かけたら討伐してください。規定の料金を払います……うん、普通の依頼だなあ……冒険メンバー募集! 魔法使い、ただし赤毛に限る。パーティ名『灼熱』……なんで赤毛の人限定なんだ?」
最後のは赤毛同盟みたいだったぞ。
「さあ、なぜかしら……ふふっ。紫の髪の募集はないみたいね」
そう言ってレイナは自分の髪をふわっと弾いた。
「お、俺が募集するよ。専属で雇われてくれる?」
「あら、どうしましょう。報酬次第かしら」
「ええー。そりゃないよ」
そう言って俺とレイナは笑いあった。
俺とレイナはそんな冗談を言いながらジョッキ片手に壁に貼られたメモを眺めていた。他にも誰かに捧げる詩みたいなのが貼ってあったり、店のメニューが紛れていたりで内容もバラバラだ。
「冒険者ギルドが出来る前は、こうして酒場など人の集まるところで情報を交換したり、依頼をしていたそうです。文字の読めない人のために酒場の主が口頭で契約を紹介することもあったと」
「なるほど。ここは依頼や交流の場でもあったのか。いわばオールドスタイルってわけかな。ふうん……ってジョシュア、殿?!」
俺達に話しかけてきたのはジョショアだった。
さっきまで居なかったのに。いい雰囲気だったのに邪魔しやがって。しかし、客として酒場に来たのなら出て行けとも言えない。
「詳しいな、ジョシュア」
レイナが感心したように言った。
「冒険者について少し学びました。路銀が尽きれば稼がなければなりませんから……そうなる前に受取って頂けるとその心配もないのですが」
冗談とも本気とも取れる真面目な顔で彼は言った。
「拒否する。早く国に帰りなさい。それから冒険者は甘く無いぞ」
断固とした声だ。
うんうん、と俺も頷く。
あんな採取してたら駄目なんだからっ。
「私は使命を任じられた騎士です。このままでは帰れません」
うーむ。これはどうにかしないと平行線のままだ。
ここは俺もオールドスタイルにならって、酒場の親父さんにいい手が無いか依頼してみようか、なんて馬鹿なことを考えてしまう。
「ふう」
俺は大きく息をつく。
そう、そんな便利な方法は無い。
だから俺はジョシュアに言った。
「ジョシュア殿。はっきりと嘘偽り無く答えて欲しい。確認したいんだ。レイナは退団という形をとっていますが、辞めさせられたのですよね?」
俺はレイナにその経緯を聞いている。
女性の進出を拒む貴族達が罠をしかけたのだ。領内の村を盗賊から護るという任務を与え、騎士団にスパイを潜り込ませた。団には従者や輜重隊員なども居る。騎士のみ構成されているわけではない。そして行軍の情報を盗賊団に通じたのだ。
レイナは任務に失敗したが、謀略であった証拠をリリアさんと共に突き止めた。レイナが何よりも許せなかったのが領民が犠牲になったこと、領民を護れなかったことだ。
「そうだ。レイナ殿は失敗の責により辞任させられた。だが、我々は騎士団は反対した」
ジョシュアは苦々しげに言った。
首謀者は罪に問われたが、レイナも任務の失敗から辞任を余儀なくされたのだ。
「レイナは騎士団を辞めざるを得なかった。そして騎士位を返上して国を離れることになった。その時、レイナが忠誠を誓った人々は、王国は彼女に何をしてくれたのですか、護ってくれましたか?」
「王国が、だと……」
「ジョシュア殿、俺にはわからないんです。貴方達はレイナの辞任をやめさせようとしてくれたし、リリアさんも努力はしてくれた。でも、騎士は領主に忠誠を誓い、剣を捧げて、領民を護るんですよね。では、騎士は忠誠を捧げた領主や王に護ってもらえないのですか? 怠惰さから失敗したのならまだわかる。だけど一所懸命に責任を果たそうとして、それを謀略で邪魔をされて。それでも窮余の策無く、彼女が国を出るのを黙っているなんて。王国ってなんなんですか」
俺はそれが許せなかった。怒りが過ぎて、いつものわけのわからない言い方にならなかったくらいだ。
「それは……」
ジョシュアは言葉に詰まってしまった。
「リョータさん。それは私が任務に失敗したからだ。そして冷静さを欠いて、やつらを過剰に懲らしめてしまったからだと言ったではないか」
もちろんレイナは詳しく全てを話してくれている。
緊急軍事行動中の軍団の進路を遮ったという大義名分で、陰謀をめぐらした関係各位の馬車を道から強制排除して破壊して治療院送りにしたのは、それが一人につき3回づつであっても、まだまだ生ぬるいとおもうけどなあ。治癒魔法もポーションあるんだし。
「もっとも、そのお陰でレイナに会えたんですけどね」
一応、王家グッジョブ!
おれのISDDTに間接的にだが貢献してくれたとも言える。
「過去のことですからぁー、おこってないですけどぉー」
といいつつ、俺の怒りは収まってはいないけどね。
「リョータさん。それは私が言うことではないか……まあ、そのとおりだけど。こうしてリョータさんと、つ、付き合っているわけだから」
恥らうレイナ。
その表情を見たとき、俺は思った。
アンファングに帰ったらレイナと結婚式を上げておやつを作ろうと。
「そういうわけでジョシュア殿。帰ってよろしくお伝えください! レイナ、村の市場に何が売ってるか見に行こうよ、美味しい物が作れる材料があるか探しにいこう」
「ええ!」
即答だ。餌付けエフェクトは健在なり!
でもレイナのご実家に挨拶には行きたいんだけどな。
貴族相手なのですごく反対されそうだけど。
後でレイナに相談しよう。
沈黙してしまったジョシュアを残して、俺とレイナは酒場「銀鋤」を出るのだった。
後から考えたら、お金はらってなかったけど、ジョショア殿が払ってくれたのかな。ありがとう。そして路銀がそれだけ減ったわけだから、結果良い計略になったと思おう!
と思ったらカルドンさんに後から請求されました……




