第25話 俺は今ここで生きている
俺は何も言えなかった。
ゾラさんがどんな想いで冒険者を続けてきたのか。
優しくて愛嬌のあるグリアスさんがどんな想いで商人になったのか。
「カラハさんはもしかして……」
ゾラさんは息を吐いてから言った。
「ジェイとカラハは仲が良かった。恋仲だったかは俺は知らないが。とにかく気が合ってたな」
そうだったんだ。
そんなことがあったなんて。
だからカラハさんはあんなに泣いていたんだ。
「あの。ジェイグさんは自分の家族が魔呪禍病にかかったって、それを治す為に大金が必要だったんですよね。きっと神官を雇うとかいいポーションを買うために……密輸商人相手とはいえギルドの掟は破ったけど……あの、そのご家族は、妹さんはどうなったんでしょう」
ゾラさんはぐっとグラスをあおった。
「当時のサスレンダ魔呪禍病の生存者は少なかったはずだ。だが、生き残った村もある。そのなかにジェイの妹がいるのかいないのか……」
グリアスさんもわからないというように首を振った。
生きていて欲しいけれど、それは今はもうわからない。
「何の因果か俺達の昔のことにまきこんじまった。俺がおまえをCランクにしようとしてたのは、昔のことを思い出してってのもある。ほんとうにすまなかった」
頭を下げるゾラさん。
「あの。いや、もういいんです」
「ゴラードのヤツが言ったのは正しいんだ。若いのを連れて兄貴面して、おまえにももっと危険な所で採取しろとか言っておきながら、俺はぐずぐず万年Bランクのままだ。すまん」
「あの、ほんと頭を上げてください……あの、一つ聞きたいことが」
俺は気になっていたんだ。
「どうしてゾラさんはずっとBランクのままだったんですか。それってAランクになったら……」
ゾラさんの技量でずっとBランクのままなんておかしい。
Aランクになればギルドの掟を破った者を討伐することも求められる。
ゾラさんは力なく頷いた。
「ああ。Aランクになれば違反者の討伐もあるからな……Aランクになって、もしどこかの町で見かけちまったらって思うとな」
「やっぱり、そうだったんですね」
約15年もの間、ゾラさんはBランクに留まり続けていたんだ。
「結局は再会しちまったけどな……俺達がパーティを組んだ時、目標を立てたんだ。全員Aランクになろうって。それはもう永遠に無理になっちまった……いや、本当はもうあの時に無理だったんだ……俺達の冒険は、いったいなんだったんだろうな」
そう言ってゾラさんはグラスをあおった。
俺は悲しくて泣いた。
ゾラさんもグリアスさんもジェイグさんもカラハさんも。なんでみんな幸せになれなかったんだろう。
俺はめちゃくちゃ泣いた。
「おまえはおかしなヤツだな。よわっちいと思ったら、灰色走竜をあんだけ走らせる。強いと思ったら、俺達みたいな他人のことで泣くしよ」
「だって……だって……」
俺はただ悲しかった。
「俺達のために泣いてくれて、ありがとう」
ゾラさんはそう言ってグラスを俺に持たせた。
「俺とお前は冒険者だ。依頼を完了して生き延びた。事態も無事に収束したんだ。祝杯だろ」
ゾラさんがわざと明るくしているのがわかる。
「はい……わかりました。では。冒険者達に。ブラウオリゾンに!」
「……ありがとうリョータ。ああ。冒険者達に。ブラウオリゾンに乾杯だ」
俺とゾラさんは飲みまくった。
途中で毒消しの魔法を唱えてさらに飲んだ。
「リョータ。おまえはすげえ冒険者だぜ。あの不思議な魔法があるからってわけじゃねえ」
ステータスウィンドウのことは説明は上手くできないが魔法の一種ってことになってるし秘密にしてもらってる。
「そ、そんなことないれすよ……」
だってだってその魔法だってもっと上手くできていればよかったのに。
ジェイグさんに最後に助けてもらった。
それから、いくらどう考えても俺が殺人をしたのは本当だもの。それいらいもうなんだか俺は駄目です。
そんな俺にゾラさんは言った。
「リョータ。おまえがやつらを殺したことで、助かった命がある」
それはわかってますよ。そう考えて納得しようと思いましたよ。
俺だって自分から闘おうと決めたんだから。
でも、それで納得できたらいいんですけど、でもですよ。
「それから。おかげで俺達がずっと抱えてたことが終わった。どうしてあいつがあんなことをしたのかやっとわかったんだ」
俺は俯いたままだった。
それは結果論だ。
確かに俺も含めて死なずに済んだけど、ジェイグさんが助かっていたらもっと良かったんだ。
「再会した時、あいつは死ぬつもりだった。俺達が賞金をもらえるように。だからお前が戦ってくれて変った」
変った?
「変ったってなんですか」
「あいつの死に顔見ただろ。おまえが戦ってくれなければ、あいつはあんな風に死ねなかった。傭兵にお尋ね者として殺されたんじゃなく、俺とグリの友ジェイグとして死んだ。俺達は三人で最後の時間をすごせた。お前が敵を殺したから、ジェイの死の意味が変ったんだ。ありがとう、リョータ」
俺はゆっくりと顔を上げた。
そういう考えもあるんだ。
俺がジェイグさんの死の意味を変えたのか。
死に行く人の尊厳を護れた。
そう思っていいのだろうか。
少しだけこの気分を楽にしてもいいのだろうか。
よくわからないまま。
俺はゾラさんと杯を重ねた。
ゾラさんとまたギルドで会う約束をして別れた。
しばらくは町中の雑用依頼しか受けないつもりだけど。
冷えた夜空には双子の月がかかり、数千の星たちがきらきらと輝いている。
俺は静かな街を歩いた。
さすがに酔ったままでは歩けないので毒消しをかけてアルコールを抜いて、クリーンでさっぱりしてから休業中の『通称。輝け! 楽しき憩い亭』に帰った。
カラハさんは古い友人が女将をしている宿に行っているはずだ。
一人でここ居るよりも知人の所に、あれこれ詮索しない宿屋にしばらく泊まって来ようと思うがいいだろうかと相談されたから、そうしてくださいと了承した。
俺がギルドに行ってる間に、その宿屋に出かけているはずで、その間は留守番報酬として宿代は無料だ。ドアの予備の鍵はカラハさんから借りている。
「ただいま……」
中に入ってそう呟く。
出迎えてくれるカラハさんも、泊り客も他に誰もいないのに。
「リョータ!」
と、なぜかレイナが食堂にいた。
あれ。レイナ。宿を出たんじゃなかったの。
「どこに行っていたんだっ」
どんっとぶつかって来るレイナ。
俺はなんとか受け止めた。
「どこって、レイナこそどこへ……部屋はからっぽだし」
そうだよ、どこいってたんだよ。
「馬鹿っ。ギルドの最初の緊急依頼で魔呪禍病の村に行ってたに決まってるだろう」
そ、そうか。第二陣に派遣された冒険者の中にレイナがいたんだ。
それでレイナはいなかったんだ。
うん。わかったから、叩かないで。
「リョータたちが襲われたらしいって知らせを聞いた。だから急いで帰ってきたんだ。ギルドで無事に戻って来てるって言われたけど。ここに戻ったらリョータは居なくて、カラハは出かけてしまうし、私はここで待ってて、リョータが無事だって聞いてるのに、どこにもいなくて」
「ご、ごめん。ギルドに行って、その後ゾラさんと話があって……レイナ?」
泣いてる。
レイナが泣いてる。
「ごめん、レイナ」
「わたしがどれだけ心配したかっ。あの時、あんな風に別れて、もう会えないんじゃないかと。どれだけ後悔したかっ」
「それは……俺も同じだよ。すっごく後悔したんだ」
「ごめんなさいっ、わたしが」
「違う。俺が悪かったんだ。あんな風に言ったらパーティを解散しようって言ってるように聞こえる。でも、そう思ってたんじゃないんだ」
「私も後から、もしかしたらョータは私に遠慮して言ったんだろうかって思った。でも、わたしはあの時、そう思ってしまって、それに本当ににそうだったらと考えたら。話したらパーティが解散しちゃうって思って、だからわたし……」
泣きながら何度も謝るレイナ。
そうだったのか。
「俺が考えなしだったんだよ。俺が悪かったんだ。ごめん」
「ちがう。私がもっと冷静になれば」
「レイナ。俺が悪かったんだ。許して欲しい。でも君がそう言うならお互い様ってことにして、とにかく、ただいまを言わせて欲しいんだ。レイナ。俺、無事に帰ってきたよ」
いつまでもレイナを泣かせておきたくなかった俺は言った。
「うん。リョータが無事帰ってきてくれてよかった……おかえりリョータ」
レイナは俺を強く抱きしめてくれた。
ああ、俺は生きてる。
「ただいまレイナ」
俺も強く抱き返す。
彼女も生きてる。
「リョータ。私は……」
俺は今ここで生きている。
自分で決めるんだ。
俺はそれを学んだはずだ。
「待ってくれレイナ。俺が言う」
俺は彼女の瞳をまっすぐ見た。
「俺は君が好きだ」
レイナの目が大きく見開かれる。
「……私も。ううん。私の方が凄く好き」
紫色の宝石のような瞳が綺麗だ。
「レイナ」
再び強く抱きしめる。
レイナの体温が。触れている鼓動が嬉しい。
俺は彼女に口付けした。
レイナも激しく応えてくれる。
心がとけるかと思った。
このひとと溶け合いたいと俺は思った。
本日の昼以降に第三章最終話を投稿予定です。




