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第10話 罅(ヒビ)

「それでね。グリアスさんとゾラさんと、もう一人ジェイグさんという3人でパーティを組んでいたんだって。ブラウオリゾンって名前だったかな。カラハさんはその三人の定宿で働いてたんだってさ」

俺とレイナは朝の町をギルドへと歩いている。

元々レイナの質問だったので、カラハさんから朝は忙しいので彼女に話しておいてといわれたので説明しながらだ。


「グリアスさんは冒険者を辞めて商人になった。もう一人も冒険者はやめて遠くへ旅に出たそうだよ」

前を行くレイナの背に向かって言う。

「そうか。パーティが解散するのはよくあることだろう」

「そうなの?」

俺ってそんなに冒険者歴ないからわからないけど。

「そうだ」

レイナさん今日なんか機嫌悪そうだなあ。

「三人でパーティを組んでたのって、もう15年くらい前のことなんだってさ。15年って長いよね……

「さあな」

この不機嫌さはあれか。

女性特有の月に一度のあれなのか?!

むろん俺には確かめようも無く。

レイナの後ろを歩くだけだった。


すると突然レイナが立ち止り振り返った。

「あの、レイナ、さん? どうしたの」

「リョータに聞きたいことがある。どうして冒険者にこだわるんだ?」

「えっ。それは……」

真剣な紫色の瞳に射抜かれたように俺は立ち尽くしていた。

「お互い冒険者だ。詳しい事情は聞かないが、昨日のデザートで確信した。リョータなら冒険者をしなくても生きていける。あなたなら生きて行く術は他に見つけられるだろう」

レイナの指摘は……たぶん正しい。

衣食住を満たし、ただ生きていくだけならば他の仕事でも何とかなるかもしれない。アンファングの町の中で何か仕事を見つければいい。そのうち元の世界の知識を利用して金を稼ぐ手段を思いつくかもしれない。

「でも俺は……」

俺が口ごもっていると、レイナは寂しげに微笑んだ。

「言わなくていい。リョータがそれでも冒険者をするなら。理由があるのなら。私はそれを応援する」

「レイナ……ありがとう」

俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「でも……聞いておきたいんだ。今後のパーティのこと、私のことをどう考えているのかを」

「え……」

突然に質問に俺は戸惑ってしまう。

この質問はどういう意味だ。

言葉の通りパーティとして今後の計画についてか、それとも俺個人としてのレイナへの感情についてか。

どうしようなんて答えたらいいんだ?


確かに俺はレイナのことが気になってはいる。

女性と親しくなったことがない俺でも、レイナが俺に対して良い感情を向けてくれていることはわかる。しかしそれが恋愛対象としてかというと自信はない。

それに。

もし俺から何か言って今の関係が壊れてしまったら……

そう思うと怖い。

どうしよう。なんて答えるべきなんだ。


今後のパーティのこと……

今後と言ってもCランクになれたらだが、その後は――

そうか。

俺はいまさらだが気がついた。ランク昇格したとして、元の世界への帰還方法を探しにいくならば。

俺はレイナとは別れることになるんじゃないか?!

Cランクになって冒険者として探索をする。

漠然とそれしか考えていなかった。

そしてレイナにコンビを組んでもらって助けてもらってるのに、自分のことしか考えていなかった。

……なんて最低なんだ。

それに気がついた俺は慌ててしまった。

「ごめん。俺はちゃんと考えてなかった。俺なんかと組んでもらってたくさん助けてもらってるのに……レイナには感謝しているよ。レイナはもう高ランクパーティに入っても充分やっていけるよね。俺がDランクのままでレイナに迷惑かけてるから……レイナは別にパーティを組んだ方が……君にとってはいいんじゃないかって……レイナのことは、その、大事なパーティの仲間だと思ってる。今まできみに甘えてしまったけど……」

俺の口から出てきたのはそんな言葉だった。


レイナが小さく息をのむのが見えた。

小さな悲鳴みたいだった。

目を見開き俺を見つめている。

レイナは何か言いかけたが、唇を真一文字にして、そして今にも泣き出しそうだったが、くるりと踵を返した。


「レイナ」

彼女の背に話しかけたがレイナは振り返らなかった。

肩が震えている。

「わたしは……」

何か呟くのが聞こえた。

「レイナ? 何て言ったの」

「わたしは……」

俺はじっと彼女の言葉を待った。

「リョータの……バカ!」

レイナは突然そう言い放つと駆け出した。


「ちょ、ちょっと待って!」

俺は慌てて後を追う。

「今日は、私は別行動をするっ」

「えっ」

「先に行く。ついてこないで!」

「えっ、ちょ、ちょっと待って!」

引き止める俺の言葉も聞かずにレイナが駆けて行く。

追いかけようとして俺は転んだ。

ブーツの膝のところを石畳に強く打ち付けてしまう。ガードが着いているからそれほど痛くは無かったけど。


「レイナ……」

俺は立ち上がったものの、そこで立ち尽くしていた。

俺がもっとリア充だったら、もっと上手く対処できたんだろうか。

俺がとっととCランクになっていたらこうはならなかったんだろうか。

女性と親しくなった経験が無いからわからないんだ。

ここが異世界だから勝手がわからないんだ。

そう思おうとする。

でも、それはごまかしだと心のどこかでわかってもいる。

異世界だろうと、なんだろうとこれは実際に今、俺の身に起こっていることなんだ。

自分にとってレイナはどんな存在なのか、はっきりするべきなのだろう。

俺はレイナの姿を見失った街角でそう思った。


とにかく話をしたいけど、レイナはどこに行ったんだろう。

と思ったけど、冒険者ギルドに行ったら会えるではないか。

そうだよ、冒険者なんだから。

俺はギルドへ急いだ。


けれど俺はその日、レイナと冒険に出ることは無かった。

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