第6話 落第
「残念だが、落第だ」
今回の試験官の蜥蜴人アーグレットさんが告げる。
Cランク昇格試験の結果だ。
ちなみに3回目の。
「……わかりました」
見た目が服を着て二足歩行する恐竜みたいな怖い外見と裏腹に、優しく気遣いのできる男アーグレットさんは、ギルドホールの隅っこでこっそりと結果を教えてくれた。
「気を落とすんじゃないぞ。落ちるヤツも多いんだからね。リョータは知識試験はまったく問題ない。とにかく戦闘実技を頑張ろう」
とキノさん。
「そうですよ。記録を調べたら10回落ちてる人もいましたからにっ!」
小さな両拳を胸の前でぐっと握ってルナちゃんが言う。
がんばってのポーズと命名しよう。どうしよう可愛くて泣ける。
「ありがとう。そうか10回も落ちてる人もいるんだな。頑張るよ」
「はい!」
俺なんてまだまだだ。
そういえば自動車学校の検定も1回落ちたっけ。
「3回くらいたいしたことないよね。ちなみにさ。その10回落ちた人はどうなったの? きっとすごい冒険者になってるんですよね!」
今は凄腕冒険者として大成していることだろう。
「あ、えーと」
あれ、キノさんがなぜか困ったような顔をしている。
「……ルナちゃん?」
あわてて目をそらすルナちゃん。
もしかして。それって。
「キノさん? その人はどうなったんですか!」
「え。まあ冒険者以外で今はそこそこ成功している……かな」
冒険者以外で?!
「うわあん。その人は冒険者やめちゃったんじゃないですか」
しかも大成してなくて、そこそこ成功って。
どないしよう。俺やっぱ冒険者として才能ないんだ。
「ああ。うるさいな。Cランク試験にまた落ちたからってなんだ!」
でかい声がした。
「あれっゾラさん?」
ゾラさんがいつの間にか居た。
「Cランク試験に落ちてもまた受ければいいだろうが! Cランク試験に落ちたってどうってことねえぞ!」
しかも大声で落ちた落ちたって言わないでー。アーグレットさんは平然とした顔しているけれども、せっかくのお気遣いが台無しだー。
「ゾラさんいったい何しに来たにゃっ?」
ルナちゃんも突然現れて声を上げたゾラさんに驚いたようだ。
「ん。おう、あれだ。ちょっとそこの依頼票を見に来ただけだ。それより落第くらいなんだ。つべこべいわず頑張れ!」
そこの依頼表って、ゾラさんが下のランクの依頼が張られた隅っこにくる用事なんてないでしょう。気になって来てくれたんですね。
「すいません。俺の努力が足りず……せっかく稽古を付けてくれたのに。いろいろと教えてもらったのに」
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「それが余計だってんだ。考えすぎなんだよおまえは」
「でも……」
せっかく俺の為に対人戦闘の特訓までしてくれたのに。
「気にすんな。また練習だぞ」
ゾラさんが俺の肩をばしんと叩いた。
「はい」
俺はゾラさんや元気付けてくれた皆さんにお礼を言ってギルドを出た。
ため息を付きながら夕暮れのアンファングの町を歩き、『通称 輝け! 楽しき憩い亭』へ帰る。
「おかえり!」
カラハさんはいつもの大声だ。
「おかえりリョータ」
レイナの期待に満ちた紫の瞳。
「ごめん……今回もダメだった」
「気にするな。次こそは大丈夫だから」
うなだれる俺にレイナが優しく言ってくれた。
「ほらほら。10回落ちたからってどうってことないでしょ!」
ばしばしと俺の肩をゾラさんよりも強く叩くカラハさん。
「い、痛いです。そんでもってまだ10回落ちて無いから!」
「細かいことはいいのよっ。ほら、ご飯食べて。元気出しなさいね」
強引に席に座らされる。
テーブルには綺麗に盛り付けられた鶏肉と野菜炒めがあった。
ちらりとレイナを見る。
「たまたま今日は暇で、私も少しだけ手伝ったんだ。特別な意味は無いぞっ」
そう言ってそっぽをむく。
うん。俺のCランク昇格を祝う為に今回も作ってくれてたんだよな。
「ごめん。ありがとう……」
「礼などいい。リョータはゆっくりやればいいんだ」
レイナが微笑んでくれる。
やっぱりレイナに言わないといけないだろう。
レイナがれいなどいい、と言った。
駄洒落か!
いや、今言ったらこのいい感じの励ましムードが台無しだ。
俺はぐっと堪えた。
というかレイナに言うべきことは本当は別にあるんだけど……
「はいはい。残念会の一杯目はこのカラハがおごりだよっ」
カラハさんがビールジョッキをちゃっちゃと持って来てくれた。
奢りだなんて、ぐっと堪えた効果か!
まあ、カラハさんって優しいんだよな。
「はいはいっ。ではCランク昇格失敗残念会乾杯の音頭を当事者のリョータに!」
前言撤回。鬼ですかあなたはっ。
「ほらほら、どうぞ」
ええいやけだ。
「えー。ただ今ご紹介にあずかりましたリョータでございます。今年も暮れようとしております。日ごろ暖かなアンファングも冷える日がありますが、皆様お体お加減いかがでしょうか。わたくし、Cランクになって新年を迎えたい今日この頃ではございますが――」
「長いっ。かんぱーーい!」
カラハさんまたですかーー!
「「かんぱい!」」
俺とレイナとカラハさんはジョッキを打ち合わせた。
めちゃくちゃ飲んだ。
こんなに飲んだのは大好きなアニメ声優さんが結婚するのを知ったとき以来かもしれない。
そんな俺は「サンタさん系魔法使い」予備軍である。
あ、もう魔法は使えたんだっけ。
「ら、らいとぉ~」
階段の魔石に『ライト』の魔法をかける。
へろへろでも何とかなるもんらな。
「リョータ。ほらしっかり階段を登って」
抱えてくれる体の柔らかさ。
ほんのりといい匂いがする。
「ありがとレイナ~。君は優しいなあ」
俺を部屋まで運んでくれる。
「ほら、ちゃんとベッドで寝なさい。明日に響く」
明日か。
どうせ明日も稽古をしたって俺は強くなれないんだ。
人を相手にちゃんと戦えるようにならなければ、俺はCランクにあがれない。
人と戦えるようにならなければ。
――人を殺す覚悟がなければ。
Cランクからは護衛依頼がある。
Dランク以下では他のパーティーに手伝いとして参加は出来ても、自分の依頼として受けられないんだ。
襲ってくる襲撃者から依頼主を守れる技量があると判断されなければ、Cランクになって冒険者と認められなければ、アンファングを出て旅をするなんて夢のまた夢だ。
Cランクに上がるための覚悟が俺には無い。




