第4話 落葉
「どうしたリョータ。体調がすぐれないのか?」
真剣な顔でレイナが言う。
ああ。レイナも綺麗だな。
「リョータ?」
「あ、いや。大丈夫だ。ちょっと考え事をしていたんだ」
「探索中に油断は危険だぞ」
「ごめん」
今日は俺とレイナで森の巡回依頼をこなしているところだった。
この森は落葉樹の森だ。
寒さは厳しくは無いがマテウスさんのところよりは気温が低い。
黄色く染まった葉や赤く染まったもみじに似た木があって、とても綺麗だから俺は元の世界の紅葉を思い出してしまう。
季節は12月。今年も終わりだ。
もうすぐ年取っちゃう……
普段は冒険者として金を稼ぐ生活に忙しくているけど、ふとした瞬間に元の世界を思い出す。
なるべく考えないようにしてるんだけど、こっちにきた時は急に失踪扱いになってたらお世話になった人や会社に迷惑かけたろうなってことをよく思った。悲しませる親類等はいないのが救いといえば救いかもしれない。
あの異変がどういう扱いになってるのか解らないけど、俺のことであの会社が世間から注目されてしまうと、とってもブラックな会社ってのが分かってしまうやもしれないが、それは気にしないでおこう。
俺が気になるのはアパートのこと。
行方不明で片付けられちゃうと思うんだが、ベッドの下のエッチな雑誌とハードディスクはどうなるんだろう……
あれはいいものだ。
だが、見られてほしくないものである。
中を見ずに破壊して欲しい。
あの素晴らしい画像たちを見れないのはとても残念である。
こっちには写真技術などないしなあ。
精密すぎる絵はあるけどね。
クリスタルに描かれたまるで写真みたいな絵があったりする。
すごく高いので貴族や大商人さんくらいしか買えない芸術品だ。
元の世界にあってこちらに無くてつらいものがある。
和食がもっと食べたいというのはもちろんだが、それ以外にも。
それは音楽が聴けないこと。
この世界にはロックもポップスも無い。
弦楽管楽器はある。
吟遊詩人や弾き語りもいるんだけど、シンセサイザーもエレキも無い。
携帯音楽プレーヤーなどもちろん概念すらない。
たいして音楽好きじゃなかったけど、聴けないと聞きたくなってしまう。
異世界トリップでまさか音楽が聴けないのがつらいなんて思わなかったよ。
「何か悩みごとか」
「いや……そいうわけじゃないんだけど」
話しても理解してくれないだろう。
これは元の世界への郷愁なのだから。
「パーティーを組む私にも話せないことなのか」
真剣な紫色の瞳。
ごめんレイナ。
心配してくれているのはわかるけど、「イケメンリア充どもめ爆裂しろと思ったら、謎の霧に包まれて地震が来て駅の階段からすっころげたら異世界トリップ」しましたなんて言えない。
でも、黙っているのも……
「ごめん。えーと。常緑樹と落葉樹の違いを考えてた」
「えっ。それはなに」
レイナは面食らったように目をぱちくりさせた。
俺はずっと緑の葉っぱがついてるのが常緑樹で、葉っぱが枯れるのが落葉樹でと説明した。落ちた葉っぱは肥料になるんだよとかそういう感じで。
うん。なぜ木々にそういう違いがあるか生物学的な理由があったと思うんだが、よく覚えていない。
「それからさ。特定の樹の周りにしか生えない茸もあるんだ」
「茸?」
「うん。理由はわからないんだけど、他の樹では生えないんだ。それがすっごいいい香りなんだ。上手く言えないけど、こう秋の森の恵みを濃縮したような食欲をそそる香りなんだ」
「ほう。リョータは相変わらずいろいろ物知りだな」
レイナはそんな知識でも感心してくれる。
「そういう種類があるってのを知ってるだけだよ。ごめん。探索中によくなかった」
「いいさ。そういう知識も森林探索に役立つかもしれない」
にっこり笑う。
「そ、そうだね」
松茸は赤松にしか生えないとか聞いたことがある。養殖が難しいのだと。同じような現象がこの世界にもある。特定の薬草の植生などがまさしくそうだ。
「でも、気をつけて。油断はしないでほしい。お願いだ」
レイナはそう言ってくれた。
「うん。ごめん。気をつけるよ」
俺は「故郷の異世界のことを思い出してた」とは言えなかった。
正確にいうと今は松茸のことを。
ああ、あの秋の味覚が食べたいぃぃぃ。
高いからちょっとしか食べたこと無いけども。
「レイナ、今度は向こうへ行こう!」
俺は声を上げる。
ごめんレイナ。
故郷の異世界のことを思い出していたといえなくて。
でも、帰還方法を探しが上手くいかないのとか、松茸が食べたいとか言えないもんなあ。
それに悩みならそれ以外にもあるのだ。




