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イーシスの胚  作者: ozoo39
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プロローグ 奪われた光

空が、裂けていた。


 最初は、雷かと思った。


 けれど、それは雷ではなかった。雲の奥で光るものではなく、空そのものを押し割るような、硬く冷たい光だった。


 城の塔が震える。


 遠くで、何かが崩れる音がした。


 石が砕ける音。

 人々の叫び。

 兵たちの怒号。

 そして、聞いたことのない低い轟き。


 私は窓辺に立ったまま、動けなかった。


 見下ろす街は、私の知っている街ではなくなっていた。


 白い石畳の道。

 水路に架かる橋。

 花の咲く広場。

 朝になると笛や歌の音が聞こえていた場所。


 そのすべてが、黒い煙の向こうに沈んでいく。


 私は、ただ見ていた。


 地図の上でしか知らなかった侵略者たちが、城壁の外にいる。


 そう思った時には、もう遅かった。


 兵が戦っている。

 魔法の光が城壁の上で何度も弾ける。

 守りの結界が張られ、槍が並び、翼を持つ者たちが空へ上がる。


 それでも、侵略者たちの進軍は止まらなかった。


 見たことのない兵器が、遠くの丘から火を吐く。

 空には巨大な影が浮かび、そこから白い光が落ちる。

 その光が触れた場所から、石壁が崩れ、塔が傾き、街の一部が沈むように消えていった。


 あれは魔法ではない。


 けれど、魔法よりも無慈悲に世界を壊していた。


「どうして……」


 声が漏れた。


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


 どうして、ここまで来たのか。

 どうして、こんなものを作れたのか。

 どうして、私たちは守れないのか。


 胸の奥が、からっぽだった。


 昔の私は、もっと強かったはずだ。


 大人たちは、そう言っていた。

 私には大きな力があるのだと。

 国を守れるほどの魔力を持っているのだと。

 誰にも負けない才能があるのだと。


 けれど今の私には、それが分からない。


 身体の奥にあったはずの何かは、いつの間にか空洞になっていた。

 手を伸ばしても届かない。

 思い出そうとしても、形にならない。


 ただ、何かを奪われたという感覚だけが残っている。


 私の中から、何かがなくなっている。


 そして今、侵略者たちはその何かを使っている。


 直感だった。


 説明されたわけではない。

 証拠があったわけでもない。


 けれど、分かった。


 あの光。

 あの轟き。

 城壁を砕き、結界を破り、私たちの魔法を押し潰していく力。


 あれは、私のものだった。


 私から奪われたものだった。


 侵略者たちは、私の力で攻めてきた。


 私の力で、私の国を滅ぼそうとしている。


 私の力で、守りたかった人たちを奪っていく。


 それなのに、私は何もできない。


 指先が震えた。


 怒りなのか、恐怖なのか、悔しさなのか分からなかった。

 分からないまま、ただ喉の奥が熱くなる。


 街の向こうで、また光が落ちた。


 今度は、王城に近い塔だった。


 白い塔が、大きく傾く。

 そこには見張りの兵がいたはずだ。

 朝、私に笑って敬礼してくれた者もいたかもしれない。


 塔は、音を立てて崩れた。


 壁際には、弓が立てかけてあった。


 かつての私なら、手に取っていたはずだった。

 けれど、指は動かなかった。

 弦を引く力ではない。

 何かを狙う心が、もう残っていなかった。


 私は叫べなかった。


 叫んでも、何も変わらないと分かってしまったからだ。


 背後の廊下を、誰かが走っていく。

 名を呼ばれた気がした。

 逃げろ、と言われた気もした。


 けれど、足が動かなかった。


 私は、窓の外を見つめていた。


 ここは、私の国だった。


 私が生まれた場所。

 私が笛を吹いた庭。

 私が本を読んでもらった部屋。

 私が、いつか外の者たちとも分かり合えると信じていた国。


それが、私の力で壊されていく。


 胸の奥で、何かが音を立てた。


 怒りでは足りない。

 悲しみでも足りない。

 憎しみと呼ぶには、あまりにも深く、暗く、冷たいもの。


 それが、空洞の底からゆっくりと浮かび上がってくる。


 返して。


 私の力を返して。


 私の国を返して。


 奪った人たちを返して。


 また光が落ちた。


 街の輪郭が煙の中で崩れ、人々の声も、瓦礫の音も、少しずつ遠ざかっていく。


 私は窓辺で、ただ立っていた。


 何もできないまま。


 すべてが終わっていくのを、見ていた。

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