プロローグ 奪われた光
空が、裂けていた。
最初は、雷かと思った。
けれど、それは雷ではなかった。雲の奥で光るものではなく、空そのものを押し割るような、硬く冷たい光だった。
城の塔が震える。
遠くで、何かが崩れる音がした。
石が砕ける音。
人々の叫び。
兵たちの怒号。
そして、聞いたことのない低い轟き。
私は窓辺に立ったまま、動けなかった。
見下ろす街は、私の知っている街ではなくなっていた。
白い石畳の道。
水路に架かる橋。
花の咲く広場。
朝になると笛や歌の音が聞こえていた場所。
そのすべてが、黒い煙の向こうに沈んでいく。
私は、ただ見ていた。
地図の上でしか知らなかった侵略者たちが、城壁の外にいる。
そう思った時には、もう遅かった。
兵が戦っている。
魔法の光が城壁の上で何度も弾ける。
守りの結界が張られ、槍が並び、翼を持つ者たちが空へ上がる。
それでも、侵略者たちの進軍は止まらなかった。
見たことのない兵器が、遠くの丘から火を吐く。
空には巨大な影が浮かび、そこから白い光が落ちる。
その光が触れた場所から、石壁が崩れ、塔が傾き、街の一部が沈むように消えていった。
あれは魔法ではない。
けれど、魔法よりも無慈悲に世界を壊していた。
「どうして……」
声が漏れた。
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
どうして、ここまで来たのか。
どうして、こんなものを作れたのか。
どうして、私たちは守れないのか。
胸の奥が、からっぽだった。
昔の私は、もっと強かったはずだ。
大人たちは、そう言っていた。
私には大きな力があるのだと。
国を守れるほどの魔力を持っているのだと。
誰にも負けない才能があるのだと。
けれど今の私には、それが分からない。
身体の奥にあったはずの何かは、いつの間にか空洞になっていた。
手を伸ばしても届かない。
思い出そうとしても、形にならない。
ただ、何かを奪われたという感覚だけが残っている。
私の中から、何かがなくなっている。
そして今、侵略者たちはその何かを使っている。
直感だった。
説明されたわけではない。
証拠があったわけでもない。
けれど、分かった。
あの光。
あの轟き。
城壁を砕き、結界を破り、私たちの魔法を押し潰していく力。
あれは、私のものだった。
私から奪われたものだった。
侵略者たちは、私の力で攻めてきた。
私の力で、私の国を滅ぼそうとしている。
私の力で、守りたかった人たちを奪っていく。
それなのに、私は何もできない。
指先が震えた。
怒りなのか、恐怖なのか、悔しさなのか分からなかった。
分からないまま、ただ喉の奥が熱くなる。
街の向こうで、また光が落ちた。
今度は、王城に近い塔だった。
白い塔が、大きく傾く。
そこには見張りの兵がいたはずだ。
朝、私に笑って敬礼してくれた者もいたかもしれない。
塔は、音を立てて崩れた。
壁際には、弓が立てかけてあった。
かつての私なら、手に取っていたはずだった。
けれど、指は動かなかった。
弦を引く力ではない。
何かを狙う心が、もう残っていなかった。
私は叫べなかった。
叫んでも、何も変わらないと分かってしまったからだ。
背後の廊下を、誰かが走っていく。
名を呼ばれた気がした。
逃げろ、と言われた気もした。
けれど、足が動かなかった。
私は、窓の外を見つめていた。
ここは、私の国だった。
私が生まれた場所。
私が笛を吹いた庭。
私が本を読んでもらった部屋。
私が、いつか外の者たちとも分かり合えると信じていた国。
それが、私の力で壊されていく。
胸の奥で、何かが音を立てた。
怒りでは足りない。
悲しみでも足りない。
憎しみと呼ぶには、あまりにも深く、暗く、冷たいもの。
それが、空洞の底からゆっくりと浮かび上がってくる。
返して。
私の力を返して。
私の国を返して。
奪った人たちを返して。
また光が落ちた。
街の輪郭が煙の中で崩れ、人々の声も、瓦礫の音も、少しずつ遠ざかっていく。
私は窓辺で、ただ立っていた。
何もできないまま。
すべてが終わっていくのを、見ていた。




