表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
維新の剣  作者: 才谷草太
箱舘戦争
138/140

 後日談 ~戦の後に残る物~

 戊辰戦争後の新政府は、政治的観点から様々な動きを見せ始める。

 その最たる動きが「征韓」である。

 当時の朝鮮はかつての日本と同じく、攘夷運動が巻き起ころうとしていた。また、衰退していた儒教の復活をも国策として打ち出しており、日本との国交断絶を視野に入れていたのだ。

 それに対し新政府は、使者を送る事を決定した。その使者の代表に選ばれていたのが西郷隆盛である。


 が…ここで新政府は二つに分かれた。

 「征韓」を主に置く西郷派と、それに異を唱える大久保利通派。その動向は閣議にて決定する事となるのだが……大久保派に就いていた岩倉具視は裏工作を行い、西郷派遣延期が決定される事になる。


 その決定に納得できぬ西郷は、政府に辞意を表明し、それに続く様に板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣、桐野利秋、大隈重信ら新政府重鎮も辞意を表明。西郷は鹿児島へと戻って行った。

 この事件(明治六年政変)が元になり、後の自由民権運動が引き起こされる事になるが、更に重大な事件が巻き起こる要因となってしまう。


 西郷は鹿児島において、私学校を設立。

 共に下野した士族らを教育し、外征する為の強兵準備も進めていた。

 しかしそれを危険視し、戊辰戦争の再来を危惧する政府側(大久保利通、岩倉具視、木戸孝允、伊藤博文、黒田清隆)は、先に手を打つ。私学校の存在を曲解した新政府は、これを閉鎖する為の画策を練り出し、行動を開始。それを察知した私学校側との小競り合いに発展して行く。そしてそれは、次第に 九州を中心とした士族(武士)達の内乱へと発展した。

 これを抑えるべく、新政府は明治9年三月八日、廃刀令公布。更に八月五日には金禄公債証書発行条例を公布。

 結果的に、帯刀・俸禄という武士に残された特権が奪われる事となった。


 それが逆に、彼らを追い込み、更なる火種となって行く。

 薩摩を中心とした士族達は西郷を立て、新政府軍の勝手な行動に異を唱える。

 逆に政府は、その中心に居る西郷の暗殺計画を立てている、という噂が流れ、最早武力での衝突は避けられなくなった。




 明治十年の事だった。


 九月二十日…西郷は鹿児島の城山に居た。

 政府軍に既に包囲されており、引くも押すも出来ない状況で、今後の策を練っていた。

 「此処を圧したからとゆて、そん後にどこに行くと申すか」

 西郷はポツリと呟く。桐野はそんな西郷を見詰め、力無く言う。

 「どこにでん、着いて行きもすから…」


 各人、既に意気消沈しており集団自決をも辞さない覚悟を決めていた。

 此処にもまた、武士の時代の終焉を肌で感じ取っている男達が居た。そして、土方達と敵対していた頃、何故壊滅寸前まで抵抗していたのかが、この時になって理解ができていた。

 「北の戦に続き、南の戦…でごわすな。かつて敵じゃった彼等と、今なら分かい合ゆっかも知れん…」

 西郷はそう呟き、数十人の仲間の前で目を閉じる。

 「そいどんおい達は、まだ何も残しておりもはん!」



 立場は圧倒的な違いがあった。賊軍とは言え、最後まで武士としての立場を主張した土方達とは違い、政治的工作に敗れ、結果的に反乱を引き起こしてしまった西郷軍は、逆賊・侵略者としての汚名を着せられていた。


 払拭する事が出来ない汚名を着せられたまま、彼等は最後を迎えるしか無かった…。




 俯き、絶望と悲観に襲われる空気の中で、異変に気付いたのは、西郷だった。

 ユラユラと揺れる陽炎。数十名の背後に現れる…。その時には既に着る者が少なくなっていた袴姿の浪人。その男は、ゆっくりと口を開く。


 「誰が、どう言おうとも武士の魂は各々にある。あの男達は、そうして魂を引き継いで行った…。あなた方全員が、彼等の魂を引き継ぐ資格があるのであれば、自らの事ばかりを考えず、未来を考え、見据えるのです」


 浪人の言葉に、全員が振り向く。


 「おまはん……!」


 西郷のその言葉に、浪人は周りを見渡し頷く。

 西郷を取り巻く者達は、口々に物の怪が出たと狼狽するが、桐野・西郷は涙を浮かべ眺める。


 「土方さぁのご遺体は、どこに…?」






 西郷のその言葉に、浪人は西郷の胸を指差し、更に自らの左胸を力強くドンと叩く。

 「魂であれば、いつでも」






 そう言い残し、浪人の陽炎は消えた。


 残った者達は、口々に言う。

 「幕軍の魂など、おいらには必要無か!」

 「おい達は逆賊では無か!」


 その言葉を、西郷が止める。

 「ううさかよ。仕える主が違うだけたい…。そん魂ば、否定すっ事ば間違いたい」

 大きな目を閉じ、暫く考え込む西郷と、それを見る部下達。




 彼等はその後の四日間、城山で籠城戦を展開した。その間、政府軍山縣有朋よりの「自決の勧め」を受け取ったが、返事を出さなかった。




 九月二十四日、午前四時…新政府軍の総攻撃が始まる。


 西郷は、この時に腹と股に被弾していた。そして、将達が見守る中で襟を正し、正座し、遥か東…京に向かい拝礼する。

 逆賊では無い。この国を想い、慕い、だからこその行動が、策略により政敵とされた。

 だが恨みはしない。それも、この国を思っていればこその策略。


 「もう、ここらでよか…」


 西郷の最後の言葉だった。





 その首を刎ねたのは、配下の別府晋介。






 武士の時代は、終焉を迎えた。鎌倉時代より続く武士は、幕を閉じた。


 「もう、ここらでよか」










 西南戦争と呼ばれる内乱は、日本史最後の内乱と呼ばれる。


 そして、それに費やした政府側の戦費は四千百万円。

 当時の税収が四千八百万円であった事から、その殆どを使い果たしてしまった。それを補う為、紙幣価値の低い所謂「不換紙幣」を乱発。結果的に物価が引き上がるインフレを引き起こしてしまう。

 この為に今度は増税を進め、通貨整理を行うが、繭や米の価格までをも引き下げてしまうデフレが発生し、窮乏した農民達は農地を売却、小作農民・労働者となって行き、それと対を成して地主・高利貸しの成長、財閥の成長へと繋がって行った。


 貧富の差が拡大し、政治運動も活発化する。


 板垣退助を筆頭にした「自由民権運動」もその一つ。





 「維新」は幕を閉じるが、想いがある限り、意志の力がある限り、武士道は脈々と引き継がれて行く。




  【刻の旅人】第一部 ~維新の剣~  完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ