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維新の剣  作者: 才谷草太
箱舘戦争
137/140

戦死

 土方一行は、南へと進む。その兵は僅か。籠城を嫌い孤立している仲間を救うにしては、余りにも少数ではあったが、その士気は高い。

 馬上の土方と以蔵は、無言のまま一本木関門にまで差しかかる。位置としては、箱舘山と五稜郭の丁度中間あたりだった。

 彼らの眼前には、新政府軍が待ち構えているのが映った。

 新政府軍は待ち伏せをしていた訳ではない。むしろ幕軍が進軍する等とは思ってもいなかった。この状況下で進軍すれば、その隊は孤立・壊滅する可能性が極めて高く、そのような危険を冒す余力は無いと判断していた。が、その計算は崩れ去った。まさしく意表を突かれた進軍…そして、その指揮を執る男は、浅葱色の羽織を纏った鬼神・土方歳三。五稜郭へと進む新政府軍は、思わず足を止めていたのだった。


 「爽快だな、岡田…」

 「どこを、どう見れば爽快に見えるんでしょうか?」


 その言葉の後、土方らは馬上で視線を合わせ、ニヤリと笑う。少数精鋭…等とはお世辞にも言えない状況で、土方自身はその気迫を絞り出すように、腰の太刀をスラリと抜き放ち、空を突く。


 「進軍! 我等の同士の元へ!!」

 僅か百名程度の小隊に指示を飛ばした直後、その左右から遊撃隊が太刀を引き抜き突撃。その間からは銃を構えた者が砲撃を開始する。一直線に怖れる事無く付き進む遊撃隊と、その間を縫って飛来する銃弾に、新政府軍先鋒隊は進軍を止め、その場で足踏み。更に遊撃隊が突撃し、斬り合いになる。

 統率の取れない新政府軍は混乱し、次々に倒れて行く。そして幕府軍は迷い無く、一路弁天台場へと向かい斬り進んで行く。そう、彼等は新政府軍を壊滅させる、若しくは撤退させる意志など毛頭無く、弁天台場に居る仲間達の元へと、ただひたすらに進んでいたのだ。その見事なまでの一途な進軍に、静かに道を開く者の姿も、新政府軍の中から出始める。とは言え、先鋒隊を突き破った所からは本隊に差しかかり、そこから先へはなかなか進め無くなっていた。


 それでも尚、進軍しようとする幕軍の姿が、弁天台場に居る同士達に伝わる。小数にも関わらず、自らを救おうと進軍する友軍に感激し、自然と士気が上がり気が昂ぶる。


 「我等も続け! 土方指令の元へ挟撃態勢を!!」


 誰からともなく声が上がり、一本木関門への進軍が開始される。


 僅か百名程の救出部隊が、激戦地箱舘山の勢いを呑み込んだ。その先陣は凄まじい勢いで斬り合いを続け、そこに援護射撃が飛来する。混戦状態となっている場所には、新政府軍の銃弾は無いに等しく、剣での斬り合いとなっていた。

 更に、馬上の土方は声を張る。

 「我、この柵にありて、退く者を斬る! 後には何もない! 先に待つ同士を救え!」

 この一言により、銃を構える者達もジワジワと前進して行く。

 一本木関門の柵を背に、土方自身も進軍を開始する態勢を取った。


 が…怖れていた事態が、急に訪れる。


 前方を睨み、駆け出そうとした以蔵の視界の右に、赤い筋が飛ぶ。

 時間の流れが瞬時に遅くなり、右を向く以蔵の視線の先には、馬上で腹を討ち抜かれた土方の姿。

 血の飛び方から判断し、その背後を振り向くと、そこには新政府軍が居た。


 ガクガクと脚が震え、馬上から落ちる土方が、再び以蔵の視界に入る。

 更に二発・三発と銃弾が飛び、土方と以蔵の馬に命中。

 以蔵は崩れ落ちる馬から飛び降り、土方を関門の影に引き摺りこむ。


 「土方さん! 土方さんしっかり!!」

 以蔵は土方の腹に穿たれた銃創を左手で押さえ、声を掛ける。

 「……岡田…か、すまん。地獄の門が見えた」

 一瞬だけ意識を失っていた土方は、笑みを浮かべて目を開ける。腹からは血が流れている。が、すぐに処置をすれば命にかかわる事は無いだろう。しかし、背後は既に固められている。

 「まさか、北方よりの敵が、簡単にここまで来てしまうとはな…大鳥軍も抑えられなかったか」

 そう言いながら、以蔵の手を押しのけて立ち上がる。


 「土方さん…」

 「分かるだろ、岡田。俺は武士だ…銃弾では死なん」

 そう言う土方の目は、弁天台場へと向けられた。最早引く事など考えていない、真っ直ぐな視線。

 「俺は行く。お前は…」

 視線を逸らす事無く以蔵に聞くが、その質問の必要は無い、とばかりに土方の前に歩み出る。

 「付き合わせて済まない。お主には深く感謝している」

 無意識に口調が戻り始めている土方。しかし、それに気付かぬ振りをして、以蔵は歩きながら言う。

 「私こそ、全てに感謝します。行きましょう…生きた証の為に」


 二人は振り返る事無く走り出す。浅葱色に染まった『誠』を靡かせて…。



 誰一人、背後の敵に関せず、ただひたすらに前進する。その先陣に、二人の新撰組が現れ、次々に敵を斬り伏せて行く。

 以蔵は居合を織り交ぜた剣術で、華麗に舞いながら敵を翻弄し、土方は柔術・剣術を組み合わせた独自戦法で次々にねじ伏せている。戦場は彼らを中心に、繰り広げられている様相と変わりつつあった。


 そして、以蔵と土方は背中合わせとなった時、二人同時に声を張る。


 「新選組! 推参!! 我等が歩む道を開けろ!!」


 全く同じ言葉を出した二人に、新政府軍は恐怖に支配されて行く。


 そしてその声の後、二人は弾かれるようにまた、敵陣へと突っ込む。

 だが…徐々に二人に襲いかかる敵兵の数が増えて行く。後方より迫る新政府軍に、後陣の鉄砲隊は討たれ、包囲網が狭められて来る。弁天台場から一本木関門に向かう友軍も、間に合わない。


 徐々に、二人の身体に刀傷が増えて行く。

 狭められる包囲網の中に、二人の姿が押しつぶされるように消えて行く。


 空は青く。西へと陽が傾きかけていた。




 「岡田…、侍はどこに行くべきなんだろうな」

 「それは、後に分かりますよ。ですが、魂は必ず残ります」






 新政府軍は、五稜郭への進軍を開始。

 五月十三日…。榎本武揚降伏にて箱舘戦争終結。


 そして、侍達の時代は、新たな局面へと向かう。

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