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維新の剣  作者: 才谷草太
箱舘戦争
133/140

二股口の終結

 夕暮れ。空は次第に紫が支配して行き、山間部に響く銃撃音は次第に弱まって行く。その銃撃を縫うように滝川率いる伝習士官隊が胸壁を高く、補強して行く。勿論、その出来栄えは誇れるような強度は無いが、この後に来る上方からの銃撃にさえ堪えてくれれば良い。

 前方の壁は低いまま、左右だけ少し高くして行く。


 そして、その時が近付いていた。新政府とてバカではない。正面からの銃撃を止め、左右に展開する様な真似はしない。

 銃撃が弱まったとは言え、のんびりと胸壁の補強ができる様な状況では無い。彼等は命懸けで補強を進めた。


 陽が沈む頃、左の山の中腹から最初の銃撃が始まった。


 「来たか…!」

 土方が、補強されている胸壁から全軍に指揮を出す。胸壁補強に就いていた伝習士官隊を胸壁内に戻し、予てより準備していた、三方向への銃撃防衛態勢へと移行。

 総員がこの事態を予想していた為に混乱は無く、壮絶な銃撃戦が再び幕を開けた。


 延々と撃ち下ろす新政府軍に対し、胸壁で堪えながら隙を見て反撃する幕軍。左右の挟撃にも動揺することなく、ひたすら撃ち合う両者は、轟音に慣れていた。

 完全に夜が訪れた後も、銃撃は展開されていた。

 新政府軍は上方からの撃ち下ろしにより、下方に見えるマズルフラッシュ(銃撃時に出る閃光)を元に狙いを定めて砲撃、幕軍はそれに対して同じように砲撃するが、木立に隠れてマズルフラッシュも見え辛い状況になっており、新政府軍に当たるよりも木々に命中する弾が多い。


 「無駄弾を使うな! 落ち着いて狙え! 銃身を冷やす事も忘れるな!」

 土方は後方より指示を飛ばす。更に土方は作戦の変更を行った。

 「滝川と岡田に伝えろ! 作戦の変更だ!」

 このタイミングでの作戦変更は、左右の山間部からの銃撃に均衡が取れていなかった為だった。

 右の山からの銃撃よりも、左からのそれが強い。主要部隊は左にいる…それをまずは潰す。


 夜が暮れ、長時間の銃撃戦が展開されている。

 恐らく夜明けも近いだろう…。この夜明け前のこの時間は、日没後と同様に一瞬の闇が広がる時間。

 この時間まで銃撃戦は続いていた。幕軍は心身ともに疲弊していた。新政府軍も同じではあるが、圧倒的に兵士数が違う。逆に言えばその状況で耐え忍ぶ幕軍が異常とも言える精神力だった。



 胸壁の前方から中ほどまでにかけ、『誠』の羽織を追いかける幕軍が数人、左の山に猛烈な勢いで走り込む。みな、一言も発さない。


 山中に走り込んだ男達は、枯葉などを踏む音、雑草を踏み倒す音を響かせながら、無言で走り回り、新政府軍の兵士を一人ずつ倒して行く。

 銃撃の轟音に慣れた彼等の耳には足音は届かない。ただ響くのは近くに居た筈の味方の悲鳴。今まで倒れて来た人数とは、明らかにその間隔も、悲鳴の数も増えて来ている。




 新政府軍兵士は、下方に見えるマズルフラッシュを標的に撃ち下ろしていた。

 「これ程の戦力差がありながら…奴らは諦めないのか!」

 木立に隠れながら応戦している彼は、もうどちらが優勢に立っているのかが分からなくなっていた。そもそもこの戦いは、支援の無い増援も無い鎮圧戦だった筈が、聞けば宮古湾で『甲鉄』奪取を目論み突撃し、箱舘を防衛する為に各拠点で死闘を繰り広げている。

 「これでは…我等が侵略者ではないか…」

 銃撃を一瞬ためらった時、ふと沈黙の瞬間が来た。いや、銃撃間のほんの一瞬の空白の時間に、僅かな足音が聞こえた。

 伝令かと思い、隣に居た同志を見ると、その背後から胸に太刀を突き立てている男が居る。


 ほぼ無音で声など一切出さず、その表情にも感情を一切出さない男。


 羽織を纏い、和服を着ているというのは闇の中の影でも見て取れた。そして周囲の銃から出る閃光で、刃が時々光って反射する。


 「死神…!」


 恐怖。


 戦場に於いて無音で近寄られる事程、恐怖を感じる事は無い。しかも数日続く銃撃戦で、耳も身体も轟音に慣れていた彼にとってみれば、その一瞬が永遠に長く感じただろう。そして、その永遠は次の瞬間に刈り取られる。

 背後から、背骨もろとも袈裟に斬られる。


 僅かに残る意識の中で見る光景は、横に居た同志を斬った男と、自らの背を斬った男が、更に奥に踏み入り仲間を恐怖に陥れている光景だった。


 「一体…どこで…どう間違ったと…いうのだ…。この国は…」




 以蔵は山中を駆け周り、無言で襲撃を繰り返していた。

 新政府軍もその存在に気付き、周囲を注視し出した頃…下で動きが出る。


 「伝習士官隊、抜刀後突撃!!」


 滝川が最後尾から馬に跨り、右に左にと蛇行しながら正面の新政府軍に突撃を始めた。そしてそれに導かれるように胸壁から大勢の兵士が飛び出し、新政府軍に向かう。

 そして彼等も、突撃命令の後は無言で…。


 右翼に展開していた新政府の山間部隊も、向かいの山中からの弱まる砲撃と、下で叫ばれた言葉の他に情報を得る手段は無く、混乱して行った。

 そして混乱する新政府軍は、完全に主導権を奪われたまま夜が明ける。


 陽の光に照らされて明らかになる現状。


 いつの間にか近くの同胞が「斬り殺され」ている。

 いつの間にか侍が背後に立っている。

 いつの間にか優勢であるはずの新政府軍が、完全に圧されている。


 次々に兵力を補給し、増強するが、悉く圧される。

 銃の時代が来た筈のこの戦いで、刀に恐怖する新政府軍。

 混乱が渦巻き、次第に武士達が支配して行く戦場。


 陽が昇り、現状が見えた事によって一層の恐怖が訪れ、そしてその状況を打開できぬまま、新政府軍は再び夜を迎え、死神の時間となる。

 普通の精神状態で居られなくなった兵士達は、次第に山中から逃走。刃毀れをしながらも悠然と本隊に斬り込んだ滝川もまた、畏怖の対象となっていた。



 四月二十五日未明。

 相次ぐ撤退者を制する事が出来なくなった新政府軍は、二股口を諦め本隊を撤退させる事となる。


 ここに二股口の戦いは終結。

 箱舘戦争で、唯一幕軍が勝利した瞬間だった。




 だが、新政府軍も箱舘攻略を諦めていた訳ではない。

 二十四日深夜より、二股口を迂回する道を構築し出していた。そして更に他の戦地へと増援を送り込み、二股口がダメなら他から攻めると方向転換を行い、多方面の戦力補強に着手していた。


 この時点で、土方はまだ増強の事実を知らない。今は、とにかくこの兵士達を労い、今後の展開を考える時間へと当てた。以蔵もまた、その中に居た。



 「若干の戦力をこの地に残し、木古内方面…矢吹へと向かい援護する」

 土方の出した答え。

 転戦を決意したのだった。

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