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維新の剣  作者: 才谷草太
武士道
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本陣の内紛

 軍議の場は以蔵を中心として静まり返っていた。窓の外から中の様子を伺う者達も、息を呑んでその先を見つめる。


 先に動いたのは以蔵だった。それには土方の顔色が若干変わった。

 今まで誰に対しても後の先を取っていた以蔵が、先に鯉口を切ったのだ。


 片膝を立て、床に着いた右膝を軸として右へと回転…。その姿勢のまま、右足を前に出し低重心で前進…。その速度は意表を突かれた男達には脅威の速度となる。

 目標とされた男は、慌てて上段から木刀を振り下ろすが、その時には以蔵が左側に回り込み、片膝を立てて座っていた。


 一同は何が起きたか分かっていない。いや、土方には見えていた。


 目標とされた男は、木刀を落とし腹を抱えて倒れ込む。

 呼吸が荒い…、いや、息を吸おうと必死になっていた。


 以蔵は抜刀などしていない。


 上段から振り下ろされる瞬間、木刀を鞘ごと腰帯から引き抜き、柄尻を水月に打ち込んだ。


 右へと向かい移動した事で、五人に囲まれた状況から四人を正面に捉える位置へと変わった。




 『足の運び、身体の回し方、腕の振り方…。どれを取っても通常の剣術とは違う様に感じます』




 蝦夷地に来る海の上での、以蔵の言葉を思い返す榎本は、その動きに見惚れていた。

 「舞か…。土方の言葉にも頷ける」

 ポツリと榎本が口にする。


 その瞬間、斜め左右前方に位置する二人が目で合図を交わし、僅かに時間差を付けて前へ出る。

 左から上段、右から突き。時間差を作る事により、以蔵は攻撃に有利な場所への移動ができないと踏んだ。攻撃を当てる事よりも後の先を封じる戦法。


 その状況でも以蔵は敢えて踏み込んだ。

 瞬時に立ち上がり、真正面へ跳ぶように駆け抜け、左右二人の斬撃・突撃を無視し、正面左で構える男の左腕を、低空の抜刀から上方へと撃ち抜く。無論急所は外し、左腕の付け根を切先で薙ぎ払う様に。

 それでも激痛が走り、木刀を持ち戦える状況では無くなる。


 以蔵はそのまま駆け抜け、振り向いて納刀、正座をする。そして、左右から斬り込んだ二人に問う。


 「松岡殿、春日殿…。お二人は幕臣でしたね?」


 その問いに、右から突きに出た松岡四朗次郎は慌てて返答する。

 「拙者は幕府歩兵隊出身…。幕臣と言うには少々差がある」


 以蔵はフフンと鼻で笑い、鍔に手を掛けて笑いながら立ち上がり、腰を落とす。



 「例え一対多数となれど、多数派の息が合わねば一人を打ち破る事などできません」



 左腕を叩き上げられた松平太郎は、再度の攻撃を受ける。

 神速での突撃の最中、もう一度鞘ごと引き抜き、松平太郎の水月に柄尻を放ち、今度は柄を持ち、鞘だけを後方に引きつつ抜刀。180度回転し、後方に居た永井尚志の水月を切先で突く。


 抜刀をした状態で止まる事無く身体を回転させ、左から斬撃に出ていた春日左衛門の喉元に物打ちを当て、止める。

 木刀とは言え、喉を撃ち抜くと流石に命を落とす。


 一瞬で三人を倒すその業と速度は、窓の外から眺めていた者達の血液の温度を上昇させた。

 だが、以蔵と相対した五人の血液の温度は、既に箱舘の外気と同じく凍てついていた。




 春日の喉元から木刀を離し、納刀する以蔵。

 そこには、既に敵意無しとばかりに、闘気は無くなっていた。



 「分かったでしょう? 纏まらぬ輩には、無残な死しかありません」


 その言葉に我に返った榎本が問う。

 「見事な舞だった…。堪能させて貰った。だが、我々はその無残な死を望まぬが故、策を講じていたのだ」


 以蔵は、部屋を囲むように取り付けられた窓をぐるりと見渡した。


 今まで食いつく様に見ていた者達が窓から離れ、各々熱心に素振りを始めていた。




 「戦う志を明確に決め、団結するのです。ただの野党集団ではありません。組織を立て、志を腹に括り、武士としての団結を纏うのです」


 「組織か…」



 「武士が立ち、今箱舘で勇ましく戦い、日本人が忘れてはならない道を、我等が示すのです。その道が廃れた時、我等が国は必ず滅びゆく…。戦に勝ち、独立国家を築き上げる戦いではありません。武士が、武士として生き抜く様を全国民に知らしめ、決して忘れ得ぬ礎を箱舘に築き上げるのです。……この先の、未来の為に!」



 以蔵の言葉の後、相対していた五人を含め、その場に居た全員の意気が上がるのを肌で感じた。



 「入れ札で、我々の代表たる御方を決めましょう。更に、その結果に応じてそれぞれの混合部隊の指揮官を決め、全隊を纏め上げます」


 そう言ったのは土方だった。

 それは封建社会では無い、民主社会のやり方。




 「我々の生き様を、全国に知らしめるぞ…」


 十二人は口々に語り始める。




 たった一名の言葉で、総員が意気高揚させた。


 「まだまだ武士の魂は死んでおらんな」


 その様を見た土方は、嬉しそうにつぶやいた。

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