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維新の剣  作者: 才谷草太
武士道
122/140

武闘軍議

 弘前城天守で土方等が話をしていた日の昼、五稜郭から約五百名の歩兵が出立。松岡四朗次郎率いる一聯隊を中心に、幕府歩兵で組織された部隊は、二股を経て舘城に向かう。


 その道中にも当たる十一月十二日、星率いる額兵隊を中心とした五百名は差江に向かい進軍。


 弘前藩を追い込み始める。


 十三日から十四日にかけ額兵隊は進軍途中にある大滝陣屋を陥落させ、十五日には差江に到着。同じく松岡率いる一聯隊も舘城に到着。


 幕府軍はこの日、差江と舘城にほぼ同時に突入。差江に居たとされる弘前藩士達は既に敗走しており、五稜郭と同じく難無く占拠。海上から援護に向かっていた軍艦・開陽は一旦差江の沖に停泊する。新政府軍の海上からの反撃を牽制する為だった。


 一方、舘城攻略軍は戦闘を開始していた。しかし、弘前城攻略戦と同じく軍隊の完成度が歴然としており、幕府軍は落城に成功。前日に逃げ出していた藩主、松前徳広を追い、熊石へと追撃戦を始めた。



 舘城から熊石への進軍途中、松岡と一聯隊は激しい嵐に遭遇する。道中で一旦陣を張り、軍行を止めて嵐をやり過ごすが、この進軍の遅れで弘前藩主を取り逃してしまう。熊石に残っていたのは、ここまで着き従っていた藩士達三百名…。彼等は、藩主を逃がす為に残ったのではない。藩主自らの命惜しさに戦線を放棄、三百の藩士達を放り出し、逃亡したのだった。


 この藩主の行動に諦めが生まれ、切腹する気力すら無くし、一聯隊に投降した。


 十一月二十二日、蝦夷地の弘前藩は壊滅。平定を成し遂げた…。




 が…天は新政府軍を選択していた。




 一聯隊を襲った嵐は、差江で鎮座する額兵隊を強襲していた。

 陸に居る一聯隊は嵐を避ける事は容易だったが、海上に停泊していた開陽は暴風と波を受け座礁。その救出の為に箱舘から回天と神速、2隻の軍艦を差し向けるが、神速も座礁。成す術が潰えた海軍は止むを得ず開陽を放棄、総員退艦。数日後に沈没する。


 開陽・神速という軍艦を失った幕府軍は制海権の維持が困難な状況となる。


 海を制してこその蝦夷地。その要が脆くも崩れた幕府軍は、その不安と、その組織の不安定さから荒廃が進んで行った。



 元は全て幕府出身とはいえ出身藩が違い、更には新撰組・一聯隊・額兵隊を始め、様々な組織の寄せ集めであった為、無敵海軍の壁が崩壊した事により不安を煽り、結束が崩れていた。




 十二月に入り、榎本らは五稜郭へと戻っていた。


 「結束が崩れている…。榎本殿、何か策はありませんか?」

 「大鳥、拙者が全ての答えを持っているとでも思うか…」

 「土方は何か策があると思うか?」


 榎本と大鳥の会話で、不意に答えを求められた土方。


 「俺は戦で使う頭と体しか持っていません」

 呆れた様子の表情で、冷静に言い放った。

 その姿に、そこに居た十二人は妙に納得しながらも、答えを見出せないでいた。

 そんな状況で、土方は言う。


 「岡田以蔵をこの場に呼んで頂ければ、打開策を持っているかも知れませんが…?」

 「何だと? 奴は元倒幕派…。お主が身辺警護をさせているという事で隋隊させているだけだぞ! 本来であれば真っ先に首を刎ねておるわ!」

 土方の言葉に反論するのは、松平定敬…。そう、徳川の血筋だ。彼の心情からすると許せる男では無いのかも知れない。


 「小さい。元より言うのであれば、奴は倒幕でも佐幕でもありません」

 「ならば奴の思想は何だ! 思想の無い奴に強さなど無い!!」


 「幕府が倒れるのも頷ける」


 その小さな土方の一言が、軍議の雰囲気を一転させる。その場に居る全員が土方へ罵声を打ち付ける。収拾が付かない程に荒れる議会。

 土方は一人だけ愉快そうに頬笑みを浮かべ、口を僅かに動かし、何かの言葉を発した。


 「土方、何だ?」

 その中で土方と同じく、冷静だった榎本がそれに気付き、問いかける。


 不満を渦巻きながらも無気味な沈黙が戻った後、再度同じ言葉を言う。


 「新政府軍・幕府軍は居るが、日本人はどこに居る」


 一同はその意味が分からない。


 「大政奉還の前…、佐幕・倒幕と二分していた勢力の中で、ごく僅かの者達が息吹きを上げていた事を御存じないか?」

 「何を言っている…。倒幕派が大政奉還を唱え、幕府転覆を進めたのだろう! 例えその様な者が居たとしても、何ら影響は無かったではないか!」

 「そう考えるから、この戦は止まらなかった」


 大きく深呼吸する土方に、全員が視線を集める。


 「国の為、民の為にどうすれば最善か…。私利私欲を捨て、命を掛け国の為に奔走する。確かにその男は居た。我々はそれぞれの信念の元に敵対していたが、敬意を払っていた。その男が、国をひっくり返したのです」

 「土佐藩主、山内容堂か、若しくは後藤象二郎か?」

 「いえ、彼らもまた、その男の未来に魅せられた者達…。その男は、本物の侍だった」


 誰もが分からなかった。イチ浪人が天下を動かした等とは発想できなかった。坂本龍馬の名を知るのは京で実際に動いていた実働部隊や奉行所の一部の人間のみ。




 「その男、坂本龍馬といった…。そして、彼の傍で常に国を思っていた男こそ、岡田以蔵」




 天を動かした男の名を始めて聞き、更に従軍していた男がその傍らに居た事を知り、慟哭する十二人。が、その男たちこそ自分たちの未来を奪った張本人だと見定めた。


 「岡田以蔵…侍の世を消した男か…」

 「此処に呼べ!首を刎ねて四肢を蝦夷地の礎としてくれる!」

 「待て、聞いて無かったか!? 岡田こそ国を思って動いた男だ!」

 「何とでも言える! 結果、我等から多くの物を奪った!」


 その場に居た者達は口々に言う。


 「この場で叫んでも解決しませんよ。今から修羅を呼びますから、直接言って下さい」



 土方は軍議の場に、隊長でも英雄でも無いただの兵士となっていた、元敵陣営の男を呼び入れる事に成功した。

 以蔵に対する反発が、今まで無かったとは思っていない。ただ、土方の顔を立て、何の反論も無かった事も知っている。

 だが、この場ではっきりしておかなければ、絆が弱まり出した幕軍を纏める事は不可能と感じていた。


 土方は軍議の場から離れ、以蔵の元へと向かった。



 以蔵は五稜郭本陣…箱舘奉行所の表にある木にもたれ掛かって胡坐をかき、刀を立てて冬の空を眺めていた。土方が居ない時は、常に一人で居る。自分自身、ここでは交われる者が居ない事は分かっているからだ。


 「岡田、軍議に出ろ」


 そんな以蔵に、門を出て来た土方が腕組みをして言う。その腕に巻かれているのは、修練用の鞘付き木刀。


 「何か…やらかすおつもりですね?」

 「みな、お前を斬ると息巻いている。ほら、これが要るだろう?」

 「土方さんは乱暴ですね…。全員を叩きのめせば良いのですか?」

 「お前を理解しようとする者も居る。敵は見極めてから打ち込んでくれれば良い」


 連携が弱まっている事は以蔵も気付いていた。恐らく自分に期待している事も、それだろうと理解し、ゆっくりと刀を杖代わりに立ち上がる。


 以蔵は土方に歩み寄り木刀を取りながら、屋根を見上げる。


 「あの鐘楼…、壊した方が良いですよ」


 そう言って本陣の中へと入って行く。


 「鐘楼…?」

 土方は屋根を見上げ、その真意を理解できないでいた。




 軍議が開かれている場に入ると、榎本を始め十二人。中にはやけに殺気だった男が七人。

 以蔵は大きく溜息を吐いた。


 グッと屈伸をし、腕を交差させて肩を伸ばしながら言う。

 「さあ、誰からやりますか?」

 以蔵のその態度に、殺気だった七人は一気に立ち上がり腰に手をやる…が、近代軍隊と化した彼等は太刀を差していない事に気付く。


 「腰に差していない事に気付かない程に焦ってどうしますか」


 以蔵は笑いながら言う。その直後、土方は十本程の木刀を持って入り、テーブルにばら撒く。

 「皆、焦らずとも岡田は逃げん。木刀を取って冷静に戦え」


 この中で二人が戦意を失う。残りは五人…。最早意地としか言えない表情で木刀を取り、構える。



 以蔵は、そんな五人を目の前に、木刀を腰に持って行き、袴を捌き正座をする。

 以蔵を見た男達は、動けない。

 正座をした以蔵は、粛々と木刀を左手から右手へと渡し、右方向に抜きながら両手で正面に置く…。

 更に左手、右手と床に着き、刀に礼をする。


 刀礼である。字の如く刀に礼をする行為だ。


 頭を上げた以蔵は、背筋を伸ばし刀を両手で持ち、ゆっくりと帯へと差して行く。


 凛とした武士の様を見せつけられた五人は、そこにかつてあった自らの姿を重ねていた。


 「何故、斬り掛かって来ないのですか?」

 以蔵の質問に、五人は清々しい感情に覆われていた。


 「侍の礼に対し、侍が斬りかかれる訳が無いだろう」

 そう口にしたのは大鳥。

 「…だが、これからは違うぞ」

 続くのは松平太郎。


 その言葉の瞬間、五人は強風に会う。無論、室内で窓も閉め切っている場所に風など吹く筈が無い。その正体は以蔵の闘気。

 息を呑み、五人が全員構えを取る。


 「立て、岡田!」

 永井尚志が叫ぶ。


 「刀礼が済み、帯刀は終えています。いつでも私は斬りかかれますよ」


 空気が2~3度下がる感覚が全員を覆う。




 岡田以蔵が、幕軍中枢で刀を抜く。

 その様子を見ようと、軍議の間にある窓の外には兵が集まり、覗き込む。

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