流転の魂
「局長…、納得できません」
川崎にまで戻った新撰組の中で、原田は一人近藤に噛み付いた。甲府から戻った人数も既に百名程度にまで減っており、脱走兵を説得して回っていたのも原田だった。しかし、余りに不甲斐ない敗戦と、応援に来ると言っていた会津藩の影も見えない状況に、さすがの原田も不信感を抱いていた。
「余りに軽率。軍行が遅れた上に、正面からの戦などを挑み、来る当ての無い援軍を待つとは!」
「落ち着かんか、左之助…。軍行の遅れは止むを得ない状況、甲府城が落とされていた事も…」
「どこまでが真実ですか? 副長が隊を離れて、戻る事を待てなかった理由は?」
「急がなければ甲府が新政府に落とされる」
原田と近藤の問答は、夕刻より酒を呑みつつ繰り返されていた。どうにも納得できなかったのだ。
「急がなければならぬ戦を目前に、軍行の遅れを戒める事無く、敗走…。何か他に目的があったとしか考えられません」
「左之助、拙者にも迷う事はある」
「新撰組を率い、新撰組として戦う事を決意した進軍に、迷いなどあってはならんのでは無いでしょうか!?」
原田の一言に、近藤は言葉を失い腕を組んで黙ってしまう。
「局長…何故、口を閉ざされる」
原田は悔しそうに口を閉じ、じっと近藤のしかめっ面を睨み付ける。
暫くの沈黙が続く。原田と同席をしていた、彼の親友でもある永倉新八はそれまで閉じていた口を、ゆっくりと開く。
「局長、何か裏の事情でもおありか?」
永倉の言葉に、原田は背後の彼を睨み、
「裏…?」
「侍が、侍である為に結ばれた、もう一つの事情だ」
永倉の言葉に、原田は腹の底から怒りが込み上げた。
「仮にそのような事があったとし、それを隠した進軍…。我々は、何の為に命を賭したのかも分からずに戦っていたと言うのか…?」
その言葉にも近藤は身震い一つせずに沈黙を守る。
「近藤勇殿、拙者は只今より新撰組を離れ、別働隊として転戦致す」
そう言うと、近藤の居る部屋からさっさと出て行く。
更に後を追う様に永倉も続き、原田の肩を掴む。
「新八…、新撰組を頼んだぜ」
「頼まれても、俺も左之助と共に離隊するって言っちまった」
永倉は大きく口を開け、盛大に笑った。
「お前、何を考えてる! 離隊して今後どうすんだ!」
「そいつはお前こそに聞きたいがな」
二人の男は、呆れたように笑いながら肩を組み、
「思うがまま、侍の歴史を綴って行くか」
その後、この二人の元には五十名を超える新撰組、旗本達が集い、靖兵隊を組織する事となる。
慶応四年、三月十一日の事だった。
原田、永倉脱退から遅れる事四日。三月十五日に土方が近藤らに合流を果たす。
土方が隊に合流したのを切っ掛けに、この日より続々と新撰組が合流を果たし、百六十九名となる。
が、土方は不機嫌なまま数日を過ごし、近藤とは言葉を交わさないでいた。
何を、どう整理し、設問すれば良いのか分からないでいた。
江戸を出、甲府を落とされ、原田・新倉の脱退を止められなかった。近藤の『誠』が、どこにあるのかが分からない。
そのような状況の中で、近藤は独断で新撰組の陣を流山に移すと決める。
江戸から更に遠ざかり陣を構える近藤。戦から遠ざかろうとしている様にも感じられる。
隊士達の中にも動揺が広がる。
慶応四年、四月二日。隊士227名…流山に移動。
新撰組に激震が走り、果て無き魂たちの流転が始まって行く。