土方の疑念
慶応四年 一月。
京で新政府軍と戦った新撰組は江戸に入っていた。当時、江戸城内で居た軍事最高責任者である勝海舟に会い、江戸警護に当たる為だった。が…。
「甲府に向かえと?」
「そうだ。我々新撰組は甲府に移り、徳川の天領である甲府を守れとの指示が出た」
「勝…やはり我々を江戸から追い出す腹か」
「口を慎め、歳…。甲府城に入り、天領を守り抜く為の資金と軍備を用立てて頂いた」
「局長、まさかそれで納得されたのですか?」
江戸城で勝海舟と会い、甲府防衛を命ぜられた近藤は、新撰組が江戸に駐留している宿で語り合っていた。
「会津と庄内が同盟を結ぶという情報も出ている。薩長と対抗するには甲府が最適であろう…」
近藤の目には諦めが滲み出ている。
「…新政府は軍備を西洋化しております…。我々の側の兵力が少なすぎる」
「分かっている。兵力も若干ではあるが補給していただいた」
「それでどうにかなる訳でも無いでしょう? 土方、神奈川へと向かい増援を申し出て参ります。確か旗本で結成された菜葉隊がある筈です」
そう言いながら、土方は立ち上がる。
そんな土方を見た近藤は、座ったまま土方を見上げて聞く。
「歳…この戦、勝てると思うのか」
近藤のこの言葉に、土方は怒りを露わにした。
「我々が腰にしているは武士の魂。それを捨てた者共に心すらも折られる訳にはいきません!」
土方は一礼をして部屋を出た。
近藤は一人で腕を組み、自らの刀を眺めている。自らの侍の魂と語り合うかのように、蝋燭の火の揺らめきに合わせてフラフラと揺れる影を眺めている。
三月一日、新撰組は土方を加える事無く江戸を出立し、甲府へと向かうが、補強された戦力のうちの殆どがならず者の寄せ集めであり、夜な夜な宴を上げ、進軍に影響を与えている。当初は三百いた兵士はこの状況を悲観視し、また、増援が来る可能性が無い事を察知し逃亡が相次ぐ。
この距離の稼げない新撰組一行の脇で、新政府軍は甲府城を目指し北上。この指揮を執るのは大政奉還前に、中岡慎太郎と共に武力討幕を目指していた、土佐の乾退助…板垣退助であった。
そして、旧幕府軍に先んじて甲府城を確保し、迎え撃つ形となってしまった。更に脱走兵の数が増えて行く混成軍の旧幕府軍は121名。
三月六日。遂に戦闘は勝沼にて開始される。
甲府城を砦とした新政府軍は、僅か百名程の近藤混成軍に容赦なく大砲を放つ。
この砲撃により、勝より渡されていた大砲は二門とも破壊され、既に刀を抜き勇ましく戦いを挑む状況では無くなっていた。
一方、菜葉隊への援護を依頼しに向かった土方は、ことごとく黙殺された後、甲府に向かい単身急いでいた。
「なぜ新政府軍側が防衛をしている…!?」
進軍が遅れた事が分からぬ土方。先んじて甲府城を確保してこその戦が、全く逆転し、矮小極まりない軍隊で城を落とすなど、考えられぬ事。
事の真意を確かめる為、旗本達の説得を切り上げて勝沼に向かっていたのだった。
江戸城内で、勝と局長の間で取り決められた何かがある筈。土方はそう疑念に感じながら、脚を速めていた。
しかし土方が追いついた頃、既にこの戦には負け、脱走兵を多く出した旧幕府軍は少数で江戸に向かい敗走をしていた…。