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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第二章

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12.銀河皇帝の親書

「三日後……」


 シェンガからの報告を聞き終え、ネープは額に手を当てた。

 ギリギリだ。強行突破が現実的になって来た。

 とにかく一刻も早く空里を帰還させて出発に備えたいが、〈天翔樹(アマギ)〉の軌道上には査察と補給待ちの船がひしめいており、順番はまだ来ていなかった。出入関管理局は明日にも査察官を寄越すと言っていたが……。

 また、星百合(スターリリィ)とゲート周辺には気になる状況があった。封鎖線上に展開している宇宙艦が次第にその数と艦種を増やし、明らかな臨戦体制を取っているのだ。

 多種波走査機(メタスコープ)を覗き込んだネープは、その事態がさらに進行しているのを確認した。

 宇宙艦の多くは帝国の標準的なものだが、艦体にはユーナス征星軍(クルセイド)のエンブレムが表記されている。〈天翔樹(アマギ)〉の惑星上に彼らの敵であるザニ・ガン軍の拠点があり、それを徹底的に叩くつもりでいるに違いない。封鎖の解除前に作戦が始まると、空里の身にも危険が及ぶ公算が高い。

 さて、どうしたものか……。


「これ」

 傍らに立ったミマツー……そう呼ばないと返事もしなくなったネープ三〇二……が、情報通信端末(コムパッド)をネープに突きつけた。

 その上にはスター・サブ艦内を走る環境循環システムの状況を示すデータが立体的に浮かんでいた。検出された微量のタンパク質に関する数値がハイライトで強調されている。

「これが何だ」

「あんた由来のものだった」

 立体イメージが切り替わり、タンパク質についての詳細情報が表示された。ミマツーの言った通り、ネープの生理活動との関連が示されている。

「だから何だ」

「変調でしょ。対処してもらいなさい」

「問題ない。自分の年齢ならごく当然のことだ。管理できている」

 ミマツーはため息をついて情報通信端末(コムパッド)を振った。

「解ってないわね。これはあんた一人の問題じゃないのよ。即位からこっち、あんたたちは忙し過ぎよ。ただの主従関係じゃないんだから、やることをやっておかないとややこしい問題に繋がるわよ」

 ネープはミマツーの言いたいことがいちいちもっともであることを理解していた。だが、普段無視している自らの普通の少年の部分が、素直に従うことを許そうとしなかった。

「今、ここを離れるわけには……」

「査察と補給の受け入れは私がやる。クアンタ卿もいるし、どうせそれまで身動き取れないんだから。今は時間がないんじゃなくて、今しか時間がないのよ」

 なおも動こうとしない弟分に、ミマツーははっきり言い渡した。

「アサトに逢ってらっしゃい」

 立ち去る少女の足音に、ネープは普段と違う強い響きを感じて聞いた。

「何を怒っているんだ?」

「怒ってないわよ!」

 

 明らかに怒っている……。

 

 一方、惑星〈天翔樹(アマギ)〉上では、寝支度をしていた空里がスター・サブとの連絡を終えたシェンガの様子にいつもと違うものを感じていた。

「元気ないのね。どうしたの?」

「なんでもねえよ……」

 とてもそうは見えなかった。何というか、心ここにあらずなぼんやりした様子なのだ。

「何か気になることがあるんでしょ。言いなさい。言わないと、また夜伽を命じるわよ」

「独裁は勘弁してくれよ、皇帝陛下」

 ミン・ガンの戦士は苦笑して主君に向き直った。

「カルリオーレの親父が言ってたろ? 近くに仲間が来てるんだ」

「だそうね。懐かしいんでしょ? 会ってきたら?」

「簡単に言ってくれるなよ。俺は(くに)では裏切り者みたいなもんなんだぜ」

 空里は少し目を伏せた。自分もその一因なのだから……

 

 シェンガの故郷〈水影〉星系では、スター・ゲートを開く星百合(スターリリィ)が死にかけていた。そのままでは数十年ほどでゲートは失われ、惑星〈水影〉は完全に銀河文明から孤立するはずだった。そんな時、星系外縁部で異常な重力波が観測され、原因を調査したところ、発生直後の星百合(スターリリィ)……星百合(スターリリィ)の種子が発見されたのだ。

 だが、帝国はそれが見つかった宙域を星系外と判断。種子の接収が宣告され、派遣された軍とミン・ガンたちの間で戦闘となった。遂には反乱鎮圧のために前銀河皇帝が乗り出し、種子を守って逃走したミン・ガンの特務隊を追撃した。

 

 そして彼らは、空里のいる太陽系へやって来たのだった。


 その後の数奇な巡り合わせを経て空里は皇位後継者となり、皇位継承の戦いの最中でシェンガは種子を彼女に託し、そのまま失った……。

 

「俺がアサトにあの星百合(スターリリィ)の種子を渡したのは、命の恩義があったからだ。ミン・ガンの掟に従えばそれは正しいことだ。だけど、(くに)の連中はそのことを知らねえ。俺が自分のためにミン・ガンを裏切ってアサトに取り入ったと思われてるかもしれねえんだ」

「そんなこと……」

 確かに帝国艦隊との決戦は一部始終が銀河中に見られていたが、空里が地球で倒れたシェンガを助けた事実はごく近しい仲間以外の誰にも知られていなかった。

「もちろん俺はリョンガとしてなら仲間に会いに行ける。でも、そこで本当の俺が……シェンガがミン・ガンたちにどう思われているのか……それを知るのが怖いんだよ」

 空里は今までシェンガのミン・ガンとしての立場というものを考えたことがほとんどなかった。今更ながら彼についての現実を思うと、一族の中での名誉だけでなくさらに切実な心配事が浮かび上がった。

「シェンガの家族ってどうしてるの?」

(くに)にいるさ。惑星〈水影〉にな。女房も子供も……」

「!」

 空里は衝撃を受けた。

 自分は妻子ある男性とベッドを共にしていたのか……

 いや、そんなことより彼が自分のそばにいることで家族と引き離されている事実の重さを知らずにいたことが、恥ずかしく思えるほどショックだった。

 シェンガは空里の表情が激しく変わったのを見て言った。

「いや、ミン・ガンの男はほとんど家にいないもんなんだ。外の宇宙で戦っているのが普通だし、離ればなれは当たり前のことさ。気にするなよ」

「でも……お父さんが裏切り者扱いされてたら、家族だって肩身が狭いでしょ? 気にならないの」

「そりゃまあ……な」


 空里は考えた。

 せっかく、シェンガの仲間が近くにいるのだ。審判の問題解決など待たず、この機会に彼の名誉と故郷の星百合(スターリリィ)問題を解決できないものか。

 皇冠(クラウン)から妙案を得ることができれば……。


 長く黙り込んでいる銀河皇帝の方を見て、シェンガはギョッとした。

 空里の顔が……その目から上の部分が、青い透明な鉱物質の何かに覆われていたのだ。

「アサト、皇冠(輪っか)が大きくなってるんじゃないか?」

「え?」

 空里が応えると、皇冠(クラウン)はすっと細くなって額を這い上り、髪の中に隠れた。

「ああ、ちょっと集中して相談してたからかな。ねえ、こういうのってどう?」


 空里は、逗留中のミン・ガンたちに彼らの政府であるミン・ガン族長会宛ての手紙を託すことを提案した。

 もちろん銀河皇帝からの親書である。

 内容は、シェンガが命の恩義を返すため自分に忠義を尽くしているという事実と、それに対する謝意。彼の家族に不名誉な扱いが及ばぬための配慮の要請。そして、失われた種子の代わりとして惑星〈水影〉に星百合(スターリリィ)を置くことの許諾である。


 シェンガは疑念を口にした。 

星百合(スターリリィ)を置くって、どっかから持って来るってことか? そんなことできるのか?」

「重力導師連ならできるみたい。よく分からないけど、重力静止場カーゴっていう入れ物に入れて星百合(スターリリィ)超空間路(リリィウェイ)で運んだことがあるんだってさ。あとでクアンタさんに相談してみる」

 簡単に言う空里に、シェンガは腕組みをして見せた。

「できるとして、どこのを持って来るんだよ。ミン・ガンのために星百合(スターリリィ)を手放すお人好しの星系政府(ほし)なんかないぜ?」

「うちの太陽系に余っているのが一個あるじゃん。火星か木星かどっちかのを運べばいいわ」

 確かに領外で、リリィドライブ船も持っていない未開人種しかいない星系からなら問題ないだろう。シェンガはそれを口にしようとして、危うく思いとどまった。

 銀河皇帝を未開人種呼ばわりはまずい……。


「ね、善は急げよ!」

 空里は店の事務所から、生体認証紙(ヴィヨリーフ)と筆記具を借りてきた。

 シェンガや皇冠(クラウン)と相談しながら文面を練り、慣れない帝国語での記述に手こずりながらも、遅くまでかけてなんとか手紙を仕上げることができた。

 基本的に皇冠(クラウン)が提案してきた通りの文面だったが、一箇所だけ空里が自分で直した部分があった。シェンガの名前の前に「我が友」という言葉を書き足したのだ。

 最後に、空里が用紙の生体情報記録スポットに口付けすると、紙は生体情報に反応して変形し、小さなディスクになった。


 仕事を終えた空里は大あくびをしながらベッドに身を投げ出し、親書をシェンガに差し出した。

「あとはちゃんと届くように、シェンガがうまく宛名書きして。ミン・ガンの人たち、うまく見つかるといいね……」

 シェンガは手にした親書をじっと見つめ、それを両の掌で包みながら言った。

「必ず見つけるよ。ここまでしてくれて本当に恩にきる。ありがとうな」

 そこまで言って、ミン・ガンの戦士はためらいがちに付け加えた。

「なんなら……また一緒に寝てやろうか? 一晩中抱きついててもいいぜ」


 だが、彼の銀河皇帝はすでに寝息をたてながら眠りに落ちていた。

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