13.ミン・ガンたち
「アンジュ、今晩空いてる?」
朝、シェンガを送り出し、店の前で掃除をしていた空里にチニチナが声をかけた。
「ええと……どういったご用かしら?」
空里は警戒感を露わにした。昨日のように危ないところへ誘き出されるのはごめんだ。
踊り子は空里の表情など全く意に介さず答えた。
「うちの酒場へ遊びに来ない? 通ってた船乗りや戦士たちが、封鎖が解除されそうだっていうんでみんな街から出てっちゃったんだよ。だからお客は地元の馴染みだけ。ルパ姉やジャナクも来るし、ミン・ガン様もお呼びしてさ。あたし、踊るから観に来て欲しいな!」
それはちょっと興味ある。
「うん、わかった。リョンガ様に連れてってもらう」
チニチナは妖精の微笑みを見せた。
「よかった! じゃ待ってるから……おっと!」
踵を返したチニチナは、小さな影にぶつかりかけた。
子供?らしいが、不思議な格好をしている。分厚いパッドのようなものを着込んでいて、そこから覗かれる顔には鼻や口が無かった。触角状の器官が顔の下から伸びており、その上の真っ黒で大きな眼球はどこか可愛らしい。よく見るとパッドのようなものは服ではなく、自前の甲殻だった。
甲殻人の子供は、口がわりの器官から小鳥の鳴き声のような甲高い声を出した。口吻がないのではっきりしないが、かろうじて
「ルパネエ、ルパネエ」
という言葉が聞き取れた。
チニチナがかがみ込んで話しかけた。
「ルパ姉呼ぶの? ちょっと待ってね」
踊り子が店に入ると後からもう一人、少し大きい甲殻人の子供が現れた。
「ルパ姉いる?」
この子も翻訳環無しで少し掠れた声を出しているが、多少上手な言葉として空里には聞き取れた。しかし、このまま答えても空里の言葉は分からないはずなので、黙ったまま頷く。
すぐにルパ・リュリを連れてチニチナが戻ってきた。
「あら、キリクにサリナ。随分早いのね」
驚くルパ・リュリに大きい方の子供が言った。
「葉水池がすいてるっていうから、妹と先に行ってくる。授業はそのあとでいい?」
「いいわ。じゃあ行ってらっしゃい」
甲殻人の兄妹、キリクとサリナは手を振ってその場を去り、ルパ・リュリも中に戻った。
空里は皇冠のささやきで、彼らが初めて見るザニ・ガン人種であることを知った。
半水棲の甲殻人類ザニ・ガンの子供は一日のうち何分か水に浸かって体内の循環器を維持する必要がある。そのため、彼らはギアラムの水脈に繋がる貯水地、葉水池を利用しているのだ。しかし……
空里はチニチナに聞いた。
「ザニ・ガンてルパ・リュリの種族と……ユーナシアンと紛争中なんだよ、ね?」
チニチナは少しだけ悲しげな表情で答えた。
「そうだよ。あの子たちも難民なんだ。ルパ姉は勉強を見てあげてるんだよ。仇の子も同然なのに」
「仇の子?」
「ルパ姉は〈千のナイフ〉の紛争で旦那さんと子供を亡くしてるんだよ。でもそれに構わず、ザニ・ガンの子たちの世話を焼いてる。あの子たちが戦争を始めたわけじゃないからって。えらいよね」
空里は驚きに言葉を失った。ルパ・リュリが面倒見のいい人だとは思っていたが、そこまでだったとは……。
「あたしなんかは尊敬しちゃうけどさ。ユーナシアンの中にはそれが面白くない人もいるらしいんだ。同族から恨まれてもやめないんだから、強い女だよね」
掃除を続けながら、空里はぼんやりと考えた。
ルパ・リュリのような人こそ、銀河皇帝に相応しいのではないだろうか。平和な世界を創るために、ああいう考え方が出来る人がいてくれたら、どれだけ心強いことか。せめて、銀河皇帝としての自分の仕事を手伝ってもらえたら……。
と、思ったところで脳裏から、それは個人が生活の中でこそできることであって、星間政治の世界ではそう簡単にはいかないものだという考えがわいた。
何? これは皇冠の意見?
どうも最近、皇冠に頼り過ぎているせいか、自分の考えと皇冠の情報がごっちゃになってきている気がする。
昨夜は急に大きくなってシェンガを驚かすし、少し外しておいた方がいいのかな?
そのシェンガは、ようやく探していたミン・ガン隊の居場所を見つけていた。
彼らはフリーランスの戦士やコマンドに仕事の紹介など便宜を図る、地元の傭兵センターのロビーにいた。カランガという黒い毛皮のミン・ガンに率いられた宇宙海兵のコマンドで、隊員は二十数名。
シェンガの来訪に彼らはミン・ガン戦士のしきたり通り歓待の挨拶をして、その場に加わることを許してくれた。
シェンガに席をすすめたカランガは、その前に座って言った。
「で、何の用だ?」
シェンガは思わず苦笑しそうになった。この切り替え方がミン・ガンだ。一応、同族は歓迎するが、その真意を知るまで決して油断はしないのだ。
コマンドのリーダーは相手の答えを待たずに機先を制した。
「あいにく、隊員やスタッフの枠なら全部埋まってる。働き口は紹介できねえよ」
「いや、そうじゃないんだ。仕事はある。ただ、俺もずいぶん長い間〈水影〉を離れてるもんでね。契約でまだまだ帰れそうにないんで、最近の星はどんな塩梅だか教えてくれないか?」
カランガは来訪者の世話を焼く必要がないことを知り、くつろいだ態度を見せた。
「どんなって、大して変わらねえよ。どれくらいの間、帰ってないんだ?」
「二年……かな?」
「じゃあ、星百合の種子が見つかって帝国とケンカになったって話は聞いてねえか。銀河皇帝の交代騒ぎは知ってるだろ?」
シェンガは耳をしっかりと前に向けた。聞きたい話につながっていきそうだ。
「ああ、ミン・ガンが一人新しい皇帝に従いてたな。どういうことなんだ?」
知らぬふりをするシェンガに、カランガは種子発見から空里の即位、その過程での種子喪失までの顛末をかいつまんで聞かせた。
「わからねえのは、なんでそのシェンガって戦士が領外出の娘なんかを新皇帝にするために、せっかく手に入れた種子を献上しちまったのかってことだ。族長会は奴が見返りに帝国での地位を要求したんじゃないかと疑ってる」
やっぱりそうか……。
シェンガは失望を顔に出さないようにして聞いた。
「あんたは、どう思ってるんだ?」
「さあな。他に理由があるんでなければ、シェンガはミン・ガンにしては相当目端が効いて、野心旺盛な奴だったってことだろ。あるいは新皇帝がミン・ガンを言いなりにする手管に長けていた、とかな」
どうにも聞いていてやるせない話だが、当事者であるシェンガは自分への批判的見解に同調するふりをした。
「いずれにせよ、うまくやりやがったってことだな。そいつは」
「独り身ならそうも言えるが、星には家族もいるんだそうだ。身内が言うことには奴は決してエゴイストじゃないって話だ」
身内……誰だろう?
シェンガは詳しく聞きたい気持ちを抑えて「そうなのか」と気のない相槌を打った。
「例えばそう、皇帝に命の恩義があるとかなら奴の立場も納得できるだろ。少なくとも家族はそう信じてるらしいぜ」
その言葉に、シェンガは喉の奥がひくつくのを感じた。
真実、その通りなのだとカランガに伝えたい衝動を押し殺して、話題を変える。
「ところで、おたくらはこれからどうするんだ? またどこかで戦かい?」
「いや、一旦〈水影〉に引き揚げる。隊のメンバー入れ替えがあるんでね。さっきも言った通り、交代要員はもう決まってるが」
ありがたい。シェンガはポケットから空里の手紙を取り出した。
「じゃあ一つ頼まれてくれないか。在外査証を延長しなくちゃならなくてね。族長会宛ての書類を預かって欲しいんだ。この辺の通信事情は怪しいし、星で投函してもらえるとありがたいんだが」
言いながら、バッグからは果実酒の大瓶を取り出す。
「あとで皆で飲ってくれ」
カランガは相好を崩して請けあった。
その時──
「カランガ、新入りか?」
シェンガの傍らに、帝国軍の装甲服を来た背の高い兵士が現れた。
傭兵センターに現れる帝国兵は食い詰め者か、でなければ軍警の見回り役だ。シェンガは後者と見た。ミン・ガンはこの間まで叛徒だったのだ。まだ彼らの警戒の対象になっていてもおかしくない。
「いや、うちの隊員じゃねえ。実はな……」
カランガは悪戯っぽい笑みを浮かべて大袈裟にシェンガを身振りで示した。
「何と、銀河皇帝陛下にお仕えしているミン・ガン戦士のシェンガ様よ!」
「!」
シェンガは一瞬、血の凍る思いをした。
が、次の瞬間、仲間たちと呵呵大笑するカランガの姿に、冗談であることを察した。
ヒヤヒヤさせやがる……だがここは、念のため悪ノリでごまかしておくか。
シェンガは尊大な態度で帝国兵の体をポンと叩くと言い放った。
「頭が高いな。このシェンガ様の仲間に無礼があったら、皇帝陛下に言いつけてやるぜ!」
大笑いする人猫軍団に顔をしかめると、帝国兵はロビーの奥へ去って行った。
だが、その場の誰も気づかなかった。
帝国兵が持つパルスライフルの銃口がテーブルの上に置かれた空里の生体情報入り親書の方を向いた刹那、安全装置のタリーランプがほんの一瞬紫色に輝いたことに──




