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十月は黄昏の銀河帝国  作者: 沙月Q
第二章

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5.蝙蝠小路

 市の賑わい。


 篭を頭にのせ、引きも切らずに行き来する商人たち。鞭を振り振り、使用人に指示を下す主人たち。荷役の動物たち。人造生物たち。漂うドロメック……

 とにかく、あらゆるものがひしめき合い動き続けている。

 露店の天幕。荷物の山。

 車輪や(あし)で移動する巨大な陸上輸送車(トランスポーター)反発場(リパルシング)機関を備えた乗用コミューター……

 

 銀河帝国東南星区に生きるあらゆる種族が、金や品物をやり取りする声、声、声。

 他人や獲物を見定めようと油断なく走る目、目、目。


 惑星〈天翔樹(アマギ)〉オロディア市の目抜き通りから一つ折れた〈蝙蝠小路〉は、商売と取引と、食い物に出来るものはすべて食い物にしようという欲が渦を巻いて溶け合った、るつぼそのものだった。

 その中にあって、この小路の雰囲気に慣れていない者は、一目でそれとわかる。

 露店の列をさまよいながらキョロキョロとあたりを見回す一人の少女も、明らかにそんな来訪者と見分けられた。

 目元以外の頭をスカーフとベールで覆い隠し、ゆったりとしたベージュのローブをまとったその姿は、辺境星域の召使によく見られるものだ。

 あたりには連れと思しき人影もない。(あるじ)とはぐれたか道に迷ったか……

 そんな頼りなげな姿は、すぐにある種の人間たちの目を引くものだ。


「やあ、お嬢さん」

 いきなり肩に手をかけられ、少女はビクッと身をすくませた。

 船乗り(スターノート)用ジャンプスーツの前を大きくはだけ、逞しい胸元をジャラジャラとアクセサリーで飾った若者は、親しげに少女の顔を覗き込みながら話しかけた。

「仕事探しかい? それとも人かな? どっちにしても力になるぜ」

「いえ……あの……」

 戸惑いの声を聞き、若者は整った顔に浮かんだ笑みを大きくした。

 翻訳環(リーリング)越しの声……まともに銀河標準語も使えない田舎娘だ。

 これなら適当に扱って、あっという間に金づるにしてやれるだろう。まずは、いるかもしれない連れに見つかる前に、どこかへ連れ込んで自由を奪うのが先決だ。

「俺、リーマガっていうんだ。この辺りじゃちょっとした顔なんだぜ。お嬢さんはどこから来たのかな? ひょっとしてナスーカ教徒? 妹の友達もニゼル派のナスーカ教徒でさ。いつもそういう風に顔隠してたぜ」

 リーマガと名乗った若者は、戸惑う少女の抗いをものともせず、肩をしっかり抱いたまま強引に歩き出した。

 

 自分にこうされて、あからさまに抵抗した女はいない。

 リーマガには自分の風貌に絶対の自信があった。そしてこの辺りをうろつくヒト型人類の若い女の扱いにかけても知らぬことは無いと思っていた。

 この〈蝙蝠小路〉のことで、知らぬことなど無い。

 逆に言えば、ここ以外の宇宙のことなど何も知らない。着ている船乗り(スターノート)のジャンプスーツも、払い下げ品を掠め取っただけのものだ。

 だがそれで十分だ。

 外の世界のことなど知らずとも、生き馬の目を抜くこの小路で自分の欲望を満たすだけの楽しい人生を送る術は身に付けている。

 もちろん、踏んではならない虎の尾を避ける目も持っている。

 今はそんなものは見当たらないし、今日のお楽しみはこの娘が提供してくれることだろう。刹那的に楽しくやれればそれでいいのだ。


「きれいな目をしてるじゃん。顔も見せてくれよ」

 無作法に少女のベールを引っ張り、そばかすだらけの赤ら顔を晒す。

「!」

 田舎臭いが、まあ十人並みか……一月分の小遣いくらいにはなるかな?

「放してください!」

 リーマガの体を突き飛ばしてなんとか戒めを解いた少女は、すぐまた別の腕に両手を握られた。

「おっと! リーマガ、新しい彼女紹介してくれよ」

 裸の上半身に戦闘用ベストを着た太鼓腹の若者が、少女をリーマガの元へ引き戻した。さらにもう一人似たような風体の猿顔をした少年がニヤニヤ笑いながら、少女の逃げ道をふさぐようににじり寄ってくる。

 リーマガの笑顔は誘惑からはっきりと脅迫に色を変えた。

 思っていたよりは、身持ちが堅いというわけだ。それならそれでやり方はある。

「おやおや、俺の兄弟分に見つかっちまったなあ。こいつら女の扱いがなってなくてよ。いちいち、手本を見せてやらなきゃいけねえんだ」

「お手本見せてぇ、リーマガセンセ!」

 猿顔の少年が少女の体に手を伸ばし、もみくちゃにするような素ぶりを見せた。

 少女はすうっと息を吸い叫び声を挙げそうな気配を見せたが、そのまま息を呑んだ。

 怖くて声も出せないか? 騒がれないのは都合がいい。

「まずはよくお知り合いになろうじゃねえか。すぐそこにゆっくり休める行きつけの店があるからよ」

 三人の無頼漢に囲まれたまま、少女はなす術もなく連れ去られようとした。

 首を回らし、あたりの人ごみに助けを求めるような視線を送るが、誰一人としてそれを受け取るものはいない。

 あっという間に人気のない横丁に引きずり込まれ、少女はさらに奥へと乱暴に突き飛ばされた。

「やめて!」

「じゃあ、大人しくついて来な。あんまり手間を取らせると少々痛い目見るぜ」

 本性を剥き出しにしたリーマガが少女の手を強く握ったその時……


「俺の婢女に何の用だ?」

 横丁の入り口から声がした。

 そこには……誰も……

 いや、小さな影がこちらを向いて立っていた。

 

 リーマガたちの半分ほどの背丈。

 短い足に、ピンと立った耳。

 逆光に目が慣れると、その全身は虎ジマ模様の毛皮に覆われているのが見えた。着ているものと言えば皮のユーティリティ・ベストのみ。

 だが、立ちはだかったその人猫型エイリアンの姿勢は、大人の男そのものだ。

「その娘は俺のもんだ。お前らと遊ばせてやる暇もねえ」

 見た目に似合わぬ落ち着き払った言葉に、若者たちは苦笑とも嘲笑ともつかぬ笑い声を漏らした。

「おやおやあ? 何だこの猫ちゃんは。随分とお偉いお方っぽいじゃねえか」

 少女の手を掴んだまま、リーマガは毛皮の珍客に向き直った。

「俺たちと遊んで欲しいのかい? ギック、何か楽しいお遊びをしてやれよ」

 ギックと呼ばれた猿顔の少年は、おどけたステップを踏みながら歌うように嬌声をあげた。

「猫ちゃん! 猫ちゃん! 踊りましょ! コケたら死んじゃう死のダンス(タランテラ)!」

 ギックのステップがそのまま蹴りになって「猫ちゃん」の腹目掛けて飛んだ。

 だが、そのつま先は空を切り、バランスを失ってよろけた猿顔から鮮血が飛び散った。

「いってえ!」

 若者たちの頭を飛び越えて横丁の奥に二本足で立った人猫は、右手から伸びた爪に付いた血をペロリとなめて見せた。

「野郎! ふざけやがって!」

 激昂した太鼓腹がベルトから短銃身ビームガン(スナブノーズ)を抜く。

 人猫は自分に向けられた腕を駆け上がり、太鼓腹の耳に噛み付くとそのまま引きちぎった。

 魂切る悲鳴が横丁に響き、二人の暴漢は自分の傷をおさえながら地面をのたうち回った。

「こいつ!」

 リーマガは背負っていた長刃の軍用ヒートナイフを抜いて、人猫に切り掛かった。

 トンボを切って通りに飛び出した人猫を追い、加熱プラズマを派手に撒き散らしながらナイフを振り回す。もう少女は眼中になかった。

「ぶっ殺してやる!」

 人猫はリーマガに対峙すると、ベストから振動ナイフを抜き人間くさい構えを取った。

 少女の危機には無関心だった群衆も、この奇妙な対決に興味を示し遠巻きにはやしたて始めた。

 獣じみた叫び声をあげながら、リーマガは人猫に襲いかかった。だが、人猫は最小限の動きだけでその攻撃を的確に弾き返し、スキを見て高々と跳躍すると若者の利き腕側の肩に一撃を加えた。

「!」

 自分の血に興奮したリーマガは怒りの叫びを挙げてナイフを持ち替え、闇雲に振り回しながら人猫を追った。

 横丁から覗き込むように様子を見ていた少女は、退がる人猫の後ろから群衆を割って黒い大きな影が現れるのを見た。

 後ろ向きに跳躍した人猫は、その黒いレザーコートを着た男の影にぶつかって着地した。

 振り返ってぶつかった相手に向き直る間も無く、レザーコートの男が人猫に向かってだっと踏み出す。

 リーマガが叫んだ。

 

「兄貴!」

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