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第1話 ~水と油~

 

「どう? 私、本当におかしくない?」


 鏡を睨んでは、何度も何度も問いかける白い顔。


「すごく綺麗よ。私がメイクしたんだから大丈夫! 自信を持って! ユリナ」

 チークブラシを手に、自信満々に言うモニカをユリナは振り返った。


「少しは大人っぽく見える?」

「うん、プラス1歳ってとこね」

「たったの1歳……」


 まだギルバートには追い付けない。ユリナはがっくりと肩を落とした。


「私もモニカみたいに大人っぽかったらな……」

「やだー! それ老け顔とも言うのよ。童顔の方がいつまでも若く見えていいじゃない。シェリナ様みたいに」


 ケラケラと明るく笑うモニカに心が慰められる。


 モニカは、護衛長セノヴァと侍女頭ユニとの一人娘で、皇女のユリナとは姉妹の様に育ってきたかけがえのない存在だ。

 学校やこうして二人きりの時には、普通の友人となんら変わりない気さくな会話を楽しんでいる。

 ユリナは、モニカの父親譲りのこだわりのないおおらかな性格が大好きだった。また、母親譲りの吊り気味の紫色の瞳など、大人びたシャープな美しさにも憧れていた。



「ユリナ様、お支度中失礼致します。皆様執務室にお揃いでございます」

「はい、今行くわ。モニカどうもありがとう。また後でね」

「うん、またね! ……では、皇女殿下、失礼致します」


 モニカは先程とは打って変わった調子で、丁寧な礼をすると部屋を出て行った。





「失礼致します」


 執務室には、ユリナの両親である皇太子夫妻をはじめ、兄のカイレン皇子、父の側近のボイまでが揃っていた。


「まあ! ユリナ、素敵」


 サイドを複雑に編み込みハーフアップにした長い銀髪には、藍色の布に銀糸の刺繍が施された幅広のリボン。

 同じく藍色のシックなボレロ付きのドレスには、胸元に銀糸で皇女の紋章が印されている。


 自分の瞳の色と同じドレスを着た娘の姿に、父であるオーレン皇太子の目尻が下がる。愛する妻、シェリナ妃に瓜二つの娘を、彼は目に入れても痛くない程溺愛しているのだ。

 ユリナを溺愛しているのは兄のカイレン皇子も同じで。5歳年が離れていることもあり、その可愛さはひとしおだ。

 今日、ランネ総合学園の高等部に入学する彼女の晴れ姿を、皆それぞれ深い愛情を持って見つめていた。

 ただ一点、父親には気になることが……



「ユリナ、化粧をしているのか?」


 オーレンが眉を僅かにしかめる。


「はい、お父様。今日は壇上で挨拶をしなければならないので、少しでも大人っぽく見てもらいたくて……もう高等部ですし」

「化粧なんかしなくても充分可愛いだろう」


 兄カイレンの言葉に、父オーレンも深く頷く。


「そうよね……ギルも見ているんだもの。一番綺麗な自分を見せたいわよね」

 母シェリナの放った言葉に、オーレンの眉間の皺が一層深くなる。


「……派手すぎる。化粧は落としなさい」

「お父様……」

「駄目だ」


 シェリナは立ち上がると、しょんぼりする娘の元へ近付き、肩に優しく手をかけた。


「本当に素敵ね。このチークの色、あなたの肌色によく合っているわ。リップも綺麗」

「でしょ? モニカがやってくれたんです」

「流石ユニの娘。センスあるわ」


 男達そっちのけで盛り上がる。


「髪型も清楚なのに華やかで素敵」

 シェリナはユリナの銀髪を触りながら、さりげなく両耳のエメラルド色のピアスを確認していく。


「そうねえ、今日は晴れ舞台だからこのままでも良いけど、学生だし明日からは控えめにね」


 シェリナの言葉に、ユリナがぱあっと目を輝かす。


「シェリナ」

 咎める様に言うオーレンの傍へ行くと、シェリナはしゃがんでオーレンの手を取り言った。


「ねえ、レン。今日だけは許してあげて、お願い」


 上目遣いの黒い大きな瞳。呑み込まれない様にふと顔を逸らすと、そこにもよく似た黒い瞳が手を合わせながらこちらを見ていた。

 はあ……弱いな。

 オーレンはため息を吐くと言う。


「……今日だけだぞ」


「ありがとう、レン」

「ありがとうございます! お父様」


 わーいと抱き合い喜ぶ母娘の姿に、オーレンは優しい笑みを向ける。


「さあ、朝食にしましょうね。夕食はモニカ達もみんなで揃ってお祝いしましょ」


 母娘は肩を抱き合い部屋を出て行った。




 二人が出て行くと、部屋の空気は一変する。


「……ボイ、貴方の所のギルバートは、うちのユリナの何が気に食わない」


 怒りが滲むオーレンの低い声に、最近めっきり白髪の増えた側近ボイの額を汗が伝う。


「いえ、それは……申し訳ありません。私からよく言って聞かせますので」

「父上、それは言わないお約束ですよ。本人達の意思に任せるとお決めになったでしょう」


 もっともな息子の言葉に何も反論出来ず、オーレンはふいと横を向いた。


「父上と母上の様に、許嫁だからといって愛が生まれるとは限りませんからね。ギルは優秀で誠実で、僕の側近候補としては非常に頼もしい男ですが……ユリナとはどうしても合うとは思えません。例えるなら水と油の様な」


 オーレンは立ち上がると、険しい目で窓の外を眺めた。


「……もしも想い合ってくれたなら、これ以上ない相手なのだが。ユリナの魔力の為にも」


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