第2話 ~入学式~
雲一つない抜けるような青空の下、今日の太陽も霞んでしまう程鮮やかな、二人の娘が立つ。
「まあ! モニカもなんて素敵なの!」
濃い紫に金糸の刺繍が施されたドレスを着たモニカを、シェリナがぎゅっと抱き締めた。
姉の様に慕う侍女ユニの子であり、娘と同じ年に産まれたモニカを、シェリナ皇太子妃は我が子同然に可愛がっているのだ。
「ありがとうございます。シェリナ様」
「ユリナのことも綺麗にしてくれて、どうもありがとうモニカ。セノヴァ、可愛いお姫様達の護衛をよろしくお願いしますね」
「はい、お任せ下さい。ささ、美しいお姫様方、どうぞお乗り下さい」
護衛長セノヴァが大袈裟に言いながら促すと、二人はきゃあきゃあ笑いながら馬車に乗り込む。
「本当にシェリナ様と殿下はいらっしゃらないんですか?」
ユニの言葉に、シェリナは少し残念そうに微笑む。
「ええ。私達が行くと学園側に気を遣わせてしまうし。丁度公務と重なっていたから」
今回モニカの父セノヴァは護衛として、母ユニは二人の保護者として入学式に出席する。
「私達の分までしっかり二人を見てきてね」
「はい! お任せ下さいませ」
こうして二人の姫と、セノヴァとユニ、数人の兵を連れた皇室の馬車は屋敷を出て行った。
ランネ総合学園の高等部は中等部のすぐ隣の敷地にあり、特にこれといって環境が変わる訳ではない。
だが、一歩足を踏み入れた途端、ユリナとモニカはすうっと息を吸い込み顔を見合わせた。
「違う……中等部とは全然違う!」
「なんだろう……大人の……香り?」
二人は手を取り合い、再びきゃあきゃあと興奮しながら、入学式が行われる本堂へ向かった。
本堂へ着くと、魔術科のユリナと芸術科のモニカは分かれなければならない。
「ああ、モニカ。スピーチ緊張するわ……どうしよう」
「ユリナなら大丈夫よ。それに今朝、上手くいく様にメイクにおまじないをかけといたから」
モニカが魔女の様に手をかざしながら悪戯っぽく笑う。
「モニカったら」
「じゃあ後でね! 終わったら、私達を待ち受ける高等部ライフについて語りましょ」
モニカはユリナをぎゅっと抱き締めると、大きく手を振り、ユニと共に芸術科コースの列へ消えて行った。
(ありがとう……モニカ)
ユリナはぐっと両手を握ると、護衛のセノヴァと共に魔術科へと向かった。
学園長の挨拶が終わり、次は自分の番だと、ユリナの心臓は早鐘を打つ。
「次は新入生代表、サレジア国第一皇女ユリナ・バロン殿下より御言葉を賜ります」
恐る恐る壇上に上がると、沢山の目が自分を見つめている。
(お父様ったら、どうしてこんなに大きな学校を作っちゃったのよ。あ……)
新入生の後ろ、在校生の列に、アッシュブラウンの綺麗な髪が見える。こんなに沢山の中でも見つけられるなんてと、ユリナの胸はときめいた。
灰色の瞳と目が合った気がして一瞬動けなくなるも、鳴り止んだ拍手にはっとする。ユリナは全体を見回すと、ゆっくり口を開いた。
「先生方、在校生の皆様、本日は私達新入生の為に、この様な立派な入学式を開催してくださり誠にありがとうございます。
ランネ総合芸術学園は、私が生まれた年に父が創立した学校であり、中等部に続き高等部まで通えることを大変嬉しく思っております。
学園の理念は、身分や貧富の差に囚われず、皆が等しく教育を受けること。また、魔術から芸術、一般教養まで多様性にとんだ教育を身に付け相互理解を深めること。その理念を父から聞かされた時、私は非常に感銘を受けました。
私はこの度魔術科に入学致しますが、他の科の皆様とも交流を深めながら多くのことを学び、皇女としても個人としても成長していくことを目標にしております。
また────
三年間、どうぞよろしくお願い致します」
皇女の堂々としたスピーチに、本堂中に拍手が鳴り響いた。
頭を上げると、また灰色の瞳と目が合った気がした──けど、すぐにふいと逸らされた──気もした。
(スピーチ、駄目だったかな……)
入学式が終わると、モニカが飛び付いて来る。
「ユリナ! 最高だったわ! 立派な皇女様だったわ!」
紫の瞳には涙が溢れている。
「モニカ、私大丈夫だった?」
「何言ってるの! 素敵だったわ! 流石、私のユリナよ!」
横ではユニと、セノヴァまでもがこっそり涙を拭っている。
二人は折角のメイクも流れてしまいそうなくらい、抱き合ってわんわん泣いた。
「今日は式だけだから、校内を少し見学して帰りましょうか」
さっきの涙ももうカラッと乾き、二人は腕を組み笑いながら校内を歩く。
ユニは、若いっていいわねと微笑みながら、セノヴァと共に後ろを付いて行った。
◇
『サレジア国第一皇女』
その言葉にギルバートは顔を上げる。
(ああ、そういえば新入生だったな)
壇上に上がるのは、美しい銀髪を下ろした、華やかな装いの少女。彼の覚えている皇女とは全く異なる姿だった。
(そういえば彼女の顔をまともに見たのはいつのことだろう。お下げの銀髪と、大きすぎる程大きな黒い瞳しか印象にない。スピーチ内容も思ったよりまともで……小鳥みたいなうるさい声も、今日は落ち着いていた)
式が終わり、渡り廊下を歩くギルバートの視界に、銀髪が飛び込んだ。隣に居るのは使用人の娘だろうか。
(馬鹿みたいにはしゃいでいる。やっぱりうるさいな)
「皇女様!」
明らかに身分の低そうな男達が皇女へ近付くが、後ろの護衛に動く素振りはない。
(なんだアイツら、平民か?)
「ジュン! トミー!」
皇女は親しげに笑う。
「ご挨拶非常にご立派でした」
「感動しました」
「ありがとう。すごく緊張しちゃって、心配だったんだけど。二人は何科?」
「僕は一般教養、こっちは武術科です」
「はい! 将来皇女様の護衛をさせて頂きたくて……」
「うわあ、ジュンが護衛してくれたら素敵だわ。お互い勉強頑張りましょうね!」
「はい!!」
にこにこと手を振る皇女に、男達は顔を赤く染めながら離れて行く。その様子に、ギルバートの胸に、何かモヤモヤしたものが込み上げた。
立ち去ろうとしたその時──
「ギル様?」
皇女がギルバートに気付き、笑いながら駆けて来た。




