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 家に帰ってからのお母様の騒ぎようはものすごかった。しかし怒っているのではなく、「堂々とロゼリアを非難できるネタが手に入った」とはしゃいでいるようにしか見えない。

 それを見て逆に冷めてしまった私は、いつにも増して温度のない対応をしたためお母様は余計に苛立っていた。


「ああ汚らわしい! 平民の男と……これを、社交界でお前に目をかけてる婦人達が知ったらどう思うでしょうね!」

「どうぞ、言えば? けど今度は私憎さに作り話まで始めたって周りは思うでしょうね」


 私は一つ一つ説明してさしあげた。

 今日の私を私だと気付いた人は絶対に他にいない。お母様達と一緒にいる現場を見ていた人がいるなら別だが、馬車止めに行くまでに会った人も居なかったのは人払いがされていたのだろう。

 事実そうなのだが、平民の姿であの劇場の二階に居たという言葉も信憑性が薄い。あの通路はボックス席を使う人しか入れず、正面のエントランスには警備がいる。王族の貴賓席としても使われるあの場に、劇場側が平民と名乗る人間を入れただなんて言いふらしたら後援してるツフォルサ公爵家に喧嘩を売ることになる。


「それに、私は今日王妃殿下のお呼びでお城にいたことになってますのよ。証拠もなしにお母様の言葉を信じてくれる方がいらっしゃるといいですね」

「あなた、王妃様まで協力させたの?! いったいどうやって!!」

「さぁ、どうでしょうか」


 唯一の懸念は、相手が平民の男性ではなく王子殿下だったとバレてしまう事だが。

 ハルフォード様が私と会っていた事すら噂にもさせなかった王家だ、社交界で軽んじられているお母様が入手できるような情報は一切無いだろうが。


 王妃様が私と一緒にお茶をしていたと言っているこの状況では、いくら自分の目で見たと言ってもお母様につく者はいないだろう。元々いなかったけど。

 もしお母様の言っている、私が平民の格好をして男と観劇していたのが真実だとして。王妃殿下が口実としてそれに協力していたのなら表立って話題にするのはマズイと普通はわかるから与する方は出ないと思うけど。

 お母様の思考は私が憎い、私が全て悪いと考えたいせいで他の認識が歪んでしまっている。



 劇場の、あの薄暗い通路の入り口で傷付き固まっていたのに、今では憎しみしか湧かない。好きの反対は無関心というけど、そうかしら。だって私の心はこんなに強く憎しみが満たしている。


「1週間は家族での団欒の席に着くのを禁じますからね!」


 それが罰になるとまだ思っているのが笑えた。ダイニングでお母様とマリアだけが楽しくおしゃべりする空間にいなくていいならむしろありがたいわ。私はもう一途に親の愛情を求めていた、素直で健気で可愛い6歳のロゼリアじゃないのよ。


「あっ、お姉さま! ねぇ、お姉さまが今日着ていた青っぽいワンピースはどこ? 髪の色も変えてたわよね、私もあれが欲しいわ!」


 部屋に戻ると案の定マリアがいた。家探しの途中だったのか、勝手に私のクローゼットルームに入ってそこらじゅうを引っ掻き回している。……またミモザとエマに手間をかけさせてしまうわ……


「あら、あんなのが欲しかったの? 平民が着るようなものだから、一度袖を通したら捨てたんだけど。次からはマリアのためにとっておいてあげるわね」

「……違うわ、次の町歩きの時にいいかもって思っただけよ」


 すぐに興味を失ったフリをしたマリアは私の部屋から出て行った。ほんと、私が大切にしてないものには興味がないから扱いやすいと言えばいいのだけど。


「お嬢様、申し訳ございません……私のせいで気付かれてしまって……」

「ミモザのせいじゃないわ。最初のきっかけは靴だったでしょう? 私もあの子の執着を甘く見てたわね」


 わざと明るくそう言ったが、まだ気持ちを切り替え切れていないミモザは申し訳なさそうにしている。

 私は話題を変えるために、お城にリリエを呼びに行ってもらったエマの事を話題に出した。

 家に帰ってすぐ、着替えてから変装に使った服とウィッグを証拠隠滅を兼ねて返却してもらったのだ。

 手入れをせずに返すのはマナー違反だが、緊急事態なので許していただきたい。王宮の衣装係の方には手間をかけさせる事は謝罪してある。のんびりしてたらまたマリアが欲しい欲しいと騒ぐところだったし、仕方がなかったのだ。

 着て行ったドレスと装飾品も城から持ち帰って貰えば私が平民の格好をしていた物証はなくなる。まぁ、私の服が変わっていた事に一切触れていなかったから、そもそも気付いてなかったようだし、その場合衣装を確保することも思いつかなそうだが。



 お母様のお説教の間にずいぶん時間が経っていたらしく、すぐにリリエを連れてエマが戻ってきた。

 正式な謝罪はまた後ほどさせていただくつもりで、お説教の前に急いで王妃様への手紙を書いたのだが。その返事として「何も謝罪されるようなことはされた覚えはない」という言葉とともに「また明日も待っている」と伝えるよう、王妃様の女官から言われたそうだ。

 無かったことにしてくださるなんて、なんて心が広い……もちろん、きっと何か思惑があるのだろうと理解しているが。

 ご迷惑をかけた分、きっちり期待されている駒として動きが出来る様にしないと。


 元々、翌日もお城に登る予定ではあった。本来は、外出の内容について話を聞く予定だったのだろう。

 自分でも気付かず大事にしていたものを粉々に砕かれる前に、自分の手で壊す事にした私は……その席で王妃殿下に取引を持ちかけた。



「ふふ……初めて頼ってくれたのは嬉しいけど、そんな事でいいの?」

「お手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「いいえ? こちらも望んでいた通りのお話だからそれは良いのよ」


 王妃様は優雅にティーカップを傾ける。私はずっと、「取引に足るメリットは提示できたはず」とドキドキして体中を強張らせていた緊張をやっとほぐした。


「でも、いいの? ロゼリアが望めば、他の家に養子の話をつけることも出来るわ。今社交界に流れている話だけで、十分それを叶えるだけの裏付けになるでしょうに」

「……いいえ、どうか私から獲物を取り上げないでくださいませ。きっと、その話よりも大きな利益を生み出して見せます」

「まぁ、楽しみ」


 コロコロと楽しそうに笑った王妃様は、ふとその笑みを消すと微笑を浮かべて私をジッと見つめた。


「でも……ロゼリアはひとつだけ間違ってたわ。わたくしがあなたに目をかけていたのは、損得と計算だけではなくってよ」

「……、」

「この答えはあなたへの宿題にしましょうか。ああ、そう。春の庭の蕾達が綻び始めているのよ。是非見て行ってちょうだい……美島池の手前のベンチが良い眺めなの」

「……お言葉に甘えさせていただきます」


 王妃様がお茶の席を立たれるのを頭を下げて見送った私は、ここ最近のいつもの流れとなっていた庭園の方へ足を向けた。

 またハルフォード様がいるのだろうと思っていたら、ベンチの周辺には誰もいない。拍子抜けした私は王宮の侍女を視界に入るところに待たせてベンチに座ると、その直後に背後から「ロゼ、昨日ぶり」と突然話しかけられて思わずビクリと背中を跳ねさせそうになってしまった。


 この周辺を案内された時の道順を思い出す。もちろん王城の中は警備の観点から見取り図を作ることは許されていないが、歩数から計算して大体の俯瞰図を頭に思い浮かべた。

 なるほどこのベンチの後ろにある生垣、その裏にハルフォード様がいるのだろう。こうして人目につく場所で一人だとアピールしながら実は密会が出来る場所として使われてるのだなと推測できた。


「……昨日はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。誤魔化すためとは言え、不敬を働いてしまって……」

「いや? 結局ロゼは名前を出さなかったみたいたから、迷惑なんて何も。……相手は私だと言ってしまえばよかったのに」

「ご冗談を、殿下」


 私は扇を取り出して、素晴らしい眺めの庭に感心しているフリをしてその裏で小声で話を始める。


「冗談などでは無いさ。……昨日は平民のカップルを装ったからって、それに乗じてロゼの髪に触れたと義母上のお怒りをもらってしまった。おかげで今日は顔を見ることを許されなかったよ。話が人の口に登れば、堂々とロゼの髪に口付ける権利が持てると思ったのに」

「……っ、」


 教育の行き届いた使用人なのだからと今までは顔を実際に合わせてエスコートまでさせていたのに、今日に限って何故生垣越しなのだろうと内心首を傾げた私の心を見透かしたようにハルフォード様がそんな事を言う。

 まるで、私が言い訳に名前を出したら婚約を結ばざるを得ない、それを望んでいたような。

 その口調があまりにも気障で、意図して言っていそうなハルフォード様を面と向かって睨み付けることも出来ない今の私は、正面を向いたまま握っていた扇に力を込めた。

 王妃様にも伝えた取引の話を始める。


「……ハルフォード様にお願いしたい事が2つ、ございます」

「いいよ、言ってみてくれないか、お姫様」


 腹違いの妹君に本物のお姫様があらせられるのに、ふざけているのかそんな言葉を使う。私は無視をして話を進めた。


「一つ目は、私の婚約者を選んでください。……私の侍女達を使っての諜報では、あまり深いところまでや遠くの領地の方は詳細までは無理があって。出来たら見目が整っていて、ご実家も本人も世間一般の評判としては真面目で優秀。入婿として私と婚約しても不自然では無い立場で、将来失脚しても惜しくない、そんな方」

「酷い子だ、こんなに熱心にアプローチした私に向かって別の男の斡旋を頼むなんて」

「それに足りる利益は提供しますわ。都合の良い降婿先を探しておいででしたのでしょう? ……二つ目は、これから二年……いえ、終わるまで。私がやる事を絶対に止めないでください」


 私のその言葉に、明らか背後で笑いを堪える気配がした。

 初対面の時と同じ、失礼な方。


「本当にその願いでいいの? ……ロゼが望むなら、姉妹を差別して、搾取して虐げる家族から救い出すヒーローの役だってしてあげられるのに」

「これは、王妃様にもお伝えしたのですけど。……どうか私の獲物をとらないでくださいませ」

「あははっ」


 今度こそ、堪えきれないと言ったように笑い声が漏れた。笑わせるつもりなんて無かった私はちょっとムッとしてしまう。顔や態度に出したりはしないけど。


 だって、これは私が自分の手でしないと諦められないだろうから。自分自身の手で壊さないと……これ以上奪われる前に6歳のロゼリアを殺さないと、私はずっと恋焦がれたまま進めない。


「それでロゼ、君は私に何を引き換えに渡してくれる?」

「今のところ、シェンロット侯爵家の実権を私が握った後に聞ける望みなら何とでも、としかお答えできないのですが……」


 ちなみに王妃殿下には、歳出の目処が立たずここ数年の悩みの種となっているテイン男爵家の治水を解決すると約束して快諾をいただいた。

 雨季にあそこを通る川が氾濫すると、その下流にある王領の穀倉地帯が被害を受ける。去年はそれで国内の小麦の流通の調節弁も兼ねている王家の小麦が不作だったせいで高騰しかけて経済界がざわついた。

 しかし王家が一方的に資金を出していち貴族領に治水を施すのは難しい、ならばこちらにもと周りの家が許さないだろう。テイン男爵領自体には被害が無いせいで資金を出させるのも無理。

 こういった時は普通テイン男爵家の寄親が動くのだが……数年前から第二王子に自分の娘を嫁がせようとあれこれ動いているクロリス侯爵家との取引を避けたいのだろうと感じる。

 我がシェンロット侯爵家の寄子の家はテイン男爵領の上流にあり、しかも川の流れる山間部も含まれる。

 もともと開発事業としてここに穀倉地帯を築く計画があったので、農業用水の安定した確保のためにシェンロット侯爵家が主導して大規模な堰堤を作るのも不自然ではない。

 また、下流の王領の治水も叶うのに加え、堰堤ならば我が国の東部で年単位で周期的に繰り返す……長雨の後の日照りにも対応を期待できると伝えたらたいそう喜ばれた。

 やろうとしていた事がそのまま利用できて良かった。外国ではダムと呼ばれるこの専門の技術者達を招いていて、シェンロット侯爵領で小規模ながら既に一つ堰堤が完成しているのは掴んでいるだろうが、提案にも使えて良かった。


 王妃様が納得される対価は提示できたが、ハルフォード様の要求は読めない。権力は避けて継承について面倒を起こさないようにしているのは本心だと思うが……私が取引に出せる物が思い付かず、こうして「なんでも」と言うしかなかった。


「へぇ、何でも?」


 まだ笑いをにじませている声が生垣の向こうから聞こえる。


「えぇ、何でも。権力は嫌厭してらっしゃるように見えますから……何をお求めなのか迷ってしまって。領主の仕事は任せていただいて構いませんし、家が傾くような贅沢でなければある程度自由にしていただいて結構です。噂にならないようにでしたら愛人を囲っていただいても」

「……ああ、やっぱりそこが好みだな」


 提示した条件の中に心惹かれるものがあったのか。

 やはり自由に振る舞える立場が欲しかったのね、なんて。自分で壊しておいて一瞬そう思ってしまうとはひどく滑稽だ。


「いいよ、お願いは叶えてあげよう。事が済んだら私の欲しいものをもらえそうだと確信できたから、喜んで」

「ありがとう存じます」

「でも、本当に他は何もしなくていいのかな? 君の妹君に『手に入らないものもある』と教えてあげる事もできるけど。もちろん対価なんてもらわない」

「……いいえ。自分の手で壊したいので、余計な手出しは絶対になさらないでくださいね」


 残念だな、なんて言葉が後ろから聞こえる。私は狭量だから、マリアが私の大事なものを「奪おうとする」だけで死ぬほど腹が立つの。例え……結果的に奪われずに済むのだとしても。

 

 奪われるなら自分のものであるうちにぐちゃぐちゃに壊してしまいたい。私は私のものである内に、芽生えかけていた恋心を殺した。

 早く6歳のロゼリアも殺さないと。自分のものにならないと分かっているならいっそこの世から存在を消してしまうの、無いものだったら欲しいと思わなくて済むから。


 





この作品は今後更新を行いません。

非公開表示設定に切り替えてあります。


 結末まで、どんな事が起きてどうなるのか出来事だけ書いたものを2021/3/21の活動報告に掲載しました。

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