料理の腕前
歩きはじめてだいたい数十分がたった頃だろうか、ようやく碧の家に着いた。
小さな家だけど台所もあるし、床も板張りで、雨風は十分しのげる。
千年以上昔の時代だけど、思ったより居心地は悪くなさそうだ。
碧に畳がないのを不思議に思って聞いてみたのだけれど、畳が置けるのは上級貴族くらいで、庶民の中には板張りすら出来ず、家の中も地面のままで暮らし、地べたの上で寝る者も多くいるのだそうだ。
地面の上で寝るなんて痛そうだし、この時代の人はそんなのでちゃんと疲れがとれるのだろうか。
碧から「座って休んでいろ」と言われたから、そんなことを考えながらぼんやりとしていたけれど、火を起こして何かをしている碧の様子が気になり、側に行ってみることにした。
「ねぇ碧、何作ろうとしているの?」
かまどの前に立つ碧に後ろから尋ねていった。
「何って、夕飯の粥だ。米に麦、それとアワ、ヒエが混ぜこんである」
その言葉を聞いて、火が起こされたかまどの上に乗っかっている鍋の中身を覗いていった。
碧の言うように、白米の中にさまざまな穀物が混ぜられていて、まるで最近流行りのダイエットメニューのようだ。
「雑穀入りかぁ、すごくおいしそう。でもさ、水の割合おかしくない?」
「そうか? 昨日は水が多すぎて、糊のような粥になったから今日は減らしてみたのだが」
「たぶんこれ、芯が残ってすごく固くなるよ」
鍋の中の水は、米が浸るか浸らないかのギリギリのところまでしか入れられていなかった。
お母さんから料理を教わらなかったか聞いてみたのだけれど、碧のお母さんは早くに亡くなっていて、お母さんの顔もよく覚えていないそうだ。
身寄りを無くしぼんやりとさ迷っているところを拾われて育てられ、数年前に仕事を得られたから、と、その家を出て一人暮らしを始めたらしい。
一人暮らし歴は短くないようだけど、碧いわくお粥を上手に作れたことが一回もないそうだ。
本人も食べられればいいと思っているから、特に味や作り方にこだわったりもしないみたい。
「ねぇ碧、持ち方変だよ。それじゃ左手切っちゃう。こうやってまるくして押さえるんだよ」
今度は左手の指をぴんと伸ばしたまま、包丁で野菜を切っている姿を見かけ声をかけた。
「そうか、なるほど。確かにこうすれば、もう指を切らずに済むな」
そう言いながら、碧は野菜を切っていく。切られた野菜の大きさは見事にバラバラで、包丁の使い方もかなり危なっかしい。
もしかして、いや。もしかしなくても。
碧って料理、壊滅的に下手なんじゃ……
「ねぇ碧、今日の夕飯私が作るよ。タダメシ食らいで、居座るのも居心地悪いし」
「そうか? それは助かる。よろしく頼む」
かまどは使ったことないから不安だけど、このまま碧に任せてたら、とんでもない料理が出てきそうだもん。
――・――・――・――
ようやく出来あがった夕食を二人並んで食べる。
夕食のメニューは、雑穀米のおかゆと魚の干物、漬物……以上。
ずいぶん質素だけど、平安時代だし仕方がないよね。
スーパーがあるわけでも、コンビニがあるわけでもない。
こうやってご飯にありつけるだけでも、ありがたいことだと思わなきゃ。
雑穀米のおかゆを、並んで同時に口に運んでいく。
うん。素朴な味だけど、お米と雑穀が新鮮だからか、なかなかおいしい。
そう思って顔を上げると、なぜか碧は驚いたように目を見開いていた。
「こんなに旨い飯を食ったのは初めてだ」
美味しそうに碧は夕飯を食べ進めていき、あっと言う間に平らげてしまった。
思えば、誰かのご飯を作ったことは初めてかもしれない。
両親は共働きだったし、料理は自分のために作るもんだと思ってたけど、たまにはこういうのもいいかもしれないな。
それになにより、何も出来なくて周りからお馬鹿呼ばわりされる私でも、誰かのために何かが出来るということがわかって、それがなんだかとても嬉しかったんだ。




