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放課後と友人、クラゲみたいな彼とお揃いの飴について

 どんなきっかけでそう思ったかは忘れてしまったが、俺、江尾日向は、幼なじみの玉城優栄のことをクラゲに似ている人だと思っている。


 「優栄ってクラゲみたいだと思わない?」


 夏のキラキラとした光が窓に差し込む放課後。眩しい程の光の中で、まさに青春を楽しむ高校生達が、部活や恋愛や勉強に勤しんでいる。そんな中、青春とは程遠い、たった2人しか居ない寂しい教室で暇を持て余している俺は、目の前にいるゲームに夢中な友人に話しかけた。


 すると、友人の明木善仁は、金髪のプリン髪をおもむろにかきあげたと思えば、とても面倒くさそうに、


 「……くらげぇ?」


 と少しだけ顔を上げ、俺を睨みつけながらそう言った。


 「そうなんだよ、明木にも意見を聞きたくて」

 「まじで、なんの話だよ……あ! レアキャラ!」


 俺がそのまま話を続けようとするも、明木はまたスマホに夢中になってしまう。あーあ、こいつはこうなるともう何も話が入っていかない。


 こらこら、ゲームも良いが友人も大切にしてくれよな! という思いを込めてスマホの前で手をプラプラして邪魔をしてやると、ゲームのちゅどーんという爆発音と明木の「ああああああ!」という叫び声が響いた。


 うん、今ならいけるな!

 「クラゲの話に戻ろうぜ!」

 「お前! その前に俺に何か言うことあるだろ!?」


 あらら、やっぱりダメだったか。

 どうやらレアキャラはチリとなって消えてしまったらしく、明木を怒らせてしまったようだ。俺としてもそこまでしたかった訳では無いので、申し訳ない気持ちになる。


 「ごめんね。飴ちゃんいる?」


 贖罪を込めて、すかさず綺麗な包装紙に包まれている色とりどりの飴を差し出すと、明木は「しょうがねーな!」と言いながら、ご機嫌でひったくっていった。彼は単純な子なのである。


 「で、優栄のことだっけ? クラゲに似てるって?」

 「そうそう。どう思う?」


 明木は行儀悪く肘を机について、飴をカラコロ転がしながら考え込んでいる。彼の選んだパインの良い匂いがする。……美味しそう。

人が食べているのを見ると、自分も食べたくなってしまうタイプなので、俺も1つ口にほおりこむ。ぶどう味だった。うん、美味しい。


カラコロと口の中で転がして楽しんでいると、明木がなんだか心配してるような、怪訝そうな顔で俺を見ていた。


 「……いや、どっからどう見ても人間だわ。……お前、アイツのことクラゲに見えてんの? 大丈夫?」

 「比喩表現に決まってるでしょ! この鈍感!」


 明木も冗談なんて言うんだな、珍しい! と思った俺だが、……あれ?めちゃくちゃ真顔じゃん。


 「もしかして本気で心配してた?」

 「お前なら有り得るからな」


 明木って、もしかして俺のことおバカだと思ってる?

 そのショックで口の中の飴がカリッと2つに割れる。まるで今の俺の心のように……。


 「それにしてもクラゲって、なんでそう思うんだよ。」


 そんな俺の心とは裏腹に、明木は呑気に椅子をユラユラと揺らしている。行儀が悪いものだ。


 「いや、まぁ、それが思い出せないんだよね」

 「……はぁ?」

 「いや、ね、俺あいつのことずっとクラゲみたいだなって思ってるんだけど、きっかけも理由も思い出せなくて…… 」

 「とりあえず俺に意見を聞いてみようって?」

 「うん」


 お前なぁ……

 心底呆れたように明木が頭を搔く。俺だって無茶苦茶なこと言ってるのは分かっているが、思い出せないものは思い出せないんだからしょうがない。悲しいことに、俺の脳みその容量はそんなに大きくないのだ。


 「そもそも、ずっとクラゲみたいだって思ってるって、いつから?」

 「えっと、3歳くらいの時からかな」

 「……えっ? お前らそんな昔からの付き合いなの?」

 「そうだよ。保育園の時からクラスまでずっと同じ」

 「だからお前らずっとくっついてるのか!」


 明木が立ち上がった拍子にガタコーン! と椅子が倒た。

 ビックリである。大きな音で俺の雀のような心臓は大変バクバクしている。デリケートなんだからもっと大切にして欲しい。


 「ずっとって程じゃ無いでしょ」

 「ずっとだよずっと、朝の登校から放課後まで」


そう言いながら明木は椅子を元に戻している。

 まったく、明木は少々大袈裟な所があるのだ。そんな訳無いよなぁ、と早速今日1日を振り返ってみる。


 朝は、家から出ると優栄が待っているから一緒に登校して、休み時間は優栄が席まで来るから一緒に話して、昼ご飯も優栄と一緒に食べたな、何だかんだで移動教室も一緒に行って、体育のペアも優栄が組みたがるから一緒に組んだ……あれ?


 ずっと一緒だわ、俺と優栄。


 「確かにそうかも?」

 「だろ?」


 思い返してみると、優栄は昔からやけに「俺と一緒」に拘ってる部分がある。

 さっき思い返した優栄の行動だって、今日だけの話ではなくて、毎日のことなのだ。

 以前、俺が世紀の朝寝坊をかました時もドアの前でずっと待ち続けていたんだから驚いた。

 ボサボサ頭でパンを咥えながらドアを開けた俺は、欠伸をしながら壁に寄りかかる優栄に少女漫画よろしくぶつかると、


 「なんでいるの!?」


 と目を丸くしたものだが、彼はのんびりと


「やっと来たねひーちゃん、おはよ」


なんて呑気に挨拶をしてきたものだ。


ちなみに、ひーちゃんと言うのは、俺のことである。可愛い響きではあるので、高校生の俺としては少々恥ずかしさがあるのだが、優栄が気に入っているので、まあ良いやと許してしまっている。俺は優栄に甘いのだ。


 それより、普通、友人であれど、寝坊していると気がついた時点で先に行くものだろ?

 だが、優栄は違うのだ。自分がどんなに遅刻しようが、俺を待ち続ける。


 それも全て、俺と一緒に登校するために。


 というか、家の前までいるのなら、インターホンなりなんなりで、起こしてくれても良いじゃない?とそう思うだろう。

 当時の俺も優栄に

「寝坊した俺が悪いけど、家の前で待ってるなら起こしてくれてもいいんだよ……?」

と言ってみたところ


「でも、よく寝てるだろうから可哀想かなって」

「お昼寝してる子どもに向ける感情!?」


 コイツは人を甘やかしてダメにするタイプだ。きっとそうに違いない。


 結局この日は、そのまま関係の無い優栄まで遅刻になってしまった為、それ以降の俺は寝坊をしないように毎日心がけている訳だ。とても偉い!


 「……逆に、お前と優栄が今一緒に居ないことが不思議なくらいだけどな」

 「それは……今は優栄のこと待ってる状態だからね」

 「待ってる?」

 「うん、先生に呼び出されたけど、俺と一緒に帰りたいから待ってて欲しいってさ」

 「なるほど。お前もよく付き合うよな」

 「それはまぁ、約束したから」


 約束は守れって、おばあちゃんが言ってたし!

 そう思って胸を張る俺を見ると、明木はなんだコイツという顔を隠さずに出した。

 ふふ、自分の気持ちに正直でよろしい。だけどそれを隠す優しさもあるんだよ、明木!


 そんなこんなで、優栄ののことを考えていたからか、俺はふと昔のことを思い出した。


 「そういえばさ……5歳くらいの時かな、俺と他の子が2人きりで遊んでるの見て、優栄が癇癪起こしたことがあったんだよね」

 「へぇ、癇癪!玉城とは程遠い単語に思えるけど」

 「そうだよね、優栄は穏やかだから」


 そう、優栄は穏やかな人である。

 ……まあ、ぽやっとしてると言われればそうだし、何も考えて無さそうと言われればそれもそう。ある意味掴みどころの無い奴なのである、彼は。

 そんな彼が、他の子と遊んでる俺を見て、とんでもなく大泣きをして駄々を捏ねたのだから当時の俺も大変驚いた。

 だって、普段、自分の意見を通そうだなんてこと、1度だって無かったのだから。

 それはもう耳が張り裂けそうなくらいの泣き声だったのを覚えている、というか、強烈すぎてむしろそこのシーンしか覚えていない。


 あの後はどうなったんだっけ?思い出せないや、うーん……。


 「……まぁ確かに、そう考えてみれば似てるのかもな」


 明木の一言で過去から現実に引き戻される。

 はて、似てる? 似てるって何が?


 「何の話?」

 「……クラゲだよ!お前が言い出したんだろうが」


 あぁ! そうだった! 俺は最初クラゲと優栄の話をしていたんだった!


 「どこがどこが!? どこがそう思う!?」


 俺が身を乗り出して聞くと、明木は少し引きながらも、もにょもにょと口を開いた。


 「まぁ、穏やかな所?  クラゲってなんか、ふわふわしてて穏やかな感じするから」

 「うんうん、そうだな。後は?」

 「……」

 「…………」


 えっ? それだけ?


 「えっ? それだけ?」


 つい口に出てしまった。だって、こう、もっとあっても良いでしょ!?


 明木はちょっと困ったように眉をひそめて口を尖らせた。

 「この表現じゃ不満か?」

 「いや……言いたいことはわかるし、俺もそう思うんだけど、何となく腑に落ちないというか……違う理由、もっと思いつかない?」

 「1つあれば充分だろ?それに俺、アイツの事よく知らないし」

 「俺達全員2年間同じクラスなのに……」

 「あんまり話したこと無い!ギブアップ!」

 明木が降参して両手を上げる。

 えーー! と、残念がっていると、突然俺の顔に影がかかる。


 「……ねぇ、何の話してるの?」

 「うわっ!」


 少し暗めの、心地の良いテノールの声が聞こえたかと思えば、突如視界の上から銀色の髪の毛が降りてきた。

 髪の毛はピカピカと光を反射して、なんだか眩しくて目をぱちくりとしてしまう。

 俺はこの特徴的な髪の毛に覚えがあった。


 「優栄」


 髪の毛の持ち主の名前を言うと、俺のことを上から覗き込んでいた優栄はゆっくりと顔を上げたようだった。

 俺も顔を上げて彼と目を合わせると、優栄は右側だけ長く伸ばしている髪の毛をゆっくりと耳にかけながら、


 「ひーちゃん、おまたせ」


 と、とろけるような笑顔でそう言った。


 綺麗な銀髪、緩やかな雰囲気を生み出すタレ目、色気のある涙ボクロ……右目を隠している前髪も、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 ……きっと、彼の姿をみれば、全世界の女子が黄色い声を上げるだろう。相変わらず美人だ。

昼の海のような綺麗な色をした優栄の瞳に、平凡な俺の姿が反射して見えて、そのチグハグさになんだか少し笑いそうになって目を逸らした。


 「お、やっと来たな」


 明木が優栄に声をかけた。

 やっととはなんだ全く、そう思いつつも優栄の様子を見ていると、彼はなんだかぽやっとした顔をしていた。

 ぽやっとと言うか、なんだか不思議そう?

 ……優栄、まさか。


 「ねぇ、ひーちゃん、この人、誰?」



 まさかだった。こいつ、クラスメイトの明木のこと、覚えてない。……いや、そもそも知らない?

 明木も絶句している。2年も一緒にいるクラスメイトに名前すら覚えられていないとなると、流石にショックを受けるだろう。


 「嘘でしょ優栄、コイツ明木だよ、明木善仁!2年間同じクラスの!」

 「……ふぅん」

 「この間グループワークで一緒になってたよね?」

 「そうなんだ。それよりひーちゃん、この人と何の話してたの?」

 「なんなら修学旅行の班も一緒だよ?」

 「何の話してたの?」


 俺の全力の明木紹介も、優栄の頭には全然入っていかないようで……流石に明木が可哀想だ。俺だったら3日は引きずるだろう。

 でも、当の本人である明木は、そこまで気にしてる様子は無いのか、はぁ、とため息をつくと、


 「……安心しろよ、コイツ、ずっとお前の話してたぜ」

 明木が俺を指さして優栄に話しかけた。

 「俺の話?」

 「そうそう、お前がクラゲに似てるって話、それだけだよ」

 「そっか、ひーちゃん、俺の話してたんだ。」

 優栄がふにゃりと笑う。

 なんだか改めて言われると恥ずかしい気がしてきた。

 「そんなことないし! 経済と株価と将来の日本の話してたし……」

 俺は照れ隠しにインテリな嘘を挟む。だってただでさえずっと一緒にいるのに、いない時にまで優栄の話をしてるなんて、なんだか恥ずかしいじゃないか。


 「はは、嘘が馬鹿っぽいな」

 「ひーちゃんそもそもあんましニュース見てないでしょ」


 おい、ボロくそ言うじゃん! 図星だよ、やめろよ! 頑張って考えたんだから!


 「貶すな、泣くぞ!」

 「貶してないよ。ひーちゃんはちょっとだけ頭が可愛いだけで、可愛いから良いんだよ、むしろ褒めてるよ」

 「んんん?褒め……褒められてる?これ褒め言葉?今俺褒められた?」

 「おい馬鹿!騙されてるぞ!」


 危ない! 騙されるところだった!

 じろりと優栄を睨むと、優栄はくふくふと口を手に当てて笑ってるものだから、気が抜けて項垂れる。

 ……まぁ、優栄が楽しそうだからいいか。うん。


 顔をあげると時計が目に入った。もうすぐ18時をさそうとしている。学校自体は19時まで居ることができるが、あまり遅くなっても家族に心配を掛けてしまうだろう。


 「そろそろ帰ろうかな」


 スクールバッグを肩にかけ、俺がそう切り出す。

「おう、また明日な」

「うん、明木もあまり遅くならないようにね、気をつけて帰るんだよ。優栄も帰ろ?」


 母ちゃんみてえだな……と後ろで呟く明木をスルーしてゆっくりと歩き始めようとした時、優栄が俺の半袖をグイと引っ張った。


 「ひーちゃん。何、食べてるの?」

 優栄が首を傾げる。どうやら俺の食べている飴ちゃんが気になったらしい。

 「ん? 飴ちゃんだよ、飴ちゃん。いっぱいあるからあげるよ。明木にもあげたし。」


 いちごと、みかんと、メロン、パイン。

 カラフルな飴ちゃん達を手に広げて優栄に見せる。

 沢山あるからなんでも取り放題だ。


 「ひーちゃんと一緒の味が良い」

 「んん?」

 「ひーちゃんと一緒の」

 どうやら、優栄はぶどう味が食べたかったらしい。

 残念ながら、ぶどう味は俺の口にあるもので最後だ。

 「ごめん、もうぶどう味は無いよ、売り切れ。俺が最後の食べちゃったんだ。あっ、ほら、明木と一緒のパインならあるよ。」

 俺が必死に代替策を言う。なんなら明木の名前も出したが、

 「……やだ」

と一言。優栄はキュ、と眉を顰めると睨むようにして俺を見た。


 ……俺は困り果ててしまった。


 だってないものは無いのだ。困って明木を見るが、「巻き込むなよ」と呟いて、スマホを見始めてしまった。さて、どうしたものかと考えていると、


 「ひーちゃん、あーん」

 「? あーん」


 突然の優栄の言葉に俺はつい反射で口を開いた。

 あーんて、子どもみたいだな。

 そう言おうとしたが、優栄が真っ直ぐに俺の口に人差し指を差し込んだせいで、何も言うことができなかった。


 まて、俺の口に人差し指を差し込んだだど?


 「……!!?!?!!?」


 何やってるのこの人!?

 驚いている俺とは対照的に、優栄はゆるりと微笑みながら人差し指を動かし始める。


 ぐちゃ、と音が立った。

 咄嗟に舌を使って指を押し出そうとすると、指の腹がゆっくり舌に触れて背中がぞわりとした。

 諦めてされるがままにしていると、人差し指はそのまま何かを探しているような動きで右へ左へ動き回る。

 視界の端では明木がドン引きしている顔が見えた。

 明木、こんなの見せてごめん。いや、俺も見せたい訳じゃないんだけど。

 明木にお詫びに何か奢ってやろうと考えている中、人差し指は、目的の物を見つけたらしかった。どうやら、俺の食べていた飴ちゃんを探していたらしく、飴ちゃんの欠片を俺の口から引っ張り出す。

 ようやく終わったかとホッとしたのもつかの間。

 優栄は俺の唾液でベタベタの飴ちゃんをそのままひょいと自分の口の中に入れた。


 「これでひーちゃんと一緒だね」


 優栄は大変ご満悦だった。

 対して俺は驚きすぎて、何も言えないままポカンと口を開けていた。


 シンと静まり返る教室。

 そんな中、明木がボソッと、


 「あ、何考えてるかわかんねぇ所、クラゲっぽい」


 と呟いた。

 明木、それに関しては俺も同感だ!





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