Fate and trust, or justice.
言葉というのは変わる物で、近頃ではゲームの影響で「Fate」というのは「運命」とか「宿命」とか、そんな感じに使うらしい。
しかし、私の記憶の中にある「Fate」は、「信念」と訳すけれどそのニュアンスは「頑固者」という意味だった事になっている。
いえ、言葉の変化の話がしたかったのではありませんが、私がTNR活動を嫌ったりする話にも通じる、愛護とか保護とか、そっち方面の「解釈違い」について述べておこうと思います。
動物病院を経営しておりますと、その辺に落ちていた犬や猫、野生動物、つまりタヌキだったりトリだったりを、持ってくる人たちがいます。
あえて出典を書いたりはしませんが、ちょくちょくあるものです。
その記事を読むと、「子供たちが死にそうな野生動物を拾った」「なけなしの金を持って動物病院に連れてきた」「獣医師は必死に治療した」「実際は10倍くらいかかる内容の仕事だったけれど、子供たちから金を受け取らなかった」――――――美談。
そういう内容の記事を見つけました。
そもそも、「何処の子供たちだ」「何処の動物病院だ」と記事に書いてない所もミソですが、一見したところ良い事みたいに、こういう行為が紹介されるのです。
どう思われます?
具体的に、「大腿骨を骨折したタヌキ」を拾ってきた人がいたとして、タヌキは野生動物です。
足の1本くらい折れただけならば、走って逃げる事が出来ますが、何故かそのタヌキは路上にうずくまっていた所を保護されている。
この時点で、骨折だけで終了するような患者ではないのです。
もしも、これを無償で治療した獣医師が居たら――――――なに考えているんでしょうね?
人間と違い、骨折の患者が来院した場合、外副子による固定は患者が受け入れないケースがかなりあるので手術で内固定します。
ただし、対象は家庭で飼われている犬や猫ですから、普通はせいぜい1週間もしたら退院させて飼い主の管理に任せます。
固定はしっかりしたものである事が多いので、可能なら翌日からでも退院出来ます。
飼い主のやる管理といったら、薬を飲ませて餌を与えるだけ、「安静にしてくださいね」とは言いますがね?
それで回るのです。
――――――タヌキってどうやって飼うの?
野生動物が対象の場合、やり方は二つあります。
ひとつは、「とにかく手術だけしたら放して来る」というものです。
麻酔が効いている間に、あるいは状況に感付いて患者が暴れ出したりする前に、とにかく現地らしい場所に連れて行って放してしまうのです。
正真正銘「あとは野となれ山となれ」です。
もうひとつは、「完治するまで飼う」です。
骨折の場合、最低でも3週間ほどかかります。
実際には、「逃げない」野生動物が捕獲された時点で他の理由があるはずですから、「骨だけいじってサヨウナラ」とはいかず、同時に存在していた問題を解消するための治療も継続します。
――――――野生のタヌキって、きっと人畜無害で危険な動物じゃないんだね。
「危険」にも色々ありますが、直接咬み付かれたりする事もあれば、逃走しようとして施設を破壊されてしまったとか、感染症の媒介であった事があります。
意外に思うかもしれませんが、よく見かける動物病院の入院犬舎は、内側からものすごい力で押し続けると開きます。
いえ、壊れます。
そんな状況で、さらに逃走を図ろうとした野生動物は、実は壁を掘ったり囓ったりするのですが、一夜にして入院室が崩壊していた事がありました。
感染症については言うまでも無いと思いますが、同系のイヌ科動物に対して問題のある病気であった場合、つまり顧客の犬を危険に曝すのか、本当に死んだらどうするのだといった事が問題に成ります。
さらには、近頃ではマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について知られる時代になりましたが、「タヌキが死んで人間も死んだ」という話ではなく「タヌキは平気そうにしていたのだけれど人間は死んだ」というケースがあるから問題になるのです。
こういう話、高病原性鳥インフルエンザでもあります。
とにかく、看護に当たった人間が危ないのです。
さて、ここまで読んでいただけたら分かると思いますが「いくらかかる仕事なんだ?」という話なのです。
それも、明らかに一般的な犬猫ペットの鳥たちの仕事の範囲を逸脱しています。
「せいぜい1週間も入院していたら退院する患者が3週間以上病院に居る」のです。
「人間に馴れなくて当たり前の患者」に、毎日食べる物を与え、施設を破壊されないように上手に管理する必要があるのです。
そして、万が一危険な病気の媒介だった場合、人的にもしかしたら誰かの飼っているペットに被害があった場合、誰が何をどう責任を取るのかという話も出てまいります。
――――――どうする?
そして最大の問題は、「無償でやった」という美談ですな。
実は、本当に遭った話なのですが、「あそこの動物病院では、野生動物を、その辺に落ちていた猫を、鳥を、引き受けてくれる」という話になったのです。
その動物病院のある地域の話なら、それでもよかったのです。
数が知れていた。
隣市隣県、片道3時間かけてとか、そこいら中から持ち込みがある様に成ったのです。
年間50件以上とか、そういう数です。
「善意の押し売り」とは、こういうものを言うのでしょうね。
こちらで、受け入れを渋っても「置いて行く」人たちが出てまいります。
世の中、人を雇ったり物を手に入れたり、必要になるのは「お金」です。
無償でやっていい様な数なのか?
実際にはいくらかかるのか?
現実が頭をもたげて来たのです。
昔なら掲示板でしたが、今どきならヤフーコメントとかがそうだと思う。
こういう美談に否定的な書き込みをしようものなら、火が付いたように食らいついてくる人たちがおります。
実際の話ですが、「年間50件以上」というのは嘘ではなく、何なら20年くらいはそんな感じでやっていたのです。
「やればやるほど」、行為そのものには否定的に成っていったのですが、当時の話で、匿名もクソもない何処の動物病院で院長の言葉なのか分かる状態でブログ等で文句をダラダラやっておりましたが、それこそ匿名でいいから私の所の動物病院に寄付の申し出なんかしてきた人はただのひとりも会った事がありません。
人でなし扱いして否定するだけです。
はっきり言って理解不能ですね。
ああいう人たちは、「無償奉仕で擦り切れるまで頑張れ」と言っていたのです。
いいえ、実際に持ち込んできた人たちでお金を払おうとした人たちはおりましたが、私はそういう人たちから一円のお金も徴収しませんでした。
私がTNR活動を嫌う理由は簡単です。
ビジネスだからです。
こうした行為の中でお金を集め易い部分を切り取って、なんなら寄付すら募って、お金が回る様に組み上がったビジネスモデルがあれなんです。
並の動物病院を、遥かに凌駕する売り上げを達成することが出来ます。
「じゃあ何故やらないんだ?」と尋ねる人がいたとしたら、私は「嫌いだから」と答えるでしょう。
もともと、救護なんてものは獣医師でも変人のやる仕事だったんです。




