「たけしに全部持って行かれた」みたいな?
脇役が主役を食うという程でもないのだけれど、『戦場のメリークリスマス』で一番目立った役者といったら、ビートたけしだよね?
ジャンルと呼んで、いいんでしょうか?
日本の風俗に拘る必要は無いので「和製吸血鬼もの」だと少し違う、「日本人が作った吸血鬼もの」とでも言えばいいのか、そんな感じのジャンルがあると思っている。
古くは『ポーの一族』とか『吸血鬼ハンターD』とか、『夜刀の神つかい』、『鬼滅の刃』もいいし、『よふかしのうた』なんかも悪くなかった。
小説コミックTVアニメごっちゃですが、TVアニメの『MARS RED』なんかも捨てがたいですかね。
私の記憶の中にある作品は、独特な空気感のあるものが多い。
一方で、本来なら元祖であるはずの海外の吸血鬼ものの評価が、微妙なのです。
日本人が「吸血鬼」を知ったのは、間違いなく『吸血鬼ドラキュラ』を始めとしたブラム・ストーカーの小説ないしその映像化された作品なのです。
この作品自体は悪くないと思うし、なんなら傑作ですよね。
ところが、その後に続く吸血鬼ものでこれだという作品が出て来ない。
強いて挙げるなら、『夜明けのヴァンパイア』に始まるバンパイアクロニクルくらいでしょうか?
作品はもちろんたくさんあるし、有名になった作品もあるけれど、フィーリング的に日本人の心にフィットしない感じがする。
西洋の映画でちょくちょく見かけるんですが、「頭の悪い暴力の化身」とでも言うべき吸血鬼がよく出てくる。
正直なところ、「ないわ。あれは」というのが私の感想です。
生前の人格は関係ないし、強いかもしれないけれど一方的なやられ役で、登場と同時に退場するモブたち。
「なんで、あんな風にしてしまうんだ」と、思った事は一度ではないのですが、答えというか解釈自体は存在します。
こんな物を高校生時分に読んだ人間が結構いた、昭和の頃、80年代とはどういう時代だったのかと思いますが『吸血鬼幻想』という本がありまして、「吸血鬼というのはキリストの復活のパロディなんだ」という事が書かれているくだりがあります。
つまり、かなり劣化させる必要があると、理解している。
どうやら、キリスト教のセンスに馴染んだ人々にとって「あれはあり」というものであるらしいのです。
「生前の人格を失って情けないやられ役に落ちる」という役が、許容されているらしい。
つまり、常識が違うのです。
日本人が祝うクリスマスは、いったい何のお祭りで、そもそもクリスマスケーキに相当するケーキはあっちの国人々から見たら「お誕生日ケーキ」に見えるなんて話があるそうですから、だいぶ「解釈違い」があるらしいんですね。
だから「違う」と思ってしまう。
私の中では『夜刀の神使い』以降という事になるのですが、「吸血鬼になる」とは「日常からの解放」という意味があって、当然ながら吸血鬼になった人物は生前の人格を有しており、超越者となるのです。
作品の性質上、有終の美で飾られることも多いですが、べつにそうである必要は無い。
弱点は得ても、弱体化する理由は無い。
死なねばならぬ悪役ではない。
軽い感じで、「非日常への片道切符」を手にする為の通過儀礼でも、いいのかな?
日本の吸血鬼作品には、そんな感じの作品が結構ある。
そういう雰囲気のある海外作品で、それなりに売れた作品、日本人的にありな作品って何か御存知ですか?
私は存じません。
つまり、「日本人は日本でクリスマスを楽しむべきだ」というのが、私の結論になります。
独特な生態系と申しますか、ガラパゴス化した作品群が日本にはあるし、それらによって育まれたセンスを持った人々が大勢いるのです。
単純に面白いと思える作品があったら、読むし視聴するんですがね。




