第88話 許嫁 前編
一方、ニュートピア極東ジッポン。
自身の船を取り戻した事で、ロマーノから派遣されたアントニオは、織部国に全権大使として滞在しており、後にナーロッパでベストセラーになった、東方見聞録にて、アントニオはイワネツの事をこう書き記している。
この者、ジッポン人の中で特に凶暴なるも、いずれこの国を収める太子の一人であるかも知れず、とても興味深い男で命の恩人でもあったと。
「お゛い! 爺や! 何で俺が知らねえ所で勝手に俺の結婚話が持ち上がってんだ! 意味がわかんねえぞ! サトウの娘と結婚なんぞ願い下げだ馬鹿野郎!」
勝鬨城内でイワネツの怒鳴り声が響き渡る。
相対するのは、織部家家臣筆頭の平井である。
「しかし若、御屋形様が決めた事です。巳濃の佐藤様と縁談を結べば、長年続く領土紛争も解決し」
「ざっけんな阿呆! あんな毒蛇呼ばわりされてる野郎なんざ、さっさとぶっ殺せばいいのよ。あの蛇野郎の事だから、娘送り込んで俺を暗殺するか、もしくは縁談の席で難癖付けまくって、俺との戦争の口実にするつもりだろ!」
巳濃の佐藤道山、別名毒蝮の道山。
イワネツの父、憲秀の治世の時代に突如現れたこの戦国大名は、最初の名前を勘九郎といい、忍びの者とも卑賎の者出身とも言われていたが、行商人の身分から武家の家督を継ぐと土蜘蛛家を乗っ取り、ついには権謀術数を用いて、巳濃の守護代佐藤家を乗っ取った、巳濃の国盗りの逸話が有名な、乱世の梟雄。
イワネツは、隣国三川の副将軍家今田よりも、特にこの大名を警戒する。
道山の生き方が、まるで一流の盗賊そのもののような生き方の為であるからだ。
――あの野郎の婚姻話、絶対裏がある。野郎おそらくは俺と同類、盗賊の美学を持っている。俺と親父の国を盗もうって魂胆だろうが……そうはいくかってんだ。だいたい、盗賊の掟で妻子持つ事なんか許されてねえんだよ阿呆め。
イワネツは、自身の盗賊としての誇りと生き方を行動理念にしている。
地球最悪の犯罪者とも呼ばれ、人でなしとも呼ばれた前世において、自身を人間として証明する、ロシア裏社会の掟、規律ある泥棒の生き方こそ、その証明となると考える、自己満足から来る思想である。
「とにかく、婚姻話は保留にしておけ! 大口のビジネスが転がり込んできたのに、一々そんなくだらねえ事で、俺を煩わせるな!」
「若……もう少しお立場をご理解くだされば」
イワネツは城内を後にすると、当然のように民家の軒下にぶら下がってる柿をもいで、口に入れながら領地を練り歩く。
「イワネツ様だー」
「イワネツ様、オラのついた餅食べてくだせえ」
「子供が生まれたんで名付け親に」
領民たちが続々とイワネツを取り囲み、彼は表情を崩すことなく領地を観察する。
縄張りの散策は、盗賊として重要なものであり新たなビジネスの発見につながると、イワネツは思っているからだ。
そして米の収穫が終わった田畑で、軍事訓練を行う武士集団を奇獣鵺に乗って見つめる。
「チッ、鬼髭を呼べ!」
イワネツが命じると、田畑から身長2メートルを超す大男が姿を現した。
顔中傷跡だらけで額に赤い角を生やし、アゴ髭が濃く、鬼のような顔をした強面の武将、鬼の柴木勝英である。
彼の家系は、元々織部家の有力武将の一人であり、元をただせばこのジッポンの地に流れた魔界の魔族が、ヒトやドワーフと混血を繰り返し生まれたのが柴木家であった。
「お呼びでしょうか、イワネツ様」
「こいつら、俺が教えた散開戦術も匍匐前進もまともにとれねえ! 戦争は規律が全てだ、教育しておけ!」
「ははー! よく言って聞かせます。貴様ら! たるんでおる! 特に新入りの猿顔の野郎! この程度でへばりやがって、ぶっ殺すぞ!」
日本からの転生者であるヒデヨシが、織部軍の軍事教練についてこれずへっぴり腰で槍の反復訓練をしていた。
豊富な資金力により、農耕期にどうしても人手がとられる半農半士が当たり前だったジッポンで、初めて常備軍を備えたのが、織部憲長ことイワネツである。
泥沼と呼ばれ長期間続いたアフガン戦争の帰還兵や、ソ連崩壊後に職にあぶれた軍人達を、金で雇い入れて、他のマフィアではありえないような軍隊並みの武装組織にした、イワネツの前世からの経験から来てるものである。
「あの野郎、荒事は全然だめだな。前世で日本のヤクザしてた割には、使えなさすぎるだろ」
ロシア人だったイワネツにとって、日本のヤクザは恐るべき集団であるとの認識が強い。
日本は、ソ連やロシアと同等の人口規模を持ち、暴力団追放と称し、日本政府が法改正して取締っても、依然として組織の人数や収益が世界の裏社会と比べても頭一つ抜けており、古来より続く独自の組織統制や規律を持ち、裏の世界でもトップクラスの戦闘力を持った集団であると、イワネツは分析していた。
ロシアの暴力団のような盗賊組織や、中国や欧州のような秘密結社ではなく、日本と言う規律ある法治国家で、警察に目を付けられても、独自の理念と行動規範を伴いながら、堂々と街中に看板を掲げて活動してること自体が、イワネツにとってヤクザは恐ろしい力を持っていると認識するに至っている。
世界最悪とも呼ばれた犯罪者イワネツにとって、東アジアのビジネスにおいて、日本の税関や警察と海上保安庁は、密輸をするうえで最も脅威であったという認識で、世界各国の警察組織のように賄賂で転ばず、高い犯罪捜査能力と組織力を持っている日本の警察機構が、一向に壊滅させられないヤクザ集団を、内心では空恐ろしく思っていた。
そして、密輸などのビジネスで一定の付き合いまでは認めるが、いざ縄張りを持つとなると、絶対に海外組織を入れさせないという隙のなさがヤクザ集団にあったとイワネツは思い出す。
世界最強の犯罪集団とまで言われたイワネツの部下達ですら、入れ墨を入れてない構成員を観光客を装う事や、表の商社としてでしか、日本で活動できなかったほどである。
国家を滅ぼした最悪の犯罪者のイワネツですら、社会の表も裏もほぼ隙を与えない日本を、自身が若い時に日本の柔道を習っていた事もあり、一定の敬意を払っていた事を思い出す。
「そういえば、この前ビジネスの契約結んだ、ジローも日本のヤクザだったな。あの野郎が俺の想像してる通りの野郎なら、同じ盗賊として尊敬できる野郎だが裏がとれねえ……。お、そうだ! 猿、槍持ってへっぴり腰の猿野郎! 俺の所へ来い!」
「へ、へい! ただいま!」
ヒデヨシは、筋肉痛と恐怖により足ががくがくと震えながら、イワネツの元へ駆け寄る。
「俺がビジネスを結んだ、沖縄のジローだけどよ、あの野郎の事、詳しく知りてえ。お前、日本のヤクザだったから知ってるんじゃねえかと思ったが、どうだ」
「へ、へい。沖縄の組織については自分もよく知らねえです。上の方では親戚付き合いがあるんですけども……沖縄の組織の人間が本土でワルさしたなんて話も聞いたことねえですし。ただ……」
「ただなんだ?」
「自分が所属してた極悪組が、総力を挙げても縄張り奪えなかった、一本独鈷の強力な組織だったって話なら聞いたことあります。自分の兄貴たちも言ってましたが、沖縄でビジネスとか考えても、絶対上手くいかねえって。小さい組織ですが、沖縄では絶大な権力持ってるって話なら知ってます」
イワネツは、唸りながらジローの事を考える。
その話が本当なら、あの日本のヤクザ組織大手ですら縄張りを奪えないとなると、強大な力を持った武闘派組織であり、イワネツが密輸の中継地点の一つとして北海道と新潟、そして沖縄を利用してきた点から、やはりジローがただ者ではないという印象を抱く。
――やはり直接聞いてみるか?
イワネツは水晶玉を用いて、ジローとの通信を試みる。
「ハイサイ、イワネツ。こっちは真夜中だが、どうしたんだい?」
「ああ、お前の話だが沖縄の組織設立に携わったという話、本当か?」
「本当さ、それとこっちはまずい状況になった。バブイールって国で政変が起きて、皇太子が暗殺されそうになって、内戦が起きてるさ。バブイールはヒンダスとも関係がある国だし、そっちの密輸にも影響出るはずさ。噂によるとチーノ大皇国でも政変が起きたらしい」
イワネツは舌打ちしながら、ジローの情報提供を聞き、この世界の地図を頭の中に思い浮かべた。
このジッポンは島国の為、物資を仕入れる、または密輸して外貨を稼ぐのはナージアの超大国、チーノとヒンダスとなる。
しかし、チーノで政変が起き、ヒンダスと関係のある国で政変が起きたとなると、ジッポン各国の大名が行っている密輸額に目減りが生じ、少ないパイの奪い合いでジッポンで起きている戦国時代がより加熱さを帯びた、物資の奪い合いとなることは明白。
「なるほど、情報提供に感謝するぜ。であるとするならば、やはりお前達西側とのビジネスが最重要となるという事。ちなみにだが、お前シミズって男を知ってるか? どうやらこの世界に来ているようだが、あいつの情報を知りてえ」
すると水晶玉の通信が沈黙し、微妙な空気が流れ始めた。
――間違いねえな、こいつはシミズとも関係がある野郎。困ったぜ、あのメスガキが敵対関係なんかになりやがるから、俺のビジネスに支障が出ちまっただろうが、アホのメスガキめ。
「イワネツ、君には正直に話そう。君の言う清水と俺は兄弟関係にある。前世でも、この世界でもだ」
――ほう? こいつ、ビジネス相手には誠実な対応を心掛けしてやがるな、感心する。しかし、シミズとは兄弟関係を結んでいるとは……。あの凶暴にして狡猾なシミズの野郎が背後にいる以上、うかつな事は言えねえ。
「なるほど、実を言うとこっちの東側でも、シミズって名前の英雄が現れたって話を聞いてな。もしやと思ったんだ。俺は奴の話を少ししか知らねえが、こっちのビジネスに支障が出ねえよう、あらかじめ聞いておきたくてよ」
「うん、君がどういう情報で俺の兄貴の話を聞いているかは知らないが、兄貴はこの世界救済のために動いている」
ジローの回答に、イワネツは鼻白む。
そんなわけねえだろと。
――俺が知ってるシミズの銭ゲバ野郎が、そんな綺麗事で動くわけがねえ。金か? それともおいしい利権か何かこの世界にありやがるのか? あいつが兄弟分のためとか言って、ただで動く事なんてまずねえ筈。
「なるほど、その話が本当だとしてジロー、一つ聞きてえが、シミズの野郎の他にロバートという男も絡んでいないか?」
「なぜそれを? いくらヒンダスに情報が集まるとしても、君はこちらの事をどこまで知ってるんだ?」
――やっぱりか。あのマフィアの大物、ロバート・カルーゾが動いてる時点で、何かすげえ利権があるに違いねえ。どんな利権だ? 奴らの虎の尾を踏まねえよう、ジローに探りを入れねえと。
「ああ、やはりそうか。俺が生きてた時代、ロバートとシミズは、西側で最も有名な裏社会の大物だった。ビジネス相手でもあったしな。奴ら今、どんな感じなんだ」
「そうだね、俺達が住む世界とは別の、異世界を拠点にしているようだ。そこで組織を作って、勇者って活動をしているようだよ?」
――間違いねえ、野郎らこの世界で資金洗浄と、投資運用とか考えてやがるな。奴らのビジネスといえば、これが一番大きな収益が出た筈だ。あと異世界間の密輸の中継地点だな。あいつら西側のマフィアとヤクザが組んでるとなると、それしかねえだろ。だいたい、奴らが本気で世界救済とかただでやるわけがねえんだよ。
「なるほど、読めてきた。つまり奴らはこの世界で拠点を作ることによって、何らかの対価を得ようと……」
「それは違うなイワネツ、ロバートは地獄を支配する神の命令でやってきたらしい。それに、そもそも兄貴はアクシデントでこの世界にやってきたんだ」
――アクシデント? なんだそれは? やつが、シミズがヘマしてこの世界に来たという事か?
「全ては、フレイアって神が仕組んだものだったんだ。この前少しだけ話した、元凶の悪いやつさ」
「なるほど、その元凶はお前と仲間が倒したんだよな。そこまではわかったのだが、お前は俺とビジネスを結ぶことで何を考えている?」
イワネツは、そもそもこのジローが何を目的に自分との交易を望むのか、それが知りたかった。
このジローの話が嘘ではなく、話の通りの男であるならば、確固たる信念を持った大泥棒の器量を持っている可能性があり、だからこそイワネツはこの男の目的を探りたかったのだ。
「俺は……人々が悲しい思いをする世界を変えたいんだ。この世界の仕組み、君にはまだ話をしてなかったね。この世界は、地球世界で何らかの魂に傷を負ってる奴らが転生している悲しい世界だ。どういう成り立ちで、この世界が出来たかは知らない。だが、その世界の魂を利用して、弄ぶような悪い奴がいる。そいつを倒して、この世界をより良いものにするのが俺の目的だ」
――今の話に嘘がなければ、こいつは男の中の男だな。前世で沖縄を救ったのと同様、この世界をこいつは本気で救おうとしている……と言う事か。
「なるほど、その話が嘘じゃ無ければ、お前は俺が契約するに値する信念を持った盗賊だ。ビジネス抜きで、盗賊の掟に基づき、お前と手を組んでやる」
「そうか、ありがとう。君のことは兄貴から色々聞いていた。史上最悪だとか、地球一の犯罪者と聞いていたが、それだけじゃないようだな。君の心と魂は、純粋な悪ではなく人間としての想いがちゃんとあるんじゃないか? ジッポンの状況は、君の心と魂がそう決意せざるを得ないような……」
「お前みてえなそんな高尚な理由じゃねえ。気にくわねえクズ野郎がいれば、相手が国だろうが殴って奪う! これが俺のブラトワとしての流儀だ。規律ある泥棒としての生き方だ。そういやそっち真夜中だったな、すまねえ。今度じっくりとお前とは話をしたい、スパシーバ友よ」
イワネツは水晶玉の通信を終えると、このジローとの出会いは好機と考える。
信頼できるビジネス相手は、例え大金を得ようが名声を得ようが、何よりも得難いものであると。
信念を持つ盗賊は、ロシアの裏社会で最も尊敬される存在であるからだ。
「野郎、シミズの弟分とか言ってたな。それが本当なら、あのクズにもったいねえ男だ。奴は、この世界における俺の最良のビジネス相手として相応しい、信念を持った盗賊。奴とシミズが反目し合うように持っていくか」
イワネツは独り言ちながら、奇獣鵺の尻を引っ叩き、自身の屋敷に帰宅する。
そして、日本からの転生者でもあり元ヤクザのヒデヨシは、田畑に突っ伏して体中筋肉痛で動けないでいた。
「死ぬ……転生前も転生後も、まともに運動した事なんてこれっぽっちもねえのに、こんな事毎日続けてたら、手柄たてて出世する前に死んじまう……」
すると、へばって動けないヒデヨシに、回復薬が入った小瓶を差し出してきた180センチを超える犬耳を生やした若者が、微笑みかける。
「最初はみんなそんなもんだよ、君もそのうち慣れるさ。オレのこっちでの名前は、前島犬千代。君、転生前とか言ってたが、君も前世の事を思い出した覚醒者か?」
――覚醒者?
ヒデヨシは、小首をかしげながら瓶を両手で受け取り回復ポーションを飲む。
「覚醒者というのはわからんが、すまねえ。俺の前世は神奈川県生まれの日本人で、しがないヤクザ者だったヒデヨシと言うが、君は?」
犬千代は腰に下げた巾着袋から手製の紙巻き煙草を取り出すと、ヒデヨシに手渡し、二人で煙草を口に咥えると炎魔法で火を着けた。
薬草と麻の葉、そして柑橘類の白い筋を乾燥させ、湿らせた和紙で吸う手製の煙草というよりもブレンドした大麻の一種であり、ヒデヨシは懐かしさを感じて、肺の奥まで吸い込んで煙を吐き出すと、独特の甘い香りと共に、気分がすうっと落ち着く。
「オレは、前世でロシア出身のニコライだ。ウラジオストクって港町の生まれで、前世でヘマして死んでこの世界に転生したんだ。そのマリファナ、悪くないだろ? 俺がこっちの世界で恋しくなって作ったんだ。吸いすぎると馬鹿になるから、戦地では吸えないのと、吸っても日に二回と決めているがね」
「ああ、これ大麻か。転生前、俺もこれのシノギしたことあったっけ。シンナーよりも人気出た、ガキ向けのシノギだ。ガキら馬鹿だから、依存性も少ないしシャブよりマシだって言えば、喜んで買いやがった」
大麻は、煙草と違い体には害がないというのは覚醒剤などと比べてと言う事だけであり、乱用することで記憶障害や精神障害、身体依存もある立派な禁止薬物である。
ヒデヨシは、転生前にシンナーの売買に見切りを付け、大麻の密売にシフトしようとしていたが、所属組織の内部分裂と、自身のヘタ打ちで結局そのシノギも中途半端で終わってしまった過去がある。
「なるほど、君はヤクザ出身か。オレは1972年生まれの、ロシア組織の幹部だった。日本かあ、北海道に何度かビジネスに来たことがある。スシとかサケうまいよね? オレは日本からの車をビジネスで扱ってて、あとは組織の会計や資金洗浄なんかやってた。弟分から裏切られてヘマして死んだがね……ロシアじゃよくある話さ」
「そうなのか、えーとロシアンマフィアってやつなのか? 俺はそんなのと会ったことないが」
「そうだね、君達がロシアンマフィアと呼ぶ仕事をしてた。もともとオレはソ連軍の下っ端だったが、軍じゃ食えなくて、そういう事で組織に入る人間は多い。グヴァールヂヤって聞いたことないかな?」
ヒデヨシは首を傾げた後、横に首を振る。
ソ連やロシアの事なんてまるで知らないからである。
「ソ連の親衛隊さ、空挺って言っても君はわからないか。ソ連崩壊後、フランスの外人部隊で傭兵もやったが、目の怪我で兵隊が出来なくなって、故郷で漁師をしてた。そしたら、いつの間にか構成員になったという経緯さ」
自分が成りたくてヤクザ稼業になったわけでなく、気が付いたらそういう立場になっていたのかと、ヒデヨシはなんとなく彼の前世を頭で理解した。
「イワネツ様、前の世界じゃ雲の上の人だったが、あの人は元々ロシアの伝説の親分。オレはこっちの世界で、喧嘩し回ってた傾奇者とかって言われてたけど、イワネツ様にボコボコにされて、死の恐怖で前世を思い出してね。名前を聞いて、すぐに兵隊やりたいって志願した」
ヒデヨシは憲長ことイワネツを、カタギじゃないと思ったが、ロシアの親分でそれも伝説級の大物であるということを初めて知る。
「やべえって思ったけど、そんな凄いお人だったのか」
「ああ、皇帝イワネツ、不死身のイワネツ、チビのイワネツ。色々な異名を持った伝説の親方だ。君の祖国日本は、外から海外組織があまり入ってこない特殊な事情で、世界の犯罪組織には疎かったかもしれないが、欧米ではその名が広く知られてる。ロシアじゃ銅像が立ってるくらいのお方だよ」
思わずヒデヨシは吹き出し、大麻の煙が胃の中に逆流してむせ込んだ。
日本で銅像が立つくらいの親分といえば、江戸後期にその名を馳せた、伝説の大侠客、清水次郎長親分位なものであるからだ。
「オレは、あのお方のもとで出世を狙ってる。すでに、数々の戦争で武功を立ててるからね。前世のように無様に死ぬのは御免被るし、この戦乱の世界では、オレの兵士としての経験が最も活かされる」
「なぜそんな話を俺にしてくれるんだいその……」
「犬でいい。俺はあの御方から、ニックネームを付けられるくらい覚えめでたくなった。君も、そのチャンスがあると感じたからだよ。新参なのに、すでに君は、猿と言うニックネームがつけられているじゃないか?」
ヒデヨシは前世と同様、多分猿顔だからって言う理由は言わないでおこうと思った。
そしてこの犬耳の若者こそが、後に終生の友となる事を、彼はまだ知らない。
イワネツは自宅に帰ると、異変に気が付く。
――あのうっとおしいメスガキの気配がしない?
いやな予感を感じて音を立てずに裏庭に回ると、力を失った元女神ヘルが、蓑を羽織り、頭部を覆う編笠姿の刺客に手で口を塞がれて、拉致されそうになっている光景だった。
「おら゛ぁ! 動くんじゃあねえ! マヌケ野郎!」
続きます




