第81話 宿題
ごきげんよう、マリー・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリーです。
私は、いま怠けて溜め込んだお腹の脂肪を燃焼するため、あるエクササイズをしている。
「マリーちゃん、もっと腰を落とさないと空手ぃの形にならないさぁ! ゆっくり、もっとゆっくり腰落として! 呼吸と全身の筋肉を意識しぃ、正拳突きやるさあ!」
「うむ、もう少しこうへその下の丹田に力を意識するのだ! 力を溜めに溜めて、全身を一塊の重りのように突きを放つよう、意識して……」
は? 重り……重い!?
「ちょっ! 今重いって言った! それは言わない約束じゃないですか龍さん!」
「え? あぁ……うむ」
私が要るシシリー島へ遊びに来た、ロマーノ連合王国盟主のジローに空手の形と呼吸法を習い、その動作をゆっくり行う太極拳みたいな動作を反復練習していた。
それとアヴドゥルこと龍さんも一緒に、水晶玉の通信映像でリモート授業みたいな感じで、私のダイエットのコーチをしてくれてる。
ていうか、このトレーニングめっちゃきつい。
ゆっくりやるから、楽してカロリー消費かなって思ったけど、足腰に負担かけて全身の筋肉意識してやるから、めっちゃきついし、やばいってこれ。
私についてきたヨーク騎士団も、鍛錬だからって鎧とか着てやってるし、亡命貴族達も私がやってるからって言って付き合ってくれてるけど、めっちゃキツそうだし、目が死んでる。
3日前、閻魔大王様が言ってた地獄から来た亡者4人の話は、みんなには内緒となった。
私と先生は、世界救済のために事情を知る権利があるって話だけど、他の3人については閻魔大王様からは守秘義務だとか言われて、先生からは彼らが情報を知る事で、肝心な所で隙が出来ないためって考えた配慮からだ。
「いいかい、俺も経験あるがてめえの業を相手にする場合、かなり苦しい展開になる。あの3人は地獄の懲役終えて業を精算し、もう魂の傷が癒えてはいる。だが、業まみれの野郎を相手にしたら、再び魂に傷が入って、傷口を抉られかねねえ。だからおめえは奴らをフォローしろ。そしてやばくなったら俺を呼び出せ、いいな」
そう、彼らへ業を抱いている対象者を一刻も早く見つけ出して、なんとかしなきゃ。
この世界に麻薬をばら撒いてる、比嘉大吉と思われるサルヴァトーレ伯と、銀行強盗と殺人を繰り返す偽デリンジャーギャングのレスターは、指名手配中だから、見つけ出すのも時間の問題。
けど、龍さんの師匠だった李旦がどこの誰かはわからないし、先生が手こずったというドラクロアの正体も全然掴めないけど、いずれは私達の前に立ちふさがる筈だ。
「マリー様、それにジロー様、クッキー焼けました! そろそろお菓子食べませんか?」
「お、ペチャラちゃん、にふぇーでーびる! じゃあ3時ぬお茶にしましょうねー」
ふいー助かったー。
筋肉がもう、悲鳴上げてて超きつかったから。
そういえば、ペチャラはロマーノ大学が休みってこっちに遊びに来てくれたんだっけ。
彼女は私が処刑されそうになって、ヴィクトリーから遠く離れた植民島のオージーランドで領主をしていたスミス卿の一人娘で、看護資格を持っていた。
今はロマーノに留学という名目で、この世界初の女性医師を目指している。
「私も覚えました。えーと、こう! そしてこうですよね?」
ペチャラがシュババって、正拳突きと肘打ちの動作したけど、なんかハンパじゃないくらい技のキレがいい。
「さすがやん。我が教ちゃる通りなとーんやー」
ジローは水晶玉の通信を使って、自分の国民に空手を教え始めていた。
音声だけじゃなくて、映像も流せるように先生の組織が改良した結果だ。
「映像で空手の型を流しねー。そうしたらロマーノみんな、強くなれるやん。通信空手さー」
デリンジャーも、農業や工業のワンポイントアドバイスとか、ホランドから仕入れた農業用の殺虫剤とか医薬品とかを、テレビのコマーシャルみたいにフランソワで流して、農業改革や工業改革とかやってるし。
龍さんは、転生前の豊富な経験、例えば海賊時代や海軍の将軍だった時とかの経験談や失敗談なんかも交えて、私達にアドバイスなんかしてくれたりする。
そして4人集まれば、新しい情報発信のやり方だとか、新しい流行みたいなトレンドを作り出したいかとか、どうやってこの世界をより良くするかどんどんアイデアが湧いてくる。
みんな、この世界をより良いようにするため、お互い知恵を出し合ってるし、定期的に会議や話し合いの場を作ったりするようになった。
そして私は冥界からこっちに戻る時、先生からある課題と言うか宿題を課せられてる。
「ようマリー、おめえそういやヴィクトリーから貴族とか逃げてきたり、おめえ見たさにシシリー島に人が集まり始めてきてんだろ?」
「はい」
「なるほどな、じゃあおめえさんも次のステップに進む頃合いだ。おめえのよ、組織を作り上げろ。カタギの世界で言ったら起業、極道で言ったら組名乗りってやつだ」
そう、私を中心に人が増えてきて人材が集まってきた。
人が集まってきた今がチャンスだと先生は言う。
「いいかい、俺も何度もそうした場面とかあって組織運営や立ち上げに関わってきたが、ポイントをわかりやすく教えてやる」
先生は、組織の種類や形態について話してくれる。
一つは、ピラミット型の組織。
頂点に1人が立ち、上から下へと命令が伝達されていくような形態。
上下関係がはっきりしている特徴を持っていて、軍隊だとか、先生がいたヤクザ組織とかが、この形態をとっている。
逆に、デリンジャーが主体になって私達とこの世界に作ったギャング団。
横の繋がりみたいな仲間意識の強いサークル型組織。
皆が発言力を持ち、それぞれが強烈な個性と専門性を持ってる感じ。
ぶっちゃけ、みんな私よりも基本スペックは上だけど、私個人ははこっちの方がやりやすい。
「縦の繋がりか横の繋がりかって違いさ。ピラミッド型の場合は、上に立つやつが優秀だとトップダウンで物事を即決できて、滅茶苦茶強い組織になるが、逆だとポンコツ集団に成り下がる」
あ、うん。
一番偉いリーダーが頼りないと、みんな困るもんね。
「サークル型組織は、理想を言えば自分よりもある意味で優秀なやつとか、専門性が高い奴らと組んで、大きな仕事するような組織だ。言うなら野球チームみてえなもんよ。だがサークルの中心にいる奴が、自己の研鑽もやらずに、てめえよりも能力が下の奴らや、口だけの野郎ばっかり入れると、ボンクラの集まりになる」
あー、あるある。
自分がお山の大将みたいな感じとか、女王様気取りで取り巻き作ってるけど、結局自分が威張りたいだけのアホの集まりみたいなのや、何をやってるのかわかんないような子達。
「じゃあ俺がいたヤクザ組織を例にして話をするぜ。基本的にはだな……」
先生が言うには、裏社会と言うのは不良の頂点にヤクザの大親分がいて、その下に小さな親分たちが集まった下部組織、さらにその下に表向き繋がっていないように見せた企業舎弟だとか、有名人使った後援会のようなものとかがいる。
その他大勢のヤクザ以外の少数集団や、予備軍的な感じの暴走族とか、不良少年グループ的なものが最下級だったという。
しかし、先生はこのピラミッド組織論について、時代の変遷と変化と言う話を織り交ぜる。
環境とか時代に合わせて組織は常に変化するという話だった。
「例えば、極道の世界で言ったらだ。大きな連合とか抜きにして、最小の組単位の話をするぜ。転生前の俺の若い時代……いや、もっと前の時代の場合。組と言えば親分がいて、親分の命令は絶対、子分達はその命令を聞くのが基本だ。親分の生き方を肌で感じて、兄貴分の仕事を目で見て盗み、真似をしながら自分の道を見出し、男を売り男になる。まあ、こんな感じだった」
絶対的な父親が親分で、その言う事を聞いていろいろ勉強とかするのが、子供の子分達って意味なのかなと理解した。
なんていうか、昔ながらの職人さんの世界のような話。
「だがしかし、時代の変化と共にこれは変節していく。そんな感じでやれてた時代だったならばいいが、世の中新しいものが出来て、あちこちに商売敵だの、敵が増えてきてお上の目が厳しくなったらこうも言ってられねえ」
組織は臨機応変に時代時代の変化に、形を変え、形態を変えながら、その時その時に柔軟に対応しなければならないという話にと変わっていく。
「だってそうだろ? そんな組織ぶっ潰すのは、指示役の親方を殺すなり捕まえたり、言うこと聞かせればいいって話になるじゃねえか? 例えば頂上作戦ってのをされたわけよ」
先生が言うには、昭和の時代の東京オリンピック前後を皮切りに、警察の取り締まりも厳しくなり、ついには私が生れた平成の時代、暴対法の使用者責任……だったかな?
子分の人が何かやらかしたら、おまわりさん達が組織のトップを捕まえやすいような法律に変わった。
「だから建前的には親分や組織とは関係ありませんよって事で、警察を躱すために表向き一般企業を装う企業舎弟が出来たり、政治団体装った右翼団体なんか立ち上げたりしたわけよ。あとは組の名前は出さないけど、芸能界の有名人とかのイベントやら、プロレスとかボクシングの興行とかってのもあったな」
そして組同士の抗争が、段々時代によって変遷していったようだ。
先生が言うにはヤクザ同士の抗争でも、直接的な暴力だけじゃなく、わざと陰謀を企ててトップの親分を貶めて、組ごと崩壊させるという悪質な手法なんかも出てくるようになる。
これは国同士の戦争で言うと、国対国同士の武力衝突と言うものではなく、国際政治でも起こりうる問題にも言えるらしい。
例えば、国とは無関係を装ったテロリストみたいなのにテロを起こさせるような手法や、経済戦争、情報戦争に主軸を置くよう、表社会の世界で行われるような戦争の形態の変化が、裏の社会でも段々と増えてきたそうだ。
そして、少子高齢化の影響とか若い不良がヤクザに憧れなくなったから、衰退期に入ったという話。
「そこで出てきたのが、半グレって呼ばれる連中。今まで俺達ヤクザから見て最下級で、ある一定期間過ぎたら、こっち側に引き入れてやるようなガキのグループが、ヤクザやらずに不良やって目立つようになった。奴らはカタギの皮かぶってて、ほぼ横のつながり的なサークル組織的なもんだ。上下関係があるとすればヤンキー連中や、暴走族の中での先輩か後輩かくれえなもんよ。まあそいつら手なずけてカスリ取ってる、中堅や若手の極道もいるけど」
ここで出てきたのが、半グレと呼ばれる横の組織論。
裏社会的なサークル活動。
私もニュースの報道で聞いた事あった。
半グレという組織の仕組みは、彼らはヤクザではなく表向き一般人で、命令系統や明確なリーダーっぽいのもよくわかんないから、取り締まる側のおまわりさんも苦労しているそうだ。
けど今はまた法律が変って、彼らもヤクザと同様もしくは準ずる存在みたいな感じで、締め付けが厳しくなっていたらしい。
「本来はよ、社会はコインみてえに表と裏ってのがある。表がだめになると裏もだめになるし、裏がだめになると表のどこかでしわ寄せがくる。つまり暴力団って言われてるヤクザも、社会の一部だって話。例えばヤクザが全部いなくなったとしよう。裏の秩序が無くなり、海外の組織連中が酷い悪さするだろう。素人に毛が生えたようなモラルもねえようなハンパ野郎らが、カタギや社会を食い物にし始めたりして、余計に酷い世の中になる可能性だってあるんだ。だが……表社会はヤクザを敵視して完全に排除する方向に変わった。裏社会のピラミッド論も限界に来てるかもわかんねえな」
先生は、ピラミット型組織では時流についていけないと言っていた。
そしてこのピラミッドの頂点になったかつての先生は、腐敗した独裁者のようになり、傍若無人に指揮棒を振り、下の人達は逆らえないまま横暴を強いられ、自分から動きだすことを避けて、組織が停滞してストレスがたまりやすい環境へと収束して、ついには内部分裂という結果を起こしてしまった。
「そうこうするうちに、世間様の目がさらに厳しくなり、暴対法がさらに変わっていき、日本と言う国がヤクザを人間として認めねえようなよ。人権ってもんが認められてる憲法上、それはどうなんだって法律作ったわけだ。足洗った野郎や、そいつの家族や、関係のあるカタギまでも標的にするような法律なんて国がこさえちまった。まあ、俺もふざけんなって思ったよ……だがな」
先生は右手の親指を自分に向けて指す。
「結局はよ、世間や社会をそうさせちまったのは、俺みてえなクズヤクザなのさ。令和になって、ぶっちゃけ八方塞がりになった俺は、結局子分からケジメ取られて死んじまった。これも、自身の行いが招いた自業自得ってやつだ。それでどうだい? 表の社会のカタギさんだったおめえから見て、転生前の俺はどうすべきだったと思う?」
「社会から……人から怖がられたり、嫌われないようにするべき……だったような?」
私は悩んだ末、自分の思い浮かんだ考えを言ってみた。
そう、私も学校をズル休みとかしたり、勉強をさぼらなければ……前の世界でいじめられたり、不登校になったり、父から殺されることも無かったんだと思うし。
「ま、ヤクザは怖がられてなんぼって事もあるんだがね。どうしょうもねえ、ろくでなしの受皿って社会的な側面もあるし。それに法律がきつくなったのも、日本以外の外圧もあったかもしれねえし、サツのお偉いさんも手っ取り早く、てめえの成果ってのを挙げてえって、欲かいてる部分もあったかもしれねえ。散々企業連中や政治家連中も、利用するだけ利用してきただろってのもよ」
そんな事を言いながら、先生は私の目を見る。
「だがな、結局おめえの言う通りよ。理由はどうであれ、暴力団って言われて、世間や社会が必要もしてくれず、世間一般のカタギから嫌われて、後ろ指を差された時点でダメなのさ。馬鹿は死ななきゃ治らねえなんて言うが、俺が気が付いたのは死んでからだ」
そう、だから先生は勇者になった。
自分が思うカッコいい生き方をしたかったから、神から見捨てられたような悲しい世界を救う事で、自分の存在を、生き方を証明したかったんだろうと思う。
そして人や世界を救う事で、自分の心も救われたかったのかもしれない。
「まあ言ってみたら半分、俺の自己満足って所もあったが、やってみたかったのさ。若い時に見て憧れた任侠映画みたいな感じでよ。ワルをぶった斬って人を救って、世界や社会から必要とされるような、本来の任侠のあり方って奴をな。話をつづけるぜ? その際に俺は異世界に立ち上げた組織を、ある方向性を持たせた」
先生は、自身が異世界で立ち上げた組織について話す。
まずは、基本や原理原則について。
「組織には変えちゃいけねえものがある、それが理念とか原理原則というものだ。俺が転生先で作った組織の基本原則は、1、弱きを助け強きを挫く。2、世界の為に、社会の為に、人の為に、一家の為に、己の為に。3、侠客たる自覚と義理人情の仁義を追求し、決して暴力団になるな。これが俺が唱えた原理原則よ。もっと細かい事言うと、俺がなんで失敗したかって言う反省点も取り入れてる」
その割には、先生たまに目を覆いたくなるような暴力とかしてる気がするけど……。
まあいいや、つまり組織作りでまず大事なものとは、原理原則と理念。
理念か……。
楽に生きたいってのもそうだけど、私は困難にも逃げ出したくもないし、打ち勝ちたい。
そして、この世界で出会った人たちと楽しく過ごしたい。
「原理原則が整ったら、次は目標を掲げる。転生した当初俺が掲げた目標は、任侠道と魔界討伐と世界救済だった。まあそれが変節して、今じゃ俺の命が続く限り、弱きを助け強きを挫き、悲しい世界を救い続けるのが今の目指す果て無き道だが」
私の目標は自分の国、ヴィクトリー王国を取り戻す事。
そして私が目指すのは、最終的には私だけじゃなく、みんなが楽になって楽しい世界。
漠然な感じだけど理念と目標が決まったら次は……。
「目標決めたら、それをどう達成させるかの道筋と手段を考えるんだ。人が集まったら使えそうな人材、これで目標を達成できるためにどうやって動いてもらうのか、それでいて自分が原理原則に基づきどう動くのか、だよな? それをよーく考えておけ」
そして先生は、最後にぽろっとだけ言った。
「あとは、目標を達成したらそれが一過性のものでないようにするために、どう世界や社会に伝えるかだ。それはよ、結局はおめえさん自身がこれから作る筋道にかかってる。俺の意見を参考にしてもいい、金城やデリンジャーや龍の言う事を参考して、良いものは取り入れて真似してけばいい。それで勇気を出して行動あるのみ、やってみな?」
ということで、私は二つのグループを考える。
一つは私やデリンジャー達を中心とした横の仲間のサークルグループ。
そして、もう一つはこの島に亡命したレスター卿達の亡命貴族と、王国近衛だったジョーンズ卿のヨーク騎士団、そしてこの島の人達も含んで私が上に立つ、ピラミッドをイメージした縦のグループ。
いずれ私はヴィクトリー王国をエリザベスやロキの手から奪還して、あの国を豊かにするために、彼らを自分なりに組織して、将来の未来図を描かなきゃならない。
そして、縦か横だけの組織じゃなくて、まるで立体のような組織を私は目指そうと思う。
肝心の私にその能力の高さがあるかどうかが問題なんだけど……やるしかない。
そんな事を私が思いながら、トレーニングの後、お茶飲んでクッキーを食べてた時だった。
ふいに、ジローの水晶玉に着信が入る。
「俺だ! ヴィトーだ! アントニオ無事やったんが!? 心配してたんだぞ、今まーやん!? 何ー? わかったん、でかした! 通信ちなげー」
「えっと、どうしたのジロー? アントニオさん見つかったの?」
「うん、マリーちゃん。アントニオ目当てぬ奴見ーちきたん。ジッポンのイワネツやん!」
続きます




