第80話 取引
女神ヘルは、魔力を高める。
いくらこのイワネツが、転生前史上最悪の暴力団と言われていたとはいえ、所詮は人間。
神の前では無力であると侮っていた。
一回自分の力を見せて屈服させてやれば、自分に跪いて命乞いをするだろうと。
――こんな奴には使いたくなかったけど、冥界魔法で一気に片を付けてやるのだわ。けど、わらわも神の身分。神界法では神が人間界で2度力を使うと、力が没収されるだわさ。氷の牢獄で動きを止める? もしくは冥界の炎、炎の煉獄で行動不能にする? それとも大叫喚地獄で、自我崩壊しない程度に思い知らせてやってもいいかしら。
神界法39条違反、神は救済する人間界で二度以上力を使えば、重大な違反行為となり、人間もしくは化身の身分に落される。
ヘルは、もしも二度力を使う事になれば、人間の身になって、逆にこのイワネツに殺される可能性があると、ほんの少しだけ不安を覚えた。
「ほう? それがお前の神の力って奴か。さすがは神と言ったところか? 神なんてソ連にいなかったがよ。ほれ、試しに何かやってみろ! このイワネツ様に」
イワネツは、一瞬女神ヘルの表情に不安を帯びたのを見逃さなかった。
百戦錬磨のイワネツにとって、相手の表情や仕草を読み取る事など朝飯前。
そして自分が盗みや強盗をする時に、相手の隙を見抜く抜け目のなさ。
ソ連時代に、培った盗賊のスキルとも言ってよい。
そして、このやり取りを見て困惑したのがヒデヨシ。
自分が原因で妹と呼んだ少女と喧嘩沙汰になった事と、織部憲長がイワネツと名乗ったことについて。
そして、襟骨の下に入れている入れ墨も何かはわからなかった。
「そうか、来ねえならこっちからいくぞ!」
イワネツは一気に間合いを詰めて、女神ヘルの顔面に向けてストレートパンチを放つが、ヘルはそのパンチをなんなくかわす。
確かに常人離れしたスピードだが、この程度の速さなど自分にとって問題はならない。
ひらりとかわし、距離を取ってカウンターで殺さない程度の神の魔法を唱えようとした瞬間、後ろにドンと何かにぶつかる。
「な、なんだわさこれ」
ヘルの背後にあったのはイワネツが土の魔力で作った鉄格子
そして、地面から出てきた鎖が次々とヘルに巻き付く。
「かかったなメスガキ!」
イワネツは鎖でがんじがらめにしたヘルに、何発もパンチをお見舞いする。
神であるヘルには、ダメージはあまりないが、普通の人間なら肉塊にされるようなパンチの雨。
「チッ、普通の人間ならぶっ殺せる力で殴ってるのに固いなこいつ」
イワネツは間合いを離して、次々と鉄格子を具現化するとそれはヘルを囲む檻になった。
「俺みたいな盗賊なヤクザもんはよ、反革命分子って事で、熊みてえに国からこんな風にされちまうんだ。強制収容って奴よ」
イワネツはニヤリと笑うと、ヘルを覆う鉄格子を今度は気密性が高い壁に変えた。
「そんでメスガキ、俺みてえな反体制革命分子とかって言われると、ソ連からこういう事されちまうんだ! 水牢閉鎖!」
イワネツは水魔法を唱えると、縛られて牢の中にいるヘルに向けて上から具現化した水が流れ込む。
「な、なんだわさこれはガボボボボボボ」
「へっ、これはなあ、俺もいた地獄のような収容所、ベールイ・レベジ。通称白鳥で行われてた水責めの拷問よ! 俺みてえな気合入ったブラトノイには意味なかったが、メスガキ! お前にはどうだ? ほうれ、頭を上に向けねえと溺れ死ぬぞ? 神が溺死するかは知らんがな」
水牢。
これは溺死目的ではなく、水を満たした牢に囚人を入れて、為政者に忠誠を誓わせる古来より伝わる拷問の一種であり、江戸時代の日本でも行われ、時代が下りソ連の強制収容所内でも行われた、人間性を一切否定する悪魔のような所業である。
そしてイワネツは、その場からジャンプして水牢の上に立つ。
「クソむかつくメスガキとはいえ、無抵抗の女子供をぶっ殺すのは盗賊の仁義に反する。どうだ? このイワネツ様に忠誠を誓え!」
その時、ヘルに大古の記憶が蘇る。
父神ロキの大逆の後、主神オーディンから科せられた幽閉の記憶。
「ワシに忠誠を誓え! 大逆者の娘よ! さすれば強力な力を持つお前を、ヘルヘイムの女王にしててやろう」
その時の恐怖の記憶が蘇り、歯がガチガチと音を立てて涙目になった。
「チッ、このイワネツ様ともあろうものが、まるでガキをいじめてるみてえじゃねえか。つまらねえな……」
呟いた瞬間水牢ごと吹き飛ぶ。
イワネツの体が地面に叩きつけられ、破られた水牢から姿を現したヘルの神の毛が逆立ち、髪の毛で隠していた顔の左半分が露わになった。
白い陶器のような右半身の肌の色の違う、左半身が真っ青の肌をしており、怪しく光り輝く青い瞳。
強大な魔力が暴走しているのか、まだ昼間であるのに空に暗雲が立ち込める。
「ふん、やっとやる気になったようだが、そう来なくちゃ面白くねえ」
イワネツは自身の脳に力を解放しろと念じると、筋肉が一気に肥大化し、ヘルに向けて必殺の打撃を撃ち込み続けた。
このイワネツは、転生前の少年時代の事故により脳のリミッターが外れている。
脳の機能は、通常10パーセント程度しか使われていないという学説があるが、その学説は現在は否定されつつあり、人間は生きている以上普段の生活や睡眠時に、脳の何らかの機能を活用しているのではと言われている。
しかし、人間の脳の機能は全て解き明かされているわけではない。
例えば火事場の馬鹿力。
火事になった時に、家にあった家具を抱えたまま脱出したという逸話から転じて、人はとんでもなく追いつめられたときに、本来無いほどのパワーを発揮するという意味で使われる。
これは、人間の体には力を自動的にセーブする機能があると言われ、全力の力を使うと筋肉が壊れてしまうから、脳がリミッターとして本来の力の2~3割しか出せないよう制御していると言われる。
だがイワネツの脳にはそれはない。
転生前に、幼少期から優れたパフォーマンスを発揮してきた身体能力もその片鱗の一つであり、頭部へのショックと死の恐怖で、超人的な力を発揮できるようになったのだ。
さらに、イワネツの細胞、ミトコンドリアは変異をしている。
医学的には、ミオスタチン関連筋肉肥大と呼ばれる現象。
魔界の魔族や、モンスターにも見られる現象で、普通人間と同じトレーニングするだけで、1.5倍から2倍以上の筋肉がついてしまうと言われ、これも超人的と言われたイワネツの力の源の一つとされる。
そして、もう一つの力。
イワネツの魂の力の源、チャクラ。
サンスクリットで円、円盤、車輪、轆轤と言われ、中国では丹田法や氣功、欧米ではオーラとも呼ばれる、人体の頭部、胸部、腹部などにあるとされる中枢を指す言葉。
古代インドの修行僧は、このチャクラの力を得るために様々な苦行や修行を行うとされる。
だが、イワネツが生れた人類史上最悪の国家の一つと呼ばれた非道の国、ソビエト連邦の過酷な収容所生活や理不尽、そして人間が人間として生きていけない抑圧された社会に対する怒りが、イワネツのチャクラを解放したのだ。
この世界では素手でドラゴンですら屠り去る筈の、イワネツの圧倒的な暴力。
だがしかし、幼い時の強烈な恐怖とトラウマが呼び起こされ、暴走したヘルに一切効かず、自我を失ったヘルは右手を前に構えると、掌が青白く光り輝き、魔力が濃縮されていき、空の暗雲から雷が次々と落下し、ヘルの周囲の石や砂などが巻き上げられていく。
「ひええええええええええええええ」
ヒデヨシはこれに恐怖して、思わず頭を抱えて地面に伏せた。
想定以上の魔力の高まりに、イワネツも流石に冷や汗が流れ出す。
イワネツの脳裏に浮かんだイメージは、かつてソ連が西側へのプロパガンダとして作り出した、悪夢の兵器。
核実験の際に衝撃波が地球を3周したとされる、TNT換算で約100メガトンの人類が目撃した最大の爆発、爆弾の帝王。
「おいおい、ふざけんな! 何だこの力は!? 俺が作った、俺と親父の国が消えちまうじゃねえか! メスガキ、やめろアホ!」
イワネツはヘルとの間合いを瞬時に詰めて、ヘルの右腕を蹴り上げたがビクともしない。
ヘルの力がさらに高まり、魔力波が暴力のようにイワネツの体に纏わりつくと、不死身と言われたイワネツの体に無数の切り傷が体につき、出血する。
「ふん!」
ヘルの浴衣を掴んで、柔道の投げ技を繰り出すも、まるで地面に根が無数に張り巡らされた巨木のようにビクともせず、空気中の分子の摩擦で生じた高圧電流がイワネツを襲う。
「ぐおおおおおおおおおお、くっそ! なんだこれ!? しこたまウォッカ飲んだ後、裏切り者から不意打ちでドタマを金属バットでぶん殴られた時みてえにくらくらするぜ、くそったれ!」
地面に伏せながらヒデヨシは、薄目を開けて戦いを見つめる。
彼にとって意味が解らない状況だったが、このままだとあの少女の姿をした化物に、目の前にいるイワネツもろとも自分も滅ぼされる状況。
どうすればいいか、必死で頭を働かせる。
「ええと、ノリナガ……いや、イワネツ様! あれですぜ、さっき魔法で作った檻でこの娘を包み込んでやれば!」
「ああ!? それで何かこの状況は変わるのか!? 強制収容」
イワネツは土の魔法で、魔力チャージするヘルを覆うように、魔法の鉄格子を具現化した。
「それで、その娘っ子をあなた様のお力で、空高く放り投げちまって、なんかよくわかんねえ魔法を、空に逃しちまえばいいんじゃねえですか?」
「お、そうか! 何だお前、使えるじゃねえか!」
イワネツは金属の檻を掴み、力を溜める。
「ううううううっっっらああああああああああああああっ!!」
イワネツはハンマー投げのように、檻を掴んだ後その場で体を回転させて、上空高く放り投げた。
「地獄の豪炎」
上空で青白い閃光がピカッと光った後、眩ゆい太陽がもう一つ出来たかのような大爆発を起こすと、表情は変えなかったが、イワネツの頬に冷や汗が流れ落ちる。
「あっぶねえ……あんな爆発、俺の国どころか、このくそったれなジッポンも消えちまうところだったぜосёл 」
すると、力を失ったヘルが落ちてきた。
いくら自我を失っていたとはいえ、水牢から脱出した時に一回と今回の極大魔法で二回目。
神界法39条違反である。
ヘルが地面に叩きつけられる寸前、彼女をキャッチする小学生くらいの背丈しかない少年が姿を現す。
手枷足枷のリングを付けて、透明なステンドガラスのような羽を生やし、白いローブのようなものを身に着けた、金髪の少年に見える者。
「フフ……まったく。せっかくこっちに来たと思ったら、こんないたずらするなんてね。お前は悪い子だなあヘル」
イワネツは、突然現れた金髪の少年に詰め寄る。
「おい、ガキ! どこから現れたか知らねえが、危ねえぞ! 向こう行ってろガキ!」
すると、金髪の少年はイワネツの黒い瞳を、血のような真っ赤な瞳で見つめると、イワネツの体が金縛りにあったように動かなくなった。
「困るんだよね、何があったかは知らないけど人の娘をイジメないでくれるかな? 雑魚のくせに」
「何だとガキ……まかさお前神か!? このメスガキが言ってた親、ロキって野郎か!」
イワネツが、正体を看破するとロキはニコリと笑い返す。
「なるほど、君はアレか? 勇者ってシステムでこの世界に呼び出したようだね。アースラ、今はマサヨシ……シミズだっけ? 名乗ってるが、彼と同類か。それに君……まあいいか、僕には関係のない事だ」
どんなに力を込めても、体が自由に動かないイワネツの額に脂汗が浮かび上がり、背中からは冷や汗がジワリと浮かび上がってくる。
一方、ロキは気を失ったヘルの髪を撫でると、左半身の青みが消えて普通の肌の色になっていた。
「それで君さ、僕と取引と情報交換しないかな? 君にとって悪い話じゃないと思うんだ」
「取引だと?」
「そうさ、僕としては人間界にどうこうしようとか考えてないけど、オーディンってやつがね、この世界の人類の大半を抹消する気でいるんだ。やばいでしょ?」
「ああ゛? そんな話、信用できるかクソ野郎! だいたい、俺がお前に協力してやって俺に何のメリットがあんだ阿呆!」
ロキは笑いながら黄金に光る腕輪二つを、イワネツの足元に放り投げる。
「これね、僕が暇つぶしに作った道具。ドラウプニルって代物で、こいつを装備すると魔力を増幅してくれるマジックアイテムさ。僕との取引に応じてくれたら、それあげよう。その前に……彼には関係ないと思うからちょっと寝てようか?」
ロキは、右手の人差し指をヒデヨシに向けると、彼は急に眠気に襲われて、その場に倒れ込み、いびきをかき始めた。
「チッ、まあいい話してみろ! お前との取引は話を聞いてから決めてやる」
ロキはにこりと笑うと、イワネツに話を始めた。
「……だいたい話は分かった。つまりお前の目的は復讐と自由と言う事か? お前の家族とお前がいた刑務所の仲間とこの世界でよろしくやりてえわけだな」
「うん、そう。君もワルさしてたようだからわかると思うけどさ、牢獄のような世界は退屈で飽きたんだ。あとクソ共への復讐ね、これは譲れない。それともう一つ情報、君にとって役に立つかわからないが……君の国ね、呪われてるよ」
「なんだと? 呪いだ?」
ロキは、ジッポンを拠点にこの世界を呪うある神の話をした。
それはオーディンとフレイアが陰謀を企み、この世界に転生した英雄ジークによって呼び出された魔界のある魔王によって、追いやられた神の話。
「うん、ニョルズって海神でね、この世界の人類の元を作った神。そいつ祟神ってやつになって、この国のどこかで活動してる。祟神は理由はどうあれ君達人間の問題だからね、一応神である僕には手が出せないんだ。何とかしないと君の国はいずれ滅びに向かうよ?」
「……そいつをぶっ潰せば俺の縄張り含め、このジッポンも、多少はマシになるってやつか。本当かどうか知らねえけどよ」
イワネツは気迫を込めてジロリとロキを睨みつける。
「ふふ、君に嘘を言って何か僕にメリットがあるかな? 君だって、生まれ変わった自分を必要としてくれる居場所が、もっと住みよい場所になればいいでしょ?」
西側からも東側からも、そして生まれ変わった祖国からも史上最悪なブラトノイと呼ばれ、忌み嫌われたイワネツは、自分を必要としてくれる国と言うロキの言葉に舌打ちする。
「さあ、今度は君が僕に誠意を見せる番だ。僕の条件を吞むんだったら、魔法効果を解くから足元の腕輪を付けるといい」
金縛りの効果が解け、イワネツの体が自由になり足元の腕輪を左手で拾うと、両腕に装備した。
すると、イワネツが転生した際に得た魔力が、倍以上に増加したのを感じ取る。
「いいだろう、お前の条件を吞んでやる。一つは、お前の娘ヘルの保護。二つ目はヘルと繋がってるオーディンの動向をお前に流すこと。最後の一つが……」
「おっと、そろそろこの子が目を覚ます頃だ。あそこの人間もね。そういうわけだから、君にとって悪い話じゃないはずだ。それと破ったら……どうなるかわかるね?」
ロキの赤い目が怪しく輝くと、イワネツはフンと鼻で笑う。
「いいだろう。お前が裏切らねえ限り契約は守ってやる。俺は今まで契約破りをしたことはねえ。盗賊の掟だからな」
ニコリと微笑んだ後、空間転移の魔法でロキは姿を消した。
するとヘルは目を覚まし、イワネツは見下ろすように傍らに立つ。
「おい、メスガキ。訳は話せねえが、お前の言う世界救済だったか? 力を貸してやる。それと、なんか知らねえがお前の顔半分を覆ってた気色悪い青い痣、消えてるぞ?」
ヘルはハッとした顔になって浴衣から鏡を取り出すと顔をまじまじと見て、頬から涙が流れ落ちた。
「何だメスガキ? ガキのくせに化粧でも気になってるのか?」
「うるさいだわさ! 何があったか知らないが、お前なんかわらわの力で……あれ!?」
涙の代わりにヘルの顔から冷や汗が滝のように流れ落ちる。
「あああああああああああああ、わらわの魔力が無くなってるわさ! チビ人間! お前のせいだわさ! お前のせいで、わらわはあああああああああああ!」
「俺が知るかメスガキ! 理由は言えねえが俺はお前を守る事に決めた! だが、その可愛げのねえ物言いを改めねえと、今度こそぶっ殺すぞクソガキが!」
イワネツは凶悪な容貌になってヘルを睨みつけると、ビクリと彼女は怯える。
「さてと……」
イワネツはいびきを掻いてるヒデヨシの前に立つと、軽く蹴飛ばす。
「起きろ猿野郎! 多少は使える野郎だってのは認めてやる! 俺の前世はイワネツだ! 泣く子も黙る、世界に名を馳せたロシアの規律ある泥棒のブラトワよ! お前も日本でヤクザやってたから知ってんだろ!」
何が何だかわからない状況のヒデヨシは、体を起こすと首を傾げる。
「あ、いえ、えーと、その……自分、よくわかんねえです」
そんな名前、週刊実話とかで見たことねえよ、誰だよとか思いながら答えたヒデヨシを、イワネツは蹴り飛ばした。
「お前、前世でワルさしてやがった同業者のくせに、俺の事知らねえとはどういうことだ! だいたい、お前は前世でどこの所属のヤクザだ馬鹿野郎!」
「げっほ、げっほ! ひぇ、殺さねえでくだせえ! 自分、6代目極悪組の清水一家、滝沢組のその下、神奈川県の、相州相原連合会の3代目中沢興業にゲソつけてやした」
「くそ長い組織名だな……で、お前はどのあたりの地位よ?」
「あ、いえ。盃貰ってましたが役無しです……」
つまり極悪組を頂点とする、5次団体所属の神奈川出身の下っ端ヤクザだったという意味である。
「使えねえなあ。極悪組か……ん? あ、なんだお前、前世はシミズの組織のもんか! ちょうどいい、お前野郎の弱みになりそうな事を教えろ!」
「へ、へい! 事情はよくわかんねえですが、現役時代、清水の大親分……本家大元の親分なんて、てめえ程度じゃ、事務所とか週刊誌で写真くれえしか拝んだ事が……あ、1回だけ義理場の警備でチラッとだけお見かけした事……ぶべら!」
イワネツはまた、ヒデヨシをまた蹴飛ばすと、サッカーボールのように転がっていった。
「なんだお前、やっぱ使えねえ野郎だな! いい加減めんどくせえな、殺すか?」
「ひえええええええ! もう自分は死にたくねえです! この世界でも大昔の神奈川っぽい相原の国で生まれ、転生前同様父親を知らねえアタシは、日銭稼ぐため三川の大殿様のところで兵隊やってやした。けど副将軍家の三川と将軍家の東條家の、小競り合いみたいな戦争で死にそうになって、怖くなって逃げ惑ってたら昔の記憶思い出して、はい!」
そして地面に正座して、イワネツにヒデヨシは土下座を始めた。
「おねえげえします、行くところねえんです! 現代の知識思い出したから、きっとあなた様のお役に立てるはずです! おねげえします!」
「そうか、お前みたいな臆病者を配下にはしたくねえんだが、理由は知らんが男らしくなりてえんだろ?」
「へい!」
顔を上げたヒデヨシの返事に、イワネツは邪悪に満ちた顔で笑う。
「ちょうどいいわ、お前三川湾まで俺と一緒に来い。今田の所で兵卒やってたって事は、あの辺の地理や今田軍にお前詳しいだろ?」
「え?」
数時間後、三川湾ではロマーノの魔道船ガルバルディに積んでいた積み荷の残りが、次々と荷揚げされ、ジッポンでは見たことがないナーロッパの品々に、顔に白粉を塗った三川の大名にして副将軍、齢140歳になる今田元綱が扇子を手にしてにんまりと笑うと、お歯黒にした歯がチラリと見えた。
「大枚はたいて、八州の馬鹿共から落札したかいがあったわい。さて、もう一つの積荷も吟味しようとするかの」
この元網は、今田家先代とエルゾの血を引く側室の子供ながら、正妻より生れた他のヒト種の兄弟を追い落として当主になった権謀術数に長けた男で、風の魔法と弓の名手でもある。
しかし元網には跡取りはおらず、自分の家臣や愛人達のうち、優秀なものに国と今田の名を継がせる気でおり、魔道船内の自室で、猿ぐつわに手枷足枷をはめられた、ロマーノ伯爵にして海軍中将アントニオの元へ向かい、扉を開けて部下の武士に二人きりにするように命じた。
「ほほう、ヒンダス人よりも肌が黒い人種か。初めて見るのう、ふっふっふ」
含み笑いをした後、元網は袴を脱ぎ捨て、フンドシも脱ぎ捨てる。
彼は修道を好む、所謂ホモセクシュアルだった。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん」
アントニオは悲鳴を上げるが、猿ぐつわのせいで声も出ず、元網からズボンを脱がされる。
「ふっふっふ、ういのう! 可愛い奴じゃ、どれ」
「んん!? んんんんんんんんんん!」
アントニオはわけもわからず涙目となり、悲鳴を上げるが声を上げる事も出来ず、このまま犯されて殺されると覚悟を決めた時だった。
「上様! 大変です! 三川湾に火がつけられております! 織部の手によるものなのか、高田の手によるものなのか、東條の手によるものかわかりませぬが、一旦避難を!」
「なんじゃと! ええい、ワシが賊めを討ち取ってやるわ!」
猿顔の足軽の呼びかけに、血相を変えて今田元網は部屋から出て行き、しばらく間があった後、部屋のドアが蹴破られる。
「猿野郎、上出来だ。この野郎が、例の異人とやらか……ふーん、ヒンダス人よりも肌の色が黒いが、俺の前の世界にいた黒人とも微妙に少し違うな。それに服装が、ポロシャツ? なぜか知らんがまあいい。おいお前、ホモ野郎にケツ掘られねえでよかったな! とりあえず俺の役に立て!」
イワネツは、港に火を着けた後、今田の軍を引き付けさせ、ヒデヨシを使って元網を追い払ったのだ。
アントニオの手枷足枷の鎖を引きちぎり、猿ぐつわを外してやると、涙目になったアントニオがイワネツに感謝の言葉を何度も述べるが、何を言ってるのかわからなかったし、俺はホモじゃねえとかイワネツは思いながら、アントニオの顔を張った。
「おい、ヒンダス語わかるか?」
頬をはたかれた後、怯えながらズボンを履き直しているアントニオに、イワネツがヒンダス語で呼びかけると、アントニオは頷いた。
「そうか、それじゃあ話が早い。俺の名はイワネツだ。織部の国の跡取りで、対外的には織部憲長と呼ばれている。お前の名は?」
アントニオは、ハッとした顔になりナーロッパ式のお辞儀をイワネツにした後、貴族に相応しい男の顔に戻る。
「お名前は存じておりました! わたくし、ロマーノ連合王国伯爵にして、海軍中将アントニオ・デ・ラツィーオと申します! 我が主君、ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロ様の命により、ナーロッパを代表し、ジッポンとの交易に参った次第でございます」
「ほう? このイワネツ様とビジネスしに来やがったか。この俺の名を知ってるとは話が早い。おいアントニオ、お前船の動かし方はわかるか? この船を俺の国まで操縦しろ!」
「ははー!」
次回で、主人公視点に戻ります




