第74話 予兆 前編
ごきげんよう、マリー・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリーです。
え? ミドルネームに入ったジーク姓はどうしたって?
えーと、名乗るのはやめにしたし、今後私が記す公文書にも残さないようにした。
ジーク姓は、この世界の私の先祖がジーク・フリードって言う名の英雄で、私のヴィクトリー王家は英雄の正当な後継者ですよーと言う、王家の正当性を主張する、大義名分というので名乗ったのが始まりらしい。
けど、英雄ジークの正体は英雄とは程遠い、フレイアが呼び出した悪の大王だった。
ぶっちゃけ私がそんな名前とか名乗るのは、マジありえないと思ったんで、もうこの名前で名乗ることはやめにしたわけ。
おかげで名乗る時、舌噛む確率がだいぶ減ったし。
そして私の近況だけど、先生が冥界に帰ってから3週間が経過して、幸い今のところ大きな騒乱は起きてはいない。
今の私は、亡命してきたヴィクトリーの財務官僚の貴族達と、今後の方針を決めたり、シシリー島の運営なんかをやってたりする。
みんなヴィクトリーの生活で疲弊しまくってて、島の美味しい果物ジュースやちょっと甘めのクッキーとかパンとかの朝食食べたり、午後の小休憩でロマーノ経由でヒンダスから輸入したお茶飲みながら、綺麗な海とか見ながら私や女中が焼いたクッキーとか食べたら、もうすごいやる気出して、寝る間も惜しんで頑張って仕事してくれてる。
エリザベスとロキが支配するヴィクトリー王国は、世界中のジューと呼ばれる流浪の商人達が集まり、エドワードことアレクセイが宰相兼外相の護国卿という要職についたと言う。
シシリー島に命からがら亡命して来た貴族達の情報によると、エドワードの権限が強すぎて、冷酷な独裁者のようになっているらしく、あの時エリザベスと一緒に倒せなかったのは、正直失敗だった。
きっとあの最低男の事だから、オーディンの命令を忠実に果たす為、姿を消した戦乙女達と陰謀を巡らせているはず。
けどロキはオーディンと敵対してるし、アレクセイはオーディンの手の者だし、きっとロキはロキで何らかの陰謀を考えているはずだろうけど、なんだろう、嫌な予感がしてくる……私の国なのに。
せっかく南の島を領地にしたのに、この分じゃ、憧れのスローライフ的な生活とか全然送れない。
あとフランソワは、アンリことデリンジャーが半世紀にわたる、ハーフエルフ達の国、ホランド公国との戦争を終結させ、宮殿を大統領公邸に名前を変えて、執務室で国家改革とかやってるという。
首都パリスではファッション革命が起きたようで、旧貴族やオシャレな男達が中心に、セビーロという名のネクタイ姿のスーツが大流行で、ロマーノ連合王国のミラーノ発祥のポローシャツと並んで、今のナーロッパの男性ファッションのトレンドの一つになっている。
けど、フランソワの国内は大統領制に反対する大貴族だとか、元貴族の犯罪者集団なんかが、国土を荒らしているそうであっちもあっちで色々大変そう。
ロマーノ連合王国はヴィトーことジローの商才で、ナーロッパ中で投資や商品開発に力を入れてるようで、私もサンゴ染のスカーフや、琉球ガラスのような、綺麗なブルーのガラスで出来たブレスレットとかジローから贈って貰った。
「はいさい、ちゅらかーぎーマリーちゃん。これ我からの気持ちさー。そういえばマリーちゃんが死ぬ前に、テレワークっちゅうの、流行しとーんが。ゆたさるアイデアやん、我もすんさー。近さるうちん、またやーさい」
とか通信先で言ってて、半分何を言ってるかわかんなかったけど、水晶玉を利用したテレワークの都合と段取りがついたら、こっちに遊びに来るって言ってたっけ。
そういえばコロナウイルスの大流行で、私の高校生活も大変だったなあー。
家でリモート授業受けてたけど、内容さっぱりで期末テストの成績も散々だったし、家でだらけまくってて、緊急事態宣言が終わった後、結局二学期から登校するのもだんだん嫌になっちゃったし……それでサボって登校した後、仲良かった子から……いや、思い出すのやめよう。
バブイールの状況は、アヴドゥルこと倭寇の大海賊だった龍さんが、今苦境に立たされているらしい。
ナーロッパ侵攻作戦に失敗したのと、バブイールを信仰する女神フレイアを討伐した罰当たりとか言われ、敵対する王族達に詰められて、宮廷内で自分を信奉する王族と派閥争い中のようだ。
そして、死んでしまったフレドリッヒのロレーヌ皇国は、周辺国との外交チャンネルの一切を遮断したようで、私の勘だが女帝マリアは……。
「報告でも聞いたけど、ロレーヌ帝国と女帝マリアはきっと何かを企んでいる。良くない何か、予兆めいたものを感じる」
そう、先生は以前こんな事を言ってた。
私は、いつかの先生の教えを思い出した。
「いいかい、大きな抗争だとかトラブルってのは、よく物を知らねえ馬鹿はある日突然とか何とかって言うがよ、それはほとんどの場合違うんだ」
「と、言いますと……何か予兆みたいのが起きてるって事でしょうか?」
「おうそうだ、物事には必ず何らかしらの兆候がある筈なのさ。例えばだ……」
先生は、この世界のチェスに似たゲーム、地球世界のインドのような大国、ヒンダス発祥のチャトの駒を手に取り、2つの駒を置く。
「俺も実際に当事者として体験して、往生した記憶がある、日本全国が舞台になった大きな抗争事件だ。きっかけは、俺の組に来た相談事だ」
先生は白の歩兵の駒を、白い王の駒に寄せる。
「まあこの歩兵をAにしておこうか。白の王は俺にしておく。当時俺は本家執行部の中堅で、二次団体の親分してた。Aは九州で独立した自分の一家持ってて、面倒見してくれって、直接この俺に言いに来た奴でな。俺は、おういいよって、その時考えなしにそいつを組に入れた。けど、俺はこいつ入れる時、なんて言ったらいいのかな? Aに死相というか黒い影の感じと言うか、なんとも言えねえ嫌な予感を感じたのさ」
先生はAに見立てた白い歩兵の駒を指ではじくように倒す。
「そのAの野郎、しばらくして北九州の自宅に帰った時、拳銃ぶち込まれてぶっ殺された。そいつ、九州の組織と金の関係で揉めてたらしいんだわ。俺もそれ聞いてたもんだから、九州の組織に、うちの若い衆ぶっ殺したのてめえだろって事になって、向こうはそんな事知らねえよって話でな。で、向こうはかなりイケイケの組だったわけで喧嘩になったんだ」
「なるほど、先生の組織がAさんを保護する感じで組織に入れたのを、面白くないと思った九州組織が、そのAさんを殺してしまったって事なんですか?」
先生は首を振って、白の駒と黒の駒が対峙する盤の上に、一枚の銀貨を置いた。
「いや、そんな単純な話じゃねえ。これがわかったのは、ドンパチが始まった後だった。Aを殺したのは……この銀貨をBとしようか? 元々俺の組織全体に遺恨持っていた、広島の組織にいたBの野郎の仕業だったのさ。さらには……」
先生は、黒の王の駒にさっきの銀貨を置く。
「その広島の組織にいたBの野郎、うちと敵対してた大阪の組織に所属しやがったんだ。その大阪の組織中心に、このBのやつが絵図描いたのさ。Bの描いた絵図とは、日本全国の反極悪組を標榜する、地方組織同士を連盟させ、極悪組を凌ぐ大連盟にする事。そして俺と九州組織との抗争も、九州の組織を連盟に加盟させる絵図だった」
先生は、持っていた小銭を沢山並べ始めて、先生側の白い駒を包囲するような形にした。
つまり、先生のいた組織を潰すために仕組まれた陰謀に、まんまと嵌められた形となったという事だ。
「まったく困った話だぜ。俺の側近にヤスって優秀な野郎がいてよ、その絵図に気が付いたのさ。そんで九州の組織には金で手打ちに持ち込んで、その連盟ぶっ潰すって事になった。が、気がつくのが遅過ぎて、うちの組はさらに下手を打つ」
先生は盤に金貨を置いて、他の白の駒の歩兵を摘むと、金貨を駒で弾き飛ばした。
「俺の一家の下のもん、元々Aが持っていた組の奴ら……言うなら三次団体ってやつがよ、なんも関係ねえカタギ、一般人を連盟の野郎と間違って、撃ち殺しちまったんだ。こうなると、サツ連中は俺の組織を狙い撃ちにするだろ?」
えぇ……ドン引きなんですけど。
暴力団抗争に巻き込まれるとか、その人すごい可哀想。
けどそりゃあそうだよね、そんな事してたから暴力団って先生は言われてた。
暴力団抗争で無関係な一般人が死んだら、暴力団許すまじってなって、おまわさん達も全力で暴力団対策とかするだろうし。
「俺の上部組織……一番トップの親分は、カタギが死んじまったもんだから、喧嘩の中止を宣言した。まあ、当然さ……本来あっちゃなんねえ下手打ちしたんだから。そんで、俺の組は下の者がやったとはいえ、カタギ殺しと抗争の原因になったって事で破門よ。まあ、今にして思えばサツの手が、本家に及ばねえようにって言う意味合いもあったと思うがね。いやあ往生したわ、だがな……」
先生はニヤリと笑い、黒の駒達とか硬貨を、先生の白い王の駒をぶつけて次々に倒したり、弾き飛ばした。
「破門になったから、これで好き勝手動けるぜって事で、俺と配下の奴らは、たこ焼きとか食べに行ったついでに、連盟トップの大阪の親分を報復でぶっ殺した。そんで日本全国でグルメツアー的な事しながら、日本中にあった連盟の組事務所に子分使って拳銃撃ち込みまくったり、主要な幹部とかさらってよ、連盟を解散に追い込んでやったぜ」
「えぇ……」
「まあ俺もサツにパクられそうになったが、うまいこと身柄かわしてよ。舎弟や子分達も頑張って上に掛け合ってくれて、手柄立てた俺は、本家から破門取り消しになったわけよ。まあ全て終わった後でサツに捕まったけどよ」
うわぁ……この人やっぱ前世で無茶苦茶してたヤクザな人だわ、極悪すぎる。
「けどその喧嘩で一番辛かったのがさ、死んじまったカタギの家族が葬儀開くって言うんで、俺も当事者として、形だけでも通夜で冥福を祈りてえって思ってな。サツ連中振り切って、金持って頭下げに行ったのさ」
「それで、納得していただいたんですか? ご家族の方」
先生は横に首を振って視線を落とす。
「許してくれなかったね、ご家族の人らは。こんなお金持ってこられても、故人は帰ってこねえとか言われてよ……正直やり切れなかったわ。まあ、そりゃあそうだよな? 金積んで人が生き返るわけじゃねえ。金で救われるのは、生きている人間だけだ」
そして、先生は銀貨を白の王の駒の側に置く。
「そんでよ、俺らを絵図にハメたBの野郎、俺が全部絵図潰したもんだから、ヤキが回ってよお。俺のヤサ、まあ隠れ家的な所に、たった一人でチャカ持って、腹にダイナマイト巻いてカチコミかけに来やがってな。さすが広島の元極道だって思ったよ」
「えぇ……ダイナマイトって……」
人間追い詰められれば、何をしでかすかわからないとは言われてるが、お腹にダイナマイト巻いて襲ってくるとか怖すぎる。
「当然そいつは若衆達に取り押さえられた。で、俺はドス抜いて、マイト爆発させようとした野郎のライターの持ってる右手を居合で斬り飛ばす。そんで言ってやったのさ、てめえの絵図のせいで、大勢の渡世人やカタギが巻き込まれて死んだ。てめえが極道で男ならケジメつけろとね」
ちょ!? 手を斬り飛ばしたって……。
ああそういえば、先生は転生前「人斬り」の二つ名を持ってたんだっけ。
戦国時代や幕末じゃあるまいし、怖すぎるけど、それで……。
「それで、そのBはどうしたんですか?」
「ああ、立派に男のケジメつけたよ。俺はこんな野郎殺す価値もねえって、ヤサから放り出した。3日後、そいつ自分の組事務所に戻って、カタギが死んで申し訳ないって遺書書いてズドン! てめえの頭を拳銃でぶち抜いた。ヤクザらしい立派な最期だったぜ」
いや、それどうだろう……。
どんな理由があるにせよ、自殺とかやっぱりダメだと思う。
私なんて前世でもっと生きたかったのに、父に殺されたから。
「マリー、一つ覚えといた方がいい事があるな。男には、いや女でもそうかも知れねえが、人生で何度かてめえを試される場面がある。そいつはてめえの手で人生を終わらせて、死んだもんに命懸けで詫びる事で、最後に男になった」
先生は悲しそうな顔して、散らかした硬貨や駒を片付け始めた。
「だが、てめえが試される時に、結局のところ根性引いて、一生うだつが上がらず惨めに死んでった奴らや、消えていった奴らを、俺は何度も見てる。男になる場面で男を見せられなかった奴ほど、無様で可哀想なものはねえ」
「そういうものなんですか?」
「おう、そんなもんよ。前の前世で、選択を誤まって人生の終盤で男を見せる事が出来ず、惨めに死んだ野郎が目の前にいるだろうが」
ああ……なるほど。
確かに先生が言うと、妙な説得力がある。
最後は腐敗した独裁者のように嫌な感じの人になって、子分の人に殺されたと言ってたが、きっと先生はヤクザという人生の選択自体が……間違っていたんじゃないかと思う時がある。
この人が、社会の闇のヤクザじゃなくてどこかで別の道を選択をしていたら、きっと世の中の為に何かを成したい人になったのかもしれない気がするけど……。
「……それで予兆の話だ。なんていうか第六感だとか、嫌な感じがするとかあるだろ? それはな、無意識に脳とか心や魂が危険を感じているのさ」
「第六感……ですか?」
先生は頷いて僅かに魔力が高まり、サッと、ボクサーのようなファイティングポーズを取ったから、私も身構えた。
「そう、それだ。今みてえに、なんか変だぞ、嫌だぞって感じをうまく勘付けるかだ。さっきの話で、転生前の俺はどうすればよかったと思う?」
「えーと、先生の組織に入りたいって言ったAさんの最初の対応でしょうか?」
先生は頷き、私の目を見据える。
こんな感じで真面目な話をすればイケメンなのに、ところどころ残念なところあるんだよなあこの人と、ひそかに思った。
「そうだな。最初嫌な予兆がした時、Aを組に入れるのを保留するなり、状況見てから引き入れればよかったかもしんねえな。もしくはAを入れないという方向もね。あと他所の組織の状況とかも見てよ。そしたらAも死なずに済んだかもしれねえし、カタギを巻き込んだ大抗争なんか、起きなかったかもしれん」
先生は両手をパンと打つ。
「というわけで、予兆ってやつの話でもあり、危機管理だとかの話さ。それを読み違えると、ハメられたり下手打ったり、最悪自分や大勢の人間が死ぬ事だってある。心のどっかでそう言う意識づけというか、心構えを持っておこうか」
そう、先生は私に教えてくれた事があった。
ロレーヌ皇国は警戒しておいた方がいいだろうし、私だけじゃアレだからみんなと相談しよ。
私は自室で机に向き合い、魔法の水晶玉に向き合う。
この世界には火種がまだある。
それがジローと龍さんからも聞いたけど、東方の状況。
東方のチーノ大皇国は、確か国内が二分するような騒乱状態になってて、ハーンって言う騎馬民族に国内を荒らされてる状況。
そしてジッポンの状況は、先生やロバートさんが、暴力の権化とか存在自体が暴力とか言って、かなり警戒している、ロシアマフィアの転生者イワネツが英雄として活動中。
おそらく英雄が必要とされてるという事は、国内が荒れているか、救いを求めている人が多いのだろうと思う。
そして戦争が起きる、または起きているという事は、オーディンのワルキューレ達が活動する下地が出来上がってるかもしれない。
うん、やっぱり嫌な予感がするわ。
私は水晶玉に手を触れて魔力を流し込んだ。
すると玉からホログラム映像みたいな光が壁に照射されて、ゲームでいうロード画面やパソコンの電源立ち上げ画面のようなものが映し出された。
これは先生の組織の人達による影響。
ハーフエルフの国、ホランドを衛星国にしてたノルド帝国は、スカンザ共同体という名前に変え、先生の組織のエルフ、イケメンなブロンドさんが運営しているそうで、他にもなんかこの世界観ぶち壊しな産業革命とか起こしているようだ。
それで先生達の組織が旧ノルド帝国もとい、スカンザ共同体の皇居を改修して、クリスタルで出来た電波塔のようなのを建造したらしく、通話のみならず、テレビ電話やネット配信みたいな事も水晶玉使ってできるようになった。
何かあったらすぐに連絡するか指輪で召喚してくれって言ってて、ブロンドさんと、ダークエルフのイケメンな男の子、スルド君って言ったっけ?
二人の水晶玉の周波数とか書いてる、菱に悪ってマーク書いてる日本語の名刺貰ったけど、私ちゃっかり超イケメンなエルフ達の連絡先ゲットしちゃった。
けど、肩書きがそれぞれ極悪組若頭とか若頭補佐って書いてあるけどナニコレ。
ぶっちゃけ組織でどれくらい偉い立場なのか正直、私にはよくわかんない。
先生の息子さんの用心棒さんが組長で一番偉いのはわかるけど。
それに、確かあの人も日本の転生者っぽいけど、清水と佐々木で苗字が違うんだよね。
なんか、家庭環境とか複雑っぽい感じがするけどまあいいか。
そしてこの水晶玉の力を使って、1日に何回かこれを利用してシシリー島の住人達に、今何をしてるのかとか、夕食後とかの日々の意気込みとか映像流して、ユーチューバー的な事をしたら、結構島民たちからの評判がいい感じ。
ブロンドさんに、この装置作るのにお金たくさんかかったんじゃないかと聞いたが、どうやら電波塔みたいな基地局に、この水晶玉システム利用した魔力を使うと、土の魔法にする魔力変換で黄金とかできるらしく、ドンドン使ってくださいって言ってた。
これは先生が考えついたらしく、水晶玉で魔力を誰かが使えば使うほど、先生の組織、極悪組の資金源になる仕掛けのようだ。
今度シシリー島にも、同じような電波塔と基地局を開設してもらう約束になっている。
私が魔力を込めて、しばらくすると水晶玉から着信の音楽が流れた後、通信先のバブイールの龍さん、フランソワのデリンジャー、ロマーノのジローの姿を映し出した。
続きます




