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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第二章 魔女は楽になりたい
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第60話 魔女エリザベスは楽になりたい 後編

 一方同時刻、ハーフエルフの住まう国、北方と西方の国境地帯にあるホランド大公国の君主、ゲオール・ポルド・ホランド・クラウス・ベルナドット。


 彼は突如王都アントウェールブにあるデンボス王宮に現れた、伝承に残る悪魔のような軍勢と、重武装した正体不明の軍団、それを率いる灰色の長着を着て、紋章入りの黒い羽織りを羽織った、髪の毛を短く角刈りにしたヒト種の青年に困惑していた。


 当初、宰相および外相が応対したが、青年の気迫に圧倒され、彼自らが対峙する事となったのだ。


 青年はゲオールに謁見すると、中腰に腰を落とし、右掌を見せるかのように啖呵を切った。


「お控ぇなすって! 手前生国は、女神ヤミー様の愛と優しさが溢れる世界、人呼んで仁愛の世界の西にありやす、今は美しい花の咲き乱れるロンド町出身! 性はササキ、中間名はマサト、名をニコと発しやす! 肩書き、正業は数多くございやすが、稼業につきましては極悪組二代目組長、人呼んで男気のニコと発しやす! どうかよろしくお願いいたしやす」


――なんだその挨拶の仕方は? 衣服もまるで、東方の果てにあると言う、チーノ大皇国に似てる? それに文化が違うどころか、別の世界からやってきた? わけがわからない。しかし、相手がハッキリ氏素性を名乗っている以上、無下にするのはよろしくない。それに纏うオーラは、間違いない……この者は組と呼ばれる国の王。それも王の中の王、大王クラス。


 ゲオールは、気迫あふれるヒト種の青年に応えるため、自身の王としての威厳を示そうとする。


「うむ、私はホランド大公国君主にして、諸侯達の頭領たる大公にして王、ゲオール・ポルド・ホランド・クラウス・ベルナドットである。ニコと名乗る者よ、何故この国に参った?」


 すると、顔を伏せながら自身の息子にして王子のレオと、フランソワ侵攻軍の総司令官にしていた、公爵のバルデルが王の謁見の間に現れた。


「なぜお主達が? フランソワとの戦争は?」


「その事ですがゲオール陛下、あたくしと縁と義理が出来やした、フランソワは終戦を申し入れてやす。オイラはその仲裁人として参りやした」


「なんだそれは? 意味がわからぬ。こんな訳の分からない事いきなり申されても、我が国とヴィクトリー王国、そしてノルド帝国の軍事作戦は、止められぬし、我が仇敵のフランソワを私は許す気などない!」


 ゲオールが困惑する中、勇者マサヨシ一の子分にして、彼の転生前の実子ニコは、気迫を込めた目つきでゲオールを見やった。


「こんな訳のわからねえ事とはなんですか? もうこの喧嘩は、終わりだって言ってんですよ」


「だから我が国の一存では、もはや軍事作戦は止まらぬし、お前の言う事を聞いて我が国に役など……」


 その時、ニコの懐にあった高性能通信機能がついた魔法の水晶玉に着信が入り振動する。


「ああ、ちょっと待ってください。アタシの子分のエルフからの通信です。おう、オイラだ……うん、終わったみてえだな、さすが親父とロバートの叔父御だ。で……うん、ああノルド帝国はうちの縄張り(しま)に? わかった。あとお母ちゃん、メリアはシステムが復旧が終わり次第帰らせとけ、な? ああ、デリンジャーさんもこっち向かってんのかい? おうわかった、今相手さんとお話してるから通信はここまでにしておくぜ。おめえさんもご苦労だったなスルド」


 ニコは水晶玉の通信を終え、聞いたこともない言語に困惑するゲオールに頭を下げた。


「ぶしつけで申し訳ねえですが陛下、ノルド帝国はうちの縄張りになりやした。軍事作戦とやらは、中止って事でご理解いただきてえです。あとフランソワの国家元首もこちらに向かってるそうなんで、おいらが媒酌人勤めやすんで、喧嘩は手打ちって事で願いやす」


「な!? 意味がわからぬぞ! 簡潔明瞭に説明せよ!」


「ああ、そうでしたね、申し訳ありやせん。ノルド帝国は解体しやした。これから国家運営はおいら達が担当するんで、おいらがノルド代表って事です。より簡単に申し上げると、ノルド帝国は滅びて、おいら達のものになりましたんで」


 ニコの回答にゲオールは絶句し、場に居合わせたレオもバルデルも、たった数時間で強大なノルド帝国が解体されたと聞き、理解が追いつかないでいた。


「陛下、ノルド帝国のヨハン皇帝陛下からの通信です」


 ゲオールに、魔法の水晶玉が衛兵より手渡される。


「ホランド王よ、我が国はもはや帝国にあらず、私も皇帝を退位した。なお戦争は中止せよと、我らが神ヤミー様からのお告げがあった。お主らも弓を納めよ、以上である……。グルゴン様、これでよろしいでしょうか? はい、私ヨハンはこの耳に誓い、生涯をかけて貴方様のお役に……」


 高慢なエルフ、ノルド帝国皇帝ヨハンが、まるで恋する乙女のような猫撫で声で、グルゴンなるものとのやり取りをしたあと、通信が切れる。


 ゲオールは水晶玉をポロリと落とし、ニコと名乗る青年の話が事実であると信じざるを得なかった。


「じ、事情はなんとなく理解できた……。が、我らはこの戦争を停止する事など今更できぬし、フランソワは我が臣民を虐殺した長年の仇敵、和解など願い下げである」


「ああ!?」


 ニコは気迫を込めた怒りの眼差しで、ゲオールを見据え、強烈な魔力のオーラを発現させた。


 啖呵の切り方、タイミングと間の取り方、相手の隙を突いて場の空気を一転させ、交渉事を自分のペースに持っていく方法は、全て親である勇者マサヨシを手本にしている。


 渡世人として、侠客として、人と世界を救おうとする崇高な初代の提唱した理念を、自身が継承してより良き世界を目指そうと自負していたからこそ、必死で身に着けた交渉術であった。


「するってえと、そちらさんなにかい? こっちが仁義きって頭下げて、誠意も見せて、神様の名代で仲裁人として来てんのによ、その気がねえと言ってんですか? ノルド帝国の虐殺に加担したくせに。そっちはダメでこっちはいいなんて道理は通らねえですぜ? 喧嘩になりますよオイラ達とよ?」


「そんな我が国がフランソワ人を虐殺なんて……それにそちらと戦争したいなどと言ってな……」


「言ってんのと同じでしょう? こっちが、誠意見せて頭下げてんのに、のらりくらりかわしやがって。ガキの使いで来てんじゃねえぞ、こっちもよお。オイラ達は、女神ヤミー様の使いだと言ったじゃねえですか? それで、うちらはフランソワに義理が出来てんで、どうしてもフランソワと喧嘩してえってのなら……悪いがそちらさんに、オイラ達は弓引く事になりますが?」


 この世界では、神の名前を掲げ戦うとなると聖戦となり、他国の仲裁も入らず、どちらかが滅びるまで戦わなければならなくなる。


 ニュートピア世界最強の一角、ノルド帝国が滅ぼされた相手に、ホランドが勝てるわけがないのは、ゲオールも王子のレオも、バルデルも理解はしているが、ホランドも神フレイの名の下に、戦争を起こした以上、そう簡単には矛を収められないでいた。


 そして長年続いた戦争により、巨額の財政赤字と商人達への債務を抱え、世界の紛争を望むジューの商人達に、実質経済支配を受けているのが、この国の実情である。


 今更戦争を止める事は、ホランドの国家財政を破綻させる事に繋がる。


「このゲオールは我らが神フレイの名の下に、聖戦をフランソワに掲げたのだ! 女神ヤミーと名乗る神がどこの神か知らぬが、そんなこと我らが……」


「フレイとかいう邪神認定された弱虫野郎なら、オイラの親である勇者マサヨシの名の下に討伐された。もうそちらさんが掲げる神の大義名分なんてねえんですよ」


「そんな……信じられぬ……ヒトが神を討伐するなんてそんな……」


 じっと見据えるこのニコと名乗る青年の目は、嘘偽りを言っている男の目ではなく、正気を失って気が狂ってる男の目でもない、真実を訴える男の目付きをしていた。


 すると黒髪のサイドを短く刈り、トップを七三分けにした翡翠のような緑の瞳に銀縁眼鏡をかけた、齢14歳の少年が謁見の間に現れる。


 身長172センチの端正な顔立ちに、ノーネクタイの、白のボタンダウンシャツに、黒のジャケットを身に着け、胸には銀で出来た十字架のブローチを付けていた。


「この極悪組組長にして、私と兄弟の契りを交わしたニコ・マサト・ササキの今の話は本当です。私の名前は、グレゴリオ・ロッキー・カルーゾ。偉大なるカルーゾファミリーの、名誉あるワイズガイにして、親分(カポ)たるドン・ロバートの名代を務めております。このニコと同様、女神ヤミー様が担当する、光と友愛の世界から来た使者でございます」


 このグレゴリオは、勇者ロバートが転生した世界の幼馴染かつ、世界救済の旅の仲間である。


 前世は幼くして死んだ、ロバートの孫に当たる人物であった。


「だからどうしたのだ? 小童がいきなり……」


「歳は関係ないですよ、ゲオール陛下。我らが親分(カポ)名誉ある男(グッドガイ)の異名を持つ我らがボス、ドン・ロバートより、人として美しく生きる、名誉ある男の道を学びましたので。私と仲裁人ニコを侮辱するならば、あなた方を殺らせていただきます」


 グレゴリオは、七色鉱石で出来た魔力銃を懐から取り出した瞬間、ニコが彼の頬に鉄拳をくらわす。


 兄弟の契りを交わしたと言っても、彼ら二人には大きな開きがある。


 グレゴリオはカルーゾファミリーの名代を務める、時期跡目筆頭候補ではあるものの、年齢的な面と人間的にまだ未熟なため、組織のナンバー2、いわゆるアンダーボスなどの役職にはまだつけさせてもらえずにいる。


 一方、ニコの方が年長かつ救世主の肩書を持ち、多世界間の連合的な一家全てをまとめる大親分であり、貫目が違う。


 また男としてもきちんとした家庭を持ち、グレゴリオと比べて、男として成熟しているため、互いに兄弟と呼んでいるが、その差は7分3分以上の開きがあった。


 これは勇者ロバートが、五分の兄弟分マサヨシが設立した組織をまとめ上げ、親であるマサヨシをある意味凌ぐほどの男気と器量に惚れたため、あえてグレゴリオの兄弟分にすることで、彼の奮起と人間的な成長を促すために、頼み込んで兄弟関係を結ばさせたのだ。


「おい、オイラ達はあちらさんに脅迫をカマシたり、喧嘩しに来たわけじゃねえんだ。手打ちの交渉事で来たのに、無粋な道具出すんじゃねえ! マサヨシの親父やロバートの叔父御に、恥かかせる気かよ兄弟」


「失礼した兄弟」


 年上の兄弟分ニコに嗜められたグレゴリオは、交渉事についてを学びながら唇が軽く切れるも、魔法で即座に治癒して、ホランド王ゲオールを睨みつける。


 その目は、‶お前のようなファック野郎のせいで殴られたんだから誠意を見せろ殺すぞ″と言っているように見え、人間的には未熟ではあるが目は口ほどに物を言うを体現していた。


 ホランドの代表者達は、完全に二人のヒト種の気迫と、場の空気に呑まれてしまい、ここが交渉の決め所であるとニコは判断した。


「兄弟分が、不細工な真似して申し訳ありやせん。しかしながら、さっきみてえな事をオイラ達はあんた方にしたくねえんで……とりあえず終戦を願い出てるフランソワの元首に、形だけでも会っていただきませんかね?」


――断るとノルドのように滅ぼされる。


 異世界ヤクザと異世界マフィアの圧力を受けたゲオールは、自分の息子である王子レオと、甥のバルデルを見やると、彼らは無言で頷く。


「わかった、会うだけ会ってみようではないか……」


 ゲオールは判断し、フランソワ国家元首のアンリ元王子こと大統領デリンジャーと、和平会談に応じる事とした。



 一方、エリザベスは魔女の装備に着替えて、ドバー海峡海上を飛んでいた。

 女神フレイアをこの手で抹殺するために。


 突如一方的に告げられたノルド帝国の戦争中止の通達後、女王自らの出撃に、留守を預かる宰相ポートランド公爵と外務大臣ウィリアムズ公爵が頭を抱え、いっそこのままフランソワ軍にでもやられて死ねばいいのにとも考えた。


 そうすれば、亡命中のマリー姫を迎え入れるのにとも。


 エリザベス以外、終える者こと破滅神ロキの存在は知られておらず、彼らはエリザベスが仮に死ねば、大陸諸国との戦争が終わるであろうと考えていた。


 そして諸侯たちが去った後、議場にはポートランド公爵とウィリアムズ公爵だけが残る。


 彼らがいるヴィクトリー城は、エリザベスが即位してから延々と増改築が繰り返され、罠満載の恐ろしき城となり、侍従長のセバスチャンがいなければ、まともに場内さえ歩くこともままならなかった。


 テーブルの上にはフランソワ産の陶磁器で出来たティーポットとカップが置かれている。


 ヒンダスからロマーノを経由し、届くはずのヴィクトリー貴族が愛する乾燥茶も、大陸国全域から海上封鎖されているため物資不足になっており、残り少ないお茶の葉を、ティーポットでうんと薄めてティーカップで飲んでいる状況であり、二人とも茶の不味さにため息を吐いた。


「ポートランド宰相閣下、我が国の現状……まことに素晴らしい状況ですな? エリザベス陛下のおかげで。そういえば最近の卿は、生前私もお世話になった閣下のお父上のように、知性的になり、男ぶりが上がったではないですかな?」


「いやいや、ウィリアム卿こそ最近、お父上に似てきましたぞ? ダンディーさが増してますな」


 ポートランド公爵の目は半分生気を失い、笑いながら頭を掻くと抜け毛がパラパラと落ち始め、ウィリアムズ公爵のダークブラウンの髪は、2カ月前から白髪が目立ち始め、現在は見事に真っ白となっている。


 二人は互いに老け込んだ様子を、冗談交じりに茶化しながら皮肉を口にして、薄く不味い茶をすする。


「いやーまこと、我らが忠誠を誓ったジョージ前陛下の時代では考えられない位、毎日が充実しておりますなあ。外務大臣として、各国にいる駐在武官からの通信も途絶え、たまにどうすべきか自分を見失うくらい、公務に没頭しております」


「然り、私も寝る間もないくらい身を粉にして国家平安の為に尽力してる次第。亜人どもがいる北方以外の、ナーロッパ大陸国家全部を敵に回しましたからな」


 二人は、言葉を選びながらエリザベスの治世を皮肉る。


 もはや彼らには、王室への敬意や女王への忠誠も失っており、笑い合いながらもこめかみのあたりに、はっきりわかるほど、怒りで血圧が上昇し、血管がピクピクとうねり出す。

 

「ところで毎日が充実しすぎた結果、財務省のレスター卿は突然胃の病が発症して公務もままならず、財務省はもはや機能していない状況ですぞ? こたびの戦の出費が著しく、優しいノーマン海軍卿は勝手に軍票を騎士や海兵に配り回って、戦意高揚してる様子」


「はは、その軍票とやら良いちり紙になりそうですなあ? 最近鼻炎のせいか、涙と鼻水が多く流れるゆえ。それにレスター卿は、忙しい公務から一転、休暇が取れて羨ましい限り。財務省の官僚貴族達もこの分であると、一族郎党を連れ、マリー王女殿下の元へご挨拶しに向かうため、長期休暇を取りロマーノへバカンスに出かけかねませんな、永久に」


「ハハ……然り」


「ハハハハ……」


 苦笑いした後、ポートランド公爵は机にガツンと握りこぶしを振り下ろした。


「もう我慢も限界だ! 魔女め! あの魔女こそがジョージ陛下を亡き者にして、マリー王女殿下を流刑にかけたのは明らかであろう! 亡国の魔女め! なぜ、なぜ我らはマリー殿下の処刑と流刑を止められなかった! あんな人知を超えたジーク帝時代の伝承に残るような化物たちを呼び出して! もう嫌だ、私はこんな国亡命するぞ! やってられるか!」


「シーッ、誰が聞いてるかわかりませぬぞポートランド卿、落ち着くのです。真相はともかく、貴族院もジーク国教会も、あの魔女を全会一致で女王として認定した。よって我ら栄えあるヴィクトリー諸侯は、例え魔女であったとしても……忠誠を誓わねば道理が通りませぬ」


「その過程がおかしいのだ! ウィリアムズ卿よ、私は思い出せぬのだが重大な事を私は忘れてる気がするぞ。何か、おぞましい情念のような意思が、我らを操ってたとしか思えぬような……。卿だって、何か思い当たる節があるのではないか?」


 彼らヴィクトリーの官僚貴族たちは、フレイアに操られていた事実を忘れてしまっており、なぜに国王暗殺騒動の後、マリー拘束に異を唱え、エリザベスを即位前に糾弾できなかったのだと、後悔をしていた。


「それを申せば、あの黒騎士エドワードが爵位を上げ、我らと同じ公爵になってること自体が不可解ですな。マクスウェル男爵が養子にした、どこの馬の骨とも知れない亜人の血が入ったような若造めが。あの魔女に取り入ってから、不可思議な事が宮廷周辺で起きすぎております、ポートランド卿」


「然り! ジョージ陛下も訝しみ、秘密裏に身辺調査させたが、あれよあれよという間に、マクスウェルが死に、奴が家督を受け継いだ。奴の周辺で、奇怪な出来事が起きすぎておる。そして、ジューの商人たちが仲介に入り、オージーランドの植民島開発で得た利益……噂によると発起人のマクスウェル男爵が着服していた可能性まであったのに、結局レスターも税を取り立てることが出来なかった」


 二人は沈黙し、ある結論に達する。


 それは世界の常識を覆しかねない、ある勢力の陰謀と暗躍の可能性。


「この一連の騒動、奴が……黒騎士エドワードが仕組んだ可能性は? ノルドやホランドの同盟の件も、まるで事前に根回しでもあったかのように、事が進みすぎではないか?」


「ありえますな。奴の正体、どこかの勢力の間者(スパイ)の可能性もありますぞ。私は外務官僚としてジューの商人たちと交流がありましたが、ジューの者達の容姿、どこか浮世離れしているというか……。まるでエルフと呼ばれる亜人のように、容姿端麗なものが多い。奴らは大陸諸侯達とつながりがあり、フランソワやロレーヌ、そしてロマーノと言った大国との貿易折衝や、渉外で出張ってくるのがジュー達」


 大陸国家では貿易事業や公益事業の補助に、世界的なネットワークがあるジューと呼ばれるお抱え商人たちを使うのが当たり前で、誰も気に留めていなかったが、彼らが活動していないヴィクトリーであるからこそ、浮かび上がってきた疑問。


「ジューと言えば、あやつら我が国のジーク教や、大陸のフレイア神、そして北方のフレイ神と、ロマーノの船乗りが信仰するニョルズ神と、異なる神を信仰しているという話もありましたな。我らは、ジューの事はあまり知りませぬが……ポートランド卿、もしかしたら我らはジューの商人集団に利用されているのでは?」


「なぜそう思う? ウィリアム卿」


「ええ、奴らは国を持たぬ商人集団。その実、世界の商売と金の流れに必ず絡むのがジュー達ですが……もしや彼奴等、自分達の国を欲してるのでは? 例えばですぞ、このヴィクトリーは海洋国家ゆえ大陸国家との交易で財を成しました。商いにはうってつけの立地です」


 ジューの商人たちによる国家簒奪の陰謀。

 しかし、ポートランド公爵は唸った後、首を横に振る。


「しかし、奴らは軍事力を持たぬ流浪の民ではなかったのか? このヴィクトリー大陸国家にはいささか軍事力は劣るが、四方を海に囲まれてる天然の、難攻不落の要塞ともいえる。経済的に優れていたとしても、軍事力を持たぬ集団が我が国を手に入れるのは不可能……いや待てよ、卿は我らが先祖の騎士と英雄ジークの逸話は知っていよう?」


 英雄ジークと偉大なる騎士王伝説。


 ヴィクトリー王国の男であるならば、誰もが知るおとぎ話。


 貴族であろうが平民であろうが、枕元で母から教わるヴィクトリー王国の成り立ちの歴史である。


「ええ、我が国は元々ロマーノ大帝国の植民島ケトルでしたが、ロマーノの圧政に義憤を感じた者達が徒党を組み、民を守るため生まれたのが騎士の成り立ち。そして偉大なる騎士王アークが、ロマーノからの独立を宣言、騎士団率いるケトル王国はロマーノと戦争になった……我らが偉大なる先祖の話」


「然り、そして騎士王アークの一人娘、聖女マリアンヌ姫は、大ロマーノの魔帝パイモンと怪物を退けた偉大なる英雄、かのジーク帝と結ばれ、ジークフリード帝国が建国。北方の亜人国家との戦争後、ジークは魔帝パイモンとの戦いで相打ちとなり、旧ロマーノ勢力圏とジークフリード帝国とで数百年にも及ぶ戦乱に見舞われた後、ジーク帝の正統後継者たる偉大なるアルフレッド大王が500年前に建国したのが、ヴィクトリー王室」


「ええ、そしてアルフレッド大王の弟君であらせられる、ロレーヌ公が建国したのが、ロレーヌ皇国だったはず」


 誰もが知るおとぎ話をなぜこの場でと、ウィリアム公爵は首を傾げる。


「そう、我らが先祖たる偉大な騎士と英雄の物語。だがしかし、この聖女マリアンヌに英雄ジークではなく、例えば氏素性もわからないような、ジューの商人のような男が近づいて結婚したら?」 


「ああ、それはその氏素性もわからぬ者に偉大なる騎士王国がジューに簒奪され……!?」


「然り、言い換えるとあの魔女エリザベスに接近する、黒騎士エドワードがジューの商人であったら?」


 二人が恐るべき陰謀の真実に近づこうとした時、議場の大扉に鋼鉄のシャッターのようなものが降り、天井からジョージ王を葬った猛毒のガスが噴き出し、即死した。


 そしてガスが風の魔法で換気された後、二人の体内にある毒の痕跡を消すために、1人の老執事が彼らが死んだことを確認しにやってきた。


「困りますな、公爵様ともあろうお方がこんなところで亡くなられると、我ら侍従が処理せねばなりませぬ。このセバスチャン、本名はストラドルフ・イーゴル・スラフヴィッチと申します。我らジューと祖国キエーブが忠誠を誓う神オーディンと、アレクセイ坊ちゃまの邪魔になるゆえ、永遠にお眠り下され」


 セバスチャンことストラドルフは、二人の亡骸にお辞儀をした後、侍従や侍女たちに彼らの死体を運ばせたのを、透明化したロキが一部始終を目撃する。


 ロキは口元を歪めながら笑い、新しい玩具、それもオーディンの手の者達の出現に心が躍る。


――どうやって、こいつらを利用して、オーディンをおびき出して殺してやろうかな?


 彼はオーディンとその配下のハイエルフの血を引く者達、ジューの商人集団とキエーブをどうやって陥れようかと、自分自身が心底楽しめるような展開にするための陰謀を企てようとしていた。


 一方エリザベスは夜、ヴィクトリー対岸のフランソワのカリーに到着後、ノルドの兵士達やモンスターの大集団が全滅させられ、ヴィクトリーの軍艦までも大破して炎上していた光景に絶句する。


「そんな、一体何が起きて……まさか!?」


 エリザベスは、この襲撃が自信が魔王と思い込んだ勇者マサヨシと、マリーであると一瞬思った時であった。


「ほう? お前は我が子孫にしてヴィクトリーとかいう国の元首、エリザベスだったかな?」


 エリザベスのいる夜の波止場の上空からの声に目を向けると、そこには自身の記憶と魂を取り戻したフレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌの姿をした、英雄ジークそのものが、巨大なツヴァイヘンダーを肩に担いで宙に浮いていた。


「喜べ、我が子孫よ。ようやく我らはこの世界を人間の手に取り戻し、神フレイアの名の下に繁栄する時か来たのだ」

次回は第二章ラスボス戦に移行します

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