第53話 帝都襲撃
ノルド帝国帝都、クリスタニアはヒト種の領域であるフランソワに攻め込み、神フレイの名の下の戦争で戦果を挙げ、活気に沸いていた。
エルダーエルフの高官も、二頭市民のドワーフやホビット、フェアリスと言った妖精種もヒト種との戦争戦果に心躍らせ、奴隷種族のケンタウロスが街中を駆けまわり、号外といった形で戦果の檄文がばら撒かれて、帝都で歓喜が沸き起こる。
だが、全裸で奴隷市に売りに出された獣人の娘や、ハーピー達が最初の異変に気が付く。
「空、空に巨大な黒いのが……何かが光って……」
彼女たちが呟いた瞬間、街の郊外で大爆発が巻き起こり、帝都で悲鳴が沸き起こる様相になった。
ノルド帝国は正体不明の異世界からの大軍団に急襲され、帝都クリスタニアはおろか、フィン領域のスヴェア、スーデン領域のガルフスタンが、魔法兵器の一斉攻撃を受けて、パニック状態になる。
「なぜだ!? 我々は薄汚いヒト共に勝っていたのではないのか?」
「いや、ノルドは負けん! 我らは精霊種より選ばれし精霊人だ!」
「こんな、こんな事って……」
このノルド帝国帝都クリスタニアの地理は、ナーロッパ北方のフィヨルド地形の最北奥に位置し、南側は海と接する場所にある。
帝都の三方は、丘もしくは山で囲まれている天然の要塞とも言ってもよい造りをしており、帝都中心からヨハン通り西の小高い丘に、木と白磁石と水晶で建てられた、皇居クリスタルパレスがそびえ立つ。
北方一美しく荘厳な皇居のシンボル、クリスタルの塔は謎の魔力砲撃により、半分が焼失した状態になっており、負傷者は出なかったものの、皇居や帝都のエルダーエルフ達や隷属状態にあった様々な種族達は、顔を真っ青にして恐怖に震えて逃げ惑っていた。
皇居の玉座に座る、透き通った白い巫女服を着たノルド帝国皇帝は、年老いたエルフの元老院長老たちからの報告や、水晶玉の通信に苛立ちを見せ始め、玉座の肘当てをバンと平手で叩く。
「臣下達よ、どうなっておるのか!? 我らが神フレイへ祈りが通じ、我らが聖なる守護精霊のお力沿いがあるにも関わらず、この戦況は一体どういうことか!? 誰か余に簡潔に説明せよ! そもそもなぜ神が、ヤミーなる神の軍勢が我らに攻め入るのだ! ヒト種の神は愚かなフレイアの筈」
美しいプラチナブロンドに、白磁のような美しい肌色、そして両耳は形が良く奇麗にとがり、両目の色が青みがかったグレーの瞳を持つこの皇帝は、齢200歳の美しい女帝であった。
このヨハン、正確には25代続くヨハン・クラウス・ファン・アルフヘイムと言う名を受け継ぐエルフは、千年に一度生まれるかどうかとうたわれる、両目の色が揃ったエルダーエルフである。
両目の色が揃ったエルダーエルフは、元老院所属のエルフの長老たちの推薦と承認で、皇帝として選ばれるため、世襲制ではない。
選ばれしエルフが、エルフの長老たちから英才教育と帝王学を教え込まれ、この国の皇帝に仕立てあげるのだ。
先代皇帝の死後即位したこのヨハンは、エルダーエルフ達の崇拝の対象であり、普段は精霊界とも交信可能な巫女として、戦争時には人間達から亜人と呼ばれる種族たちの長として、玉座に君臨し、統治する国の象徴としての存在である。
そういう風に育ったためか、自分以外の全てを見下し、自分がこの世界の主であるという思いが人一倍強かった。
しかし自分よりも年若そうな、この世界では伝説とされるハイエルフの王を擁する、ナーロッパ各国の王達と謎の軍団に宣戦布告と同時に攻撃を受け、彼女の自信に揺らぎが生じはじめていた。
「皇帝陛下、スーデン領域に真祖と思われるドワーフ達が攻め入り……グスタフ大公が劣勢です。風のニンフ様が戦闘中であるとの事。フィン領域には伝説のハイエルフとダークエルフの軍団が攻め入り、土のノーム様と共に交戦中。そして我らが帝都では元老院も破壊され、市内のあちこちに、見たこともないような黒いドワーフ達が破壊活動を……」
「もうよい! 二代前の時代、我が領域に突如攻めてきたジークなるヒト種の王の軍勢のように、ナーロッパ各国の薄汚いヒト共が結託するならば理解が及ぶが、わけがわからん! 貴様ら元老院の責任だぞ!」
ヨハンは長老達を叱責しながら、ある男の姿を思い浮かべた。
「あのヴィクトリーなる小国の雑種、エドワード・マックスウェル2世、本来の名はアレクセイであったか? あの男が、雑種のホランドと結託し、我が国との同盟の申し出からがおかしくなっておるのだ! あんな氏素性が定かでない者の言を信じた余が間違っておった。なぜフレイ様は奴に協力しろなどと……」
皇帝ヨハンは、エドワードともアレクセイとも呼ばれる男に会った事を思い出す。
3年ほど前、ホランドのハーフエルフの王がフランソワからの大虐殺を受け、帝国に泣きついてきた事がきっかけである。
「ふむ、薄汚い雑種とはいえ、エルフの血を引くそちらの話だけは聞いてやっても良い。それとフランソワなるヒト共の国とホランドとの戦争とやらの、事情は理解できた。しかしながら解せぬな……我が国がお前達のような雑種に与して何の益があるのか?」
「おそれながら皇帝陛下、私はヴィクトリー王国の騎士、エドワード・マックスウェル2世と申します。しかしこれは仮の名でございまして、本来の名はアレクセイ・イゴール・ルーシー……ルーシーランドにかつてあった王国の末裔でございます」
「ふむ、ルーシーランドと申したか? あそこはヒト種に蹂躙され、無残にも奴隷身分に貶められたという、伝説のハイエルフ族が住まう……東の果ての地であったな」
ルーシーランドとは、かつてこの世界に存在したロマーノ大帝国最盛期の属州であり、南東には大河を挟んで、チーノ大皇国と呼ばれるヒト種の大帝国が存在する。
現在は、西方のヒト種からも北方のノルド帝国圏からも捨て置かれた化外の地とも言われ、広大な荒れ地が広がっており、モンゴリーと呼ばれるヒト種の遊牧民が、たまに放牧と交易にくるくらいしか生産性のない土地となってしまっていた。
このロマーノ大帝国に奴隷身分に堕とされたルーシーランドのハイエルフ達は、その後英雄ジークが建国したジークフリード帝国において、祖国復活の為に英雄ジークに協力したが、利用されるだけ利用され、男は戦闘奴隷に、女は娼婦奴隷として、失意のうちにナーロッパ各地に散る事となった。
その後、スレイブと呼ばれたルーシーランド人は、ヒト種と混血を繰り返し、亜人の末裔であるとわかると差別の対象になるため、生まれた時に耳切りをする風習がある〝ジュ―″と呼ばれる商人集団と、モンゴリーの遊牧民と交易を行いながら、不毛の地ルーシーランドで暮らす諸侯たちの小国家、"キエーブ″に分かれている。
「はい陛下。そのフランソワの隣国に、ロレーヌという、ジークを信奉するヒト種めの帝国がございます」
ヨハンは、このエドワードとも、アレクセイとも名乗る男の瞳をじっと見つめる。
両目とも青い瞳に、光の加減で微妙に色が変わる美しい金髪、そして穏やかで心地よい声色と、細身だが魔力を秘めた185センチの長身を見るに、かつて存在し滅び去ったという、ハイエルフの血を継いでいるであろう者であると確信する。
「なるほど、そこの雑種よ……してそのロレーヌとかいう国がどうしたのだ?」
「は、皇帝陛下。世界を統べるに相応しいエルフの血を受け継ぐ我らにとって、由々しき事態でございます。英雄ジークの再来とも呼ばれる者が、このロレーヌの皇太子であることがわかったのです」
「なんだと!?」
エドワードと名乗る黒騎士は、フレドリッヒの姿が映った水晶玉の画像を、ヨハンの臣下であるエルフの長老の一人に見せる。
「間違いない……まだ年こそ若い子供だが、この赤い髪に緑の瞳、顔の形、まさしくヒト種にして、我らが仇敵ジークなるものに相違ございません、皇帝陛下」
ヨハン達エルダーエルフは、ジークフリードと呼ばれたヒト種の王の復活に騒めき立つ。
有史以来、無敵を誇ったノルド帝国ただ一つの敗北と、二代前の皇帝が討ち取られた屈辱の記憶。
ノルド帝国は敗戦後に数々のマジックアイテムと、精霊種の装備品をジークに掠奪され、ヒト種を恐れた先代のヨハンにより、今までヒト種の領域のナーロッパと交流を一切持たずに、距離を置いていた。
「私は、ヴィクトリー王国の男爵家に養子として潜り込み、我らエルフの為に、このナーロッパの実情を探ってまいりました。このままゆくとヒト種共は、このジークの生まれ変わり共々結託し、いずれはこのノルドに攻め入るやもしれませぬ」
ヨハンはアゴに指をあてて、このアレクセイの進言に思考を巡らせたあと、ため息を吐いた。
「なるほど、その情報と推測が正しいとして……ホランドの雑種の王よ、お前は何を考える?」
「はい、我らがホランドとしましては、ここは一つ、この者が考える策とやらに賛同することが、我らがエルフの益になるかと」
ホランドが50年にも長きにわたり、ナーロッパ1の人口を有する大国フランソワと戦えるのは、ジューの商人たちの資本提供によるものである。
これが長年続いたためか、ジューの商人たちの意向には逆らえないほど、ホランドはジューの資本力に侵食されていた。
「うむ、なるほど。貴様らは薄汚い雑種だが、我がノルドの益になるかどうか、我らが奥の院のかの方々に判断してもらうとしよう。ついて来い、アレクセイなる雑種よ」
ヨハンはアレクセイを連れて、玉座の間にある奥の扉に入ると異次元に繋がり、人間界と精霊界の狭間の世界で、数多の精霊たちがじゃれ合うように飛び交っていた。
「我らが偉大なる守護精霊様方よ、下劣なヒト種の侵略者が再び現れました。ジークと言う汚らわしい男の再来です。どうか、我らがエルフ、そして臣下のドワーフやホビット、フェアリス達や、下等な下々にもお力添えを」
すると、飛び回ってた数多の精霊たちが、ヨハンやアレクセイに向き直る。
「俺が知るか、貴様らで何とかしろクズめ」
「僕たちそんなのど~でもいいし~」
「だから何なの? アホのエルフ」
「知らなーい、意味わかんなーい」
「私達は遊んで楽しんでるの、どっか行ってよ」
精霊たちは口々に、自分達とは関係ないから、さっさと失せろ。
そう言っていた。
精霊界に所属する精霊たちは、自分達の精霊領域で気ままに過ごせればそれでよく、人間界の諍いに手を出せば、神界と精霊界の協定違反となり、精霊界の大精霊や元老達に処断されてしまうからだった。
「それが我らが神フレイの敬愛する、主神にして最上級神、オーディンの頼み……であってもでしょうか?」
アレクセイから出た一言に、自由気ままに飛び交っていた精霊たちの動きがピタリと止まり、フレイを信仰するヨハンが、今まで聞いたこともない名前の神の名を口にした事で、瞬きしながらアレクセイを見つめる。
「皇帝陛下、私はオーディン神より遣わされた使者でもあるのです。どうか、フレイ様にお目通りを……」
「今の話はまことであるか? 我が愚妹フレイアのヒトの血が入った我が子らの末裔よ」
精霊たちが飛び回っていた異次元空間に、突如光り輝く神が具現化する。
腰帯に長剣を差し、緑の衣服を身に纏い、エメラルドグリーンの長髪を鷹の髪留めで束ね、瞳が虹色に輝き、エルフの美貌を凌ぐほどの顔立ちをした、絶世の美男子かつ精霊界の元老フレイだった。
巫女であるヨハンは、彼の声だけしか今まで聞いたことがなかったが、その姿を見た瞬間に反射的に跪いて、アレクセイもそれに倣う。
異空間を飛び回ってた精霊達は、自分達の神であるフレイの前に実体化して、サラマンダー、ノーム、ニンフ、カラドリウスといった主要精霊たちが、フレイの足元に跪く。
「そこのヨハンなる我が子よ、席を外せ。この者と少し話をしたい」
「ははー! 我らが神よ!」
それから一時間後、奥の院からアレクセイが出てきて、ヨハンに告げた。
「陛下、そう遠くない将来、ヒト種の軍団がこの地に攻め入るでしょう。我らが神フレイ様は、大変憂慮なさっておりました。その際は、どうかこのアレクセイの進言を覚えておいてくさいませ。しかるべき時に、またそちらへお話に伺います」
そしてアレクセイの言う通り、ヒト種が結託し、同盟を組み始めたのが3カ月ほど前。
ノルド帝国と、ノースウェスト海を挟んで約千キロス先にあるヒト種の国、ヴィクトリー王国で政変が起きたことがきっかけであるという。
「ヒト種の国家たちは、私が潜り込んだヴィクトリーの政変で結託しつつあります。陛下、由々しき事態です」
「ヴィクトリーなる小国などどうでもいいが、それがノルド帝国にとって脅威なのか?」
「はい、ヴィクトリーは地理的に海に囲まれた天然の要塞のような国ですが、この国が英雄ジークの再来にとられた場合……ヒト種がホランドを獲るよりも容易にノルドに攻め込めます。なぜならば、ヴィクトリーとノルドは海を隔ててはおりますが、距離的にそう遠くはありませんので」
ヨハンは長老に古地図を用意させ、ヴィクトリーとノルド帝国の位置を確認し、ヴィクトリーがロレーヌにとられた場合を想定する。
「陛下……ジークなるものとの戦争時、このヴィクトリーと言う国を拠点にし、攻め込まれました。ここを取られることは、我らが帝国へヒト共が攻め入ることが容易になるかと」
「うむ、相わかった。アレクセイよ、我らノルドはそのヴィクトリーに力を貸すのもやぶさかではない。ヴィクトリーの元首も女帝だったか? その女帝が戦端を開くとき、我が国もヒト共の国家に攻め入ってやろう。そして二代前の先帝の仇を取ってやる」
そして一週間前、突如巫女であるヨハンに、フレイの意識が乗り移る。
「我が子よ……私は貶められ、邪神なるものに認定された。そしてこの世界に、邪悪なロキも復活し、さらには今はヒトになったが伝説の魔王の存在も確認されたと言う……。陰謀を企てたのは愚妹フレイアで、この世界のどこかにいるはず。滅ぼすのだ、ヨハンよ。愚妹フレイアと、あれが作り出した薄汚いヒト種を、お前達我が子の力で滅ぼすのだ!」
人類抹殺命令がフレイより下され、昨夜戦端を開き、フランソワの都市二つを落とし有利かに思われた戦場に、異変が起きたのが今の状況である。
「皇帝陛下……サラマンダー様が……ヒト種に討伐されたと、エルフフェアリー隊より報告が……」
「な!? あの、精霊界最強の一角のサラマンダー様が薄汚いヒト共に討伐……だと!?」
サラマンダー討伐の報に、玉座から音を立てて動揺したヨハンが立ち上がる。
「それと……フィン領域が……偉大なる土精霊のノーム様が正体不明のエルフの軍団に討伐され……我らがエルフ発祥の聖地、スヴェニアも……ヌークの森の砦群も……すべて敵の手に落ちました」
元老院長老の報告を聞いたヨハンは、玉座から立ち上がるも、一歩踏み出すと腰砕けて両手を床につけて、涙が流れ出した。
「そんな……そんな馬鹿な事があってなるものか! 我らがエルフ発祥の聖地が……土のノーム様が……かつてジークの軍勢に攻め入られても死守した聖地が……」
その時、どこからともなく射られた弓矢が玉座の間の壁を貫通して床に突き刺さる。
手紙が括りつけられた矢文で、古語ルーン文字でこう書かれていた。
「スヴェニアは我らエルフ太陽騎士団が占領し、次は貴様の番だ。二代目極悪組若頭エルフ連合総長ブロンドより」
文を読んだ元老院宰相の長老が、眩暈を覚えてその場で気を失う。
「宰相閣下! 衛兵! 衛兵! 宰相閣下を!」
有史以来、ニュートピア世界最強とも呼ばれたノルド帝国は、開戦から数時間で敗戦濃厚の有様となり、皇帝ヨハンは決断する。
「余が……出る! 者ども出陣じゃ! 聖地スヴェニアを取り戻すのだ! 我が弓を持て! 攻め入ってきたヒト種の首魁共を、この手で……」
その時、皇居の外から耳をつんざくような圧縮機音を放射され、キーンという音とともに、何かが大音響を立てて建物内に衝突し、皇居にまるで地震が起きたかのようにぐらりと揺れ、玉座の間に金属でできたガンシップの機首が顔をのぞかせる。
「けっほ、けっほ! なんじゃこのボロ飛行機は!」
「てめえが着陸中に、余計なボタンをポチッとなとか言いながら押すからだろうが、駄女神が!」
機首から出てきたのは、黒い着物を着た少女に、黒い長髪に黒い瞳の着物姿の美青年と、犬。
「き、貴様は我が国に映像を流したヒト種の!?」
そして、機内からは赤いドレスを着た金髪の美少女と、大柄で背広を着た青髪の美男子、そして黒い肌に赤いシャツを着た美男子が姿を現す。
「俺はお前達に攻め込まれ、人々を虐殺されたフランソワ国家元首にして大統領、デリンジャーだ。降伏しろ! 命まではとらねえ!」
「ヨハンってのーどいつやん! ロマーノ連合王国元首、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロがたっぴらかすからよー出てぃこい!」
すると黒髪の男、勇者マサヨシはヨハンの方を向き、にやりといやらしい笑みを浮かべる。
「ほう? ヨハンって名前だからどんな男かと思ったら、激マブの女じゃねえか? へっへっへ、スケスケな白い巫女っぽい服着やがって、淡路か熱海のスーパーコンパニオンかよ馬鹿野郎。まあいいや、てめえらよお、よくもやってくれたなあ……」
黒髪のヒト種の男が前に立つと、ヨハンは汚らわしいヒト種であると睨みつけるが、逆に黒髪の男が気迫を込めた眼差しで睨みつけると、あまりにも恐ろしい眼光に思わず目を伏せた。
「女子供を酷い目に遭わせやがって……年寄りもぶち殺しやがっただろ? てめえら……人間を何だと思ってやがんだ!! 落とし前つけろ! 俺はよお、幾多の世界でもこんな非道を見せつけられた! 人間が人間に……非道をしていいなんて道理はこの世にはねえ!!」
「ヒト種如きが……世界を統べるエルフに! 貴様らは劣った下等種族だ! 速やかに死ぬべき汚物だ! 我らがエルフと同列にものを語るな汚らわしい! フレイ様は言っていた……貴様らヒト種を滅ぼせと!」
マサヨシとヨハンが掛け合いをしている中、マリーは思った。
このエルフは、人間を同列に見ておらず、文化や文明が違いすぎると。
この世にはまともな話し合いができないような、異質な存在がいるという事を学習した。
「なあ、人間に上等も下等もねえ……俺たちは汚物じゃねえ。同じ人間としてあんた達に話を……」
「黙れ下等生物が! 話しかけるな! 声を聞いただけで汚れる!」
デリンジャーの説得にも耳を貸さず、こちらを同じ人間とも思っていないような、こういった存在を相手にした場合、どうすればいいのか?
師と仰ぐ、ヤクザでもあり勇者でもある男の、一挙手一投足を学ぼうと、じっとやり取りを見つめていた。
「馬鹿アマが! テメーじゃ話になんねえからフレイ呼んで来い!」
「ヒト風情が、我らの神をなんだと心得……」
勇者マサヨシは、ヨハンの回答を無視して、矢文を見て気絶している帝国宰相に歩み寄ると、思いっきり蹴飛ばし始め、アシバーのジローことヴィトーもこれに加わる。
「なんだよ、俺と同じ赤い血が流れてねえと思ったら、ちゃんと赤いのが流れるじゃねえか! なあ!? オラァ!」
「くぬ外道が! たっ殺すど!」
「ぎゃああああああああああ」
ヤクザ達の過激な暴力に、この場にいるエルダーエルフ達は止めることもできず、勇者が作り出した状況に震え上がる。
「こっちにはよお、冥界の上級神ヤミーがいるんだ! フレイと同格のな! サラマンダーの身柄も抑えてる!」
「そんな……貴様が……ヒト風情が精霊界の、大精霊サラマンダー様を倒したなんて」
すると、勇者マサヨシは阿修羅化して、ヨハンの方をジロリと睨みつける。
かつて神界では正義の権化の闘神、魔界では盗賊王として君臨していた大魔王の姿に、ヨハン達エルダーエルフらは、恐慌状態となりその場にへたり込む。
「呼べよ、なあ? フレイ呼んで来いって言ってんだ……呼べよ! この場にいる全員皆殺しにすんぞ!? おう!?」
勇者がアゴで指図すると、アシバーのジローが、無言で魔力銃ウッズマンをエルダーエルフ達に向け始める。
ーー結局先生、暴力と脅迫でゴリ押しか……。けど、どんなにこっちが正しい事を言っても、物事の道理を述べても、通じない相手にはしょうがないのかも。
マリーは思い、勇者マサヨシの気迫に呑まれたヨハンは、自身が信奉する神フレイへ祈りを捧げた。
「マリーは風のシルフのブロンド、デリンジャーは炎のイフリート、そして金城は土のタイタンを呼び出せ。他の世界にいる連中は、アップデート待ちとかいってるが、この世界に来てる奴らならば呼べるはずだ!」
マリー達は、勇者マサヨシが指定した人物たちを召喚する。
「ヤミー、兄貴、親分をこの場へお越しいただくよう願いてえ。今回の件を詰めていただきてえ」
マリーは、指輪の力で極悪組幹部達を召喚後、玉座の向こうに、人智を超えた何者かの、ただならぬ気配をウンディーネを通じて感じ始めた。
「先生、あそこの玉座の後ろの扉から、何か得体の知れない何かがいるような……」
「や、やめろ! ヒト種如きがその扉に触れる事は許さぬ!」
「じゃあ、僕らならいいですね?」
ヨハンの前に、極悪組若頭ブロンドと、舎弟頭ガイ、そして企業舎弟会長のメリアが立つ。
「私はホビット王族のメリアと申します。精霊神フレイにお目通り願います。私達は……彼に作られた存在。あなた方と同じです」
「あなた達は……神に弄ばれてる。僕らは……精霊に弄ばれ、神々も精霊界も助けてもくれず、魔界に侵略され他種族間で殺し合ってた。勇者である初代と、ヤミー様が助けてくださらなければ、今も憎しみ合っていました」
「お前たちかわいそうだ。お互い憎しみ合うよう、殺し合いの喧嘩するよう仕向けられてる。かつての俺達のようだ」
皇帝ヨハンに、かつて仁義なき世界とも呼ばれた面々が、自分達の世界のかつての悲惨さを口々に述べるも、ヨハンは彼らを拒絶する。
「黙れ! 余の前で神を否定するな! 貴様らの話なんか知るものか!」
その時、玉座の奥の扉から、光に包まれた何者かが姿を現す。
「おお……我が子らよ……愛おしい我が子ら。お前たちの事を……私は気にかけてたのだ」
精霊神にして、今は神界より、邪神に指定されているフレイその人であった。
次回は主人公視点でボスラッシュになります