第52話 精霊サラマンダー 後編
「ひー、さよおおおお、雪はちゅらんやしが……しに寒い!」
「そんなゴルファーみたいな、半袖ポロシャツ着てるからだろ! 俺のコート貸してやる!」
ヴィトーが寒がって、デリンジャーからコートを貰ってるが、確かにあの格好で、転生前は沖縄育ち、転生後は比較的温暖なロマーノ生まれの彼にとって、摂氏マイナスの状況はキツイんじゃないかなあと思う。
季節的に秋になったばっかりだし、いくら北方のノルドでも、この時期こんな雪なんてさすがに降らないだろうし。
そして、やはりこの低温状態でトカゲ達の動きが、明らかに弱ってきた。
私は先生の教えを思い出す。
「マリーよう、喧嘩や交渉事ってのはな、どうしても場の空気とか、環境とか、相手の出方によって、こっちが不利になる事がある」
そう、ソフトボールだとか合気道の試合でも、こっちがどんなに頑張っても、どうしょうもない場合があるものね。
「だがなあ、俺みてえに勇者稼業やってる場合よお、絶対負けなんて許されねえんだ。俺の負けイコール舎弟共や子分や女達の負け、そして世界が敗北してクソボケなワルの勝ちよ。だからよ、こう考えるのさ……場の空気や環境がてめえに不利に働くなら、環境ごと変えちまう!」
「環境ごと変える……ですか?」
「おう、そうだ。てめえが下手打った場合もそうだが、負け筋ってのが出来て流れに乗っちまったら、どんなに頑張っても負ける時は負ける。だからよお、場の空気ごと変えるのさ。相手の勝ち筋に合わせてやる必要なんてまったくねえのよ、そのためにはここを使う」
先生は人差し指で頭をつんつんした後、悪い顔になった。
なんか、私の転生後の父、ジョージを思い出す。
「例えば、将棋とかやるだろ? 麻雀やらチェスとか囲碁とかオセロでもいいや、因縁つけてワザと盤上をひっくり返して俺のルールに変えちまうのよ。もっというと、喧嘩の場所が不利になるなら、火をつけてやったりとか、相手の隙をついてビビるような事してやんのさ。相手のルールに合わせてやる必要なんてねえんだ……俺がルールでいいのよ! まあ一番いいのは、そういうハメにならねえように、絵図描いて相手をカタに嵌めんだがな」
凄い俺様理論だけど、理にかなってるかもしれない。
こちらが不利になる状況ならば、状況ごとひっくり返す。
だから、私は場の空気を変えた。
空気どころか天候そのものだけど。
「これならば、勝てる! 金剛石霰」
私は杖の魔力を集中して、トカゲたちの群れに範囲魔法、金剛石霰を繰り出すと、トカゲたちが次々と空から落ちていき、女神ヤミーが掃除機で吸い取る。
すると、トカゲたちはお互い身を寄せ合って、合体していき、全長20メートルほどの巨大なドラゴン、サラマンダーになった。
「うそ、合体してでっかくなっちゃった!?」
どうやら場の空気を変えたがってるのは、このトカゲ達も同じようで、サラマンダーと化したトカゲの集合体は、ゴジラのような咆哮と共に、口元が真っ赤に灼熱する。
あれは……熱線。
魔王軍の戦艦にダメージを与えるほどの、極高温の熱線。
……やばい!
「絶対防御!」
私は何とか、光り輝く熱線を、スキル絶対防御でガードしようとしたけど……発動しない!?
そうか、今日の朝デリンジャーとフレドリッヒの一騎打ちで、このスキル使っちゃったから、今の私には絶対防御のスキルが使えないんだ!
「どうしよう、このままじゃ……」
その時水晶玉から通信が入る。
「マリーちゃんか? オイラだ! 天界魔法でバリア張ったけど、下からも攻撃魔法がガンガン飛んでくる。おそらく、ノルドって国の皇帝とその配下の奴らだ! こっちのバリアを厚くしてるから、そっちに魔力が割けねえ、だから今からオイラの言う通り魔力を練るんだ!」
用心棒さんは、天界魔法の電磁防壁のコツを私に教えてくれるようだ。
「いいかい、フレミングの左手の法則ってのがある! 親指が導体で電流が流れている方向、人差し指が磁界の方向、中指が電流の方向、そして薬指と小指は握ったまま。じゃんけんのグーチョキパー全部出すような形だ! これを頭の中にイメージして、風の魔力と天空の魔力を使って、電気のバリアを張り巡らせるんだ! これをローレンツ力って言うらしいがやってみな」
あー、なんとなくわかった、小学生の時悪ふざけでやったことある。
子供の頃、親指と人差し指と中指を立てて、〝グーチョキパーどれにでも勝てる無敵の形のレインボー″とか、男子がふざけてやってた。
そして用心棒さんの言う通り、フレミングの法則とやらを思い浮かべ、電磁力を杖に込めて……私が乗っている戦艦バエルを、光のカーテンで覆うイメージで……。
「極火炎放射」
「電磁防壁!」
私が魔法を唱えたと同時に、7色の輝きのバリアーが、サラマンダーと化したトカゲの熱線を防いだが……この魔法、魔力消費量がハンパじゃない。
あまり多用はできないけど、用心棒さんどんだけ魔力量あるんだろう。
「いくぜ! オートアサルトの一斉掃射だ! 俺の魔力を込めたドラムマガジン32発分、氷のマシン・グレネードを喰らいやがれ!」
デリンジャーはのっぺりした外見とは裏腹な、丸い魔力充填用の弾倉を装備した、魔法のフルオート散弾銃でサラマンダーを攻撃する。
「トカゲを吸い込むのめんどくさいわい! 我は召使いでも家政婦でもなんでもないんじゃぞ!」
冷えて体力が奪われたトカゲたちがポロポロと落ち始め、女神ヤミーは掃除機のヘッドを向けて、次々とトカゲを吸い込んでいく。
サラマンダーは咆哮しながら、すうっと息を吸い込んで体内の黒とオレンジのまだら模様の、黒い部分が頭部に集まってきて、私目掛けて毒液を噴射した。
「きゃああああああああああ!」
叫ぶ私を、咄嗟に私を庇うようにデリンジャーが覆いかぶさり、私達を庇うように毒液をヴィトーが前に立つ。
「剛柔流秘伝! 廻し受けさぁ!」
両手を回すような回し受けで、鮮やかに毒液を弾き飛ばした。
「大丈夫? マリーちゃん。アンリ君に借りたこのコート、毒耐性がついてるようで、助かったんさぁ。で、くぬ馬鹿に隙が出来た!」
ヴィトーは風の魔法で空を飛び、サラマンダーの背に乗り、一気に駆け上がって氷の魔力を帯びたパンチを連続でサラマンダーの頭部を打撃し始める。
「我なめんなやああああああ! アンダチャアアア! 我が目ぬ前ん、女の子を……傷物んかい、すんわけねえだろおおおおお! 琉球空手ぃなめんな、ぽってかすーがああああ」
すごい……直接冷気を帯びた拳を撃ち込んで、サラマンダーの温度を下げる気だ。
先生との戦いの時もそうだったけど、いざ戦闘になるとこの人は、マイペースで人当りが良かった感じが一変して、物凄く荒々しくなる。
「おお、ただの変態かと思ったがやるのう! 確かマサヨシの弟分だったらしいが、凄い技のキレじゃな」
本当の魂を取り戻したこの人は、やはり強い。
ならば私も!
「時間操作」
この場にいる全員に、天界魔法の時間操作をかけた。
周りの時空がゆっくりになり、熱線をチャージするサラマンダーに、各人が攻撃していく。
「すげえ! 周りの景色ゆっくりに見えるさぁ」
ああそうか、この人昭和50年代入る前に死んだらしいから、スローモーションとか言っても、ビデオとかⅮVDとかアマプラとか見たことないんだっけ?
「ヴィトー! 頭を押さえてろ! 俺のとっておきで吹っ飛ばしてやるぜ!」
デリンジャーは、三脚建ての巨大なライフルを具現化して、大砲のような徹甲弾を何発もサラマンダーの胴体に撃ち込んでいき、徐々にサラマンダーの大きさが縮んでいき、さっきの3分の一くらいの大きさになる。
「おぉぉぉぉぉぉーーーい! わーーーれーーーーはーーーー? まーーーほーーーーうーーーをーーかーーーけーーんーーーのーーーかーーーーーー? ちーーーちーーーおーーーんーーーなーーーーーー」
残念ながら、女神ヤミーに天界魔法をかける余力には私にはないし、声が遅れててアホっぽくなんか言ってるが、誰が乳女よ! そこでそのまま掃除機かけててちょうだい!
水色に輝く杖が光り輝き、私が隠し持っていた新しい銃、ルガーに反応する。
よくわからないけど、この杖は銃と合成できるようだ。
私は左手に持った杖の柄に、右手のルガーを合わせると、カチャンと言う金属音と共に一体化して、私はライフルを構えるようにサラマンダーに向けた。
「あとは、私の残りの魔力で……サラマンダーの炎を吹き飛ばす!」
私は、ルガーと一体化した杖に風と水の魔力を込めて行く。
イメージするのは、霰や雹を沢山作り、風圧で一気に吹き飛ばすイメージ。
確かゴルフボール以上の大きさの雹害って結構やばくて、東京でも駅の屋根が壊されたことがあったのを覚えてるし、大昔は雹害で家屋が倒壊したり死者が出たこともあったようだ。
ウンディーネの魔力が宿った今の私なら、邪鬼との戦いで先生が教えてくれた高圧放水砲以上の威力の魔法を、このサラマンダーに繰り出せる筈!
「ヴィトー王子、早くその場を!」
彼を巻き込むわけにはいかない。
すると、ヴィトーは私にはにかんだ後、白い歯を見せる笑みを浮かべた。
「ジローでいいさぁ。アンリ君はデリンジャーてぃ転生前の通り名ぁ名乗ってたように、我もかわいい女子から、ジローって呼ばれると力が湧ちゅんさ」
右目をウインクして、ヴィトー……いや、ジローはサラマンダーから飛びのいた。
「へっ、野郎気取りやがって! あとで貸したそのコート、洗って返せよ伊達男」
デリンジャーが口元を吊り上げて笑いながら言うと、ジローは白い歯をみせるようにニコッと笑って返す。
「いっけえええええええ! 雹嵐災害」
杖の引き金を引くのと同時に、無数の夏みかんと同じサイズの氷の玉が、空気圧で圧縮されてサラマンダーの体にぶち当たると、サラマンダーは悲鳴を上げながら首を仰け反らせ、口元が真っ赤に輝く。
「負けるかあああああああああああ!」
私は何度も杖の魔法を発動させ、魔力が空になるまで何度もサラマンダーに連射する。
デリンジャーも、ジローも戦いで私に寄り添ってくれる。
なら私だって、このカッコいい男達に応えなきゃ……。
自分をしっかり持ってるこの人達に、私だって出来る女だって見せないと、こんなカッコいい男達に申し訳が立たない!
「私だってカッコよくなるんだ! 先生や、この人達のように! もう……私は逃げない! どんな事からも! 困難な事でも! それが私が……楽にこの先を、生きる力になるんだあああああああ」
私の杖の攻撃で、サラマンダーから炎が失われ、大量のトカゲが空から落ちてくる。
「ふむ、人の子の女にしてはなかなかやるのう? 我だって神である以上、お主達には負けてられんのう」
女神ヤミーが魔力を高めて、ただ一つ変わらぬ吸引力の風の魔力で、トカゲたちは吸い込まれた。
「勝った……伝説クラスの炎精霊に……」
けど、先生は!?
すると、用心棒さんから通信が入る。
「ヤミーのお姉ちゃん、それとマリーちゃん達、甲板にガンシップを用意した! ヨハンとかいう弱虫野郎の皇帝がいる、首都クリスタニアに向かってくれ! オイラは客人と共に、ホランドとかいう国へ仲裁に向かう!」
「あいわかった、ニコよ! マサヨシと爺やの戦いはまだ終わらぬが、我に任せるがよいぞ」
私たちは、甲板にせり上がってきた小型戦闘機に乗り込み、ノルド帝国首都クリスタニアへ向けて出発しようとしていた。
幸いにもこの戦闘機の中には、魔力回復や体力回復の、旧魔王軍やホビットと呼ばれる人たちが作り出した、点滴薬や飲み薬、湿布薬などが置かれており、私達はこれで先ほどの激戦の体力を回復する。
機内では無線通話が流れており、スーデン領域には風精霊のニンフ、フィン領域には土精霊のノームが出現し、相手のエルフやドワーフに、戦闘奴隷のオーガやケンタウロスの抵抗も激しく、先生の組織は苦戦中だという。
「ガッテム! シミーズとロバートの組織が全力で潰しに行ってるのに、この国の支配者連中、特に精霊種がやべえ! 嫌な予感がするぜ!」
「そうねー、兄貴が俺ぁを呼んだ理由がわかったさ。くぬ馬鹿共……想像以上に強者揃いさ」
そう、このノルド帝国は千年前の伝説によると、ナーロッパをほぼ統一した、英雄ジークとも戦争した事があるほどの強大な国。
伝説では英雄ジーク側が勝利したらしいが、再びナーロッパに攻めて来たと言うことは、仮に英雄ジークが出現しても、勝てるほどの戦力を整えていたという事。
そして、最終目標のヴィクトリー王国には、エリザベスとロキの軍団も控えてる状況……。
だけど、私は……こんな戦争なんかに翻弄されて、運命に翻弄されてたまるもんか!
「行こうみんな。こんな……人々がいがみ合うような戦争を終わらせよう」
「おう!」
その時、私達にある疑問が浮かぶ。
「なあ? これ……どうやって操縦するんだ?」
……デリンジャーの言う通り、私達こんな飛行機なんて飛ばせない。
「ふうむ、マサヨシ呼んできた方が早いのう。そろそろ終わってる頃じゃろう。おーい、マサヨシ、トカゲとの戦闘は終わったかあ?」
あ、女神ヤミーが空間に穴を開けたような先に、声をかけ始めた。
「チッ、こいつなかなか手強くてよお、あともうちょっとでイケそうなんだが、あと10分、5分ほど待ってくれ!」
「あ……ん……この……人間め! 魔王め! 最上級精霊のこの俺が……屈してなるもの……ん……いやーん」
へ!? 何これ!?
「ヘッヘッヘ、バカヤロー。何が最上級精霊だおめー? 負けたら何でもするって言ったじゃねえかよ、可愛がってやるぜ」
なんか最初現れた威厳あるサラマンダーの声じゃなくて、艶っぽい女性のような声がして……ワンコが凄い勢いで吠えてるけど……。
あ、女神ヤミーの顔が真っ赤になってプルプル震え出した。
「この馬鹿マサヨシめ! ふざけた真似をしおってからにいいいいいい!」
女神ヤミーが飛行機のハッチを開けて、暗黒空間を具現化すると、真っ赤に燃えるような髪の毛の裸の女性に、着物はだけた先生がのしかかっており、ワンコが柴犬の姿に戻って吠え立ててた。
「あ……」
「何が“あ”じゃ、痴れ者め! お主なんかこうじゃ!」
そして女神ヤミーは先生にダッシュで駆け寄って、思いっきり蹴飛ばして転がしたあと、股間をしきりに踏みつけていた。
「ぎゃああああああ、俺のお楽しみがあああ」
「あ、兄貴ぃ? ナニしてんだばー?」
「お、お前、クレイジーすぎるだろ、誰だこの女?」
何がなんだかわからないけど、マジで誰だろう、この女性は……。
「サラマンダーの本体だ! 俺に負けて正体晒して、なんでもするから許してって言うからよ、じゃあ、おめえ俺の女になれって口説いてたんだよ!」
「何が俺の女になれじゃ! この全身生殖器のど変態めが!」
「あ……そう……」
この人、隙さえあれば女の人口説こうとしてるけど、先生を管理してるこの女神も、色々となんか大変そうだなあ。
「まあいいや、とりあえずそこのサラマンダーに服とか着させとけ。で、俺がR18的なお楽しみしながら、色々情報を引き出そうと思ったが、しょうがねえ。おめえ負けたんだから、知ってる情報探らせてもらうぜ?」
先生がこの精霊の心を読み、私達は、ノルド帝国とこの世界の内情を知る。
「なんてこと……そんな事って」
「ジーザス……許さねえ、人間を何だと思ってやがんだ!」
「外道が、わじわじーする! 汚いやん!」
この世界は……私達が思ってる以上に歪で、神々に弄ばれた悲しい世界だった。
「どうやら……この俺様がマジでぶっ潰さねえと駄目なワル共がいるようだな、おう神様よお?」
「これは、もはや我の一存では決められぬ……。神界も精霊界も揺るがすような、最悪の事態じゃ。兄様に、創造神様に報告せんと……人々を……世界を……許せぬ!」
やはりこの世界には、先生が危惧した巨悪の陰謀が潜んでいる。
人々の魂を操り、戦争に駆り立てる悪しき神と悪しき者の存在。
このノルド帝国も、フレイも、フレイアも、そしてもしかしたらロキも、この存在の掌の上で弄ばれているのかもしれない。
次回主人公視点から、主人公勢に蹂躙されてる敵側の視点に移ります




