第50話 宣戦布告 後編
機器のチェックをしていた魔族の人が、先生にマイクを手渡した。
魔力技術の応用で、ノルド帝国全域に音声と映像が流れる仕組みになってるようだ。
「あーテステス、本日は晴天なり、本日は晴天なり、本日は晴天なり……聞こえるかぁ! ナーロッパ戦時国際法違反のノルド帝国のクソボケ共!! てめえら、よくもフランソワの無抵抗な人たちぶち殺しやがったなあ! 今から勇者たる俺達が喧嘩しに行ってやんよ! デリンジャー頼む!」
マイクが、デリンジャーに手渡される。
「フランソワ王国改め、フランソワ共和国国家元首、大統領のデリンジャーだ。お前達は、フランソワのランヌ市民の半数を宣戦布告無しに虐殺した! こちらは自衛のため、これよりノルド帝国に宣戦を布告する! 大儀は我らにあり」
すると、砂嵐のノイズのようなものが、受信側の音声に入る。
本来であれば、応答相手の映像が見れるようだが、どうやら妨害用の魔法が向こうからかけられているようだ。
「余は、ノルド帝国元首たるヨハン・クラウス・ファン・アルフヘイムである。下等種族共よ、貴様らが我ら選ばれし種族を統べる我が国に宣戦を布告するなど笑止千万、滅びるがいい。貴様らヒト種が結託し、かつて下等なジークなるヒト種の王のように、我らに攻め込もうなど汚らわし……」
先生は一瞬ニヤリと笑いながら、表情を一気に変えて、すうっと息を吸い込んだ。
「何だこの野郎? ふざけんなこのボケェ! おうコラ? てめえらの言い分なんてどうでもいいんだよ、俺らがてめえら全員ぶっ潰してやるんだから! 何が選ばれし種族だコラ? ヤクザなめんじゃねえ! おうブロンド、俺のかわいい子分にして二代目若頭、何か言ってやれや」
なんか、相手側のエルフの皇帝が通信に出たけど、先生が相手側が言い終わる前に、一方的にまくしたて、エルフのブロンドさんに通信を替わる。
「事前情報では、あなたもエルフのようですね? はじめまして、ヨハン・クラウス・ファン・アルフヘイム殿。私は、偉大なるトワの大森林のエルフ王国の王、グルゴン・トワ・エルフヘイムにして、エルフ太陽騎士団長、そして極悪組二代目若頭、ブロンドと申します」
ノルド帝国側の通信先から間があり、お年寄りの声で騒めきだっているようだった。
「その姿、ハイエルフ……それも両の瞳の色と、身に着ける衣服を見るに、ハイエルフの真祖たる純粋な王族であると思われるが、なぜだ? なぜそなたは、グルゴン殿は薄汚いヒト種に与するのだ? 我らエルフと違い、耳が短き粗野で野蛮な短命種のヒト種なぞ……」
「おい貴様? 僕と我らが極悪組を侮辱するのか? 我ら極悪組の初代も、僕が忠誠と信義を誓う二代目もヒト種だ。それを薄汚いだと貴様……よくもそんな事が言えたな外道! 薄汚いのは貴様だ。人間としての美しさのかけらも無き、人間を虫けらのように扱う外道! 僕の信に値しないゲスめ!」
このエルフの人怖い……。
穏やかで紳士的だった口調が一転して、相手の皇帝に反論も許さず、矢継ぎ早に相手を罵倒してる。
まるで先生のようだ。
「そ、そんなこと余は……あなたがた同胞にして、祖でもあるハイエルフに侮辱もしてな……」
「言ってるじゃないか貴様! いい加減にしろよ外道! 貴様らはエルフに非ず! エルフとは、森と人と世界の調和を以って知恵と知識を、世界に役立てる事が生れてきた使命だ。貴様らは……自分たちの種族以外を全て見下す、世界の調和を乱すゲスだ。貴様らは僕らが処断する」
エルフの王にしてブロンドさんは、今度はイフリートにしてドワーフのガイさんにマイクを渡した。
「この国にドワーフもいるようだが、極悪組舎弟頭ガイ・グラッド・ドヴェルク、俺もドワーフだ。そして……お前らは男として、人間として……力がそこそこ強いが心が弱い。弱いから自分よりも弱い人間イジメて上に立ってると思ってるヨゴレだ!」
「なぜだ、真祖のドワーフよ! お前達は知識と力を兼ね備えた優秀民族の筈なのに、エルフである余に汚らわしいなどよくも言えて……」
「ヨゴレで弱い! お前の弱い思いは俺に全然伝わらない! 実直さも無く弱い者いじめのヨゴレ! ヨゴレが俺達極悪組に勝てる道理なんてない! お前ら悪をぶっ飛ばすのが俺の生き様! お前の国のドワーフ全員、ヨゴレ洗い流して俺の子分にする!」
ドワーフのこの人も、髪型がモヒカンで髭を生やしてて、ずんぐりとした体形でなんか見た目が怖いけど、通信に出てるノルド帝国の皇帝とは、人間性が違いすぎる。
そして、ガイと言うドワーフの人が用心棒さんにマイクを渡した。
「そういうわけだ、弱虫ヨハン。ドワーフの兄であり、エルフの親である極悪組二代目、ニコ・マサト・ササキってもんだがよお、おめえさ……無抵抗な人たちを大勢殺したろ? 劣等種だとか耳が短いとか差別してさ。そんな弱虫野郎に、オイラ達が負ける道理なんてねえんだ、クズ野郎!!」
「下等種族があああああ、身の程をわきまえ……」
「おめえの精神性が下等だ、弱虫の外道。この世にはなあ、人が人に非道をやっていいなんて道理なんて存在しねえんだ。だからよ、二代目極悪組が喧嘩してやるから待ってろよ! おめえの背後にいるフレイって奴も、みんなケジメ取ってもらう! オイラ達に負けはねえ!」
「クッ……貴様ぁ我らが神に対して……」
なんていうか気迫とか気概が違う。
大帝国の皇帝が気の毒になるくらい、人間としての想いがはるか上を行ってる。
この人達は、私の兄弟子と呼べる人かもしれない。
先生の教えを忠実に守って、人としての想いも、すべて受け継いでるように見えた。
「そういうわけだファック野郎。失礼、どうしょうもないマザーファッカーにも、名乗りは必要だったな。勇者ロバートと、名誉あるカルーゾファミリーの名に懸けて、天に代わって貴様らを裁く」
「そう言うわけだ、クズ野郎共。てめえら、どうせヴィクトリー王国から、ナーロッパ大陸でヒト種の大陸国家が結託して、ノルド帝国を脅かすとでも空気入れられたんだろ? 違うか?」
「なぜそれを貴様ら……まさかあのヴィクトリーとかいう国の雑種め……我らを謀って、此奴らと戦乱を起こすため逆に我らをハメたのか?」
ヴィクトリーの雑種?
まさか、亜人の血が入っていると言われる、黒騎士エドワードが、ノルド帝国に参戦するよう働きかけた?
黒騎士エドワードに亜人の血が入ってるならば、何らかの方法でノルド帝国含む亜人国家に、外交交渉したのだろうか?
エドワードか……私もちょっといいなって思ったイケメン騎士だし、姉のエリザベスもあの騎士が好きみたいだけど……私はあの人の事が何もわからない。
「ほう、エドワードって野郎に吹き込まれたわけかい。ノルド帝国の皇帝ちゃんよお? じゃあ、そこんとこ直接、この勇者マサヨシ様が詳しく聞きに行くからよお……待ってろクソボケ!」
ちゃっかり、相手側の情報を引き出した先生は、マイクを私に渡して来た。
こういう時ってなんて言えばいいんだろう?
「おめえと、デリンジャーが頭だ。デリンジャーは堂々と宣戦布告した。あとはおめえが奴らに自分の思ってる事をぶちまけろ」
「マリーちゃんさ、こういう場面は引いたら負けさ。調子乗ってる外道らに思ってることを伝えればいいさ。それにそもそも、マリーちゃんがヴィクトリーの正当後継者だろ? 大義名分バッチリさ」
先生とヴィトーが、私の背中を押してくれた。
それにナーロッパには、私がヴィクトリー王国の正当な後継者だって認めさせたから、今のヴィクトリー王国のエリザベスとノルド帝国の同盟関係を覆せる。
「私は、ヴィクトリー王国の正当後継者のマリー・ロンディウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリーです。今のヴィクトリー王国は不法にエリザベスが占拠してるものと判断します。よって、エリザベスとノルド帝国との協力関係は、我が国及びナーロッパ全域への敵対行動であると判断し、私はあなた方に宣戦布告いたします」
「……貴様がヴィクトリーとやらの小国の王である証明せよ!」
証明?
えーと、それについては……。
あ、ヴィトーがウインクしながら、持ってたマイクをよこすように指で合図して来た。
「ロマーノ王国元首ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロだ。我がロマーノとナーロッパ各国は、このマリー殿下がヴィクトリー元首であると認めてる。お前のような汚れ、スジ全然通らんからよー、ぶっ潰してやる! 覚悟しろ!」
「おのれヒト種共め! もしやと思ったが、我らノルドを滅ぼすため、謀ったな! いいだろう、貴様ら薄汚いヒト種を滅ぼし、我らが神フレイの供物にしてやろう。そして我らを謀ったヴィクトリーなる小国もろとも、ヒト種を全て滅ぼし、我らは……」
先生がヴィトーにアゴで合図し、今度は女神ヤミーにマイクが手渡された。
「お主らの神は、神界法違反の嫌疑で、神界と精霊界を破門されておる。よって我が神じゃ下郎め。我ヤミーの名の下に、我が勇者達が貴様らの非道を裁くであろう」
通信先でノルド帝国の皇帝が絶句してる……。
おそらく皇帝と一緒に聞いてるだろう、向こうの大臣たちも。
私は女神ヤミーに一礼して、通信マイクを取った。
「あなたがたは、どんな理由があるにせよ、フランソワ市民を殺害し、私達に滅べと言った。女性や子供にもあんな非道を……あなたたちに正義なんてない! 私たちが正義だ!」
私が宣言した瞬間、モーター音がして機械の動作音が止まった。
あれで、良かったのかな。
「ケッケッケ、頭がのこのこ出て来やがって、クソボケが。あの手の野郎はな、自信たっぷりで、なんでも自分の手でやらねえと気がすまねえタイプだろ?」
えーと、それはどっちかと言うと先生も何ですけど。
「兄貴ぃ、俺ぁもわかったさ。周りをうまく使えばいい、ゆたしいてーげーさがねーん。真剣すぎて馬鹿だから視野が狭い、傲慢なやつやん」
やはりこの人達は、ヤクザは相手の隙をつくプロだ。
今のやり取りで、ノルドの皇帝の人となりを分析してしまったらしい。
「そうそう、そんで想像力とか乏しくて先読みも出来ねえから、想定外の事態に弱いのさ。どれ、もうちっと揺さぶりかけっか。人間を、ヤクザなめやがって、とことん追い込んでやんぜ」
「はは、兄弟マサヨシは、抗争前に心を折りにいくつもりだな? 味方なら心強いが、絶対敵にまわしたくないな」
「ああ、一緒にいてわかったよ。シミーズは戦うために生まれて来たようなやつだ」
ロバートさんやデリンジャーが苦笑いしてるが、何をする気なんだろう先生は……。
「よう、マリー。楽に喧嘩に勝つ方法って教えただろ? 喧嘩はよお、相手に勝てねえとか鬱陶しいって思わせば勝ったようなもんさ。それ、今からやろうか。相手の心の挫き方ってやつな」
先生は悪い顔しながら、指を鳴らして司令官のライガーさんを呼んだ。
「おう、ノルド帝国の地理データと魔力反応とか生体反応とか、分析終わっただろ?」
「は! 解析完了いたしました。さすが勇者様、先ほどの宣戦布告の時間稼ぎで、捕虜にした帝国兵たちの証言と偵察隊からの報告で、レーダーにより大まかなデータを得られました」
何をする気なんだろう、相手の心を折に行くって……。
「撃ち込め、奴らの主要都市に主砲とかミサイルとか人死が出ねえ程度に」
「は!」
は?
「この俺様がデリンジャーギャング団じゃなきゃ、あの帝国の主要連中の命取ってやるんだがなあ、ならば奴らの心をへし折る。ぶっ殺さねえだけありがてえと思え、外道らめ!」
ちょおおおおおおお、都市への空爆攻撃とか命じてるこの勇者。
しかも魔王軍使って相手の街を無茶苦茶にする気だ。
「何が優秀民族だなめやがってボケ。ヤクザの撃ち込み開始だ」
……怖い、これがヤクザな勇者。
そうか、暴力のプロなんだ、この人は。
圧倒的な暴力を行使して、相手の心をへし折りにいくつもりだ。
「いきなり禁呪法メテオを撃ち込んだり、バンカーバスターや生物化学兵器とか核攻撃魔法しねえだけマシだろうがよ、なあ?」
「ハハ……おっしゃる通りで」
ライガーさんの顔が引きつってるけど、やったんだこの人……。
魔王軍とかに大量破壊攻撃じみたことを。
怖すぎる……。
「一斉攻撃後、各自目標地点に降下するぞ! 外道らに、俺達の恐ろしさを思い知らせてやれ!」
「ご命令とあればいつでも撃てます、勇者様」
「おうし、往生しろや。ぶっ放せええええええええ!」
「戦艦バエルより、各艦隊に伝達! 主砲発射及びミサイル攻撃を実施せよ! ガンシップは半径300メートルに生体反応がない箇所へ、榴魔弾砲を撃ち込むのだ! 目標、敵国首都並びに主要都市! ピンポイント爆撃だ、タイミングを合わせ、対ショック姿勢に備えよ! 10、9、8、7、6、5、4、3、2……発射!」
私たちがいる通信室のモニターが、ノルド帝国上空の映像に切り替わり、おそらく主砲とかミサイル砲撃したのだろうか、戦艦全体が振動した。
「だんちゃーーーく……今!」
モニターに一瞬ノイズが入り、ノルド帝国首都クリスタニアのあちこちで爆発が巻き起こり、おそらく宮殿と思われる水晶で出来た大きな城が、レーザー攻撃のようなものを受けて上半分が蒸発した。
「ハッハー! 勇者なめんなクソボケ! よおし、降下準備だ! 手筈通りに行くぜ、相手の主要3領域を夕食前にぶっ潰す! 二代目はホランドの客人連れてホランド国との手打ちに持ってけ、喧嘩すっぞおめえらああああああ」
「おう!」
これが、勇者の戦争……。
確かに相手が疲弊したなら、これからする戦いが楽でいいけど……凶悪すぎる。
「ガイ様、ブロンド様、怒倭亜布興行、恵流巫連合の戦闘準備完了です! いつでも出撃できます」
「わかりました。親父さん、二代目、僕はフィン領域、ガイはスーデン領域の制圧に向かいます! ご武運を!」
「兄弟マサヨシ、我らがファミリーは先にサタナキア軍と共にガンシップで降りて、首都主要施設を急襲して無力化させる! 兄弟達は敵国中枢の皇居へ!」
この人達、戦い慣れしてる。
きっと色んな異世界で、こんな戦闘を繰り広げていたんだろう。
なんか、ガバが少ないRTAの走者みたいな感じで、行動に無駄がない。
「勇者様、前方に巨大な魔力反応! 精霊種です! 燃え盛る真っ赤な巨大ドラゴンが向かってきます」
巨大ドラゴン!?
リンドブルムのようなドラゴンではなく精霊種のドラゴン?
「俺の精霊魔力が反応してる……これは、伝説の精霊サラマンダーだ」
精霊サラマンダー、ノルド帝国を攻撃したら出現したという事は……。
「へっ、フレイが送ってきた三下だろうぜ。おい、甲板にいくぞ! 3人のうちの誰かで竜帝バハムートを召喚しろ、ドラゴンにはドラゴンよ」
私たちは、急いで戦艦の甲板に移動する。
甲板に出るとそこは雲の上だった。
上空何メートルだろう? 青い空に雲海のような光景が広がり、次々と旧魔王軍の戦闘員が降下しており、迎撃に上がってきたエルフらしき軍団と交戦している。
雲の隙間から見える、街からは煙が立ち込めて、時折爆発の光が見えて、まさしく戦場と化していた。
「じゃあ俺がバハムートを召喚する! 出でよ竜帝バハムート!」
……あれ、デリンジャーが指輪を作動させたが来ない。
じゃあ私が。
「出でよバハムート! ……あれ?」
ん、おかしい指輪で召喚できない……。
「げっ、もしかして……ちょっとマリーちゃん、指輪こっちくれないかな?」
用心棒さんに指輪を渡すと、タブレット端末のような機械を持ってこさせ、指輪を画面において、何かを入力していた。
「ダメだ親父、オイラ達をこっちに送って、さらに召喚システム使っちまったから、次元連結システムのサーバー処理容量がいっぱいだ! アップデートが必要って出ちまってる」
まさかのアプデ待ち……。
それが終わるまで、召喚システムは使えないって事!?
ネトゲじゃあるまいし、なんなのこれ、いきなりガバってる。
「チッ、こんな時に! それにやはりこの反応、最上位精霊種だ! 気を引き締めろ!」
空の彼方から、太陽の光よりも強烈な輝きを放つ何かがこちらに近づいてくる。
そして何かが光った瞬間、船に衝撃が!
まるでレーザー攻撃のような熱線だ。
「脆弱な人間共めが! 我らが主フレイと、神魔精霊大戦の英雄たるサラマンダーの精霊領域を侵そうとするなど身の程を知れい!」
巨大な炎の翼を持つ、全長300メートルを超える、黒と赤の斑点模様のオオトカゲのような姿をした精霊竜、サラマンダーが私たちの前に現れた。
次回ボス戦




