第46話 開戦 後編
一切の魔力を解き、ハーフエルフのリンチに身をゆだねていたデリンジャーの前に、ホランド公国の国主が息子、レオ王子とバルデル公爵が駆けつける。
「やめろ! 兵士達! 武器を持たぬ非戦闘員だ! そこの男、名を述べよ」
ベストやシャツ、そしてズボンがあちこち裂けて生傷だらけになったデリンジャーは立ち上がり、まっすぐレオとバルデルの方を見る。
「フランソワのアンリ・シャルル・ド・フランソワだった男だ。今は、王族の身分を捨て民衆達の為にこの国を救おうとしている」
レオはまっすぐ、アンリことデリンジャーの青い瞳を見つめる。
特徴的なあご髭こそなかったが、自分達の弓術をあざ笑うかのごとく、圧倒的な精霊魔法と身の丈ほどの巨大なフランベルジュで、戦場を蹂躙した男に間違いはなかった。
「なるほど、我が名はノルド帝国より大公の地位を保障された、ホランド大公にして王位継承者、レオ・ポルド・ホランド・クラウス・ベルナドットだ。我々をまた虐殺しに来たのか? フランソワの王子よ」
「もう王族なんてフランソワにいねえ。ここにいるのは大国フランソワの罪を背負った、業深き男……お前たち同様な」
訝しむレオをよそに、ホランド公爵にしてホランド軍司令官のバルデルは、フランソワの名を冠した男に激高して、弓を向ける。
「貴様あああああ、我が領民たるリーシュの兵達も、戦で投降したのに、首を刎ねて殺した貴様の所業、忘れぬぞ!」
弓を向けられたデリンジャーは、じっとバルデルの翡翠のような緑色の右目と、こげ茶色の左目のオッドアイを見つめる。
「すまねえ、それについては、弁解と釈明の余地がねえのはわかっている。だがな、それでこのランヌの街の住人を虐殺していいという、道理は通らねえ筈だ! 違うか?」
回答に詰まったバルデルをよそに、レオが憤怒と憎悪の表情でデリンジャーの前に立つ。
「お前が言えた立場か虐殺者め」
レオは持っていた精霊銀のナイフで、デリンジャーの腹を突き刺した。
しかし、呻き声一つ立てずにデリンジャーはレオの灰色の瞳を見つめる。
「じゃあ、俺を殺せばおたくら満足すんのか? 俺は、戦争を終わらすためにここに来たんだ」
「信用できるか!」
デリンジャーの体に突き刺したナイフを抜き、レオが右手を挙げると、ハーフエルフ達の放った弓が次々と体に命中するが、それでもデリンジャーは膝を屈せず、レオの目を見続けた。
――へっ、転生前は蜂の巣にされてぶっ殺されたと思ったら、今度は無数の矢で射られるとはな。だが……。
大量に出血して心臓の鼓動が弱まり、次第に冷たくなっていく体温を感じて、転生前に感じた死が目前まで迫ってるとデリンジャーは感じたが、だからこそ自分の命がここで尽きようとも、彼らホランド人へ伝えなければならないと、気力を振り絞る。
「なあ、お前達は本当にこんな事がしたくて生まれてきたのか? 俺は……人殺しなんか本当は嫌でしょうがなかった。もう俺は殺したり殺されたりするのは嫌だ。お前達だって、きっと……」
「信用できないと言っている! 我らを亜人呼ばわりしていた、人でなしの差別主義者め!」
レオとバルデルは、今更デリンジャーの言葉などに耳を貸す気にもならなかったが、これだけ攻撃を受けても、反撃の一つもしてこないデリンジャーに、ハーフエルフ達は弦にかけた矢の張力をとき始めた。
「わかった、じゃあ俺の命で丸く収まるなら殺せ。だけど約束してくれ、俺が言えた義理はねえかも知れねえが……お前達が殺す人間は俺で最後にしてくれ」
すると勇者達の軍勢に遅れる事、全速力で馬車を飛ばしてきたフランソワ軍の若き騎士達が、この男こそ我らが英雄、男の中の男であると、次々とデリンジャーを庇い立てするため、ハーフエルフ達を取り囲む。
元バブイール王国のアサシン、ハッサーンも、両手を広げて、生涯をかけて忠誠を誓うと決めたデリンジャーの前に立った。
「この方は、大統領閣下はフランソワの英雄だ。お前達は、停戦を申し出た無抵抗の我らが英雄を殺すのか!」
「元はといえば、非戦闘員に見せかけて、戦時国際法を無視して戦場で我々を騙し討ちした貴様らだ! だから殿下はあんな事をせざるを得なかったのだ!」
「殺すならば我々を殺せばいいだろう! だがこのお方を、大統領閣下を殺す事は許されない!」
「彼は俺達の英雄だ! フランソワの、世界の英雄になろうとしてるこの人を、お前達なんかに殺されてたまるか! 殺すなら俺を殺せ!」
自分を庇った若い騎士達の顔をまじまじとデリンジャーは見つめ、転生前に、仲間たちと話してた馬鹿話を思い出す。
「なあ? ピアポンドよう? もしも生まれ変わったら何をしたい?」
「そうだなあ、ジョン。俺は今の強盗稼業なんかしねえで、女を守るナイト様にでもなって、毎晩いい女と甘いひと時を……おい、ホーマー笑ってんじゃねえぞこの野郎!」
「そういうジョンは、もし生まれ変わったら何がやりてえんだ?」
転生前の自分は、仲間にからかわれてるピアポンドを尻目に、バーボンが入ったグラスを口元に傾けると、仲間のクラークにこう答えた。
「大統領さ」
すると、デリンジャーギャング団の面々は大爆笑した。
「おいおい、おめえが大統領とか、合衆国で革命が起きちまうぞ!」
「きっとろくでもねえ国になるにちげえねえ、いよっ、大統領!」
「けど、お前が大統領とか見てみてえな」
「シカゴのギャング連中は、お前を犯罪王なんて呼んでるけどな!」
「ギャング界の大統領みてえなもんだろ!」
在りし日の仲間たちを思い浮かべ、デリンジャーは笑みを浮かべた。
――ああ、こいつらピアポンドやクラーク、ウォルターやチャールズ、マクレイやホーマーの奴らにそっくりだ……。あいつらも魂に傷がついて……この世界に転生したのかな? 多分……こいつらの魂は、きっと……。そうか、俺は独りじゃなかったんだ……デリンジャーギャング団はこの世界にいたんだ。そして新しいデリンジャーギャング団……姉さん……あの人にそっくりな子……マリー姫……。俺は、ここで膝をつくわけにはいかねえ! こいつらに格好つけなきゃならねえ!
庇い立てする騎士やハッサーンを振り払い、デリンジャーは、ホランド王子レオの元へ歩を進めた。
「いいぜ、俺の命で数十年も続いてた戦争の片がつくんなら、それでいい。さあ、殺りな……殺れよ……殺せよ俺を! 俺は過ちを犯した人殺しだ! だから、もう二度とお前らは、人殺しをしてくれるな、頼むよ……同じ人間だろうがよ!」
レオはデリンジャーの気迫に圧倒され、ハーフエルフ達から自然に涙がこぼれてきて一人、また一人と構えた弓を、その場で放り投げた。
「兵達よ、武器を構えろ! 命令違反は軍規で処刑するぞ」
バルデルが弓を放り投げたハーフエルフに、自身の弓を向ける。
「嫌です……我らは誇り高きホランドのエルフで、人間です」
「無抵抗な者を殺すべからず。あなたこそ軍規違反です、バルデル司令官」
「たとえ相手がフランソワでも、我々を雑種だと差別するノルド帝国に与することなどできません」
「もう沢山です、戦争も人殺しも! 我々を命令違反で処刑するなら、さっさとやればいいじゃないですか!?」
自分の想いがホランド人に通じたと思い、口元を吊り上げる不敵な笑みを浮かべたデリンジャーは、その場に崩れ落ちて、死を迎えようとした時だった。
「生命力回復」
いつの間にか現れた、菱に悪一文字の代紋が入った黒の羽織にグレーの着物を着る、こげ茶色の髪を角刈りにした青年が、命尽きかけたデリンジャーの体を抱きかかえ、天界魔法の回復呪文を唱えて、生命力を回復させた。
「かっこよかったぜ、いつかの酔っぱらいの兄さん。この仲裁事、極悪組二代目組長、ニコ・マサト・ササキが預かる! そちらの兄さん方、いいかい?」
自身の時計のような翻訳機を通じて、勇者マサヨシの自慢の子分にして息子ニコは、この戦いの仲裁を申し出るが、レオとバルデルは目の前に突如現れたヒト種の青年に詰め寄る。
「我らは第三者の仲裁など頼んではいない。その虐殺者の身柄を引き渡し……」
極悪組組長ニコが、詰め寄ったレオを気迫のこもった眼で睨みつけると、レオはこの男には絶対に勝てないと悟り、バルデルはヒト種でありながら強大な魔力と力を持つ男であると悟り、身動き一つできなくなった。
「他ならぬオイラが仲裁するって言ってんだ。あんたらは、この人の言葉に耳も貸さねえで嬲り殺しにしようとしただろ? 道理が通らねえからオイラは仲裁に入る。この喧嘩はもう終わりでいいな?」
すると、ビィゴー達エルダードワーフが舎弟頭のガイに付き従い、若頭のブロンドが捕虜にしたエルダーエルフの面々を連れてくる。
「兄貴、終わらせてきた」
「このエリアの目立った敵勢力はもはや存在しません二代目」
「うん、よくやってくれたおめえら。ロバートの叔父御のファミリーの皆さんも参加してくださってるんで、親父の面子の為にも、いい格好見せねえとね」
――ノルド帝国軍が……強大な力を持つはずの帝国精鋭部隊バイキルト隊とフェアリー隊が負けた……我々に勝ち目はない。
ハーフエルフ達はホランドとノルド帝国の連合軍敗北を受け入れ、マリーはダンプカーの助手席で一部始終を見つめていた。
「デリンジャー……アンリは格好良かった。男らしくて言葉だけではなく行動で示して……凄い人だ」
「一瞬やべえんじゃねえかって肝冷やしたがよ、あれが奴の生き方、魂のあり方だ。その生き方に、男も女もみんな惚れちまう。理屈じゃねえんだよ、あんな男は俺もいまだかつて見たことがねえ。俺が閻魔大王親分から盃貰ってて、今の立場じゃ無けりゃ、舎弟にしてくれって申し出るだろう」
勇者が認めるほどの器量を持つ、アンリことデリンジャー。
転生前は、政府から社会の敵ナンバー1とも、ギャング達から犯罪王とも、市民達からは義賊と呼ばれた男の魂は、異世界で英雄として昇華しようとしていた。
「それと、俺つええええええとかそんなレベルじゃない位、無茶苦茶すごいんですけど、先生の組織の人達」
「あたりめえだろう馬鹿野郎。俺様が愛情をたっぷりかけて育てた自慢の子分達だぞ? 地球世界の魔皇軍や米軍や中国軍ですら、手も足も出ずに……」
「おほん……それ以上は禁則事項じゃ」
女神ヤミーが咳払いしてマサヨシを嗜めたが、マリーは小首をかしげた後、思考を巡らせる。
――ええと……私の推測だけど……この人達と先生は地球できっと何かしでかした? 米軍と中国軍が手も足も出なかったって……先生が異世界転生したのが令和元年の筈だけど……何やったんだろう。
「さあて、じゃあまず人間なめてるくそったれのノルド帝国とやらに、今回の非道の落とし前つけなきゃな。そんで、俺のかわいい舎弟のアシバ―のジロー、ヴィトーの出番だ。あの野郎、今頃俺とマリーが連絡してくるんじゃねえかって、水晶玉の前で待ち構えてやがるぜ?」
――また、先生が悪い顔してるけど、何を考えてるんだろうこの人……。
マリーがヴィトーに連絡を取り付ける中、フードを目深に被った女と、破滅神ロキが気配を完全に殺しながら様子を見つめる。
フードの女は、かつて自分と兄フレイが担当した世界のヒト種とエルフ、ドワーフ達であると、懐かしい魂の波動を感じ、嬉しくて涙がこみ上げそうになる。
彼らの会話を聞くまでは……。
「マサヨシの親父、オイラ達の世界を無責任にも見捨てた、フレイアとフレイって神にケジメ取るって言ってんだろ? 親父は、以前からユグドラシルって言う神域の神連中のワルさ調べ上げてた。それで、フレイアってのは親父を罠に嵌めてこの世界でマリーって子を利用して、親父召喚させてぶっ殺す気のようだ」
「精霊界のフレイ、強力な力を持つ我らが元神。そしてあの世界の人類社会を作ったフレイアでしたね。身勝手な奴らめ! 親父さんが、女神ヤミー様が救ってくれるまで、僕らや祖先がどんな思いで、あの世界を生きてきたと思ってるんだ」
「俺、奴ら許せない。俺達の世界は救われたけど、この世界の奴ら……悲しい思いしてる。絶対に許しちゃいけない悪。ニコの兄貴、ブロンド、俺達であいつら見つけ出そう。あんな奴らに俺達負けない」
フレイアは、絶望のあまりその場に崩れ落ちて両手であふれ出る涙を抑えるよう、声を押し殺して泣き崩れた。
自分と兄が作った、かつての子供のような世界の者達は、もはや自分に対して尊敬の念も畏敬も抱かず、憎しみの対象として探し出すためにこの世界にやってきたのだと思い、絶望する。
「彼らは元々君達が作った世界の人間達だっけ? 君、憎まれてるねえフレイア。でもしょうがないよね、君とフレイが放棄した世界を救ったのがアースラだっけか? クク、ウフフ、アハハハ! ウケる! 君の子供のような世界の人間達が来たと思ったら、復讐のために来たとか大爆笑だ。あ、今の表情グッド! 写メとろっと」
泣き崩れるフレイアのフードの隙間から、ロキは手持ちの水晶玉で画像を撮り、邪悪な笑みを浮かべた。
その日の夜、フランソワの北方の都市カリーで、西方ナーロッパと北方ナーデルの大戦を仕組んだ男は、狼狽していた。
……こんなはずではと。
ノルド帝国が、フランソワとロレーヌへの侵攻作戦を突如中止。
これでは自分が抱いていた、世界の破滅と復讐が果たせない。
なんとかこの戦争を長引かせ、世界を滅ぼしてやろうと男が考えた時、ノルドのナーロッパ上陸船が大爆発を起こし、赤い閃光のような凶悪かつ強大な魔力の塊のような何かが、亜人達やヴィクトリー兵、そして港にいたモンスター達に攻撃して、カリー海峡ともドーハ海峡とも呼ばれる湾岸地域が炎に包まれる。
「僕の思った通りだ。ここが貴様ら北方の亜人の軍とヴィクトリー王国の拠点! 潰させてもらうぞ、僕が英雄になるために!」
一国の軍事力にも匹敵すると言われる、ロレーヌ皇国の皇太子、フレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌが単身戦場に現れた。
そして煌めく赤い閃光のような音速を超える速さで、逃げ惑うノルドの兵士や強大なモンスターの群れを魔法と剣技で駆逐していく。
――くそ、人類側の最強戦力がこんなにも早く。かくなる上は、私が時間稼ぎをして……。勝てないまでも、私の力ならばあの化物とも……。
男が出撃しようとした瞬間、フレドリッヒの攻撃がピタリとやみ、フードを被った人物が姿を現した。
――助かったのか? 奴は、女神フレイア……何をしたんだ? そして何をする気だ?
男が見つめる中、フレイアは神界魔法の禁呪、魂召喚を唱える。
「ああ、会いたかった……。我が愛しの英雄ジーク、そしてアッティラよ……私の最愛の人間にして、この世界の救世主よ、本来の自分を魂召喚によって取り戻すのだ。そして私を愛し、この世界を守護せよ!」
「なんだ? 僕の知らない記憶と思いが、僕を覆って……母上、お母さん、マリー姫、助けて! 僕は……うわあああああああああっっ!」
フレドリッヒが絶叫する中、女神フレイアの黒いフードが魔法によってなびいて、顔があらわになる。
その顔は、かつてマリーがヴィクトリー王国の宮殿で、侍女として仕えていた女、ルイーダであった。
次回、ある勇者に視点が移ります




